BLAME!」、「シドニアの騎士」の原作、弐瓶勉とアニメーションスタジオ、ポリゴン・ピクチュアズタッグによるオリジナルテレビアニメ大雪海のカイナ」。拡がり続ける“雪海(ゆきうみ)”により大地が消えかけた世界を舞台に、巨木“軌道樹”から広がる“天膜”の上で暮らす少年カイナ(声:細谷佳正)と、雪海に沈んだ世界に生きる王女リリハ(声:高橋李依)の出会いから始まる物語だ。

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テレビアニメのその後が描かれる劇場版『大雪海のカイナしのけんじゃ』(公開中)。人類存続のため、水源をもたらす雪海の果てにある“大軌道樹”へ向かうことになったカイナたちだが、そこにあったのはビョウザン(声:花江夏樹)率いる独裁国家プラナトだった。“建設者”と呼ばれる巨大兵器を操り、大軌道樹の破壊を目論むビョウザンをカイナたちは食い止めることができるのか。

監督は引き続き安藤裕章が務め、アヌシー国際アニメーション映画祭で特別上映された際にはスタンディングオベーションを巻き起こした。長い構想期間を経て企画が始動し、ポリゴン・ピクチュアズ設立40周年記念作品として完成した本作の見どころや制作裏話に迫るため、安藤監督に加えて、彼と共に「亜人」や「シドニアの騎士」シリーズを手掛けたアニメーション監督の瀬下寛之、ポリゴン・ピクチュアズのプロデューサー、守屋秀樹による座談会を実施。作品へのこだわりポイントはもちろん、弐瓶勉の世界観、ポリゴン・ピクチュアズのこれまでとこれからについても語り合ってもらった。

■「『BLAME!』や『シドニア』との一番の違いは原作漫画がなかったということ」(守屋)

――まずはさきほど初めて完成した作品をご覧になったという瀬下監督に、本作を鑑賞された感想を伺いたいです。

瀬下寛之(以下、瀬下)「ファンタジーのようでいてハードSFという難しい内容をうまく料理されたという印象です。安藤さんの実直で丁寧な、きめ細やかな演出をそこかしこで感じました」

安藤裕章(以下、安藤)「お互いにSF要素やファンタジー系の作品を手掛けるのは、それほど苦労しないんじゃないでしょうか」

瀬下「元々がマニアですからね(笑)。おっしゃるとおりSF作品は比較的条件反射で作り込めるのですが、最近はそれが自分の中で邪魔になってきていて。エモーショナルなストーリー展開のために、設定を気にしたくない時がありますね」

安藤「わかります、わかります!」

瀬下「作品によっては設定よりもエモーショナルさを大胆に選ぶ場合があって、多少の破綻や意図的に設定を壊すことを心がけるのがSFマニアとしてはつらい…。本作にも、僕の視点とは異なる大変なバランス取りがあったことも見受けられたし、そんなところも含めて丁寧な配慮という印象がありました」

守屋秀樹(以下、守屋)「SFでガチガチに設定してあるのに、物語で感情を伝えようとした時に『そういう設定だったっけ?』という葛藤が起こることがありますからね。ファンの方が大勢いらっしゃるジャンルなので、ポイントを押さえて見せるところは見せて、楽しんでもらえるエンタテインメントとしての映像作りもしなければいけない。その辺のバランスは難しかったと思います」

安藤「SFに対するこだわりの強い人たちが、いかにファンタジーとのバランスを取るのか。これはすごく難しいことです」

――そこに弐瓶先生の世界観が加わるのですね。

瀬下「一番聞きたいことは、弐瓶ワールドの解釈の過程です。その苦労は筆舌に尽くし難いと想像しています。本作については企画の初期段階は知っているのですが、僕は途中で(ポリゴン・ピクチュアズから)独立してしまったので、この5年間でなにがあったのかが気になります!」

守屋「いいさじ加減で綺麗にまとまっていたでしょ?」

瀬下「弐瓶さんのいわゆるスターシステム、世界観の中の共通性の整理とか、大変だろうなって」

守屋「横で監督たちを見ていたけれど、本当に大変そうでした。『BLAME!』や『シドニア』との一番の違いは原作漫画がなかったということ。ここが一番大変で。設定がない要素は弐瓶さんにお願いするなり、こちらである程度作って相談したりしながら進めていました。ベースがない分、設定を考えるのに一番時間がかかりましたね」

安藤「漫画は映像にとってすごくいいプレビジュアライズですからね」

守屋「画面に映っていない部分も設定は作りましたしね」

安藤「作り終えちゃうと大変だったことは割とスポッと忘れちゃうタイプなので、いまはもっとできたかも、あれもやりたかったな、みたいなことばかり考えています(笑)」

瀬下「安藤さんはメンタルが強いですよね」

守屋「(作るのが)好きだしね(笑)」

瀬下「僕はメンタルが弱いから…」

守屋「そんなことないでしょ(笑)」

瀬下「終わってからも、大変だったことは日記に書いて30年くらい忘れないかも(笑)。あ、これ書かないでくださいね」

守屋「『ネチネチしている』と書いておいてください!」

瀬下「図星だから腹が立つ(笑)。でも、本当に安藤さんは監督に向いていますよね。終わったら忘れて次に行けるのっていいなあって思います」

■「僕の中ではもう1回できる楽しさのほうが勝っていました」(安藤)

――大変だったことで特に印象に残っていることはありますか?

安藤「うーん…」

守屋「例えば、テレビと映画ではどちらが大変だったとか」

安藤「それでいうと、映画でのクライマックスのシーンかな。大吹雪、稲光、建設者のレーザーと大変な状況で、またそこからの天変地異ですから…映像も音も含めて凄さを盛ったまま、わかりやすくまとまりをつけるのに苦労した…というより苦労かけさせたかな」

瀬下&守屋「優しい!」

守屋「あのシーンは僕も2回くらい追加オーダーしたのを覚えています。ダイナミックさを追加してほしいとか。監督は受け止めてくれましたね」

瀬下「やっぱり優しいですね」

安藤「というより、“これを機会にもっと作り込めるぞ!”という感覚でした」

守屋「プロデューサー発信の指示なので免罪符になった(笑)」

安藤「そうそう。『大変だけど頑張って』みたいなオーダーをいただきましたが、僕の中ではもう1回推敲できる安堵のほうが勝っていました。大きな声では言えませんが…」

■「毎月弐瓶さんの家に押しかけてイメージ絵をベースに一緒に物語を考えていきました」(守屋)

――瀬下監督も企画の初期段階に参加していたとのこと。どのような経緯でこのプロジェクトはスタートしたのでしょうか?

守屋「『シドニア』のテレビアニメ第1期の放送が終わった直後、2014年の夏くらいに弐瓶さんに『ファンタジー作品を作りませんか』とご提案したのがきっかけです。それから毎月弐瓶さんの家に押しかけて、描いてもらったイメージ絵をベースに一緒に物語を考えていきました」

瀬下「そのころに描いたラフスケッチとかメモとか、まだ残っています」

安藤「企画段階の話は見聞きしていて、うらやましいと思ってました」

瀬下「あの時点でベースになる雪海のアイデアはありましたよね」

守屋「ありました。タイトルも一緒に考えて。だって初期設定やあらすじに加えて最初の4話の展開まで細かく作ったんだから」

瀬下「2014~15年にかけて進めていたから、あれから9年ですね」

守屋「最終的に本作の主幹事になっていただいたフジテレビさんと出会うまで、制作費が集まらなくてストップしてて。その間に『BLAME!』や『シドニア』の映画を発表、制作しましたし、時間がかかってしまいました」

瀬下「だいぶ長くかかりましたよね。すっかり歳も取るはずだ(笑)」

守屋「タイトルの“雪海”を“大雪海”にしようと提案したのは僕のアイデア。『大雪海のリリハ』もいいかもって話していた記憶があります」

瀬下「リリハを主役にしたほうがいいってね。でも完成版を観て、カイナでよかったと思いました」

安藤「リリハだと普通になりすぎちゃうんじゃないかなって」

■「プレスコで作ると登場人物の演出を監督がコントロールできます」(安藤)

――完成披露上映会の舞台挨拶では、カイナ役の細谷佳正さんとリリハ役の高橋李依さんがプレスコ収録(最初にセリフを収録し、その音声に合わせてアニメーションを制作していく方法)について振り返っていました。

安藤「プレスコで作ると登場人物の演出を監督がコントロールできます。テレビシリーズでは各話で演出担当が変わることが多いのですが、本作ではプレスコゆえに登場人物の感情の一貫性を保てたと思います」

守屋「テレビアニメ11話と劇場版までがセット。その物語の一貫性を出すと言う意味では非常に意味があると思います」

安藤「CG作品だとプレスコのほうが多いですが、僕の場合は現場都合ではなく演出都合でプレスコを選んでいます。キャラクターに生命を吹き込む作業として、キャストさんに初っ端でキャラの人格や同一性を作るのを担ってもらうためで、だからすごく敬意を持っています、ありがたいです」

瀬下「アニメーションが声優さんの演技からの逆算で決まっていくのはおもしろいですよね」

安藤「まさに、演出のコントロールとしてそれを狙っています」

■「建設者を嫌いな人はこの地球上にいないと思っている勘違いが安藤さんらしさ(笑)」(瀬下)

――SF要素に弐瓶ワールド、ボーイミーツガール…と様々な視点で楽しめる作品ですね。

安藤「新しい世界をカイナ、リリハのような若い世代に任せるというメッセージが伝わるといいなと思っています。主人公と同世代の方に観ていただいて、様々なことを感じてもらいたいです」

守屋「間口を広げて幅広い層に観てもらえる作品づくりを意識したので、カイナとリリハ、2人の物語に共感してくれる方もいるでしょうし、弐瓶ワールドファンにも楽しんでもらえる要素はたくさん詰まっています。また、環境問題やSDGsの観点からも課題を投げかける作品になったとは思います」

安藤「『シドニア』にしても宇宙レベルのスケールの大きさから登場人物たちのミニマムな物語まで両極端の視点で楽しめる。そういった弐瓶作品へのリスペクトは『カイナ』にもきちんと盛り込みました」

瀬下「そこは踏襲されていますよね」

守屋「映画版『BLAME!』も小さい村の物語にしましたが、全体の世界はめちゃめちゃ大きいので」

瀬下「圧倒的なマクロとものすごく身近なミクロが同居する世界観がいい。弐瓶さんの作品のエッセンスが貫かれていて、弐瓶ワールド好きには堪らない作品ですよね」

安藤「弐瓶さんも一緒に作っているので、エッセンスはしっかりと(笑)」

瀬下「僕は弐瓶ワールド大前提で観ているので“東亜重工サーガ”(東亜重工=『BLAME!』『シドニアの騎士』など弐瓶勉作品に共通して登場する架空企業名で、弐瓶作品の代名詞)だなって。イベントで安藤監督が『ファンタジーを作っていたらゴリゴリのSFになりました』と言っていましたが、映画を観たらボーイミーツガールだなと思いました。『シドニア』もそうでしたね」

安藤「『シドニア』はすごくボーイミーツガールでしたね」

瀬下「『愛は身長と種を超える』でしたから(笑)。本当に魅力的な世界観だと改めて思います。『シドニア』も『カイナ』もハードSFだけど、ボーイミーツガールの一つの形としてオススメできます」

安藤「1970年代ぐらいから続くSF小説や、さかのぼる冒険小説の流れをそのまま汲んでいる、そんな想いで作っていました。正直に語れば往年の傑作アニメたちとの類似性は隠せないです。DNAに刻まれ拭いきれない。ならそれらの作品に影響を与えた物語までさかのぼってみようと。一応はSFや冒険小説にのめり込んだ世代なので…」

瀬下「随所に出るSF的こだわりはすごく共感できます。本作ではいろいろな場面で建設者が出てくるけれど、僕はずっと建設者だけを観ていたいくらいです(笑)」

守屋「ハハハ(笑)」

瀬下「SF的偏向発言だけど、建設者の細部にいたるデザインやアニメーションとしての動きを見ていると、『本当に大好きなんだな』というのが伝わってくるんですよ」

安藤「好きです。建設者大好きです(笑)」

瀬下「カットの量やギミックからSF好きのこだわりが見えました」

安藤「嫌いな人はいないと思いながら作っていました」

瀬下「そのある種の勘違いが安藤さんらしさですよ(笑)。建設者を嫌いな人はこの地球上にいないと思って描いているところ。安藤さんのこだわりがおもしろくてクスッと楽しめてしまうのは僕には堪らなかったです」

守屋「建設者が立ち上がるところとかね(笑)」

瀬下「そうそう(笑)。ボーイミーツガールがテーマになっている作品で僕がプロデューサーなら、視聴層の間口を広げるために、まず建設者のカットを減らします。かわいいリリハのカットや、エモいリリハを入れさせます(笑)。でも、守屋さんは優しいからOKしたんですよね」

――守屋さんも弐瓶作品の大ファンですからね。

守屋「おもしろいって思っちゃうから」

安藤「守屋さんにもっと弐瓶作品的SF的要素やランドスケープショットを増やすように言われたところは結構あります」

瀬下「守屋さんらしいなあ(笑)。ジャンルへの強い愛を感じますよ。こういう作品がアニメになるべきだという非常に強い愛です。それこそが『シドニア』から続く弐瓶ワールドのエッセンスの楽しさなんです」

守屋「弐瓶さんも昔おっしゃっていたけれど、SF好きのスタッフに出会ったことがミラクルだったかもしれないって。好きなもの同士が集まっちゃったから、こういう作品になってしまう(笑)」

■「いまの僕のチームとポリゴンのチームで結束したら、さらにパワーアップした連合軍ができる」(瀬下)

――設立40周年を迎えられたということで、制作会社としてのポリゴン・ピクチュアズについてのお話も伺いたいです。

守屋「『シドニア』のころと比べてポリゴン・ピクチュアズのアニメ、よくなりましたか?」

瀬下「すごく愛していたし、いまでも愛しているスタジオです。独立したからわかるけれど、ポリゴン・ピクチュアズはやっぱり国内でも稀有な存在です。フル3DCGのセルルックアニメで、現実的なコストでここまでできる会社はポリゴン以外にはない。だからこそ、同じやり方ではなく僕なりの違う形で、フル3DCG長編アニメーションの可能性や作り方、組織まで含めた可能性を追いかけています。ポリゴン・ピクチュアズの完成度が上がっていくことには故郷が豊かになっていくような喜びを感じるし、だからこそ負けじと頑張らなければいけないと思える。非常にいい刺激をいただいています」

安藤「40年前の黎明期からCGアニメーションに挑み続けていること、僕としては同時期にCGアニメーションに夢を持ったものとして、感謝しかありません。会社を越えてCG業界を引っ張り、継続してCGアニメーションの夢を実現し続けてくれています。40年前に見た夢を叶えてくれる存在です」

守屋「まさにファンタジーだね(笑)」

――ポリゴン・ピクチュアズのこれから、守屋さんが目指しているものはありますか?

瀬下「守屋さんのヴィジョン聞きたい!」

守屋「CGが活きる分野に領域を広げていきたいと考えています。CGを使う意味についてとことん追求していきたいですね。ちょうど、最近作った作品で強く思うところがあったので」

瀬下「えー!僕が期待する守屋さんの大胆さがない!実直なコメントすぎる(笑)。そこはやっぱり、ポリゴンにある『大軌道樹を全部ぶった切ってやります』くらいは言ってほしいですよ!」

守屋「そういうキャラじゃないのよ(笑)」

瀬下「霧亥(『BLAME!』の主人公)だもんね(笑)」

守屋「ポリゴンを卒業した人たちとまた一緒に作品を作りたい気持ちもあります」

瀬下「それはぜひ。いまの僕のチームとポリゴンのチームで結束したら、さらにパワーアップした連合軍ができる可能性がありますね」

安藤「それは僕もすごく楽しみです」

――楽しみと言えば、川崎チネチッタで音響監督さんが調音された上映イベント《東亜重工サーガ》 『BLAME!』『大雪海のカイナしのけんじゃ』特別音響上映&スペシャルトークも開催されます。(上映される作品)それぞれのオススメポイントをお願いします!

安藤「音響監督の土屋(雅紀)さんと音響効果の倉橋(裕宗)さんに協力していただき、すばらしい音にしてもらいました。チネチッタだけの特別仕様なので、没入感を堪能してください」

瀬下「キーワードは落差。音なら、静けさから一気に大音量に。映像なら、すごく引いた画から一気にクローズアップ。この落差は弐瓶さんの原作のエッセンスです。ページをめくったら前のページにいた登場人物がどこにいるのか分からなくなる(笑)、そういう落差がポイントです」

守屋「トークイベントにも登壇するので、またマニアックな話が飛び出すと思いますよ。お楽しみに!」

取材・文/タナカシノブ

『大雪海のカイナ ほしのけんじゃ』を作り上げたメインスタッフたちが、貴重な制作秘話をたっぷり語る!/[c]弐瓶勉/東亜重工開拓局