2017年から2018年にかけて、一気にVTuber、バーチャルYouTuberが話題になってからはや5年。当時は“珍しいもの”として見られていたバーチャルYouTuberも、いまではコンビニの棚にコラボ商品が並んだり、地上波のテレビ番組に登場するまでの存在になった。
【画像】そうそうたるメンバーが並ぶ、ライブカートゥーン社のこれまでの実績
そんなバーチャルYouTuberを支え続ける人物がいる。辻昇平、あるいはcortの名で知られる3DCGクリエイターだ。2016年に合同会社ライブカートゥーンを設立、キズナアイ誕生にたずさわり、これまで数えきれないほどのバーチャルYouTuberの活動を支え、いまも日々3Dライブや配信の裏側で活躍している。
裏方ゆえ、彼の存在が目立つことはあまりないが、バーチャルYouTuberとファンの大切な時間を支えてきた“影の立役者”のひとりである。
黎明期に「キズナアイ」の立ち上げに参画し、今なおバーチャルYouTuberブームの最前線を支え続ける彼の活動は、それ自体がVTuber史におけるひとつの軸といえるだろう。今回は、彼にキズナアイの誕生以前からこれまでの活動遍歴、その中で感じてきたこと、ライブカートゥーン社の取り組みと今後について伺った。
■cort(こーと)
本名は辻昇平。合同会社ライブカートゥーン代表。最初期からバーチャルYouTuber事業にたずさわる。詳細は本文。
・合同会社ライブカートゥーン https://www.livecartoon.net/
・ブログ https://ameblo.jp/cort-blog/entrylist.html
バンドマンからMMD・MMD杯・3Dライブ・テレビアニメ制作 「ビジネスできないか」の先見性とバーチャルYouTuberのルーツ
ーーcortさんと言えば『MikuMikuDance(以下、MMD)』(※1)でバンド演奏を再現した「shiningray」や「I sing for you」など、「MMD動画」を制作されていた方という印象が強いです。MMDを始めたきっかけはなんだったんでしょうか? 以前はバンド活動をしていたと伺いました。
cort:そうですね。もともとはバンド活動をしていて、そのバンドが解散して暇になり、『MMD』をさわり始めました。当時、「初音ミク」という存在を知って面白いなと思ってて、でもなぜか自分は作曲側の人間ーーいわゆる「ボカロP」にはならなかったんですよね。曲を作る方にあまり興味がわいてなかった。
【※1 MikuMikuDance……樋口優が制作したCDCGソフトウェア。様々なキャラクターの3Dモデルを操作し、映像制作ができることでニコニコ動画で流行した。】
ーー作曲ではなく、3DCGに興味をもったきっかけは何かありましたか?
cort:『MMD』の前、ussyさんという方が『六角大王』(※2)で作った「melody…」のMVを見て「3DCGってすごい」と興味をもって。ただ、当時使っていたノートPCでは『六角大王』が動かず、自分で制作するのは諦めていたのですが、『MMD』が発表されて試してみたら動いたんですよ。それをきっかけにのめりこんでいったって感じですかね。ぼくもすごい作品を作ってやろうと。
【※2 六角大王……1992年より開発されていたフリーの3DCGソフトウェア。現在は配布を終了し、後継ソフトの『CLIP STUDIO MODELER』がセルシスより提供されている】
ーー最初に投稿された作品は2008年3月の「MikumikuDance で ウッーウッーウマウマ(゚∀゚)」でしたね。当時の思い出などがあれば伺ってみたいです。
cort:当時の『MMD』にはカメラを動かす機能が無くて。どうやってカット割りするか考えてたらJamiroquaiのMVを思い出して、カメラの代わりに被写体を動かして作ったのを覚えています。
ーーcortさんの動画はバンド演奏を再現したものが多かったですが、そうした動画を作ろうという意識は最初からあったんでしょうか?
cort:最初は無かったんです。でも、当時はストリークPさんの「初音ミクだけで野球」とか、自分の得意なことや経験のあることを初音ミクにやらせるのが流行っていて、自分が楽器を弾いてたので、軽いノリで楽器演奏をさせてみたら、大きな反響があって。それからそういう動画をよく作るようになりました。
ーーニコニコ動画で開催されていた『MMD』クリエイターによるオンラインイベント「MMD杯」は、かんなPさんが2008年に始め、2010年の第5回からcortさんたちが運営を引き継ぎました。どのような経緯だったのでしょうか。
cort:かんなPさんが「運営をおりるから、誰か代わりにやらないか」と言っていたところに「ぼく、暇だからやりますよ」と手を挙げたんです。当時は4人ぐらいのチームで運営していて、自分はフロントマンとして広報的な役割を務めていましたね。
いまだからこそ言えますが「MMDでビジネスができないか」という思惑もありました。「MMD杯」には、外部のゲストを呼び、心に刺さった作品を選んでもらう「選考委員制度」というものがあるのですが、この枠に企業を誘致したいと思っていたんですよ。『MMD』文化の認知を広げるとともに、それでビジネスができないかと、そんな腹積もりで運営になりました。もちろん根底には「『MMD』の面白さを広げたいという思いがありつつ、一方でビジネスの目線でも見てもらえないか、と考えていましたね。
ーー当時からそこまで考えていたんですね。その後cortさんは『直球表題ロボットアニメ』を始めとするテレビアニメの制作にも参加し、ライブカートゥーン社を立ち上げるに至っています。当時の思惑がつながっているのが素晴らしいです。テレビアニメ制作に参加するきっかけはどのようなかたちだったんですか? その頃ですと『GUMI誕生祭2012 in ニコファーレ』などのイベントもプロデュースされていましたよね。
cort:そうですね。アニメ制作にたずさわる前段のお話からすると、『第8回MMD杯』の閉会式を「ニコファーレ」(※3)でやらせてもらって、そこでニコファーレが持っていたAR技術のシステムを使わせてもらったときに『GUMI誕生祭』の企画を思いついたのが始まりかもしれません。当時、ニコファーレはユーザーの持ち込み企画でも面白かったら無料で貸してくれていたので、ぼくも同じように持ち込んでユーザーイベントとして開催していたんです。
ARは配信にしか映らないので、現地で観る人は「虚空を見ている」とか言われていたんですが、当時ニコファーレの技術担当をしていたMIROさんが試行錯誤してくれて、現地では透過スクリーンの映像、配信ではARでGUMIの姿を見られる仕組みを考えてくださったんです。
【※3 ニコファーレ……「ニコニコ動画」を運営するドワンゴがかつて運営していたイベントスペース。】
ーー「GUMI誕生祭2012 in ニコファーレ」は当時見ましたが素晴らしいイベントでした。その後もニコファーレや「ニコニコ超会議」、『Animelo Summer Live 2012 -INFINITY∞-』での初音ミクステージなど複数のイベントでプロデュースを担当されていたと伺っています。
cort:はい。その頃はそうしたコンサート制作ばかりしていて、そこでいろんな知り合いが増えたんですね。そうしたら、「ヤオヨロズ」(※4)の福原慶匡プロデューサーから「アニメ作れない?」といきなり話をふられたんですよ。やったことはないけれど、こうやれば作れるだろうな……ってものが見えて「できるよ」と答えたんです。その結果、いきなりデビュー作でアニメーション監督をやらされました(笑)。
【※4 ヤオヨロズ……かつて存在した日本のアニメ制作会社。寺井禎浩、石ダテコー太郎、たつき、福原慶匡によって設立され、一時期は生放送でアニメーションを放送する「生アニメ」を手掛け、のちに「けものフレンズ」を生み出した。】
ーー(笑)。2013年放送の『直球表題ロボットアニメ』以降、石ダテコー太郎監督作品に相次いで参加されています。それぞれの作品でクレジットにばらつきがありますが、それぞれどのような仕事をされていたのでしょうか。
cort:『直球表題ロボットアニメ』のアニメーション監督は、映像部分の制作はほぼ全てを担当しました。カット割りや編集、各クリエイターに作ってもらうカットの割り振りなどもしました。『てさぐれ!部活もの』に関してはすぐ『みならいディーバ(※生アニメ)』の作業に移動することになったのであまり話せることはないのですが……MMDのクリエイターが参加していて、彼らが慣れないところのサポートを担当しました。『みならいディーバ(※生アニメ)』ではオープニングと、毎回1時間の生放送内で作詞を仕上げて「今日のエンディングテーマ」を完成させる構成だったので、毎週異なるエンディング映像を制作していました。それから、転換の間にはさむ4コママンガみたいなノリの、1分くらいのアイキャッチ動画も量産していましたね。
ーー『みならいディーバ(※生アニメ)』は生放送でキャラクターがしゃべって動いて、SNSにもリアルタイムで反応するなど、バーチャルYouTuberがおこなうライブ配信のルーツのようなアニメ番組でした。このときのモーションキャプチャを担当していたのは永松正さんのチームですか?
cort:はい。当時『MVN』を利用して永松さんが開発された「DL-EDGE」(※5)を使用していました。
【※5 「DL-EDGE」……セガサミーグループのライブエンターテイメント向けCGシステムで、『みならいディーバ(※生アニメ)』でリアルタイムCGプロデューサーを務めた永松正氏らが開発した。XSens社(当時)のモーションキャプチャシステム『MVN』を使用している】
そのシステムを見て、近しいものを別のアプローチで作れるな、と思って、それで生まれたのが「魔法少女?なりあ☆がーるず」で使用した「Kigurumi Live Animator(KiLA)」というシステムです。
「KiLA」はゲームエンジンの『Unity』で作ったんですが、人間の体の動きをコントローラの入力情報として、ゲームのアプローチに持っていけばもっといろんなことできないかな、みたいなことを漠然と思っていて。でもぼくはプログラミングができないので、『Unity』を触りながらニコニコ生放送で生配信をしていたら、後にライブカートゥーンを協同で立ち上げることになるほえたんが「ぼく作れるよ」ってコメントをくれて。ほえたんとは『ボーマス(THE VOC@LOiD M@STER※6)』で隣のブースになり、互いの作品を交換したのがきっかけで、ぼくの生放送に来てくれるようになった縁です。ほえたんが「ぼくだったらcortさんが作ろうと思ってるもの作れるよ」と言ってくれたことが、「KiLA」誕生のきっかけでしたね。
【※6 THE VOC@LOiD M@STER……VOCALOIDオンリーの同人即売会。略称、ボーマス。】
ーーモーションキャプチャシステムの「Perseption Neuron」との出会いも大きかったのではないでしょうか。
cort:「KiLA」は最初、Microsoftの「Kinect」ベースに開発しようとしてたんです。ですが、ほえたんから「こういうのあるよ」とKickstarterの情報をもらって。当時は『Prio VR』など装着するタイプのモーションキャプチャデバイスの情報が海外でちょこちょこ出るようになっていた時期で、あちこち応援して、その中で「Perseption Neuron」だけが完成して、現物が手元に届いたという流れでした。
ーー実際に使ってみた印象はいかがでしたか?
cort:感動しましたね。装着に一手間かかるのは『みならいディーバ(※生アニメ)』で分かっていましたし、このコスト感でこれだけ動かせるのはすごいな、と。
キズナアイと一緒に産まれたライブカートゥーン社 バーチャルYouTuberブームは「純粋に楽しんで見ていた」
ーーつづいて「KiLA」を本格的に事業化するにあたって、cortさんは2016年9月に合同会社ライブカートゥーンを立ち上げています。当時の経緯を教えてください。
cort:じつは、キズナアイちゃんの立ち上げに参加することになって、それでライブカートゥーンを立ち上げたんです。
ある日、「モーションキャプチャを活かしてキャラクターを動かせるサービスを探してる」って突然メールが来たんですよ。それを送ってきたのが、「キズナアイ」を企画した松田純治さんでした。
ーーライブカートゥーン社設立もキズナアイさんがきっかけだったんですね! 当時は松田さんやcortさん、Activ8の大坂社長ら数名で進めていたような話を伺っていますが、具体的にはどのようなかたちでプロジェクトを進めていったのでしょうか。
cort:当時は、毎週のように集まってミーティングを重ねていましたね。「バーチャルYouTuber・キズナアイ」というプロットは松田さんから連絡が来た時点で出来上がっていたので、どういうコンテンツを作っていこうかとより具体的な話をしていました。プロジェクトが進んでいく中で、大坂社長もぼくも法人格を持っていなかったので、2016年9月のタイミングでそれぞれ合同会社ライブカートゥーンとActiv8株式会社を設立しました。タイミングが同時になったのはたまたまですが(笑)。
ーーモーションキャプチャや3Dアニメーション制作のほか、cortさんが「キズナアイ」の企画でかかわった部分はありましたか? たとえばキズナアイのMMDモデルはかなり早期から配布され、その後のバーチャルYouTuberも真似るようになり、現在の流れにつながっているように思います。また3Dモデル制作にはMMDモデルで著名なTdaさんやトミタケさんが参加していますが、このあたりはcortさんの人脈を通じて参加されたようにも見えます。
cort:MMDモデル配布のアイデアはぼくが発端ですね。ぼくがMMD出身だったのと、あの頃は「東北ずん子」(※7)さんなどもモデルを出してたのでその流れで。「配布してユーザーにも楽しんでもらった方がいいじゃないか」と話していました。ただ、モデル制作にTdaさんたちを起用したのはぼくではなく、松田さんですね。松田さんがTdaさんに直接依頼したのですが、忙しくて対応できないとのことで、トミタケさんを紹介してくれたんです。松田さん自身もMMDを見ていて、『Tda式初音ミク・アペンド』を知って、こういう感じってイメージを持たれたんじゃないでしょうか。
あと、初期のキズナアイ公式WEBサイトが「魔法のiらんど」(※8)みたいなデザインだったと思うのですが、あれはぼくが言い出しっぺですね(笑)。
【※7 東北ずん子……SSS合同会社が、東日本大震災からの東北復興支援を掲げて制作した、東北地方のイメージキャラクター。非商用であれば誰でも無償で利用できることにくわえて、音声合成エンジンが発売されたことで話題となった。現在でも多くの二次創作コンテンツが制作されている。】
【※8 魔法のiらんど……KADOKAWA アスキー・メディアワークスが運営する小説投稿プラットフォーム。かつてはホームページ機能・掲示板機能・ブログ機能などを内包したWEBサービスとして運営されており、キズナアイの公式WEBサイトはそれをオマージュしたもの。】
ーーそんなところまで! あのホームページは「インターネット老人会」的な雰囲気がありましたね。こうしてみると、かなり幅広く参加していたんですね。
cort:アニメ制作の頃からなんですが「作画だけ」というようなプロジェクトには逆に入ったことがなくて、全セクションが集まる会議に参加してラフに意見交換をしていました。キズナアイちゃんについてもそうですね。
ーーキズナアイさんはその後大きな人気を獲得することとなりますが、その人気ぶりを実感し始めたのはいつごろでしたか?
cort:キズナアイちゃんがはじめて生放送をしたときでしょうか。企画がスタートしてから半年ぐらいの、韓国のリスナーがすごく多かった時期です。リアルタイムでチャットが本当に滝のように流れて、「これは来たな」と思いましたね。
ーーキズナアイさん以外にも、2017年頃からはVRアイドルプロジェクト「Hop Step Sing!」など複数参加していたかと思います。当時からこうしたコンテンツが普及していくことに手ごたえを感じていたのでしょうか。
cort:手ごたえは感じてましたね。もともとこういう流れが来ると思っていたし、来て欲しいなという思いも込めて生まれたのが「KiLA」でしたから。当時はバーチャルYouTuberという概念はなかったので、技術とIPの掛け合わせで、テンポよく新作が出るアニメ、みたいな。
ーー2017年末にはキズナアイが1周年を迎え、YouTubeチャンネルの登録者数が100万人超えました。またミライアカリさんなどキズナアイ・フォロワーとも呼べるバーチャルYouTuberたちが大変注目された時期でもあります。当時のシーンをどのように見ていましたか?
cort:純粋に楽しんで、ゲラゲラ笑いながら見ていましたね。この子面白いな、ビジュアルがめちゃくちゃかわいいな、歌が上手だな、とか。次々と新しいバーチャルYouTuberが生まれてくるのが嬉しくて、夢中で見ていました。
そういうところは今でも変わりませんね。「これは仕事だ」「ビジネスだ」という感覚はあまり持っていないです。お手伝いしたバーチャルYouTuberさんの配信アーカイブを家に帰ってから改めて視聴して「ここ良かったなー」と楽しんだり。いち視聴者として楽しく見ています。
当時の話でいえば、電脳少女シロちゃんには注目していました。ゲームを純粋に楽しんでいるな、ゲーム好きなんだなって。『PUBG: BATTLEGROUNDS』で「AKM」を拾ってウキウキしているときの声のトーンがすごく可愛かった。あとは、沢山のバーチャルYouTuberさんを追いかけて技術的な目線で動画を見たりもしてましたね。これ、機材は何を使っているんだろうな、どう撮影したのかなとか。当時は3DモデルのバーチャルYouTuberが多かったので、そういった意味でも熱心に見ていました。
ーーほかのバーチャルYouTuberプロジェクトに、昔からのMMDクリエイター仲間が参加している例も多かったと思います。どう見ていましたか?
cort:見知った人がいたのは、個人的に嬉しかったですね。同じ業界にいるわけだし、機会があったら一緒に仕事したり、依頼したりできるかなとか、そんなことも考えていました。技術レベルの高いクリエイターが参加していて、彼らがいるならクオリティは担保できるなと安心していましたね。
■ライブカートゥーン社の現在とこれから 「現実的なコストでK点を越える」「タレントとスタジオは対等に支え合えたらいい」
ーー創立から現在まで、ライブカートゥーン社はさまざまなバーチャルYouTuberの活動に協力しています。現在のおもな事業内容を教えてください。
cort:メインはスタジオ事業ですね。バーチャルYouTuberの方々のコンテンツ制作のお手伝いがいまも昔も変わらずこの事業がメインです。
もうひとつのかたちとしては自社プロデュースのバーチャルYouTuber。個人から所属になる方もいますし、「Charact」所属のバーチャルYouTuberもいれば、「Charact」でなくライブカートゥーン所属でいるバーチャルYouTuberもいます。
うちはあまり事務所感がないんですが、それはアーティストとスタジオは対等であった方がいいと思っているからで。表現としては「相談相手」、「活動のサポートをしている」くらいのイメージです。あとはバーチャルYouTuber以外にゲームのモーションキャプチャとかもしていますし、3DCGのクリエイター紹介を依頼されることも多いですね。
また、メイン事業ではありませんが、ぼくがMMD制作をおこなえるので「MVを作ってほしい」という依頼をいただくこともあります。MV全編をぼく一人が作るのは、現状のリソース的にしんどいので、最近は映像クリエイターとコンビを組んで、ぼくがMMDを使って動きまで仕上げて、それに演出を入れてもらうかたちでMV制作をお請けしています。
ーー現在モーションキャプチャに使用している機材は『OptiTrack』ですか?
cort:はい。今は『OptiTrack』です。『OptiTrack』だと指全部のキャプチャが取れないので、指のキャプチャは『Neuron Studio Gloves』を使っています。『Perception Neuron』はもう何年も使ってないですね。
ーーライブカートゥーン社はバーチャルTuberのモーションキャプチャスタジオとしては老舗で知られていますね。2020年に安価なスタジオパックサービスを始めたときは大きな話題になりました。現在でも、個人のバーチャルYouTuberの3Dお披露目などで使われているのをよく拝見します。
cort:スタジオはお金をかけようと思えば青天井の世界です。お金が1000万あれば1000万のスタジオを使えばいい。そこへきて、我々が意識してるのは、「現実的なコストでK点を越えること」。
ものすごいクオリティを求めるなら、しかるべきスタジオ・会社に依頼するべきで、ライブカートゥーンはその領域にはいかないだろうと思っています。いまの事業規模では大手の会社には太刀打ちできないという事情もあるにはありますが、現実的なコスト感で一定のクオリティを出す意識は大切にしています。個人の方でも比較的利用しやすく、それでいてクオリティはしっかり維持できるので、選んでもらいやすいという利点もあります。
ーー“ライブカートゥーンならでは”という売りはありますか?
cort:当社は音楽系ライブが得意なだけでなく、バラエティなども含めてオールマイティに対応できます。事業の経験が長く、他のスタジオさんがこれからつまずく所はだいたいうちはもう攻略済みで、得意なことは多いので、具体的に相談してもらえれば「それはできますね」「〇年前に似た事例をやりましたよ」と対応できると思います。また、小規模なスタジオだとステージに立てる人数に制限があることが多いのですが、我々のスタジオは最近設備を増強し、人数制限のキャップを外しました。
ーー他社はビジネスとしては競合にあたりますが、個人間でつながりなどはありますか?
cort:「きまっしスタジオ」のノリさんとはオークションサイトに出品されていた機材を共同購入して調達したことがありますね。それ以前に入札でめちゃくちゃ争った相手がノリさんだと分かって、あるとき「必ずまた争うから」とノリさんから提案を受けて、2人でお金を出し合って購入しました。ほかのスタジオともそういうことがあり、モーションキャプチャのノウハウだったり、中国の「アリババ」で売ってるこのレンズはこの機材のレンズと合う、みたいな情報交換もしています。モーションキャプチャで使用する専用スーツが足りなくて、Ninnin Studioさんから借りて送ってもらったこともありますよ。
ーーバーチャルYouTuberの事務所としては、個人で活動していたタレントが所属する場合にIPの権利を保有しないのが特徴的に感じます。
cort:もともと個人の子が入ってくる場合、権利はその子が持ってるので、わざわざそこを押さえるのは僕が逆の立場だと嫌です。ぼくはバーチャルYouTuberを芸能人だと思って接しているので、たとえば芸能人が事務所を移籍したらそれ以前の名前や顔が使えなくなるのはおかしいなと。こうしているのは自分が他社さんのやり方を知らないというのもありますが。
ーー他社ですとグッズ販売などのキャラクタービジネスの比重も大きいため、スタジオ事業が本業のライブカートゥーン社と異なる点も多いのかもしれませんね。たとえば他社でバーチャルYouTuberの新衣装や3Dモデルの制作に予算を出しているのは企業がIPを保有しているからこそでしょうし、タレントにとってもそれぞれメリット・デメリットがあるように思います。
cort:そこの部分はまだ解が見いだせず、お金を出したら出した分の権利が生まれてしまうものだから、今の所は「自分で権利を持ちたいものへは資金援助はできないよ」としています。
ぼくが目指してるのは芸能事務所といっても”組合的”な付き合い方です。会社というよりも、声優とマネージャーだけの「俳協」(東京俳優生活協同組合)のように、タレントとスタジオが対等に支え合えたらいいなと思っています。
ーーつづいて音楽ライブ『Planet Station(プラステ)』についてもお聞かせください。「Charact」所属の柚子花さんが主催ですが、立ち上げにはcortさんが関わり、柚子花さんと二人三脚で実施しているとブログに書かれていました。
cort:『プラステ』はもともと、柚子花の活躍の場を増やしたいと考えて企画したんです。うちは自社にモーションキャプチャの設備があって、たくさんのバーチャルYouTuberさんの活動を支えてきたノウハウがある。このスタジオとアイドルシンガーの柚子花を組み合わせれば、難しく考えないでイベントができると。
ーー柚子花さんがよく、うちの事務所はスタジオ使い放題だよ、とX(Twitter)に書かれていますね(笑)。
cort:はい。自由にさせています。この間も、フルトラッキング環境で企画も何もない、本当に“ただ雑談をするだけ”の配信をしていました(笑)。
『プラステ』は自分たちのリソースを使って1度きりのお祭りではなく定期公演とすることで、柚子花の露出を増やせないだろうかという思い、また加えて、年中ライブをやっていればスタッフの練度向上にもつながるだろうという狙いがあり、2年間に年6回ペースで開催していて、9月9日に9回目、11月4日には10回目を迎えるまでになりました。正直、自分でもまさかこんなに開催することになるとは思わなかったです(笑)。
ーー複数のバーチャルYouTuberが出演する定期ライブでありながら、外部のスポンサーや事務所主導でなくバーチャルYouTuberの柚子花さん本人の主催という点でも『プラステ』は珍しいイベントだと思います。
cort:「柚子花主催」とイベントの看板に名前を入れて、アーティストとしての露出にしたいというのが狙いのひとつですね。
それから、これはぼくがバンドやっていたのもあって、その文化を踏襲した形式でもあります。ライブハウスって、ライブハウス主催のイベントだけでなくアーティスト主催のイベントが結構あるんですよ。ライブハウスを貸し切って、ブッキングからタイムテーブル組みまでアーティストが自らおこなって、対バンイベントをまわすんです。そういう意味では、ほかのバーチャルYouTuberのライブイベントはどちらかというとライブハウス主催のブッキングイベント的なものが多いですよね。
そこで、柚子花主催と銘打って「柚子花、お前が旗を振ってイベント回してみてよ、裏方とかは手伝うから」と声をかけてスタートしているので、他にない珍しいかたちになったんですね。
ーーまだ3D化したばかりの方や、イベント経験の少ないバーチャルYouTuberが『プラステ』に出演することも多いですが、フルトラッキングの3Dライブでしっかり実力が見られる場ですし、その後ほかのイベントに出演しているのもよく見かけますし、ある種登竜門的な存在になっている面もあるのではないでしょうか。
cort:登竜門的なポジションとして捉えていただけるのであれば、それはすごく嬉しいですね。『プラステ』はパフォーマンスの映像をダイジェストや1曲分に限って自身のYouTubeチャンネルにアップロードしていい、ということにしています。パフォーマンスのPR動画にしてくださいと。そこからライブイベントのお声がかかるかもしれませんから。
実際、『プラステ』に出演された方が、その後別のイベントに参加しているのはぼくもよく見かけますし、もしかしたら他のイベンターさんも『プラステ』でベンチマークを取っているのかもしれないですね。ライブカートゥーンとしても、この実績でライブ制作などの依頼が来ることもありますので、体感としてもいろんな方から見ていただけてるなと感じています。そうやって関心を持っていただけてるなら嬉しいですね。
ファンの方からも、一組のアーティストに対して持ち時間がしっかりあるのが嬉しいとか、柚子花がひょっこり現れてコラボするのが「ちゃんと同じイベントに出ているんだ」と感じられて嬉しいとか、好意的な反応をたくさんいただいていますよ。
ーーそんな『プラステ』の第10回は、オンラインはもちろん「秋葉原エンタス」でのリアル開催も発表となりました。非常に楽しみですが、エンタスでのバーチャルYouTuberのライブイベントとしてはかつてない規模になりそうでキャパシティが心配ですね。
cort:ちょっと会場選びに失敗したな、と思っています(笑)。なので、チケットの売り方はいろいろと考えています。ただ、エンタスでやるのは柚子花が「エンタスがいい」と言ったからなので、いいんです。エンタスは柚子花も思い出があるみたいですし、ライブカートゥーンでも過去に星乃めあ(MaiR)さんや朝ノ瑠璃さん、星街すいせいさんなどに出演いただいた『Vカラオフ!』を主催していました。
ーーcortさんが「キズナアイ」の立ち上げにたずさわっていたころと比べ、バーチャルYouTuberの主流な活動スタイルはだいぶ変化していますよね。たとえば2018年のはじめ頃はキズナアイさんのように3Dモデル・動画投稿が中心のバーチャルYouTuberが多かったのに対して、現在はLive2Dでライブ配信をおこなうバーチャルYouTuberが増えました。
cort:そうですね。ただ一方で、配信から動画中心になった月ノ美兎さん、現在も動画を中心に投稿する甲賀流忍者ぽんぽこさんやおめがシスターズさんのような方もいます。
最近はバーチャルYouTuberのクラウドファンディングが増えていて、個人でも3Dモデルを作る方が増えていますが、そうして3Dお披露目して、着実にファンを増やしていった方も、一部は動画投稿中心になりそうだと思っています。というのも、普段の配信で3Dは活かしにくいんですよ。たとえばうちの所属タレントたちは「フルトラッキング3Dの感動が薄まってしまう」という理由からスタジオ以外での3D配信を基本的にしていません。同じように、「3Dは特別なときに使う用にとっておこう」と考える方は多いんじゃないでしょうか。
生配信の方が手軽にコンテンツを作っていけるので、今後も大きく変わらないと思います。ただ、動画投稿中心になっていくバーチャルYouTuberも少なくないんじゃないかと思っています。『mocopi』(※9)などいいものも出てきていますし、月ノ美兎さんたちを見てるとそういうことも考えますね。
【※9 『mocopi』…… ソニーが2023年から発売しているモーションキャプチャデバイス。簡単にフルトラッキング3Dが行え、場所を選ばず野外でも使用できることからバーチャルYouTuberの利用も多い。】
ーーほかにこれまでに関わったバーチャルYouTuberの企画・配信で印象的だったものはありますか?
cort:のりプロの方々は印象的なものが多いですね。とくに白雪みしろさんの3周年は物語調で進んでいく構成がすごく印象的でした。ミュージカル調の曲から始まって、柚原いづみさん、風見くくさんとはお菓子のステージで、東雲めぐさんとは海の中と、ステージを変えながら可愛く踊って歌って。台本をもらったとき、思わず「うちもコレやりたい!」と思いましたね(笑)。
それから、犬山たまきくんの生誕祭も印象的でした。「イケボホストクラブ」の面々など、ゲストの人数の多さ、ステージセットの多さなど、やりごたえを感じましたね。クリエイターとしては「これは絶対にファンに喜ばれるな」と思えるものほどテンションが上がるので、それで印象に残っているのもあります。
直近でいうと、周防パトラさんのお誕生日コンサートも楽しかったです。パトラさんに「いままでやったどのライブよりも演出が良かったです」と言われたのはとても嬉しかったですね。「偉大なる悪魔は実は大天使パトラちゃん様なのだ!」という曲で「地球が逆回転したんじゃない?!」の歌詞に合わせてカメラを回す演出など、カメラワークはめちゃくちゃリハーサルしていて。それが1曲目だったので、「これでファンのハートはわしづかみできただろう」とコントロールルームでニヤリとしてました(笑)。「イニシエノウタ」でパトラさんが分身するところも、安直にフタ絵をはさむのではなく、シームレスにやったこともこだわりでした。
ーーcortさんは直接バーチャルYouTuberの方と接する機会も多いと思いますが、昔と今の新人の子を比べたときに、違いは感じますか?
cort:昔と今のバーチャルYouTuberに違いがあるかというと答えにくいですが、バーチャルYouTuber参入を検討している企業から相談を受けた際、昔は事務所やプロダクションを通して、声優や劇団員のような「芸能のレッスンを受けている方」を探すようアドバイスしていました。今は「ライブ配信アプリ等でオーディションを実施して、まだ事務所に入ってない人たちから見つけた方がいい」とアドバイスするようにはなりましたね。
在野から才能を発掘する方が大変ではあるんですけど、その分飛びぬけた個性を持つ人が埋まっていると感じるようになりました。
ーーありがとうございます。大変興味深かったです。最後に、ライブカートゥーン社の今後について伺えますか。
cort:音楽系のイベントは『プラステ』や『V-TIPS』でやらせてもらっているので、今後はバラエティ路線、たとえばMonsterZ MATEが投稿しているシュークリーム動画とかホロライブのお正月企画のような、バラエティ企画でも3Dのモーションキャプチャを活かせたらいいなと思っています。
ただ、それにはスタジオが狭いので近いうちに引っ越す予定です。それを見据えて、すでに大幅な設備増強もしています。ちなみに、その設備増強のきっかけは、柚子花が「複数人同時に一斉に並んで歌いたいから人数制限のキャップを外して」と言ってきたことです(笑)。「すごいお金がかかるよ……?」と話をしつつ、結局ぼくらもそれに乗っかる形で大金をつっこみました。それまでは同時に3人までしかキャプチャできないライセンスで、制限を外すこと自体は前々から検討はしていたんですが……思い切ったきっかけは柚子花でしたね。
そして、制限を外すのと同時にカメラなどの備品も増やしました。「Perseption Neuron」を販売しているNOITOMの日本支社が、研究用に持っていた『OptiTrack』の機材を売りたいという話があり、買うから全部売ってくれと(笑)。こちらは偶然だったんですが、そうしたタレントからの後押しと重なり、とんとん拍子に設備が揃いました。
ーー柚子花さんらしい(笑)。タレントの言葉をきっかけにスタジオが新たなステージに歩み出すこと、Neuron以来の関係性が関わることなど、VTuber業界を長く支えながらタレントと対等に支え合うことを目指すライブカートゥーン社らしいエピソードだと思います。キズナアイ以来の老舗の経験値に、スタジオ設備の拡充と、今後のライブカートゥーン社のお仕事に期待ですね。ありがとうございました。
(取材・文=myrmecoleon)
コメント