パブロ・ピカソジョルジュ・ブラックによって生み出され、20世紀美術の出発点となったキュビスム。パリ・ポンピドゥーセンターの所蔵品を中心に約140点の作品を紹介する「パリ ポンピドゥーセンター キュビスム展―美の革命 ピカソ、ブラックからドローネー、シャガールへ」が、国立西洋美術館で開幕した。

JBpressですべての写真や図表を見る

文=川岸 徹 

キュビスムとはいったい何か?

 難解でわかりにくく、親しみを感じられない。キュビスムに対して、そんな印象をもっている人も多いのではないか。だが20世紀初頭、厳密にいうと1907年から1917年頃までの約10年間、キュビスムは世界的なムーブメントを引き起こし、その後の芸術に大きな影響を与えた。

 シャガール、モディリアーニ、藤田嗣治……。キュビスムの画家としてのイメージがないアーティストたちも一時的にキュビスムに夢中になり、キュビスム風の作品を発表した。本展の音声ガイドの中で美術評論家の山田五郎氏はそうした状況を「キュビスムは誰もが一度はかかる“はしか”みたいなもの」と解説している。

 さて、このキュビスムとはどんな芸術運動なのだろうか。キュビスムとはパブロ・ピカソジョルジュ・ブラックによって試みられた新しい表現方法で、出発点になった作品は1907年ピカソが発表した《アヴィニョンの娘たち》といわれている。具体的な物や空間をそのまま描くのではなく、描く対象を幾何学的な面や形に分解。そのバラバラになった面や形を再び組み合わせて立体的に再構成する。キュビスムルネサンス以降の伝統であった単一視点の遠近法を捨て去った“美の大革命”だったのである。

 ちなみにキュビスムという言葉は、「キューブ立方体)」と「イスム(主義)」を組み合わせた造語。1908年にブラックの作品を見た評論家が「立方体だらけ」と評したことに由来している。

 ピカソとブラックによって成立したキュビスムは、時間の経過とともに進化・細分化を見せていく。1912年頃には新聞の切り抜きや布の端切れを作品の中に貼り付ける「総合的キュビスム」が登場。フェルナン・レジェとフアン・グリスは数式によってさらに美的な調和を生み出すことができると考え、「セクション・ドール(黄金分割)」を提唱した。ロベールドローネーは「オルフィスム」を主導。フォルムの追求のために色彩を犠牲にしてきた従来のキュビスムを脱却し、カンヴァスに明るく輝くような色彩を取り入れた。

 こうしたキュビスムの誕生、成立、進化の歴史を、14の章立てで丁寧に解説しているのが「パリ ポンピドゥーセンター キュビスム展―美の革命 ピカソ、ブラックからドローネー、シャガールへ」だ。絵画を中心に約140点の作品が展示され、その大部分がポンピドゥーセンターの所蔵品。50点以上が日本初公開になる。

《パリ市》を筆頭に見逃せない作品が集結

 まずはキュビスムの生みの親であるピカソとブラック。この2人の画家は1907年に出会い、お互いセザンヌに感銘を受けていたこともあり即座に意気投合。約5年間にわたって、日々顔を合わせ、意見を交換し、作品を比較し合った。そのため2人の作品はよく似ており、評論家から「どちらが描いたか見分けがつかない」と言われることもあった。当時の2人の関係についてブラックは後に「私たちはザイルで結ばれた登山者のようでした」と回想している。

 ジョルジュ・ブラック《大きな裸婦》は、ブラックがピカソ《アヴィニョンの娘たち》に触発されて描いた作品。西洋美術の伝統的な裸婦像をベースにしながらも、遠近法や写実性を排した新しい表現が試みられている。とはいえキュビスム草創期の一点で、具象性はまだ強く残る。伝統と革新の合間を行くようなアンバランスな仕上がりに、不思議なおもしろさを感じる。

 ロベールドローネー《パリ市》は、展覧会のハイライトといえる作品。横幅が4mにおよぶ大作で、ポンピドゥーセンターの所蔵品を代表する一枚としても名高い。エッフェル塔をはじめパリの名所や街並みを背景に、ポンペイの壁画の三美神が描かれている。画面は分割・再構成され、まさにキュビスムらしい作品。だが、ピカソやブラックの作品にはない色彩が取り戻されている。

 実はこのドローネーは「サロン・キュビスト」と呼ばれる一派。ピカソやブラックが作品を画廊のみで展示したことから「ギャラリー・キュビスト」と呼ばれたのに対し、サロン・キュビストの画家はサロン・デ・ザンデパンダンやサロン・ドートンヌなどの美術展で作品を発表した。関係者だけでなく、一般市民にもキュビスムの絵画に触れる機会を作ったのである。ドローネーの作品は明るい色彩と鑑賞機会の増加により、幅広い人気を獲得した。

 展覧会ではロベールドローネーの作品とともに、彼の妻であるソニアドローネーの絵も出品されている。この奥さんの絵がまた素晴らしい。ソニアドローネー《バル・ビュリエ》はパリのダンスホールを主題にしたもの。華やかな色彩にあふれた画面にはリズムがあふれ、音楽が聴こえてくるよう。ちなみにドローネー夫妻はパリのダンスホールで、アルゼンチンからもたらされたばかりの官能的なダンス、タンゴを踊ったという。

シャガールもキュビスムの画家?

 日本でも人気が高い画家、シャガールやモディリアーニの作品にも注目したい。2人ともキュビスムの運動に邁進した画家ではないが、時代の流れや流行に敏感だったのだろう。キュビスムの手法を取り入れた作品を残している。マルクシャガール《白い襟のベラ》、アメデオ・モディリアーニ《カリアティード》。どちらも今まで知らなかった画家の一面を垣間見られる作品だ。

 さらにキュビスムの影響を受けてロシアで興った「立体未来主義」や、第一次世界大戦後にキュビスムの地位回復を目指した「ピュリスム(純粋主義)」なども紹介。ピュリスムの活動に呼応してキュビスム的絵画を描いたル・コルビュジエの作品も展示されている。

 展覧会の会場である国立西洋美術館は、後に世界的な建築家として名を馳せたル・コルビュジエが設計したもの。展覧会の鑑賞後に美術館の建物をじっくり味わう時間もまた楽しいだろう。

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  静嘉堂文庫美術館が丸の内へ移転。《曜変天目》だけじゃない国宝7件展示

[関連記事]

再現不可能?世界に3つの奇跡の茶碗、国宝「曜変天目」の魅力

モネ、ゴーガンら世界中の芸術家が憧れた異郷「ブルターニュ」その魅力と傑作

ロベール・ドローネー《パリ市》 1910-1912年 Centre Pompidou, Paris, Musée national d’art moderne - Centre de création industrielle (Achat de l’ État, 1936. Attribution, 1937) © Centre Pompidou, MNAM-CCI/Georges Meguerditchian/Dist. RMN-GP