ロマンスの神様」「ゲレンデがとけるほど恋したい」「promise」などのヒットソングを世に送り出し、“冬の女王”という名でも知られる歌手・広瀬香美。最近ではYouTubeで「歌い方の解説」といった動画を公開している彼女だが、実は以前から歌手以外の活動も積極的におこなっている。特に楽曲提供は「ロマンスの神様」がヒットした1993年から始めており、歌う当人の音程や声質などに合わせたプロデュース能力は認められていた。

【写真】広瀬香美が選び抜いた歌姫たち

そんな広瀬が、新しく始めた試みが「新時代の歌姫」を見つけるためのオーディション番組『「歌姫ファイトクラブ!!」心技体でSINGして!』(Huluにて独占配信中)。選考の様子をドキュメンタリーとして映像化することによって、彼女の音楽プロデューサーとしての側面、さらには人間性にも迫った同番組の狙いとはなんだったのか。彼女が探す“次世代の歌姫”のイメージと番組について、同番組の演出プロデューサー・栗原甚氏も同席のうえ、インタビューで語ってもらった。

■「レッスン番組とオーディションが合体!」広瀬にしか実現できない番組

ーーオーディション番組が増えてきた昨今、今回のオーディション番組の特徴を改めて表すとしたら、どういうところでしょうか。

広瀬:審査員である私が歌手であるというところが一番の特徴だと思います。一般的なオーディションでは音楽プロデューサー対選ばれる人という構図だと思いますが、1人ひとりの歌を聴いて審査をしていると…これは反省でもあるんですが、アドバイスになってしまっているなと感じることも多々ありました。審査中に、つい「今こういう気持ちなんじゃないかな」「もっと、こう歌ったらいいのに!」とか「ここはこうしたほうがいいと思うよ」とかいちいち思って、伝えちゃうんですよね。自分も心の中で、「うるさい!審査しなさいよ」とか思うんですけど(笑)。

そんな感じで、オーディション番組でありながらも“レッスン番組”のようになってしまっているのも、今回のオーディションの特徴ではないかなと思います。

栗原:僕としては、そういうところを狙った企画で、実はそこが面白いポイントだと思っているんです。世の中には音楽プロデューサーはたくさんいます。そういう人たちは、ヘッドホンをつけて声質を聴いて決めることが多いと思います。

でも広瀬さんは歌手であり、楽曲提供やプロデュースもできる音楽プロデューサーでもあり、さらにボイストレーナーでもある。だからこそ他のオーディション番組とは違うやりとりが見られる。だからこそ面白い。広瀬さんにしかできないオーディションになる、と予想していました。

ーー広瀬さんのことを理解されていないと、この番組のような企画を提案できないと思うのですが、

お2人は以前にもお仕事でご一緒された経験があったのでしょうか。

栗原:いえ、実は今までお仕事ではご一緒したことがないんです。友人を通じて広瀬さんと知り合い、定期的に会ってお話しする機会はありましたけど。会話の中で広瀬さんが考えるビジョンに対して、たとえばYouTubeをやったら面白いんじゃないかとか、好き勝手にアドバイスをしていたくらいです。

あとはコンサートを観に行かせてもらった後、演出家として「あの部分は変えたほうが良いんじゃないか」とか、長文で感想を送ったりしていましたね。

■ここにしかない「素の広瀬香美」が臨む貴重なオーディション

ーー次はオーディションについて聞かせてください。歌姫に求められる条件としては、番組名にもあるとおり「心技体」かと思います。広瀬さんが“今の時代”に求める【歌姫の条件】を教えてください。

広瀬:私がイメージする今の時代、これからの時代の歌姫の条件は、「ずば抜けて歌が上手」というだけではありません。SNSなどを通じて、色々な自分の意見を発信していけること。これができなければ、“世界”では通用しません。自分の在り方や思考、好き嫌いをはっきりと自分の言葉で発信できる力が必要です。

イメージに近い歌姫は、テイラー・スイフト。彼女は自分らしい楽曲を作り、歌うだけではなくダメなことはダメ、嫌いなことは嫌いと発信しています。そんな彼女は、歌だけでなくパーソナリティごと多くの人々から愛されています。愛され、共感も得られる…そういう歌姫に出会いたい。そしてそういう歌姫を私は自分の手でプロデュースしていきたい、そう思っています。

ーー歌手を目指す若者と顔を合わせてみて、ご自分の若かりし頃に比べて違うと思ったところや変わらないなと思ったところはありましたか?

広瀬:違いはたくさんあり、番組を通じて勉強させてもらいました。一番違うなと感じたのは、“撮られ慣れている”ことです。さすがSNSの時代だと感じました。発信の仕方だけでなく、表現の仕方が進化し過ぎています。

私がオーディションを受けたときなんて、「素材をそのまま聞いてください」っていう感じで(笑)。でも今の皆さんは、「こういう風に聞いてください!」「こういう風に審査してください!」と審査のポイントまで投げかけてくるんです。SNSでの発信によって、ファンの方々からの評価やいいねに慣れていることもあって審査慣れというか、評価され慣れている感じがしました。

「広瀬さん、歌も歌えますけど曲も書けます、オリジナル曲もありますから」と匂わせるように歌を歌ってきたりして…(笑)。アピールの素晴らしさに一番びっくりしました。あと、これは良いことなのか悪いことなのか自分の中で検証しきれていませんが、スマホやPCに向かって歌っているからか、声量が極端に小さいということもありました。

ピンマイクで綺麗な艶のある声で歌った音源を、アプリでエコーをかけたり、音程を調整したりして加工する。今回のオーディションは動画審査からスタートだったのですが、そこでは加工の実態が全くわかりませんでした。応募動画ではド迫力な音量で、かつ良い音程で歌っていた最初の42名に実際にお会いした時、極端に声量の小さい方が結構な人数いたんですよ。そこが現代の特徴かなと、とても勉強になりました。

■「歌手はふくらはぎ!」「歌姫は誰かのモノマネはしない!」広瀬香美流の歌姫像

ーー最初の審査会場を大きいホールにしたのは、そのような部分まで見るという意図があったのでしょうか。

栗原:広瀬さんの中にある理想の歌姫像は、まず最初の審査会場のような大ホールで歌うというイメージでした。であれば、最初からそのようなステージで収録できたほうが良いなと思ったので、数ある会場の中からあの場所に決めました。

広瀬:たたずまいが見たかったのもあります。ステージに立ったときのたたずまいが“スッとくる”のか、というのはとても大事だったので。その部分を見たかったので栗原さんに、「ホールが良い」とお願いしました。

栗原:正直、広瀬さんが言う“たたずまい”が最初は理解できていませんでした。番組の中でも「とにかく、ふくらはぎと太もも!」「歌手は下半身!」というワードが出てきましたが、脇で聞いていて「歌は下半身!?」という言葉はかなりインパクトがありました。歌を歌うには腹筋や背筋など、上半身が良ければ良いんだと思っていたので(笑)。広瀬さんはファーストステージでピアノを弾きながら何度も立ち上がっているのですが、たたずまいや体の軸がしっかりしているかどうかを見ていたんです。

広瀬:その通りです。「歌手はふくらはぎ」です!(笑)

ーー広瀬さんは最初の1457人から審査されていますよね。どんなところを見て判断していたのか、審査のポイントを教えてください。

広瀬:最初の審査は課題曲ロマンスの神様」か「DEAR...again」の歌唱シーンを撮影して送ってもらう動画審査。どちらも私の曲なので、前提として私のことが嫌いな人は送ってこないだろうと。その前提のもと、これから自立して活躍していくためにも“絶対私の歌マネをしてこない”という部分を必ず見ようと決めていました。

私の考える歌姫は“誰かのマネはしない”のです。マネをしている方もいたのですが、どんなに上手でも、どんなに良い声でもそういった人は最初に不合格にさせていただきました

ーー実際の配信をご覧になられた感想を教えてください。

広瀬:オーディション中は参加者と真剣に戦っていたので、どのような番組になるのかを考える余裕はありませんでした。長時間ずっとピアノを弾いていたので、2日目には足やお尻も攣ってしまって…。客観的にこんな感じで撮られているという感覚が全然なかったので、撮影が終わった今にして思えばもちろん反省もあります。

映像を見返して、こういうふうに言えば良かったとか、これはこういうことなんだという学びを得ました。ただだからこそ番組作りを意識していない、素の私が一番出ている番組だと思います。そういう意味で、この番組は私にとっても“一生の宝物”だと思います。

■リスナーに届ける前に、“自分に向けて歌う”意識に変化した

ーー広瀬さんが歌手として活動される中で、気を付けてきたことはありますか。特に活動初期と現在で変わったことがあれば教えてください。

広瀬:デビュー当初は、“歌ってあげる”、自分の歌声を聴かせて感動“させてあげる”と、ちょっと乱暴に力技で捩じ伏せるような歌い方をしていた時期もありました。ボイストレーニングで自分の歌が伸びていくのが楽しくなっていたこともあり、作曲家を目指していた地味な子がキラキラしたアイテムを手に入れて使い回すように歌っていました。手に入れたアイテムを使い回していたので聴いてくださっている方を傷つけていたのではないかな、聴いていてあまり気持ちいいものではなかったのではないかなと思うようになりました。

それに気づいてからは、自分で聴いて気持ちいいと思えるように歌うことが一番大事だと考えるように。自分の歌を、“自分に向けて歌う”ようになりました。自分で聴いていて“痛くない”と感じたら皆様へお届けする…ということが、自分の歌声の特徴になりました。それが自分の中の「第二フェーズ」です。まずは自分で歌って、自分がOKだと感じたら皆さんに届けるといったような感じですね。

ーー「第二フェーズ」に至ったタイミングは、いつごろのことでしょうか。

広瀬:これは、明確に1回目の武道館コンサートのあとですね。武道館のあと2年ほどお休みをいただいたんですが、そのときに「コンサート1ステージを、この先もずっとやっていけるような歌の体力と持久力がない」と感じていました。ボイストレーニングも始めたてで、ずっとこの歌い方をしていたら声を潰してしまうという強い予感があったのを覚えています。

そのためこれからも皆さんの前で歌うのであれば、しっかり練習して修練してから歌わないといけないと思いました。それが武道館公演のとき。私にとって大きな転機です。

ーー「歌姫ファイトクラブ!!」という番組タイトルにちなみ、最近広瀬さんがファイトしていることがあれば教えてください。

広瀬:実はいま、歌に悩み、格闘しています。歌声がめちゃくちゃスランプなんですよね(笑)

栗原:例年であれば、冬に向けて練習したり調整する夏の半年間を、僕がすべて番組で使ってしまったからですかね…(笑)

広瀬:それは少しあるかも(笑)

栗原:プロ野球選手で例えるならば、オフシーズン中にトレーニングして整えて本番に臨むという期間、30年に渡って行なってきたルーティンを僕が初めて壊しました(笑)。しかも今年は、初めて夏のコンサートもされていましたし…。今年はとんでもないスケジュールになってしまったので、多分ご自身のなかで、色々レギュレーションが変わっちゃったんだろうなと僕も反省しております。

広瀬:でもここから巻き返して、調整していこうと思っています!ぜひ、冬の広瀬香美を見ていてください。

ーー今後の展望や、広瀬さんが活動していく上で挑戦したいことがあれば教えてください。

広瀬:世界中の音楽家たちとボーダレスに【新しい音楽】を見出していきたいですね。私が知らないことを知っている音楽家たちから学んだことを、自分の良さと結合させたい。そうして【新しい音楽】を見出し、世界中の皆さんに刺激的な音楽を届けることに邁進していきたいと思っています。

“冬の女王”広瀬香美が見出す「次世代の歌姫」像/※提供画像