デスゾーンの戦いである。姫野和樹主将は『ラグビーワールドカップ(RWC)2023』優勝までの道のりをエベレスト登山に例えて、生きるか死ぬかの極限状態の中で戦い抜く覚悟を口にしていた。地上の3分の1の空気濃度と極寒が襲う標高7900mのキャンプ4上部から標高8848mの山頂はまさしく“死の領域”であり、ひとつのミスが命取りとなる『RWC』決勝トーナメントもまさにデスゾーンと言えよう。

ラグビー界では「決勝トーナメントからが本物の『RWC』」とも言われている。プール戦でフランスを去った12チームには悪いが、準々決勝を見たファンはこの常套句にうなずかざるを得ないだろう。

ウェールズ×アルゼンチンイングランド×フィジーも準々決勝はどれも好ゲームだった。アイルランド×ニュージーランドフランス×南アフリカに至っては好試合という形容では足りないほどの死闘であった。準々決勝で姿を消したウェールズアイルランドフィジーフランスを含めて決勝トーナメントに入ってどのチームもギアを1段も2段も上げてきた。

アイルランドの魂がこもった37フェーズにも及んだ連続攻撃を耐え抜いたニュージーランドのディフェンスに、試合終盤のウェールズの逆転トライを阻止したマティアス・モロニ(アルゼンチン)の強烈タックルフィジーの初の4強入りという夢を砕いたオーウェン・ファレル(イングランド)のドロップゴール、トマ・ラモス(フランス)のコンバージョンゴールを阻んだWTBチェスリン・コルビ(南アフリカ)の猛チャージなどなど、どのシーンも胸に深く刻まれたことだろう。

マテオ・カレーラス(アルゼンチン) (C)WORLD RUGBY/Getty Images

ウェブ・エリス・カップまであとふたつに迫った準決勝、最初のカードはアルゼンチン×NZだ。試合登録メンバーを発表した席で、マイケル・チェイカHCは「アルゼンチンニュージーランドに勝てるか?」というストレートな質問を受けた。
ラグビーにおいてNZは常に模範であり、目指すべき基準。フィールドを広く使うオープンな試合で高いレベルのスキルとは何かを示し、同時にラインアウト、モール、そしてラックでも常に脅威を与える。準決勝では、彼らはどのエリアにおいても危険な存在だった。その中でラインアウトとスクラムでの競り合いが最も大きな課題になるだろう。私たちはでき得るだけの最高のトレーニングを積んできたので、準備はできている。あとは試合に臨むだけ」

会見に同席したHOフリアン・モントーヤ主将とWTBエミリアノ・ボフェリはストレートに自信を口にした。
モントーヤ「フィールドに立った瞬間に勝てると信じている。ニュージーランドを破ったのは、私たちが初めてであり、私たちが誰にでも勝てることを証明している。私は選手とチームに全幅の信頼を寄せている。この試合で人生最高の試合をしたい」

フェリ「非常にシンプル。私たちのディフェンスを完璧にする必要がある。オールブラックスを倒すには、完璧な試合をしなくてはならない。私はチームを信頼している。すべてのタックルがすべて効果的で、すぐに全員が自分の持ち場に戻っていったクライストチャーチでの試合(2022年8月25-18で勝利)を覚えている。それを再現できると思う。言いはしないが、サプライズもある。私たちはできる限り最高の準備をしてきた」

マーク・テレア(ニュージーランド) (C)WORLD RUGBY/Getty Images

一方、オールブラックスイアンフォスターHCは規律違反のため準々決勝でメンバー外にしたWTBマーク・テレアを先発に戻した。その心は?
「それが今週ベストと思われるチームだから。マークは十分に反省したと思う。彼はミスをしたが、すべてを受け止めた。いつまでも引きずっていても仕方ないし、彼は好調なWTB。私たちは彼に信頼を寄せている」

規律を乱し、罰を受け入れたテレアはこの千載一遇のチャンスに燃えに燃えていることだろう。

SHアーロン・スミスはマッチアップするゴンサロ・ベルトラノウを、FBボーデン・バレットはフィジカル自慢のFW陣を警戒した。
スミス「何度か対戦したが、ベルトラノウは素晴らしい選手。彼は隙を突き、爆発力がある。アルゼンチンのラックスピードはかなり速いので、私たちはそのスピードを落としたい。彼らの最大の武器はオフロードゲーム。大柄で足が速く、速いボール、オフロード、ボールキープでモメンタムを作る。オフサイドにつながることもあるので、彼から目を離さないようにしなければならない。彼のキッキングゲームはとても重要」

B・バレット「彼らがどれほどフィジカルの強いチームなのかわかっている。特にFW陣は懸命に走り、渾身のスクラムを組み、全力でドライブしてくる。フィジカルが強く、フィジカルバトルを仕掛けてくる。さらにスピードや爆発力など、BKのスキルは十分にある。あらゆることを想定している」

『RWC2023』準決勝・アルゼンチン×NZの試合登録メンバーは次の通り。

アルゼンチン代表】
1トーマス・ガジョ
2フリアン・モントーヤ
3フランシスコ・ゴメスコデラ
4グイド・ペッティ
5トマス・ラバニー
6フアンマルティン・ゴンサレス
7マルコス・クレメル
8ファクンド・イサ
9ゴンサロ・ベルトラノウ
10サンティアゴ・カレーラス
11マテオ・カレーラス
12サンティアゴ・チョコバレス
13ルシオ・シンティ
14エミリアノ・ボフェリ
15フアンクルス・マリア
16アグスティン・クレビ
17タマイティ・ウィリアムズ
18エドゥアルド・ベジョ
19マティアス・アレマノ
20ロドリゴ・ブルニ
21ラウタロ・バサンベレス
22ニコラス・サンチェス
23マティアス・モロニ

ニュージーランド代表】
1イーサン・デグルート
2コディー・テーラー
3ティレル・ロマックス
4サミュエル・ホワイトロック
5スコット・バレット
6シャノン・フリゼル
7サム・ケイン
8アーディー・サベア
9アーロン・スミス
10リッチー・モウンガ
11マーク・テレア
12ジョーディー・バレット
13リコ・イオアネ
14ウィルジョーダン
15ボーデン・バレット
16サミソニ・タウケイアホ
17タマイティ・ウィリアムズ
18フレッチャー・ニューウェル
19ブロディ・レタリック
20ダルトン・パパリイ
21フィンレー・クリスティ
22ダミアンマッケンジー
23アントン・レイナートブラウン

ハンドレ・ポラード(南アフリカ) (C)WORLD RUGBY/Getty Images

もうひとつの準決勝は『RWC2019』決勝の再現である。下馬評は決して高くなかったイングランドだが、今大会唯一無敗をキープしている。南アはプールBでアイルランドに8-13で競り負け、アルゼンチンイングランドに10-27で敗戦。NZもフランスとの開幕戦を13-27で落としている。

南アはアイルランド戦でショットを5本中4本失敗して敗戦するなどキッカーに不安があったが、プール戦前半でHOマルコムマークスが負傷離脱するとSOハンドレ・ポラードを追加招集。控えに回るベテラン司令塔は6本中6本成功とショットに安定感をもたらした。

南アを率いるジャック・ニーナベルHCは準決勝に向けてフランス戦と同じメンバーを並べた。
「選手選考のミーティングをした時に多くの議論を重ねたが、先週日曜日に出場した選手全員がパフォーマンスを発揮したと思うので、継続性を取ることにした。パフォーマンスとメディカルという観点で変更の理由が見当たらなかった」

南アのFLシヤ・コリシ主将はイングランドとのライバル関係についてこうコメントした。
「このライバル関係は長い間存在するもの。彼らはラグビー大国であり強豪、トゥイッケナムでのゲームはいつも特別なこと。彼らは激しくプレーする。『RWC2019』決勝後も次の試合では負けたので(2021年11月26-27)、彼らと対戦するのは常に厳しいものになる。彼らとの対戦はいつも大一番だ。誰が相手であろうと、私たちはこのチームが何であるかを見せたいと思っている」

対するスティーブ・ボーズウィックHCは大一番を前にイングランド代表主将への信頼を口にした。
「このチームには強い信念がある。非常に高いレベルでパフォーマンスを見せてきたプレーヤーたちがいる。私の隣にいるこの男(ファレル)に象徴されるチームは試合を待ち切れない」

ファレルは南アが仕掛けてくるであろうキッキングゲームを受けて立つ構えである。
「何年も前から彼らの大きな武器になっている。彼らはそれを進化させた。彼らは攻守両方が競り合えるキックをたくさん放ってくる。9番からだけでなく、今ではフィールドを横切ることがかなり多く、ターンオーバーから致命的なダメージを受けることもある。彼らがやろうとしている計画を打ち消し、同時に自分たちも攻撃できるようにしていきたい」

オーウェン・ファレル(イングランド) (C)WORLD RUGBY/Getty Images

『RWC2023』準決勝・イングランド×南アの試合登録メンバーは以下の通り。

イングランド代表】
1ジョーマーラー
2ジェーミー・ジョージ
3ダン・コール
4マロ・イトジェ
5ジョージマーティン
6コートニー・ローズ
7トム・カリー
8ベン・アール
9アレックス・ミッチェル
10オーウェン・ファレル
11エリオット・デーリー
12マヌ・ツイラン
13ジョーマーチャント
14ジョニー・メイ
15フレディ・スチュワード
16セオ・ダン
17エリス・ゲンジ
18カイルシンクラー
19オリー・チェサム
20ビリー・ブニポラ
21ダニー・ケア
22ジョージフォード
23オリーローレンス

南アフリカ代表】
1スティーブン・キツホフ
2ボンギ・ムボナン
3フランス・マルヘルベ
4エベン・エツベス
5フランコ・モスタート
6シヤ・コリシ
7ピーターステフ・デュトイ
8ドウェイン・フェルミューレ
9コブス・レーナック
10マニー・リボック
11チェスリン・コルビ
12ダミアン・デアレン
13ジェシー・クリエル
14カートリー・アレン
15ダミアン・ウィレムセ
16ディオン・フーリー
17オックス・ヌチェ
18ビンセント・コッホ
19RG・スナイマン
20クワッガ・スミス
21ファフ・デクラーク
22ハンドレ・ポラード
23ウィリールルー

果たしてニュージーランド南アフリカが最多優勝4回に王手をかけるのか、イングランドが20年ぶり優勝にリーチをかけるのか、それともアルゼンチンが初の決勝進出を決めるのか。『RWC2023』準決勝・アルゼンチン代表×ニュージーランド代表は10月20日(金)、イングランド代表×南アフリカ代表は21日(土)、3位決定戦は27日(金)、決勝は28日(土)キックオフ。会場はすべてスタッド・ド・フランスにて開催。アルゼンチン×NZ、決勝は日本テレビ系イングランド×南ア、3位決定戦はNHK総合にて生中継。

取材・文:碧山緒里摩(ぴあ)

準々決勝でハカを舞うオールブラックス