フィンランドから、ド肝を抜くアクション映画がやってくる。タイトルは『SISU/シス 不死身の男』。すでに公開された国で大絶賛。アメリカの作品レビューを集計するサイト「Rotten Tomatoes」では、映画批評家からの支持がなんと一時98%を超える高評価を得た。これは年に一本あるかないかのレベル、かなりの高さだ。本国フィンランドでは1月の公開以降、5ヶ月連続で興行ベストテン入りするロングラン・ヒットを記録している。この「スゴイじいさん」が暴れまくる映画、日本でもいよいよ10月27日(金)から公開だ。

『SISU/シス 不死身の男』

フィンランドといえば、「世界一幸せな国」といわれている。毎年発表される世界幸福度ランキングで、6年連続首位を維持しているし、ガイドブックをみると、「ムーミンの故郷へようこそ」「サンタクロースが住む北部のラップランドオーロラ見物はいかが?」なんて書かれているし、癒しのサウナもこの国の定番。福祉もしっかりしていて、ペットにも格別優しい。そんな国で、超過激なアクション映画が登場し、大ヒットした。このギャップが面白すぎる。フィンランドの若者は実はヘヴィメタが大好き、という嗜好と無縁じゃない気がする。

第二次世界大戦末期のフィンランドで、ナチス・ドイツにたったひとりで刃向かった男の話。最初から最後まで、息もつかせぬ怒涛のノンストップ・アクションなのだが、称賛されている理由はそれだけではない。映画が生まれた背景を知ると、なるほどと腑に落ちる深い内容でもあるのだ。

まず、タイトルの『SISU』とは、第一次世界大戦中に生まれた、フィンランド人の魂をゆさぶる言葉なのだそうで、『我慢強さ』『あきらめない姿勢』といった“精神性”を意味するのだが、映画の主人公・アアタミの姿が、まさにそのSISU魂なのである。

もうひとつ。フィンランドの国民性として、無口な人が多いといわれるけれど、アアタミは無口も無口。最後の最後でひとこと気の利いたセリフを発するだけ。しかしこれが、たくさんの言葉より、ずっと心揺ゆさぶられる。無骨な男はこれでなくては。

ちょっとだけ、映画の舞台になっている第二次世界大戦末期までのフィンランドの戦争事情を記しておくと──。1939年にソ連の侵攻で「冬戦争」が始まったが、善戦むなしく破れ、領土をソ連に奪われた。続く「継続戦争」では、ナチス・ドイツと手を結び、再びソ連と戦ったが、これにも敗退。ソ連と休戦協定を結ぶ際、自国からナチスの追放を求められて、ドイツとの「ラップランド戦争」が始まった。ナチスは、北部ラップランドの街を焼き払って、財産を奪い、人質をとりながら撤退する作戦をとっていた。本作は、このさなかの物語。

アアタミは、ラップランドの荒野で愛犬のウッコとツルハシひとつで金鉱堀りの仕事をしている。運良く金脈をみつけ、掘り当てた金塊を運ぶ途中、ナチスの戦車隊にそれを奪われそうになり、やむなく兵のひとりを殺してしまう。いや、瞬殺!目を見開いていてもわからないほどの殺し方。この男、ただものではない。

そんないきさつから、ドイツ軍とめちゃくちゃ強い老人1人(…と1匹)の戦いが始まる。

その戦う姿は、まさに『あきらめない姿勢』、SISUの権化。機銃掃射をされても、地雷原に追い込まれても、縛り首に合いそうになっても、絶対に、絶対に負けない。戦車に食らいつき、飛行機にもツルハシ一本で飛び乗る。敵の武器をフル活用して、鬼神のように、強烈に戦う。

この男は何者? 戦車隊に捕えられていたフィンランド女性が、彼のことを知っていた。

アアタミは、冬戦争に参加した元兵士。家族をソ連に殺され、復讐の鬼と化し、単独行動で300人ものソ連兵を殺した「伝説の兵士」だという。それを聞いて、ナチス兵は怯むけれど、時すでに遅し

継続戦争」を描いた『アンノウンソルジャー 英雄なき戦場』(2017)という、人口554万人のフィンランドで100万人を動員した大ヒット映画があった。あの作品の主人公も家族思いで、軍の方針に刃向かうことも辞さない勇敢で有能な兵士だった。家族がもし同じような目にあったら、彼は、このアアタミになったのだろう。フィンランド人は本作を観て、そう受け止めたと思う。

監督・脚本はヤルマリ・ヘランダー。CMの監督のかたわら、短編で、主人公が銃を手に敵をぶちのめすアクション作を自主製作していたそうだ。長編デビュー作は『レア・エクスポーツ〜囚われのサンタクロース』(2015)。続いて、米大統領サミュエル・L・ジャクソン)の専用機がテロにあい、フィンランド山中に不時着するという『ビッグ・ゲーム 大統領と少年ハンター』(2015)。

そして本作。「物語の背景にあるアイデアはシルヴェスター・スタローンの『ランボー』に似てる。豪胆無比な男が過酷な大自然の中で、圧倒的な力を持つ敵に立ち向かう。『SISU』はあそこまでシリアスな映画じゃないけど、ダークで暴力的な作品。主人公が凄く独創的で風変わりな方法を駆使してサバイバルをする。とてもクールだよ」と監督は語る。

アアタミ役はヨルマ・トンミラ。フィンランドの名優で、ヘランダー監督とは短編映画時代からのタッグ、長編2作にも出演している。ナチスの兵隊役にトンミラの息子オンニ・トンミラが出演。彼も『ビッグ・ゲーム 大統領と少年ハンター』で米大統領を救う少年ハンター役を演じたヘランダー組だ。同じくナチスの中尉役を演じているのはノルウェー出身のアクセル・ヘニー。

女性は出番が少ない映画だが、捕虜役で出演のミモサ・ヴィッラモには、カッコいい見せ場が用意されている。

この映画のロケは、北極海に近いラップランドでも最北の町、ヌオルガムで行われた。メイキング映像でみると、木々が生えていない、見渡す限り砂漠のような荒野。西部劇にでてくるような土地だ。サンタクロースのようなメルヘンにはほど遠い。

そう、たしかにランボーだけど、西部劇、それもマカロニウェスタンを彷彿とさせる雰囲気もあるのがいい。60年代風のタイトルロゴ、チャプター表示、そして上映時間91分という短さもいい。ぐいぐい引っぱられ、痛快丸かじりのうちにエンドロール。すごいエンタテインメント作品です。

文=坂口英明(ぴあ編集部)

【ぴあ水先案内から】

池上彰さん(ジャーナリスト、名城大学教授)
「……フィンランドを、まるで擬人化したような映画です……」

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渡辺祥子さん(映画評論家)
「……ナチスに捕まり、首吊り処刑されても死なないタフガイぶりには仰天……」

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植草信和さん(フリー編集者、元キネマ旬報編集長)
「……「そんなこと、アリエルの!?」だが、観る者はその痛快さ、彼の不死身ぶりに拍手喝采せずにはいられなくなる。……」

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