政府は2023年6月に「女性活躍・男女共同参画の重点方針2023(女性版骨太の方針2023)」の原案を示し、2030年までに大企業の女性役員を30%以上にするという努力義務を掲げている。女性の管理職への登用は、企業の姿勢を示す指針の一つともいえるようになった。

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 では教育機関の場ではどうだろうか。学生たちの学習・研究環境、教職員の労働環境は多様化しているのだろうか。

 同志社大学の植木朝子学長は、「ダイバーシティの推進は教育機関の使命」と語る。同志社大学が考える「ダイバーシティ」とはどのようなものか。男女問わず働きやすくなるための環境づくりに必要なこととは何か。植木学長に話を聞いた。

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ダイバーシティの推進は教育機関としての指命

――同志社大学では、これまでもダイバーシティ推進に取り組まれてきましたが、2020年度に「ダイバーシティ推進宣言」を制定されました。どのような狙いで制定したのでしょうか。

植木朝子氏(以下敬称略) 本学の創立者である新島襄が「諸君ヨ、人一人ハ大切ナリ」という言葉を残しています。私たちはその言葉を大事にしていますし、もともと同志社という学校は、多様な人を受け入れて共存していくという今のダイバーシティ&インクルージョンという考え方が根付いている学校なのです。

 しかし改めてそれを明確な形で学内外に発信したいという思いがあり、「ダイバーシティ推進宣言」を出しました。自分と異なる価値観をもっている人や、違う背景をもっている他者を理解して、共生共存していく中でその違いを新たな創造へ導く力をもった人を養成するという、教育機関としての使命を明確に示したものが「ダイバーシティ推進宣言」です。

――宣言を制定されたのは、植木学長が就任されて間もなくでした。なぜこのタイミングだったのでしょう。

植木 本学は特に障がい学生支援についてはかなり先進的に取り組んできました。しかしジェンダー・ギャップの問題や多様な性的指向、性自認に関しては、大学の施策の中心に据えて考えるということはなかったので、早く対応すべきと考えました。

 これは私の個人的な体験になりますが、今から10年ほど前に出会った大学院生のことが心に残っています。その学生さんは真面目な人でしたが、ある時から大学に出て来なくなったのです。どうしたのと聞いてみると、その理由を泣きながら話してくれました。同性の友達に恋心を打ち明けたら、手ひどく拒絶されただけでなく、周囲の学生に言いふらされてしまったというのです。学生さんは結局退学してしまいましたが、私には慰めるだけで何もできなかったという後悔が残りました。

 本学のダイバーシティ推進においては、「SOGI(性的指向・性自認)理解・啓発」を一つの柱にしています。周囲の学生の理解が進んでいたら、その学生さんは退学せずに済んだかもしれません。教育機関としては、直接の支援はもちろんのこと、教育や啓発が非常に大事なことだと思っています。自分と感情的には同調できない、共感できない人が何を考えているのかを理解しようとするのは、知的な作業であり、知識も必要なので、学生さんにはしっかりと学んでほしいです。

ダイバーシティ推進の4つの柱

――ダイバーシティ推進の具体的な内容はどのように詰めていったのでしょうか。

植木 2021年4月にダイバーシティ推進委員会を設置して、全学の教職員を対象にダイバーシティ推進に関するアンケートを実施しました。すると非常に考えさせられる結果が出ました。

「自分は大学から大切にされていると思うか?」という問いに対して、職員よりも教員のほうが大事にされていると思う割合が高く、男女では女性のほうが大事にされていると感じていない割合が高いことが分かりました。そうした皆さんの立場や感覚の違いを踏まえて包括的にダイバーシティを推進するために、「男女共同参画・ライフサポート」「多文化共生・国際理解」「障がい学生支援」「SOGI理解・啓発」という4つの中心課題を設定しました。それに沿った形で施策を実行しています。

――どんなことを行っているのでしょうか。

植木 1つ目の「男女共同参画・ライフサポート」では、国内研究員という制度を活用して、産休、育休または介護休業から復職して1カ月以上6カ月以内は国内研究員として研究に専念できる復帰支援制度を整備しました。また2023年秋からは、出産・育児に係るライフイベントへの対応として、リサーチライフ支援助成事業を整備しました。

 本学は令和3年度に文部科学省科学技術人材育成補助事業の「ダイバーシティ研究環境実現イニシアティブ(調査分析)」に採択されました。これは特に女性研究者支援を目的にしたものなので、この補助事業を利用して海外の大学の事例などを調べました。例えば本学がEUキャンパスを置いているドイツテュービンゲン大学では、ダイバーシティ推進をボトムアップ型で進めています。そうした事例を参考に、本学でどういうことができるのかを考えています。

 また、2023年度は本学が男女共学になって100周年という年でもあるので、学内で企画展を開催します。他にも、他大学でも取り組んでいますが、お手洗いに生理用品を配備するといった支援も行っています。

――ダイナミックな改革から小さな取り組みまでさまざまですね。

植木 何かに取り組む時に、大きなことができないと何もしていないと見なされがちですが、小さいことを積み重ねて意識を変えていくことが大事だと思っています。

 それから2つ目の「多文化共生・国際理解」では、「継志寮」という留学生2名、国内学生3名の割合で入居する寮をつくり、共に生活しながら、地域共生・地域創生、ダイバーシティ、サステナビリティをテーマとして構成するResidential Learning Program(RLP)を設け、地域社会との関わり等を通した実践学習を実施しています 。

 3つ目の「障がい者支援」では、2021年4月にスチューデントダイバーシティ・アクセシビリティ支援室を新設しました。身体に障がいがある学生と精神・発達に特性のある学生の支援窓口を一本化して合理的な配慮ができるよう整備しなおしました。

 4つ目の「SOGI理解・啓発」では、「性の多様性に関する基本方針」を策定し、個人の性的指向・性自認を尊重することを公表しました。具体的な取り組みとしては、スチューデントダイバーシティ・アクセシビリティ支援室に、SOGIに特化した相談窓口を設けました。また、「性の多様性に関するガイド」を作成したり、多様なSOGIに関連した映画を上映する「レインボー映画祭」を開催したりしています。

 2023年の秋からは、全学共通教養教育科目に「同志社の良心とダイバーシティ」が加わります。オンデマンド講義なので、受講のしやすさも影響していると思いますが、多数の登録がありうれしく思っています。

女性が働き続けられる環境とは

――同志社で働く方々の動向はいかがでしょうか。今、管理職の女性比率はどれくらいですか。

植木 どこまでを管理職の範囲として見るのかによるとは思いますが、学長、副学長、各組織の部長やセンター所長など執行部でいえば女性比率は16.7%。学生が所属する各学部の部長等(学部長、研究科長)まで含めると35.5%です。特に学部長、研究科長に女性が増えてきましたが、335人いる事務職員の管理職の女性比率は約19%と低い状態です。

 事務職員の男女比では女性が約35%とまだ女性の方が少ないですが、近年では男性よりも女性のほうが多く入職する年もありました。一般論として、女性は出産・育児などの負担が大きく、仕事のペースを落とさざるを得ない場合もあって、相対的に経験量が少なくなりがちです。経験量だけに依存しない、より透明性の高い評価制度の推進や、管理職の負担軽減など、さまざまな施策が必要だと思います。

――女性がキャリアを諦めずにすむ方法はないでしょうか。

植木 産休・育休など休むための制度と、復職や仕事と家庭の両立を支援する制度の両方がそろっていれば、女性はキャリアを諦めずにすむかもしれません。

 ただ制度は使ってもらわないと意味がありません。制度の存在は知っているのに自分が休んだら迷惑をかけてしまうと考えてしまい、制度を使わないという現状もあると思っています。日本的な教育観の中では、他人に迷惑をかけてはいけないと教えられることが多いので、その教えが自分自身を縛ってしまう、アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)が働いてしまうのです。

 女子学生と話をした時に、「結婚しても仕事を続けたいから、働き続けることを許してくれる男性と結婚したい」と言われて驚きました。男性は結婚相手に「仕事を続けてもいいですか」とは聞きません。家事は女性がやるべきなどの偏見を、男性だけでなく、女性も捨てなければいけません。

 また、子育て中の女性職員に「子育てが大変だから、この仕事はもういいよ」と言ってしまうことは、思いやりのようでいて、その仕事の経験を奪うことにもなります。どこまでが偏見なのかという判断は非常に難しいですが、常に意識していかなければいけないと強く思います。

不均等を正すために、数値目標の活用も

――政府は2030年までに大企業の女性役員を30%以上にするという努力義務を掲げています。数値目標を掲げることも、女性登用の促進につながるでしょうか。

植木 数値目標を掲げないとなかなか変わらないだろうという気はします。女性を登用することによって、本当なら自分が昇進できるチャンスだったのにと、女性のせいでチャンスがつぶされてしまったと思う男性も出てくるでしょう。難しいところではありますが、現状は不均等な状態なので、それを元に戻すためには、どうしても女性の登用に力を入れざるを得ません。数値目標という外圧、ある種の強制は一つのきっかけにはなると考えています。

 もちろん「数値目標達成のために女性ならば誰でもいい」と極端になってはいけませんが、同じ実力があるならジェンダーバランスを考慮しようといった、ゆるやかな感じで進めていけたらいいですね。

――女性の登用やダイバーシティ推進のために組織として最も必要なことは何でしょうか。

植木 組織の中で女性の登用、ダイバーシティが進むかどうかは、トップの意志に大きく左右されます。

 ダイバーシティ&インクルージョンは、どんな組織であれ、まず一番に取り組むべきことだとは思いますが、残念ながら取り組まなくても組織は日々回っていきます。ですからトップが「取り組みを進める」という強い意志を表明すること、そして、そこに関わる人たちのダイバーシティマインドの醸成が非常に重要ではないでしょうか。

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同志社大学 学長の植木朝子氏(撮影:栗山主税)