GAFAMをはじめとする欧米企業が、今、盛んに現代アートのアーティストと協業している。イノベーション創出の起爆剤となっているようだが、その背景にはどのような秘密があるのか。当連載は、アーティストの作品制作時の思考をビジネスに応用する手法を解説した『「アート思考」の技術 イノベーション創出を実現する』(長谷川一英著/同文舘出版)より、一部を抜粋・再編集してお届けする。アートとビジネスは無縁と思っている方にこそ、ぜひ本編を読んでいただきたい。

 第1回目は、そもそも「アート思考」とは何なのか、なぜアーティストの思考法がビジネスのイノベーションにつながるのかを解説する。

 

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<連載ラインアップ>
■第1回 GAFAMが熱視線を送る「アーティスティック・インターベンション」とは何か?(本稿)
第2回 仏ビジネススクールで誕生したアートとビジネスを融合する方法とは?
第3回 チキンラーメンとウォークマン誕生に見るイノベーション創出の秘訣
第4回 グーグル、3Dプリンター、SNS、アメリカ発のイノベーションの威力とは
第5回 ベル研究所、ヤマハが導入するアーティスティック・インターベンションとは?


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イノベーションへと導く「アート思考」

 これまでの人類の歴史の中で、数多くのイノベーションが生まれ、それらによって私たちの生活は大きく変貌してきました。最近の事例でいうと、新型コロナウイルスに対するmRNA ワクチンが挙げられます。従来、ワクチンの開発には5年ぐらいの期間がかかっていました。しかし、この新しい技術を使ったことで、1年もかからずにワクチンを開発することに成功し、世界中の多くの命を救うことができたのです。

 企業が成長し続けるには、常にイノベーションに挑戦することが求められます。近年はビジネスの参入障壁が非常に低くなり、従来の事業を続けているだけでは、競合企業や新規参入してきた企業にいつ追い抜かれるとも限りません。環境の変化も大きく、お客さんのニーズも常に変化しています。

 しかし、イノベーションの重要性は広く認識されているものの、どのようにすればイノベーションを起こすことができるのか、その解はいまだに明らかになっていません。

 本書は、「アート思考」を使ってイノベーションを起こすということにフォーカスしています。「アートとイノベーションがどう関わるんだろう」と不思議に思う方もいらっしゃるかもしれません。

 まず、「アート思考」について説明すると、学術的に明確な定義はなされていません。これまでは、「美意識を鍛えて、主観的によりよい意思決定を行なうための思考方法」と捉えることが多く、アートとイノベーションとの関係については言及されていませんでした。しかし、最近は、「アーティストが作品を制作する過程での着眼点や問題意識、それらを発展させていくための思考方法」という意味で使われるようになってきました。

 本書でも、こちらに近い考え方をしています。特に現代アートのアーティストたちが作品を制作する際に発揮する「自らの関心・興味を起点に、革新的なコンセプトを創出する思考」を身につけ、イノベーションを実現していくためのヒントをお伝えしていきます。

 さらに、こんな疑問が出てくるかもしれません。
ルネサンスや印象派は知っているけれど、現代アートよくわからない

 本書では、現代アートがどういうものかについても、アートの歴史を振り返りながら解説します。

■アーティストの「常識にとらわれない思考」との出会い

 ここで、私がどうして、このような本を執筆するに至ったかを簡単にお話ししましょう。私は長年、製薬業界におり、創薬研究、経営企画、企業広報などを担当していました。創薬研究では、動脈硬化症の新しい診断方法・治療方法を開発する産官プロジェクトに参加。東京大学東北大学など、多くの研究機関との共同研究に携わり、動脈硬化症に対する当時の最新のコンセプトに基づき技術開発を行ないました。最終的に、循環器疾患の危険度を測定する因子を発見し、体外診断薬を製品化させることができました。

 このプロジェクトが始まったのは、1991年。まだ日本企業に余裕があり、比較的自由に研究をすることができた時代です。しかし、7年間に及ぶプロジェクトの終盤には、バブル崩壊の影響が見られるようになります。プロジェクトの性格もだんだん変わってきて、製品化することが求められるようになりました。

 製薬業界の大きな課題は、新薬の研究開発の成功確率が非常に低いことで、3万1000分の1ともいわれています。3万1000個の候補化合物の中から、たった1つだけが薬になるという確率です。しかも、研究開発にかかる時間は、9年から17年といわれていて、研究開発費は数百億円から数千億円にのぼります。日本では、医薬品の価格(薬価)は時間が経つにつれ下がっていくため、コンスタントに新薬を出せないと、製薬企業は成長するのが難しくなります。成功確率をなんとか上げられないかというのは、製薬企業の大きな課題です。

 また、経営企画にいたときには新規事業探索を行ないました。このとき、既存事業の技術が活かせるものを考えてほしいという条件がつき、かなり難航しました。医薬品の営業利益率は20%程度とかなり高く、これに匹敵するような新規事業はなかなか見つかりませんでした。

※参照 厚生労働省「医薬品産業ビジョン2021」(資料編)2021年

 このようにイノベーションで悩んでいた一方、プライベートでは、現代アートのコレクションをしたり、アートイベントを主宰するようにもなりました。そのなかで、現代アートのアーティストたちと交流するようになったのです。

 現代アートには、何を意図して創られた作品なのか、ぱっと見ただけではわからないものもけっこうあります。そんなときは、実際に作品を創ったアーティストに説明をしてもらっていました。すると、私が考えてもいないようなことを語り出し、面白いなと感じていました。なかには、多くの人が常識と思っていることに対して、それを覆すようなコンセプトを提示しているものもありました。

 このようにアーティストと交流するなかで、彼らの思考こそイノベーションの起爆剤になるのではないかと気がついたのです。そこで、アーティストたちに、どのようにして新しいコンセプトを考え出すのかを尋ねたところ、「興味をもった事象に関して、丹念にリサーチし考えている間に思考が飛躍する瞬間がある」と答えてくれました。興味をもった事象についてリサーチし、どういうことなのかを考えることは、ビジネスパーソンが新製品や新サービスを考えるときの過程と似ています。

 私たちも、社会課題や顧客の課題を解決しようとして研究開発を行ない、そこから製品やサービスのコンセプトを創り、実現させています。彼らのように革新的なコンセプトを考え出すことができれば、イノベーションを生み出す可能性も高くなるでしょう。

■アーティストの思考がイノベーションへと導いてくれる

 イノベーションを起こしたいと日々奮闘されている皆さんには、ぜひアーティストの思考に触れてほしいと思います。ところが、アーティストと頻繁に出会うようになるには、アートの世界にかなり踏み込む必要があります。そこで本書では、アーティストがどのような視点・思考で、革新的なコンセプトを創出しているかを、作品を交えて紹介します。次に、皆さんが、アーティストと同じように斬新なコンセプトを創出できるようになるためのワークを紹介します。このワークは、アーティストたちと議論して組み立てて、実際にいくつかの場で実施し、効果があることを確かめたものです。

 さらに、アーティストとコラボレーションを行ない、アーティストとともにイノベーションを起こす方法もお伝えします。これは、「アーティスティック・インターベンション」と呼ばれ、GAFAM(Google、Amazon、Facebook、Apple、Microsoft)など欧米の企業では盛んに行なわれています。

 本書では、そうした企業事例、SDGs の解決に寄与した事例についても紹介します。アートというと、ビジネスとは遠い存在と思っている人も多いと思います。しかし、本書を読んでいただければ、実は身近な存在で、イノベーションのきっかけを与えてくれるということに気づいていただけると思います。美術館でアートを観るとき、初めて出会う驚きやワクワク感がとても大切です。本書もワクワクしながら読んでいただけることを願っています。

<連載ラインアップ>
■第1回 GAFAMが熱視線を送る「アーティスティック・インターベンション」とは何か?(本稿)
第2回 仏ビジネススクールで誕生したアートとビジネスを融合する方法とは?
第3回 チキンラーメンとウォークマン誕生に見るイノベーション創出の秘訣
第4回 グーグル、3Dプリンター、SNS、アメリカ発のイノベーションの威力とは
第5回 ベル研究所、ヤマハが導入するアーティスティック・インターベンションとは?


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