子育て本著者・講演家である私は、自宅で近所のお子さんを預かることがあります。これは、4歳の自閉症の子を預かったときのことです。

 その日は夏だったので、ベランダにビニールプールを出して水を入れ、色がきれいになるように、そして子どもが喜ぶようにと入浴剤を入れて、水をきれいな緑色にしてみました。

 すると、それを見た子どもは断固拒否。感覚過敏により、色が嫌だったのか、においが嫌だったのかは分かりませんが、ともかくプールに入ってくれなかったのです。

 そこで、水を真水に入れ替えると、今度は喜んで水遊びをしてくれました。ところが、しばらくして、今度は水着を脱ぎ、裸になってしまいました。

 どうも、感覚過敏により、水着の裏面にある当て布の部分が皮膚に当たって嫌だったようです。でも、水着の場合はたいてい、股の部分にこうした布地が付いています。やわらかい生地でしたが、これもダメなようでした。

 同じ子に靴下を履かせたところ、縫い目が当たって嫌だったのか、これもまた水着同様にダメ。縫い目がうまく当たらないようにすれば履いてくれるようでした。

 私は、親御さんが迎えにきたとき、これらのことを報告して、「靴下も水着も、見た目は変だけど、赤ちゃんの産着のように(赤ちゃんの産着は縫い目が表になっている)、裏返して履かせてみたらどうでしょうか」と提案してみました。

 さらに、「それでも拒否したら、公共のプールでは全裸では入れてくれないから『裏返しの水着を着て入る? それともプールに入らないで帰る?』と選択させてみたらどうでしょうか」とも提案してみました。

あの子だけ許されて、自分だけ許されない

 別の日、私は定型発達の子どもを預かりました。

 その子は、他の子が水の中に入れたおもちゃが気に食わなかったようで、「水を取り替えて!」と言ってきました。しかし、私は受け入れることをしませんでした。それは感覚過敏でも何でもなく、単なるわがままだと思ったからです。

 またある日、定型発達の子と自閉症の子を預かったときのこと。自閉症の子はタブレットで惑星の動画を見たがりましたが、定型発達の子はアンパンマンが見たかったようです。

 この場合、どちらもわがままだとは思うのですが、自閉症の子がパニックを起こしたり、自傷したりするのを恐れて、私は「惑星を見せてあげて」と定型発達の子に伝えました。定型発達の子はしぶしぶ従いましたが、心中穏やかではなかったと思います。

 こうやって、定型発達の子と自閉症の子への対応を変えると、定型発達の子は「あの子だけ許されて、自分だけ許されない。えこひいきだ」と感じるんだろうな、と思いました。

 以前、私が学習塾で指導していたとき。限局性学習症の子に出す宿題の量を少なくし、内容も変えました。また、注意欠陥多動性障害(ADHD)の子に対しては、多少の立ち歩きも許していました。しかし、周りの子たちから「何であの子だけ立ち歩いても許されるんだ」「どうしてあの子だけ宿題の量が少ないんだ、簡単な問題なのか」「えこひいきだ」とクレームが出たことがありました。

 例えば、通常学級の中に発達障害の子がいて、合理的配慮として、ノートを取らずにタブレットのカメラや写真の機能を使い、ノート代わりにするときも「あの子だけえこひいきされている」と文句が出るんだろうな…とも思いました。

 知的遅れがなく、見た目は全く普通の発達障害児。そうした子への配慮について、一緒に過ごす定型発達のクラスメートに100%理解してもらうのは難しいと感じた出来事でした。皆さんはどう思いますか。

子育て本著者・講演家 立石美津子

配慮が「えこひいき」に見えてしまう?(画像はイメージ)