TVアニメ『名探偵コナン』の主人公、江戸川コナン風の声で人気曲を歌う動画が注目を集めている。動画のタイトルには「AIに歌わせてみた」とあり、流れる歌声は生成AIによって生成された“にせものの声”だ。

【画像】YouTubeでも「AIカバー」がたくさん検索結果に表示される

 機械学習でAIに人間の声を学習させると、その声を使ってボイスチェンジャーを作ったり、歌わせたりすることができ、学習用のデータさえあれば俳優や有名人にそっくりな“AI声”を作るのも難しいことではない。

 こうしたコンテンツを作ることについては現状、具体的な規制が無いため、世界中で議論が巻き起こっている。

■現在の法のもとでは「人の声」そのものには権利が発生しない

 生成AIによる声の模倣は今年の4月ごろからたびたび話題になっており、その後も技術・精度が進化し続けている。かつては動作環境を作るための専門的な知識や技術的なハードルがあったものの、現在はその障壁もぐっと低くなった。

 最近では有名人の声を模した声で既存の楽曲をカバーする「AIカバー」が人気を集めており、前述の「歌わせてみたもこうしたもののひとつ。AIカバー音声を簡単に作れるスマートフォン用アプリケーションも複数存在しており、生成された歌を聞いてみるとすこし機械的な発音が残る部分もあるものの「AIによる生成物である」とわかっているから気づける程度の違和感だ。有名歌手の声を模した楽曲の動画を偶然見かけて、そこに「○○さんの新曲です」あるいは「○○さんの声真似してみました」などと書かれていたら、それがAIによる歌唱だと看破することは容易ではない。

 こうしたAIを作るには、対象となる人物の声をAIに機械学習させることが必要であり、おそらく前述のAIカバーは江戸川コナンの声を大量に学習している。そしてこうした行動、つまり「人の声や既存の著作物をAIの学習ソースにすること」は著作権法によって認められている。平成30年に改正された現行著作権法第30条の4の概要によれば、

“例えば人工知能(AI)の開発のための学習用データとして著作物をデータベースに記録する行為等,広く著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない行為等を権利者の許諾なく行えることとなるものと考えられます”

 とあり、これに照らすと前述の「コナン風のAI生成音声」や、その制作過程における「コナンの声を大量に学習させる行為」には違法性がないということだ。筆者の個人的な感覚としてはこうした行為がコナン役を演じる声優・高山みなみ氏の肖像権やパブリシティ権を侵しているように感じるが、いずれの権利も現在の法のもとでは「人の声」そのものには発生しないという。

■世界で議論される「生成AIと人間の権利」

 海外の状況に目を向けると、アメリカでは今年7月、全米映画俳優組合(SAG-AFTRA)がストライキを敢行した。組合は全米映画テレビ制作者協会(AMPTP)に対して「労働条件の改善」や「利益の衡平な分配」を要求したが、この中には「俳優の代わりに人工知能(AI)やコンピューターで生成された顔や声などを使わないこと」も含まれていた。組合の主張によれば、

人工知能はメンバーの声、肖像、パフォーマンスを模倣することができます。私たちは、許容可能な用途について合意を得ること、そしてAIシステムを訓練し、新しいパフォーマンスを作成するための使用(機械学習のソースに俳優を利用すること)に対する同意と、公正な補償を確保する必要があります”

 としている。映画のなかで俳優がAIに「取って代わられる」可能性があり、協会はこうした状況に非常に強い危機感を持っているということだ。

 また、今年6月にはEUの欧州議会本会議でAIの規制法案が採択された。ここではAIの技術が多くの利点を生み出すことを認めつつも、その「容認できない使い方」を禁止する方針が述べられている。生成AIの規制については「コンテンツがAIによって生成されたことの開示」「違法コンテンツの生成を防ぐモデルの設計」「トレーニングに使用される著作権で保護された情報の公開」などが盛り込まれており、草案は6月末に可決された。

 なお日本の俳優が所属する組合、日本俳優連合もEUの法案採択と同時期に「生成系AI技術の活用に関する提言」を行なっており、EUの採択したAI規制法の理念に賛同するとともに「人間の代替としてのAIによる“表現”の禁止」「声の肖像権の設立」を認めて欲しいとしている。

 個人的には、前段で取り上げた高山みなみ氏の権利が認められるような、つまり日本俳優連合が掲げる「声の肖像権」のような新しい権利の創出には期待している。「声」や「演技」というものが無形の資産であることに間違いはなく、それを模倣できるような世界でその権利が認められないことは歪だと感じる。

 しかし同時に、こうして広く伝播した技術を根本的に規制することは不可能で、たとえ規制を敷いても社会の状況と規制の内容が伴わない場合、新たに歪な構造が生まれてしまうことへの不安もある。創作物や表現者の権利を守りつつ、健康的に技術の発展を支援できるような、柔軟な規制や業界ルールの策定が求められている。

〈Photo by Pixabay〉

(文=白石倖介)

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