現在公開中の『オクス駅お化け』は韓国の人気ウェブトゥーンを原作に、「リング」シリーズの高橋洋らの脚本によって映像化された日韓コラボ作品だ。本作をプロデュースしたイ・ウンギョン氏は、これまでにも城定秀夫監督の『ラブ&ソウル』(12)をはじめ、数々の日韓共同製作映画を手掛ける一方で、2021年には、濱口竜介監督の『ドライブ・マイ・カー』の韓国側プロデューサーとして参加。さらに、2022年9月には日本、韓国の小説、漫画、映画といったIPとクリエイターたちを融合させて世界に発信していくことを目指し、「ミステリー・ピクチャーズ(ジャパン)」を設立した。同社が制作した記念すべき第1作目となった『オクス駅お化け』の企画の経緯、そしてそもそもウンギョン氏が日韓合作作品を手掛けるようになったきっかけから今後の待機作品までを語り尽くしてもらった。

人気ウェブトゥーンを映画化した『オクス駅お化け』

■「高橋洋さんの脚本に、子どもを数字で呼ぶ、体に爪の痕が残るなどの要素を新たにプラスした」

ソウルに実在する地下鉄の“オクス駅”を舞台に描くホラー映画『オクス駅お化け』。原作は、2011年に発表されたウェブトゥーンの短編で、当時1億を超える閲覧数と高レビューを獲得した伝説のホラーウェブ漫画だ。

「2011年当時のオクス駅は、まだ開発もされていない昔の街のイメージでした。“人が死んでお化けが出る”という話が怖いと話題になり、子どもたちの間で流行っていました。私も姪から“おばさん、これ読んでみて”と薦められて知っていました。実は、友人のプロデューサーが原作者のホランさんと知り合いで、先に脚本を開発していたけれどいい脚本ができなかった。そこで、私が映画化の権利を買い取って、開発することにしたんです」と振り返る。

映画化に当たっては、当初からやるなら日本人のクリエイターで…という感覚だったというウンギョン氏。

「当時から韓国でもJホラーの人気があり、そんな影響もあって、映画館では夏になると日本のホラーを数本公開していて、日本のホラーならなんでも5~10万人の観客が入るような時代だったんです。そのころは、韓国でホラーを撮れる人といってもすぐ思い浮かぶ人がいなくて。最初に『オクス駅お化け』の映画化を考えた友人も日本人監督を考えていた。だから、『呪怨』(03)の清水崇監督や、『リング』(98)の中田秀夫監督、その脚本の高橋洋さんと名前が挙がって。2016年に清水さんから高橋さんを紹介してもらい、そこから企画が動いていきました」。

映画『オクス駅お化け』は、バズらせることがすべての新米ウェブニュース記者、ナヨン(キム・ボラ)が、地下鉄のオクス駅で起きた人身事故にまつわる奇妙な目撃談を取材するうちに、得体の知れない恐怖に巻き込まれていくというストーリー。

「高橋さんには3回ほどソウルに来てもらって、オクス駅にも案内しました。原作がすごく短い話なので、高橋さんは原作の事件がさらに波紋を呼んでいく展開を考えて、日本の戦後に実際に起きた助産院でのおぞましい事件や駅での自分のトラウマなどを取り入れて脚本を作られたようです。ただ、高橋さんの脚本は、韓国のわかりやすい映画を好む観客にはちょっと難解だと出資者側から言われて。そこから少し時間がかかってしまって…。2019年に出会った『アパートメント』(06)などの脚本家イ・ソヨンさんと脚本直しをしました。ソヨンさんのアイデアで、子どもを数字で呼ぶ、体に爪の痕が残るなどといった要素を新たにプラスして。出来上がった脚本は、高橋さん6割、ソヨンさんが4割という割合です」

Jホラー特有の怨念や恐怖に、『人形霊』などKホラーを手掛けてきたチョン・ヨンギがメガホンを取り、映画は完成。韓国では2023年4月に公開されて初登場3位を飾るという快挙を達成し、成功を収めたと言っていい。

■「映画産業のことを学ぶなかで、ミニシアターブームに沸いていた日本に興味を持ちました」

近年は、映画だけでなく、三池崇史監督が手掛けたディズニープラスの配信ドラマ「コネクト」のプロデューサーも務めるなど、日韓共同製作のさまざまな現場で活躍するウンギョン氏。1969年ソウル生まれの彼女と日本映画との関わりはどのようにして始まったのか。

「もともと私は映画監督志望でした。大学卒業後に韓国の映画界に入り、現場の記録を担当していました。でも、2本ぐらいやってみて、きちんと映画を学んだほうがいいと思い、大学院に入ったんです。でも監督志望の人を見ていると、自分はどちらかと言えばプロデューサー向きだと思い直しました。映画産業のことを学ぶなかで、ハリウッドよりもアジア、特に当時ミニシアターブームに沸いていた日本に興味を持って、卒業論文に“日本のミニシアター研究”を書きました。1年間日本語学校にも通い、その間に映画祭などがあると、通訳に駆り出されていましたね。そのうち、日本の映画監督や業界の関係者の方たちとも知り合いになって、90年代後半から日本の映画界と仕事をするようになったんです」。

2005年から08年は、角川映画(現KADOKAWA)の国際部に在籍。「結婚してたんですけど、夫には“3年間だけ日本で仕事してくる”と約束してきました。でも、私がすごい大荷物で出て行ったので、義父は“もう韓国には帰って来ない”と思ったそうです(笑)」と笑いながら明かしてくれた。

約束の3年後に帰国すると、2011年に自身の製作会社ZOA FILMSを設立し、韓国、日本の共同製作作品のプロデュースを始める。「傑作を作るのではなく、自分がなにを送りだしたいのかを確かめたかった」というウンギョン氏は、まずは日本の低予算映画製作を参考にして、Ⅴシネの韓国版を製作。

「日本人監督と日本のAV女優を起用し、オール韓国ロケで撮影期間1週間、製作費は1億ウォン(約1000万円)と決めて、4本撮りました。1本目が城定秀夫監督との『ラブ&ソウル』でコメディが成功したので、白石晃士監督との『ある優しき殺人者の記憶』でスリラーに挑戦するなど、ジャンルものを手掛けました。ビジネス的には損はしなかったんですけど、1週間で1本の映画を撮るというのは、スタッフの睡眠を削り、疲労困憊させて…これはもうやってはいけないことだと思った経験です」

■「やれないって言うなら、自分で何とかして見せてやる!と思っている」

その後、シニアをターゲットに、韓国でも社会問題化していた認知症をテーマにした松井久子監督の『折り梅』(01)を韓国に輸入・配給。この『折り梅』をヒントにして、『お料理帖~息子に遺す記憶のレシピ~』(17)を製作し、同作は高い評価を得た。さらに中山美穂とキム・ジェウク主演の『蝶の眠り』(18)、吉本ばななの小説を映画化した『デッドエンドの思い出』(19)なども製作した。

日本と韓国、数々の共同作品を手掛けるなかで、「韓国に日本人監督や俳優を呼ぶなど一緒にやるのは大変じゃないのかと、必ず心配されるんです」と語る。「特に、現場を経験していない人ほど、『言葉はどうするんですか?』と聞いてくる。でも、現場では言葉の問題以上にもっと大変な問題があるし、いまは翻訳ソフトのクオリティーも上がってます。それに、意外と現場では海外の人と一緒に仕事ができることを素直に喜ぶ人も多いので、そんなに気にすることもない。私自身は、おもしろい作品が作れるなら、なんの障害にもならないと思っています。とにかく、難しいから諦めるという私じゃない。やれないって言うなら、自分でなんとかして見せてやる!と思っているので」と様々な困難も乗り越えてきたタフさを伺わせる。

実は、今回の『オクス駅お化け』はZOA FILMSで最後に関わった作品だったという。

「ZOA FILMSを試行錯誤しながら約10年間やってきましたが、基本ビジネス的にあまり成功できなかった。そんななかでやっぱり、自分が好きなジャンルものにまた挑戦してみたくなったんです。そして『オクス駅お化け』を完成させて海外マーケットに出したら、まだ公開もしていないのに、126か国に販売されたんです。しかも、国内での成績も良くて。やはり映画ビジネスを考えるならジャンルものをメインにしたほうがいいと考えました。それで、『オクス駅お化け』はすでに設立が決まっていたミステリー・ピクチャーズの1作目としてクレジットしました」

ミステリー、ホラー、スリラーといったジャンルの劇場、配信用の映画、ドラマの製作を目的にしたミステリー・ピクチャーズ。現在公開予定、また企画進行中の作品をあげてみよう。まずはキム・スイン監督の『毒親(原題)』。2023年8月に開催されたプチョン国際ファンタスティック映画祭でも注目されており、ちなみにスイン監督は『オクス駅お化け』の脚色を担当している。次はSABU監督が韓国で、韓国人キャストを使って撮影した大石圭原作の『アンダー・ユア・ベッド』。同作は韓国で12月に公開され、日本では来春以降の公開を目指している。そのほか、澤村伊智原作の「ぼぎわんが、来る」映画化、韓国の大ヒットウェブトゥーン原作の時代劇「殺生簿」の映画化とアニメ化を進めているなど、精力的に作品を作り続けている

「何本かは日本人監督を前提に進めていますが、なかには日本で映画を学んで、日本と韓国の映画の現場を経験している若い韓国人も結構いて、そういった若手を監督デビューさせることも考えています」とも語るウンギョン氏。日韓の映画界を熟知した彼女だからこそ、「日韓がひとつになれば、もっとおもしろいものが作れる」と日韓のコラボレーションに大きな期待を寄せる。ミステリー・ピクチャーズ設立からちょうど1年、『オクス駅お化け』を機に、今後どんな展開を見せていくのか、ますます期待がかかる。

取材・文/前田かおり

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