最後もファンとともに熱男!で盛り上がった(C)TakamotoTOKUHARA/CoCoKARAnext

 巨人松田宣浩内野手が今シーズン限りで引退した。

 松田は2005年大学生・社会人ドラフト希望枠でソフトバンク入り、通算1832安打、301本塁打、991打点を積み上げた。侍ジャパンの一員としても13年、17年のWBCにも出場、ソフトバンクでは6度のリーグ制覇、7度の日本一に貢献、「熱男」の愛称で親しまれた。

 球界には珍しい「声」の貢献で大きな存在感を示した松田にCoCoKARAnextが独占インタビューを敢行。最終回となる第3回は、一般社会でも通じる、勝負どころでの「力の出し方」について聞いた。

 10月1日に行われたヤクルトとの引退試合では本拠地を訪れた多くのファンとともに「熱男!」コールで締めくくった。

 なかなか情熱をここまで体現できる選手も少ない中、松田はいかにして自身の代名詞でもある「熱男」と向き合ってきたのだろうか。

 この点について松田は「『熱男』という言葉がなかったらどういう人間になっていたのかなと思います」と率直な心情を明かす。

 入団当初は現在のような元気を前面に出すキャラクターではなかった。どちらかといえば寡黙でシャイな性格だったとされるが、転機となったのはチームを支えた川崎宗則氏が2011年オフにメジャーに挑戦することになり、後継者として指名されたこと。川崎氏から「元気を出すこと、ムードメーカーの役割はお前に任せた」と指名され、そこから現在の「熱男」のスタイルが形成されていったことは知られている。

 プロ18年間の現役生活を終え、今思うことは「これ(熱男)があったから(チームを)盛り上げることもできたし、ファンの皆さんに1人の選手として覚えてもらう1つの武器にもなったと思います。引退セレモニーでも言ったんですけど、『熱男』という言葉とともに戦ってきたので感謝ですね」としみじみと語った。

 一方、一般社会で働く人々にとっても、勝負どころで「熱男」になる方法、結果を出すための方策は参考になりそうだ。松田といえば、ソフトバンク時代にリーグ制覇6度、7度の日本一を経験とプレッシャーのかかる場面も数多く経験、「勝負の鬼」としても知られている。そんな中で結果を積み上げてきたとあって、勝負どころで、いかに「熱男」となり、パワーを発揮してきたのか。

 その点を聞くと、意外にも松田はシンプルな答えだった。

「とにかく準備ですね。事前に相手の情報を準備したり、その時の状況をよく考えたりするというのが、(結果が出る)一番の近道だと思います」とキッパリ。

 そこにはこんな思いがあった。

 「ラスト1試合だから、決勝戦だから根性でいけ、というのは違うと僕は思います。決勝戦だからこそ相手のことをより知ったり、自分が優位に立つというものをどんどん作ったりしていくのが大事かなと思っていました。それをずっと実践して、探求しながら戦うようにしました」と語る。

 大事な勝負に挑む前には事前にしっかり相手の情報を分析した上で、「自分が優位に立つもの」を見定める。松田にとってはそれが「声」「元気」となったのだろう。

 またプロ18年の現役生活を終えた松田氏は次のステップについて、「野球界の松岡修造さんを目指す」としている。この点については「次は(野球界に)支えられた側から支える側にポジションを変えるというのが当然なので、そこを一番の形にしていきたいなと思います」とした上で、「色々な角度から野球というスポーツを見て、より勉強するという思いです」と謙虚に語った。

 野球人口の減少など近年の野球界には課題が浮上する中、多くの人々に元気と勇気を与え続けた松田ならば、新たな野球伝道の道を切り開くことも期待できそうだ。

[文/構成:ココカラネクスト編集部]

熱男・松田宣浩が語る 一般社会でも通じる 勝負どころで「力を出す方法」とは