西村ツチカの漫画を原作にした長編アニメーション映画『北極百貨店のコンシェルジュさん』(公開中)。「ハイキュー!!」シリーズや「GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊」など、数々の名作を手掛けてきたProduction I.Gが映像化し、人間と動物が織りなす奇想天外な世界観を描き出す。監督を務めるのは本作が劇場版アニメの監督デビュー作となるアニメーターの板津匡覧。西村ツチカ作品の大ファンだという板津監督に、原作の魅力や映像化でのこだわり、アフレコ裏話や劇場版アニメ作品を作り上げたいま感じていることなどを教えてもらった。

【写真を見る】背景の描き方自体に作家性の強さがあるのが西村ツチカ作品の特徴

■「西村ツチカさんは、いま日本で一番絵の巧い漫画家…すばらしさを尊重しつつ、アニメーションならではの表現をしたかったです」

初の劇場版アニメ監督作だが作品が完成したいま感じていることは、これまでの作品の完成時と同じ感覚だという。「『ああすればよかった』『こうしたかった』と考えてしまうのは、どの作品でも同じで(笑)。これはずっと変わらない気持ちだと思います。皆さんに観てもらえる形になったことにはホッとしていますし、やっと安心できたというのが正直な気持ちです」と穏やかな笑みを浮かべる。「いまのところ、作品の感想はスタッフや関係者だけ。スタッフはどうしても自分の仕事の確認をしてしまうので、感想の参考にはならなくて(笑)。(長編アニメ部門観客賞銀賞を受賞した)カナダファンタジア映画祭での反響などはかなり良かったので、日本でどのような反応があるのかいまからすごく楽しみです」と公開を心待ちにしている様子だ。

板津監督が西村ツチカの描く漫画に惹かれているのは背景の描き込み。「キャラクターは非常にシンプルだけど、背景の描き込みがとてもすごくて。背景込みでキャラクター化されているところにとても惹かれます。要は背景の描き方自体に作家性の強さがあるというのでしょうか。単に場面の説明ではなく、背景を含めて表現になっています」と解説。それはアニメーション化するうえではどのような影響を及ぼすのだろうか。「ハードルは高くなります(笑)。アニメーションは、基本的にはアニメーターがキャラクターを描き、違う手法で美術さんが描いた背景をドッキングして場面にしていきます。今回スタッフが一番苦労したのはそのドッキングの工程です」と原作の作風がアニメーションに及ぼした影響に触れた。

原作へのリスペクトも保ちつつ、アニメーション化する意味もきちんと考えていた。「自分にとって西村ツチカさんは、いま日本で一番絵の巧い漫画家です。西村ツチカ作品のすばらしさを尊重しつつ、アニメーションならではの表現をしたいと思っていました。色や画面構成はとても苦労したし、細かく気をつけたポイントです」と話した板津が意識したのは主人公の新人コンシェルジュ、秋乃の動きだ。「漫画を読んでいる感じで動かせるといいなと思っていました。かつ、アニメーションならではの表現もいい感じで出していきたい。原作ではあんなにドタバタしていないけれど、アニメーションではキャラクター性を強調するために、動きの緩急を意識しました。お客様でいうと、クジャクの登場シーンも注目してほしいポイントです。活劇っぽくするところはよく表現できたと思っています」と語った。

■「困難を象徴する多彩な動物たちを、シンプルな絵作りと豊かなアニメーションで描くことを目指しました」

脚本はドラマ「凪のお暇」などの大島里美が担当した。「最初に自分がやりたい構成をプロットにして送りました。百貨店ならではの表現をしたくて、原作にはない春夏秋冬と季節が一巡する物語構成を提案しました。季節によって変わるディスプレイで季節感を出したいと思っていたので。その提案を受けて『このエピソードとあっちのエピソードをくっつけて作ればいいのでは?』とアイデアをくださって。もちろんアニメーション作品の経験もある方ですが、メインは実写の方。にも関わらず、『アニメでは…』という僕からのオーダーをサラリと受け入れ、すばらしい提案で返してくれました。例えば、この作品はお仕事ものとしても構築したいとオーダーしていましたが、そのオーダーで生まれたのがラストの秋乃の感情的なシーンです。ドラマチックに作ってくださってすごくうれしかったです」。

「困難を象徴する多彩な動物たちを、原作そのままのシンプルな絵作りと繊細なディテール、豊かなアニメーションで描くことを目指して制作した」とコメントしていた板津監督。板津監督が思う“豊かなアニメーション”とはどのようなものなのだろうか。「観ている人の体が動いちゃうくらいが理想です。アニメーターとして描いている時にはキャラクターの体感に入りたいという気持ちがあります。もちろん実際にアニメのようには動けないけれど、自分だったらこう動きたいと思って描いています。これはどの作品にも共通するところ。それが観ているお客さんにもうつるのが理想です。キャラクターが動く様子を観て、実際に体が動きだすのはもちろん、なんかこんな人いそうだなって感じてもらえる。つまり作品と観客が絵でつながるというのかな。今回は監督なので演出する際、つまりカット割にもその考え方を意識して作りました」とアニメーターならでは感覚と制作工程を説明してくれた。

今回登場するキャラクターの多くは動物だが、それでもこの考え方は変わらないそうだ。「人間でも動物でも、それこそ乗り物でも同じです。聞いた話なのですが、大友克洋さんがアシスタントに『ヘリコプターの気持ちになってない!』と注意したことがあるそうで(笑)。ヘリコプターに気持ちなんかないけれど、なんかその表現はすごく良く分かります。“僕が机だったらこんな描き方されたくない”みたいなのが、体感的にあるんですよね。炎を描いていても、うねっている感じとか、なんかあるんですよ。こればかりは言葉にするのは難しい、感覚的なものなので。つまり、観たものをそのまま描くなら実写でいいわけで。アニメーションにするってことはどういうことなのか。それはやっぱり記憶や観察で一回自分の体に取り入れて、自分なりの方法で形にすることだと思うんです。対象のものをそのまま描くのではなく、表現するまでの域に達することができたらうれしいというのはアニメーターが共通して理想としているところだと思います」。

■アフレコの様子を聞くと、ニッコリ。「立川談春さんと掛け合いをしながら会話を作りました」

個性豊かなキャラクターを演じる声優陣とのアフレコは「楽しいやりとりでした」とニッコリ。「数々の作品に携わってきた百戦錬磨の方たち。それぞれがキャラクターのイメージを持ち寄ってくださり、『その感じでいくならこんな風に演じると絵に乗ります!』みたいなやりとりをキャッチボールのように繰り返し、現場で一緒に作り上げていきました」。印象的だったのは、ワライフクロウ夫役の立川談春の役へのアプローチだったそう。「いつの間にかよく(出演を)お願いするようになっていて(笑)。実は、原作では江戸弁を話すキャラクターではないのですが、師匠が出てくれるなら変えてもいいかもという話をしていました。アフレコ現場に入ってくるなり『この年代の人は江戸弁でこんなことは言わない。どんな風に言わせたいの?』みたいなやりとりから始まって。師匠の収録のテスト時は僕が島本須美さんに代わってワライフクロウ妻役を演じて、掛け合いをしながら会話を作っていきました。師匠とのやりとりでしか生まれない会話がたくさんあって、噺家さんならではのアプローチに度肝を抜かれましたが、すごく楽しかったです」と身振り手振りを交えて、収録の様子を笑顔で再現してくれた。

さらに談春ファンの板津監督は、談春の声の芝居の魅力を分析。「生っぽくもあり、虚構っぽくもある。あの絶妙な感じはほかには知りません。不思議とアニメにも声が乗るんです。落語家さんってある種、すでに誇張もされている世界で生きている人たちだから、リアリティを出しながら虚構としての構築も同時にしているところがやっぱりおもしろくて。特に師匠はある種理詰めで『こいつとこいつはこういう関係だから…』と掘って掘って掘っていくというやり方。アイデアの豊富さにはびっくりしますし、やっぱり不思議な感じがしました」。

■「さらに自分のスタイルを発展させたうえで、ちょっと違うアプローチもしていきたい」

監督として、そして原作ファンとして、本作の見どころもピックアップしてもらった。「全カットではないのですが、今回は僕が描いた絵コンテに先に色を載せてもらう手法をお願いしました。背景が上がった後にキャラクターの色を考えていくのが通常のアニメのやり方ですが、それを逆転させられたのは僕にとってはすごく大きくて。この色が来るならこの絵で大丈夫と見えるから、不安なく作っていくことができました。色で奥行きや視線誘導ができたので、注目してほしいポイントでもあります。映像は原作よりもお仕事もの寄りになり、ドタバタ感がありますが、原作の持つ繊細さや背景の密度の高さを活かしつつ、アニメなりの色と線に置き換えて作っている点も観ていただけるとうれしいです」。

劇場版アニメの監督デビュー作を完成させたいま、監督という仕事に必要なことについて考える良い機会になったと力を込める。「僕は、不登校児だったんです。小学校の途中から学校が苦手になって、中学もあんまり行けなかったし、高校も入ったはいいけれどほとんど通っていません。アニメが好きでアニメーターという仕事があることを知りましたが、その道を選んだのは早く社会に出たかったから。まともに学校に行ってなかったので、社会に参加できていないという感覚がすごくあったんです。会社に就職したというよりもアニメーターという職人さんの弟子になったような感覚でした」とアニメ業界へ足を踏み入れた経緯を振り返る。

「描きたいとかの表現欲よりも、自分で食べていけるようにならねば!という気持ちが大きかったと思います。社会に参加できたこと、自分もここにいていいんだと思えたのはアニメーションの仕事で得られたものだと言えます。そのあたりの感覚は秋乃を描くにあたって影響しているのかもしれません(笑)」と微笑んだ板津監督。アニメ業界で様々な経験を重ね、本作で劇場版アニメ監督デビューを果たしたいま、「苦手としていた、“人とどう関わるか”が監督として大切な要素の一つと実感しています。相手の仕事をいかに素早く的確に見ることが大事だということに改めて気づきました。自分の表現も大事ですが、相手が表現したものをしっかりと見ること、見えることが大事。それが見えないと演出もできません。今回、監督をやって以前よりも強くそう感じるようになりました」と話した板津監督。第49回ワールドフェスト・ヒューストン国際映画祭にてクラシック・セル・アニメーション部門のプラチナ賞を受賞した初監督作品『みつあみの神様』で築いた自身のスタイルを本作で発展させることができたとし、「次回作でもさらに自分のスタイルを発展させたうえで、ちょっと違うアプローチもしていきたいと考えています。アニメ業界そのものがだいぶ様変わりしているところ。世代交代まではいかないけれど、少しずつ変化を実感しているので、その変化にどう合わせて作品を作れるか。それがいまの自分の課題でもあり、よく考えていることでもあります」と、現在の心境と今後の展望を口にした。

取材・文/タナカシノブ

『北極百貨店のコンシェルジュさん』(公開中)が劇場版アニメの監督デビュー作となるアニメーターの板津匡覧/撮影/河内彩