厚生労働省によると、歯科診療所の店舗数は68,088軒でした(2020年時点)。これは、コンビニの店舗数(55,810軒※2023年8月時点)を大きく上回っています。なぜ、日本にはこれほどまでに多くの歯科診療所が存在するのでしょうか。歯科医療の現状について、現役の医師である秋谷進氏が解説します。

コンビニよりも多い歯科診療所

コンビニエンスストア……暮らしになくてはならない存在であり、毎日利用しているという人も少なくないでしょう。

そんなコンビニよりもさらに数の多い意外なサービス施設があります。それが「歯科診療所」です。

確かに、歯の健康は大切ですが、コンビニよりも必要なものなのか……というと、正直疑問です。便利さでいえば、歯の治療にしか対応できない歯科診療所よりも、ありとあらゆる種類の買い物ができるコンビニの方が上回っていますよね。

にもかかわらず、なぜ歯科診療所はこんなにも多いのでしょうか。

厚生労働省のJob Tagによれば、歯科医師は年収810.4万円、就業者98,340人、労働時間168時間、求人賃金61.8万円、有効求人倍率全国3.27倍とされています。

さて、この歯科医師が勤務する、歯科診療所が「コンビニより多い」なんて、にわかには信じがたいですよね。ですが、これはまぎれもない真実なのです。

厚生労働省が発行する医療施設動態調査(令和3年1月末概数)によれば、2020年(令和2年)12月時点での歯科診療所の数は68,088店舗と記録されています。一方、日本フランチャイズチェーン協会の統計によると、2023年8月時点でのコンビニエンスストアの店舗数は55,810店舗です。

なんと、歯科診療所はコンビニに10,000店舗以上もの圧倒的な差をつけています。

なぜ歯科診療所が多いのか…日本人の「歯科」に対するイメージ

実は、歯科診療所が多い理由は、日本人の歯科に対するイメージと、歯科医の働き方そのものにあります。

たとえば、あなたが「お腹が痛い」と思ったとしたら、どこを受診するでしょうか。

今は、大学病院などの「大病院」に行くためには紹介状や多額の初診料が必要になるため、直接大きな病院に行くことは少なくなってきています。しかし、大きな病院と地域のクリニックの垣根がなかった時代には、「なるべく良い施設の病院で診てもらいたい」という要望をもつ患者が多く、「大きな病院の消化器内科」にいくことは珍しくありませんでした。

クリニックという選択肢の他に「総合病院」でみてもらうという選択肢があったのです。

これは、他の科でも同じこと。耳鼻科でも小児科でも内科でも「大きい病院だから何か合った時にすぐ検査してもらえるから安心」「大きい病院の方が他の科も一緒に診てもらえる」という理由から、遠いところからわざわざ大きい病院を「かかりつけ」にしている人が多くいました。

実際、大きい病院でしか診られない病気も多くありますが、それ以外のクリニックでも十分に診られる症状であっても、大きい病院を受診することはしばしばあります。

一方、歯科は医療従事者にとっても患者にとっても「異端」な存在です。

たとえば、みなさんは「歯が痛い」と思ったとき、大きな病院へ行くことを想像しますか? まずは近くの歯科診療所に行こうと思うのではないでしょうか。

ましてや「歯科口腔外科」が多くの総合病院にあるのにも関わらず、その存在を知らない人もいます。つまり、歯科診療所だけは特別で、大きな病院ではなくクリニックに行くことが当たり前になっているのです。

歯科医の9割は「歯科診療所」で働いている

厚生労働省が発行する、「令和4年厚生労働白書」によると、2020年(令和2年)12月時点で、107,443人が歯科医師として働いているのですが、その約9割が大きな病院ではなく、歯科診療所で働いています。

そして、歯科医師のうち、58,867人(約55%)が歯科診療所の開業医として、32,922人(約31%)が勤務医として働いているのですが、勤務医の多くが歯科診療所のスタッフとして働いています。

ここでは、医療機関の受診した際の傷病名ベスト5を表にしました。歯科治療での受診が最も多くなっています。これらの受診の多くが歯科診療所であると考えると、歯科診療所の店舗数の多さにも納得がいくのではないでしょうか。

コンビニよりも多いのに「儲かる」歯科診療所

しかし、多くの人が歯科クリニックを受診するとしても、採算がとれないと潰れてしまうはずです。それでも、厚生労働白書を見る限り、歯科診療所の数は安定した推移を示しています。  

これは一重に「歯科診療所はコンビニより多くても十分採算がとれる」という証でしょう。

では、実際にどれくらいの収益をあげているのでしょうか。

厚生労働省が発行する「第23回医療経済実態調査(医療機関等調査)」の報告によると、歯科診療所の医業収益は年間で「1億0,385万3,000円」でした。

年間で1億円超ということは、いち医療機関として「かなり儲けている」といえます。

給与費の平均でみても「5,378万6,000円」となっていますから、かなりのものです。もちろん、スタッフに支払う費用なども含まれますが、経営者自身も相当「儲かっている」はずです。

また、歯科は意外と幅広いのも特徴。一般的な歯の健康診断に加えて、訪問歯科診療、ホワイトニングといった歯の美容医療など、色々なジャンルの診療を行うこともできます。

インプラントなどの自費診療も考えると、歯科は「儲かりやすい科目」といえるでしょう。

このように、今後人口減少が見込まれても、歯に関するさまざまなニーズに応えることで、安定した経営を図りやすいのが歯科診療所の強みといえそうです。

地域医療を担う病院が潰れ、美容・歯科医療が儲かる現状

こうした、コンビニより店舗数が多くても採算がとれる歯科診療所の現状が「正しい」のか。ここに明確な答えはありません。

売上が見込める患者の満足があって商売が成り立っている以上、それは資本主義社会において正当化されるべきことだからです。

ただし、地方では地域医療を担う病院が赤字続きで倒産し、患者さんが路頭に迷ってしまっている現状があるため、赤字病院が生き残るような施策やアイデアが必要なのだと考えます。

今後の保険診療はどうなっていくのか、日本の医療はどうなっていくのか。みなさんが「納得できる方向」に向かっていることを切に期待します。

秋谷進

小児科医

(※写真はイメージです/PIXTA)