今回の相談者は、妻・息子とともに会社を経営する68歳の社長。息子に会社を引き継ぐにあたり、小規模な法人ゆえ「自社株問題」はそれほど重要視していませんでしたが、話を聞いてみると問題点が浮かび上がってきました。本稿では株式会社FPイノベーションの代表取締役・奥田雅也氏が、小規模法人によくみられる事業承継と自社株問題について解説します。

小規模な法人にも無関係ではない「自社株問題」

「自社株問題」と聞くと、儲かっている法人や資産を多く保有している法人の財産権としての評価額や相続税納税の問題をイメージしがちです。

もちろん、そうした側面はあるのですが、自社株問題において忘れてはいけないのが経営権の問題です。

一株でも保有していれば、株主としての権利が行使出来ます。一株で行使出来る代表的な権利は株主代表訴訟です。その他の株主としての権利についての詳細な解説は割愛しますが、株主権はなかなか厄介ですので、中小企業はとくに、少数株主を作らない様に自社株問題を考えておく必要があります。

ですが小さな法人の場合、自社株問題が放置されているケースが非常に多い、というのが筆者の実感です。

経営者自身が、法人が小規模で収益もそれほどないために「価値がない」と判断し、見過ごしているケースが多いのです。さらに金融機関や会計事務所、FPなどその法人に関わる外部の人間も、財産権としての評価がゼロか高くないために見過ごしていることも要因として考えられます。

法人の財産価値は“ほぼ0円”だが…

先日、筆者自身が改めてこの問題を考えさせられる事例がありました。

社長(68)と妻(65)と息子(38)の3人で経営している小さな法人で、年商は約1億円弱。利益は、借入金の返済や社会保険料の納付、納税も問題なくできる程度には挙がっており、それほど悪い内容ではありません。

ただ、現時点では債務超過となっており、株価計算をすれば法人の財産評価はほぼ0円です。

社長と妻はそろそろ息子に社長を引き継ぎ、息子を手伝いながら自分達が暮らしていけるだけの給与を受け取れればいいと考えています。小さな法人で内部留保も積立金もないため、役員退職金はほぼ取れないか取れてもわずかな金額のイメージでした。

たしかに利益はわずかで、債務超過が続いているため、株価は0円であると思われます。ただ、役員報酬は社長夫婦と息子を合わせて1,200万円ほど取っています。さらに詳しく聞いてみると、息子というのは次男。長男(41)は会社員、三男(34)トラック運転手とまったく事業に関係ない職に就いているとのことでした。

ここで真っ先に筆者が指摘したのは、事業を引き継ぐ次男と、引き継がない長男・三男との間に相続問題が発生する可能性がある点です。

社長夫婦の資産は住宅ローン返済済みの自宅のみで、その他金融資産は多くなく、前述の通り自社株も現時点では財産権としての価値はありません。ですので、相続税という観点では問題はないのですが、事業を引き継ぐ次男と、事業を引き継がない長男・三男との財産分割や誰が自宅を引き継ぐのかで揉める可能性があることを指摘しました。

たしかに自社株に財産評価上の価値はありませんが、普通に経営していれば役員報酬1,200万円を得られる事業であり、決して悪くはありません。

会社員である長男や三男が、それほどの給与を得ているとは考えにくく、事業を引き継いだ次男と引き継がなかった長男・三男との間に所得格差による不公平感が出て揉める可能性があるのです。

もちろん、会社を引き継ぐ次男は経営者としてすべてのリスクを背負うことになりますから、この程度の役員報酬をもらうことは当然といえば当然。ですが、事業を引き継いでいない長男と三男、そしてそれぞれの配偶者が所得格差をどう考えるか、という点はハッキリいって見通せません。

そう伝えると、夫婦ともに意表を突かれた様子で、かなり困惑していました。

社長夫人からは、「それなら不公平にならないように、株を3人で均等に分ければいいのでは?」と質問されましたが、仮に長男と三男が結託すれば、2/3の議決権を持つことになり、次男が自由に経営できなくなる状況にしてしまうため、絶対にしてはいけないことだと説明しました。

事業承継に影響を及ぼす“親族間の感情問題”

筆者はその後、自社株と自宅の引き継ぎ方について、将来の火種を残さないための対策は幾つかあることを伝えました。

今後この社長夫婦は対策を実行していくフェーズに入る訳ですが、こうした法人は無数にあるのではないか、と感じさせられる一件でした。

法人の規模が一定以上で、かつ財産権としての自社株評価が高額になっている経営者の多くは、自社株問題を認識し、対策を講じているケースは多いと思います。そのような法人には、銀行や証券会社、保険会社だけでなく税理士などがすでに情報提供・助言をしていることでしょう。

ですが今回みたような、同族法人でかつ規模が小さい場合、アドバイザーがついているケースは稀。たとえアドバイザーがついていたとしても、問題の本質を見落としてしまっているケースは多いのかもしれません。

事業承継に関連する諸問題は、事業規模の大小や財産の多寡にかかわらず、親族間の感情問題に大きく影響されます。このような定量化できないポイントも押さえた対策が不可欠なのです

(写真はイメージです/PIXTA)