2023年も『映画 イチケイのカラス』『シン・仮面ライダー』や、Netflixシリーズ『THE DAYS』など、硬軟問わず出演作が相次ぐ竹野内豊10月27日には、今年4本目の出演映画となる『唄う六人の女』が公開される。『オー!マイキー』や『ミロクローゼ』で知られる石橋義正監督が描く世界観をとらえることに苦労したという彼に、京都や奈良の大自然の中で撮影された本作に込めた思いを聞いた。

【写真】いつまでも変わらないカッコよさ! 竹野内豊撮り下ろしショット

◆右脳でとらえた世界観 京都&奈良の山深いロケ地が助けに

 今や渋オジの代表格とも言える竹野内豊。『シン・ゴジラ』、『シン・ウルトラマン』、『シン・仮面ライダー』で魅せた冷静沈着な政府高官がその際たるものだが、対象的に、近年、『カツベン!』『映画 イチケイのカラス』『探偵マリコの生涯で一番悲惨な日』ではミドルエイジの哀愁、可愛らしさ、おかしみといった多彩な顔で観客を魅了している。石橋義正監督の10年ぶりの新作として注目される『唄う六人の女』では硬軟のギャップあふれる顔を見せる。それは売れっ子の写真家としてマスコミで見せる華やかな顔と、亡き父の遺した山林を整理しに戻った故郷で、謎の女たちに監禁されたときに見せる無防備さである。

 「自分としては、特に深い意味があって役柄を選んでいるわけでなく、二枚目だけでない表情を出す役への需要がここ数年、増えましたよね。個人的には、そういう企画で声をかけていただくことってすごく光栄です。自分自身が知らなかった新たな気づきがありますから。そういう思ってもみなかったキャラクターとの出会いは、多分、この先も追い続けていくのかなって思います。確かに最近、異色の刑事裁判官や今の世に生きる忍者とか、いろんな役を演じていますけど、どの役も1つの通過点というような感覚でしかないですね。じゃあ、最終的に目指す着地点がなんなのかと聞かれると、それがわからない。だからこそ、追い求めていきたいなって思っています」。

 『唄う六人の女』は、往年の名作、勅使河原宏監督の『砂の女』や市川崑監督の『黒い十人の女』を彷彿させる、「美しい女に囚われる男」というジャンル映画の入り口をもちながら、サスペンスやホラー的な展開を経て、最終的には日本の森の環境問題を深く考えさせられる一作である。もともと、石橋義正監督に深い興味を持っていて、話が来たとき、名前だけで出演を決めた。だが、会って、話を聞いて驚いたという。

 「脚本を頂いたのはコロナ禍前の2018年ですが、最初台本を読んだ時には世界観が全くわからなくて(笑)。石橋監督の前作の『ミロクローゼ』を見たとき、日本にこんな独特な世界観を作る人がいるんだと驚いて、いつかご一緒できたらと思ってはいたんですけど、山の奥に暮らす六人の女たちに囚われるという、左脳で考えると“これはなんだろう”と唸るだけで。おそらく、この作品の世界観は右脳でとらえていかないとわからない。机に向かって、台本を開いて読んでいるだけだと、とらえきれないと思いました。

 ただ、僕はデビューしてしばらく、トレンディドラマに出ることが多く、シティボーイ的なイメージで語られることが多いんですけど、子ども時代は自然の中で育って、友達3、4人で山の中に入ったときに、聞いたこともないような言語の言葉が聞こえてきて、みんなで怖いって大騒ぎして下山したような不思議な体験がありました。なので、石橋監督が森を通して描きたいものは、なんとなくわかるような気はしていました。実際、京都と奈良の山深いロケ地に着いて、映画の中にあるような大自然を前にしたら、この森で瞬間的に感じる感情を頼りにやっていくしかないなと心が決まりましたね」。

◆経験のない“水中シーン”での演技に苦戦


 撮影が行われたのは京都府南丹市の芦生の森だ。京都大学が所有する原生林の研究林に特別な許可をもらい、豊かな自然が映画の中ではふんだんに収められている。竹野内が演じる萱島は、父から受け継いだ森を深く考えずに、山田孝之演じる開発業者の宇和島に売るが、その帰り道、二人は事故をきっかけに、見知らぬ六人の女たちに監禁されてしまう。演じるのは水川あさみアオイヤマダ、服部樹咲、萩原みのり、桃果、武田玲奈で、それぞれ“刺す女”“濡れる女”“撒き散らす女”“牙を剥く女”“見つめる女”“包み込む女”という一風変わった名前がついている。

 「彼女たちをどう説明するかはとても難しいのですが、人間が勝手にこういうものだと思い込んでいる存在なのかもしれないし、目に見えるものじゃないけれど、萱島や宇和島には当たり前のように感じているものだともいえる。確かに存在するんだけど、人間にはわかってない、ただそれだけのことなのかなとも考えたりするのですが、本当の意味は石橋監督にちょっと聞いてみたいですよね。石橋監督には、彼女たちが見えているんですかって」。

 石橋監督は京都市立芸術大学在学中からアートパフォーマンス集団Dumb Typeと近い場所にいて、自身でもアーティストグループ「キュピキュピ」を主宰。ロンドンのテートモダンでのパフォーマンスや、パリのパレ・ド・トーキョーでの個展、ニューヨークMoMA等、国内外の美術館での映像作品の展示、劇場でのパフォーマンス等を行い、2010年に丸亀市猪熊弦一郎現代美術館で大規模な個展を開催している。

 前作『ミロクローゼ』ではハイスピードによるワンシーンワンカットの技法で、山田孝之を主演に素晴らしいアクション時代劇を撮り、類まれな肉体表現を駆使した表現方法は世界的にもファンが多い。今作でも、言葉を発しない女たちは自身の独自の動きで、萱島と宇和島に彼女たちの意思を明確に伝えてくる。ファンタジックな場面が多いが、撮影は苦労の連続だったようだ。

 「前作で主演を務めていた山田さんが今回はプロデューサーと宇和島役の二役を務めていて、彼から『ミロクローゼ』でのワンシーンワンカットで、殺陣のアクションを演じる凄さを聞いていたので、それに比べたら、僕の苦労なんてまだまだ、と思いますね。ただ、水中のシーンが多くて、そこはとても難しかったです。森から逃げようとして池に落ちる場面では、ただ落ちるだけではなく、沈んだまま水中で表情を求められたりして、そういう経験はこれまでなかったので、『これは、難しいな』と格闘しました。

 カメラのフォーカスの問題があって、水面ギリギリのカメラ位置ではなく、水面から1.5メートルほど沈んだ深さで天井に向かっての演技が求められて、浮かんでもいけないし、沈んでもいけないし、重りで場所を固定して、息を止めて、演技するという。アオイヤマダさんは“濡れる女”だけに美しく水中を漂う姿を表現しなくちゃいけなくて、完成した映像を見て、よくやったなあとその美しさに感嘆しました。

 水川さんをはじめセリフが一切ないので、みなさん、僕が演じる萱島の前では、すごく不思議な動きをしたり、 突飛な行動をしたり、それもどうしてこういう動きになるのかを、理屈でなく、直感で表現されていて、多分、撮影中はキャストもスタッフも正解がないまま演じていたという。完成した作品を見て、女性陣が『ああ、こうなるんだ』とようやく石橋監督の頭の中がわかったと話していたそうです」。

山田孝之との12年ぶりの共演で感じた“多才さ”


 山田孝之とは、2011年の『太平洋の奇跡 -フォックスと呼ばれた男-』以来の共演となる。前作では第二次世界大戦直後、サイパンで民間人とともにジャングルに潜伏する日本軍人を2人で演じたが、今回は、最初こそ、同じ囚われ人であったものの、次第に考えを異にし、対立する関係性を演じている。

 「今回、山田さんはプロデューサーでもあったんですけど、僕らの前ではそちらの顔は見せないし、裏側の話は一切しませんでした。改めて共演して、彼の多才さに気づきました。『太平洋の奇跡』で出会った時から、同世代の役者さんの中でもちょっと独特な立ち位置と言いますか、他の人たちとは違う、研ぎ澄まされた感性が目立っていましたからね。当時からまとっていた異色な空気は、昔からすごく感じていましたけど、今回も強く感じましたね」。

 最後に完成した映画を通して、観客に伝えたいことを聞いた。

 「今回、京都大学が所有している芦生の森という原生林での撮影を、特別な許可を得て、最小のスタッフで外部から他所の種子や菌を持ち込まないように、消毒した長靴で森の中に入るなど、細心の注意を払って撮影した作品です。大切に管理されていても、ここ数年、増加する鹿の害に悩まされていると伺いました。鹿の天敵がいないことで、今、日本の山の生態系が壊れていると。だからこそ、マンパワーとお金をかけて芦生の森を守っていると聞き、それは僕が映画で演じた萱島の父親が生涯をかけてやっていたことと同じだなと感じました。現代社会が森をどう守るか、感じてもらえればと思います」。

(取材・文:金原由佳 写真:松林満美)

 映画『唄う六人の女』は、10月27日全国公開。

※ヘアメイク/竹野内宏明 スタイリスト/下田梨来

竹野内豊  クランクイン! 写真:松林満美