手塚治虫さんの代表作である『鉄腕アトム』の一篇「地上最大のロボット」を原作に、漫画家の浦沢直樹氏とプロデュースを務めた長崎尚志氏が独自の解釈でリメイクした漫画『PLUTO』がNetflixにて全8話のアニメーションとして配信される。浦沢氏をして「仕事を超えた熱意を感じた」と言わしめた渾身の一作。構想から10年以上を要してたどり着いた本作への思いを浦沢氏が語った。

手塚治虫の「塚」は旧字体が正式表記

【写真】20年の時を経てアニメ化された『PLUTO』場面写真

■ 命がけで描いた作品、アニメ化には「やめた方がいいんじゃないですか」という思いも


 原作漫画『PLUTO』は、2003年から2009年にかけて「ビッグコミックオリジナル」で連載された。人間とロボットが共生する時代。大量破壊兵器となり得る強大なロボットが次々に破壊される事件が起こり、刑事ロボットのゲジヒトと、自身も標的となっている世界最高の人工知能を持つロボット・アトムが真相に迫っていく。

――いよいよアニメが配信になりますが、どんなお気持ちですか?

浦沢:よくここまでたどり着いたなと思います。構想は10年以上前からでしたから。話が上がっては消え、消えては持ち上がる…その繰り返しで。途中で正直無理かなと思った時期もありました。とにかく「原作通りにアニメーションにするにはどうしたらいいのか」と考えたとき、いろいろな困難な問題が生じてきてしまう。そんななか、Netflixというメディアと出会ったことで作品が完成したのですが、諦めずに挑めば実現するんだという気持ちです。

――困難な問題というのは具体的には?

浦沢:一言で言うと尺です。映画だったら興行のことを考えると、2時間半が限界じゃないですか。シリーズ化すると言っても、ヒットしなければ当然できないですし。その意味ではNetflixで、1巻1話で全8話として構成するのはとても理にかなっています。また、予算の問題もあります。作画のクオリティーが高くないと未来を描けない。この2つが大きな壁として立ちふさがっていて、熱意だけで突破できるものではなかったんです。

もちろん劇場映画の魅力もあります。大勢の観客と作品を共有できる体験というのは、廃れることなくずっと続いていってほしい。でも劇場公開だと何回転させられるか、といったことも考えないとならない。ある程度尺を気にせず、思う存分クリエイティブなことができるという意味で、Netflixのようなメディアは創作する者にとって夢のような形だと思います。

――完成したアニメーションをご覧になってどんな感想を持ちましたか?

浦沢:クオリティーに関しては、いわゆるCGゴリゴリの時代になってから、僕は良く分からないんですよね(笑)。びっくりするぐらいすごいじゃないですか。僕が唯一お願いしたのが、あまりCGになりすぎないこと。ちゃんと日本のアニメの良さみたいなものを残してほしいというお話はしたのですが、(エグゼクティブプロデューサーの)丸山正雄さんもその点は同じ考えだったので、すごくいい感じになっていました。

何よりも「仕事を超えた熱意」を感じました。僕自身、描くとき命がけだったしんどい作品なんです。それをまた皆さん(アニメのスタッフ)が追体験されるのかと思うと、正直「やめた方がいいんじゃないですか」という気持ちになっていました。だからこそ、こうして完成したことに敬意を表したいです。

■ 人類は手塚治虫の発想に追いつくようにがんばっている節がある


――構想段階から10年以上の歳月が流れましたが、その間に時代も大きく変化しました。いま2023年にこのアニメーションが配信されるというのにも大きな意味があるのかなと。

浦沢:2003年が、手塚先生が設定したアトム生誕の年です。僕は『PLUTO』を描いているとき、2003年は無理かと思っていたのですが、そこから20年経ったいまなら、この世界は「あるかも」と思えるんです。その意味で、人類は手塚治虫という人の発想に追いつくようにがんばっている節があるのかなと感じています。

――科学の進歩もそうですが、現代の世界情勢と重なっている点でも、『PLUTO』が今にアニメ化されたということに大きな意味があるように感じられます。

浦沢:その点に関しては「まだこの話が有効なのか」という複雑な気持ちです。セリフ一つ一つ取り上げても、ハッとするような発言が多々あります。「こんな世界がなくなりますように」と祈りを込めた作品でもあるのに、相変わらずこの話が有効な世界がある。そこにジレンマを感じます。

――Netflixで世界配信されるというのもすごく大きなめぐりあわせですね。

浦沢:そうですね。そういう機会がこの作品に与えられたというのは縁を感じます。僕自身、手塚治虫さんのファンとして子どものころからバイブルのように読んできた漫画だったので、それに手を出すというのは、ある意味命がけの取り組みです。それが世界に届けられるというのは、あのとき恐れずにこの作品に取り掛かって良かったなと思います。

――命をかけてというのが伝わるような力作ですが、どんなところが苦しかったですか。

浦沢:一番は肉体です。『20世紀少年』を連載していたときに体を壊していまして、エンディングが描けないんじゃないかという状況だったのに、そのまま2003年に『PLUTO』に突入してしまった。正直描ける状態ではなかったのですが、連載の「ビッグコミックオリジナル」が隔週誌だったので、1回おきにしてもらえれば、月1になるんです。それだったら描けるかなと。2003年というアトム生誕の年にこの作品を描くことの意義は自分でも分かっていたので、この作品を描くという衝動が、描けないものを描ける体にしてしまったような感じでした(笑)。

■ “5歳の浦沢少年”の評価が一番きつい


――現代の世界情勢に対して予言めいた作品になっていますが、浦沢さんのなかで、どんな解釈を?

浦沢:僕が5歳のとき、「地上最大のロボット」を読んだんです。そのとき「なんだこの作品は!」と衝撃を受けました。思い起こせばそこからが、理解できなかったものを解明していく旅だったんです。2003年にいよいよ取り掛かったのですが、描いてみたけれど、まだ解けなかった。それがいまになってまた少しずつ解け始めているのは不思議なものです。

――その5歳の頃の浦沢少年が、常に作品に語りかけてくるとインタビューでお答えになっていました。

浦沢:それが一番きついんです(笑)。手塚ファンの浦沢少年が「下手なものを描いたらただじゃおかないぞ!」という感じで僕に詰め寄ってくる。外野のどんな声よりも厳しい。一切手を抜かずに描ききれたのはあの子のおかげですよ(笑)。

――今回の作品に浦沢少年はどんな感想を述べると思いますか?

浦沢:あの子はなかなかほめないですよ。ああだこうだ言うんじゃないですかね(笑)。まああの子にほめられるようになったら、それは漫画家をやめるときじゃないでしょうか。

――改めて浦沢さんが感じる手塚治虫さんという漫画家のすごいところは?

浦沢:誤解を受ける言葉かもしれませんが、手塚先生って、エンターテインメント業界からすると、結構マイナーな人だったんじゃないでしょうか。本来、手塚先生が扱うテーマは、マスに訴えかけるようなものではなく、たとえば小劇場で扱うようなものだったような気がします。それを大きな劇場で多くの人に伝えるためにはどうしたらいいんだろうと考えた。そのことに頭一つ抜けた才能をお持ちだったので、ここまで広がったんではないかと思うんです。ものすごく深いテーマじゃないですか。

日本初の国産アニメーションである『鉄腕アトム』を、2023年にこういう形で世界に配信できるというのは、手塚先生の意思を受け継ぐという意味ですごく意義のあることだと思います。

(取材・文・撮影:磯部正和)

 Netflixシリーズ『PLUTO』は10月26日より独占配信。

Netflixシリーズ『PLUTO』原作の浦沢直樹  クランクイン!