日本人の平均給与はバブル崩壊直後の1992年時点で472万円でしたが、直近は443万円と、30年前から減少しています(国税庁令和3年分民間給与実態統計調査)。これには、日本独自の雇用の仕組みが関係していると、『日本病 なぜ給料と物価は安いままなのか』著者で第一生命経済研究所首席エコノミストの永濱利廣氏はいいます。右肩上がりで賃金の上昇が続くアメリカと比較しながらみていきましょう。

賃金が上がらない理由…独特の雇用慣行

労働分配率を引き下げている大きな要因として、正社員と非正規社員との賃金格差が挙げられます。

2020年時点で、日本の非正規雇用労働者は2,090万人(総務省「労働力調査」)。被雇用労働者全体のうち37%を占めますが、正社員と非正規社員との賃金格差は、額面においても昇給率においても明らかに存在しています。景気の良し悪しにかかわらず非正規社員の賃金が低水準にあるという構造は、デフレ脱却の観点からも修正すべき点です。

同時に、大企業などでは正社員の解雇がしにくいことも、企業が賃金を簡単に上げにくい理由になっています。なぜなら、一度上げた賃金は下げにくいからです。この点、アメリカは法制度的に解雇が非常にしやすいので、経済が良いときには給与を高く設定して良い人材を集め、本人か会社のいずれかが立ち行かなくなってきたらさっさとクビを切る、ということも容易です。

さらにアメリカとの比較で言えば、さまざまな職種が「総合職」として一括され、賃金格差が少ないことも、日本の独特な雇用慣行のひとつと言えます。

アメリカの場合には、エンジニア、研究、営業、人事など「職種」ごとに労働市場が決まっています。日本では「会社」ごとの新卒一括採用なので、学生にとっては「どの会社に入るか」ということが重要になりますが、アメリカでは「どういう専門性を追求するか」のほうが遥かに大事です。

そして、年功序列ではないですから一つの企業に長くいる必然性はなく、むしろ待遇や専門性を高める方向にキャリアアップすることが自然な流れになってくるわけです。

ちなみに、いま「日本式」と呼ばれることの多い「終身雇用年功序列」や、ジェネラリスト育成を目指す一括採用は、実は第二次世界大戦後に一般化された、比較的新しい仕組みだと言われています。むしろ大正時代などは今のアメリカに近く、専門性をもった職人たちの流動性は高かったのです。

もちろん、安定して給料が上がり、解雇されにくいほうが、安心して将来設計ができるという利点もあります。しかし右肩上がりの高度経済成長期ならまだしも、成長が望みにくい日本の現状では、単に給料が上がりにくいだけでなく、「チャレンジするより失敗しないように振る舞うほうがマシ」という負の側面が強調されてしまうことは否めません。

固定化された人間関係が、過度に「空気」を読むことを求めたり、いま問題になっている職場のハラスメントが起きやすくなる一因にもなり得ます。業務以前に人間関係でストレスが生じていては、仕事の生産性は下がります。これだけグローバル化した世界において、もはやこうした仕組みは変えるべきでしょう。

企業そのものの新陳代謝も悪い

労働者の流動性の低さは、企業自体の新陳代謝のスピードの遅さにもつながります。

株式の時価総額が大きい企業ランキングの顔ぶれを見ると、昭和から続く企業ばかりです。

一方、アメリカでは、2022年1月にApple社の時価総額が3兆ドルを超したことでニュースになったように、新興企業が続々と台頭します。Apple社2000年代後半から急激に伸びてきた企業ですが、それが一気に、イギリスの国家予算を超えるような時価総額を叩き出したのです。

こうした環境は、優秀な若者たちにとって「起業」という選択肢を当たり前のものにします。労働市場の流動性も高いので、失敗への恐れも少ないでしょう。

そうすると、時代ごとの産業構造に応じた新しい企業が次々と生まれ、企業も産業自体も新陳代謝が活発になる─当然、こんな国では経済も成長しますから、給与も上がっていくわけです。

日本の大手企業も、時代に応じて変化しているからこそ続いているのですが、どうしてもアメリカのようなやり方に比べたらスピードは遅くなります。新型コロナワクチンも結局、日本では開発が間に合わず輸入に頼るしかなかったことも、それを証明しているのではないでしょうか。

永濱 利廣

第一生命経済研究所

首席エコノミスト

(※写真はイメージです/PIXTA)