与党・自民党の情報通信戦略調査会は2023年8月23日、NHKのインターネット配信をスマホ等で視聴する人に対し、一定の負担を求めるべきだとする提言案をまとめました。そのような制度を導入する場合、法的観点からどのような問題が考えられるのか、弁護士・荒川香遥氏(弁護士法人ダーウィン法律事務所代表)に話を聞きました。

受信料制度(支払い義務)はなぜ認められているのか?

受信料の支払い義務については、放送法64条1項に規定があります。

【放送法64条1項】

「協会の放送を受信することのできる受信設備を設置した者は、同項の認可を受けた受信契約の条項(認可契約条項)で定めるところにより、協会と受信契約を締結しなければならない。」

この放送法64条1項を根拠に、総務大臣の認可を受けたNHKの受信規約(日本放送協会放送受信規約)によって、「受信することのできる受信設備を設置した者」が受信料の支払義務を負います。

「受信することのできる受信設備」は、テレビ放送を受信できれば、たとえばスマホもテレビとみなされます。ただし、現状では「インターネット配信」については、「放送」ではないので、視聴しても受信料のような費用負担はいっさい生じません。

今回の提言は、新たに「ネット視聴」に対して受信料のような費用負担を課すべきとするものです。そのためには、前提として、放送法上、インターネットを通じた情報やコンテンツの提供を業務として位置づけなければならないということです。

最高裁判例に即して判断すると?

ただし、そもそも受信料制度自体が憲法違反なのではないかという指摘が、古くからあります。その点について、解説を加えておく必要があります。

最高裁判所は現行の受信料制度を「合憲」と判示しています(最判平成29年(2017年)12月6日)。判決の要旨は以下の通りです。

・放送は国民の知る権利(憲法21条)を充足し、健全な民主主義の発達に寄与するものとして、国民に広く普及されるべきものである。

・放送の不偏不党、真実及び自律を保障することにより、放送による表現の自由を確保する必要がある。

・そのために、「公共放送」と「民放」が互いに啓蒙しあい、欠点を補いあうことができるよう、二本立ての体制がとられている。

・NHKは「公共放送」であり、国家権力や、広告主等のスポンサーの意向に左右されず、民主的かつ多元的な基盤に基づきつつ自律的に運営される事業体として性格づけられている。

・したがって、放送法は、NHKが営利目的として業務を行うことや、スポンサー広告の放送をすることを禁じており(放送法20条4項、83条1項)、その代わりに、財源確保の手段として、受信料の制度が設けられている。

・受信料の金額については毎事業年度の国会の承認を受けなければならず、受信契約の条項についても総務大臣の認可・電波監理審議会への諮問を経なければならないなど、内容の適正性・公平性が担保されているので、そのような受信契約を強制することは目的のため必要かつ合理的である。

つまり、最高裁は、現行の受信料制度の正当化根拠はNHKの公共放送局としての「公共性」「非営利性」「独立性」「公正性」にあるといっているわけです。

もし、公共放送局が民放テレビ局のようにCM等の収入で運営されることになれば、スポンサーや特定の社会的権力の意向に左右される可能性があります。

そこで、公共放送局であるNHKの「公共性」「非営利性」「独立性」「公正性」を確保するためには、CM等の収入に頼らず、国民からの受信料を財源とする制度が必要であるとしているのです。これは法律論・憲法論としては成り立ちえます。

また、放送法が制定されたのは1950年です。当時はインターネット配信等は想定されていませんでした。したがって、ネット配信がテレビ放送と同等、あるいは準じた機能を持つようになっているのであれば、「公共性」「非営利性」「独立性」「公正性」を徹底するために、新たに法律上の位置づけを明確にする必要があるといえます。

「ネット配信」も公共放送局の本来的業務だと位置づければ、それについて、受信料と同じように国民に費用負担を求める制度を創設することは、態様が相当なものである限り、憲法に違反しないことになります。

報道によれば、検討されている制度は、「利用者ID」の取得など、NHKのコンテンツをネット視聴しようという積極的な意思を示した場合のみ、費用負担を負わせるということです。スマートフォンやパソコンを持っているだけでは費用負担の義務を負わないということです。

受信料制度がテレビを持っているだけで受信契約の締結義務(受信料支払義務)を負わせているのと比べ、緩やかな手段であり、相当性を逸脱していないといえます。したがって、受信料制度が合憲だという最高裁の理屈からすれば、「ネット視聴」への費用負担を求めることはなおさら、憲法上問題ないとされる可能性が高いといえます。

なお、以上は、NHKのような公共放送の存在が必要であるという前提に立った話です。「そもそも公共放送が必要か不要か」という議論とは別問題です。

NHKに求められるもの

このように、最高裁は、NHKの受信料制度の正当化根拠は「公共性」「非営利性」「独立性」「公正性」にあるとしています。

しかし、それは、裏を返せば、もしNHKの「公共性」「非営利性」「独立性」「公正性」が損なわれたら、受信料制度(ネット視聴の費用負担をユーザーに求める制度)の正当性はたちまち失われてしまうということです。

たとえば、NHKが政権や特定の政党に忖度した報道をしたり、商業主義に走ったりすることは、許されません。そして、その危険性は完全には払拭できません。

ここで、先ほど、最高裁が、受信料制度の正当化根拠の一つとして挙げた理屈を思い出す必要があります。

受信料の金額については毎事業年度「国会の承認」を受けなければならず、受信契約の条項についても「総務大臣の認可」「電波監理審議会への諮問」を経なければならないなど、内容の適正性・公平性が担保されている、という理屈です。

「国会の承認」には、事実上、時の政権の意向が反映される可能性が完全には排除できません。議院内閣制のうえでは、たいていの場合、国会の多数派が内閣総理大臣を指名し、内閣総理大臣が組閣することになっているからです。

事実、2014年に当時のNHKの会長が「政府が『右』と言うものを『左』と言うわけにはいかない。政府とかけ離れたものであってはならない」と発言して物議を醸したことがあります。これは、最高裁判例の理屈からすればNHKの「公共性」「非営利性」「独立性」「公正性」に国民から疑念を持たれかねないものだったといえます。

今日では、多チャンネル化・IT化によってメディアの多様化が進んでいるうえ、誰でも情報を受発信でき、大量の情報が瞬時に広まるので、誤った情報・偏った情報が真実であるかのように広まってしまう危険性があります。

したがって、NHKは、公共放送局として、これまで以上に「公共性」「非営利性」「独立性」「公正性」を貫き、正確な情報・必要な情報を伝えることが要求されているといえます。ネット配信についてもネット視聴者に相応の費用負担を課すというのであれば、なおさらです。

荒川 香遥

弁護士法人ダーウィン法律事務所 共同代表

弁護士

(※画像はイメージです/PIXTA)