米国の労働市場はFRBによる大幅な金融引締めもあって減速傾向が続いていたが、足元で非農業部門雇用者数や求人数の伸びが加速したほか、失業保険申請件数が減少するなど予想外に堅調を維持しています。本稿では、ニッセイ基礎研究所の窪谷浩氏が、予想外に堅調を維持する米国労働市場について論じ解説します。

■要旨

1. 米国の労働市場はFRBによる大幅な金融引締めもあって減速傾向が続いていたが、足元で非農業部門雇用者数や求人数の伸びが加速したほか、失業保険申請件数が減少するなど予想外に再加速を示している。

2. 労働需要が堅調を維持している要因として、多くの業種で依然としてコロナ禍前のトレンドを雇用者数が下回っていることに加え、中小企業を中心に人手不足が解消されていないことなどがある。

3. 一方、労働需要は引き続き堅調を維持しているものの、労働参加率の改善にみられるように、労働供給は回復が続いており、労働需給が緩和する可能性を示唆している。

4. そのような中、賃金上昇率は低下基調が持続している。また、転職者と非転職者の賃金格差からは好条件での転職機会は減少している可能性が指摘される。もっとも、賃金上昇率は依然としてFRBの物価目標と整合的とみられる水準を大幅に上回っている。

5. 大企業の採用計画が明確に下方修正される一方、中小企業では引き続き採用増加の動きが続いているほか、足元で成長率が大幅な上昇が見込まれることもあって、今後も労働需要は堅調が見込まれる。このため、労働需給は引き続き逼迫した状況が続くとみられ、賃金上昇率は当面高止まりしよう。

■目次

1.はじめに 2.予想外に堅調を維持する労働市場 (非農業部門雇用者数、求人数)足元で増加ペースが加速 (失業保険申請件数、企業人員削減数)継続的な増加傾向はみられない (労働需要が堅調な要因)コロナ禍からの雇用回復過程、中小企業人手不足が継続 (労働供給)労働供給の回復が明確 (賃金上昇率)低下基調が持続も、FRBの物価目標と整合的な水準を大幅に上回る 3.今後の見通し

1. はじめに

米国の労働市場はFRBによる大幅な金融引締めもあって減速傾向が続いていたが、足元で非農業部門雇用者数や求人数の伸びが加速したほか、失業保険申請件数が減少するなど予想外に堅調を維持している。 労働需要が堅調を維持している要因として、依然として多くの業種でコロナ禍前のトレンドを雇用者数が下回っていることに加え、中小企業を中心に人手不足が解消されていないことなどがある。

一方、労働需要は引き続き堅調を維持しているものの、労働参加率の改善にみられるように、労働供給は回復が続いており、労働需給が緩和する可能性を示唆している。 また、賃金上昇率は低下基調が持続しているものの、依然として労働需給の逼迫を背景にFRBの物価目標と整合的とみられる水準を大幅に上回っており、金融引締めの長期化するとの見方が強まっている。

本稿は予想外に堅調を維持する労働市場について主要な労働関連指標の動向を確認するほか、今後の見通しについて論じた。

結論から言えば、労働供給の回復は労働需給緩和に向けた良い兆候ではあるものの、中小企業では引き続き採用増加の動きが続いているほか、足元で成長率が大幅な上昇が見込まれることもあって、今後も労働需要は堅調が見込まれる。このため、労働需給が引き続き逼迫した状況が続くとみられ、賃金上昇率は当面高止まりしよう。

2. 予想外に堅調を維持する労働市場

(非農業部門雇用者数、求人数)足元で増加ペースが加速

非農業部部門雇用者数(前月比)は、21年後半以降は雇用増加の伸びが鈍化傾向を示していた(前掲図表1)。

しかしながら、23年9月は+33.6万人の大幅な増加となったほか、過去2ヵ月分が合計で+11.9万人上方修正された結果、23年7-9月期の月間平均増加ペースが+26.6万人増と23年4-6月期の同+20.1万人増、23年初からの同+26.0万人増を上回っており、足元で雇用増加ペースが加速していることを示した。

求人数は22年3月の1,203万人をピークに低下基調が持続しているが、23年8月は961万人と前月の892万人から4ヵ月ぶりに増加に転じた(図表2)。求人数は新型コロナ流行前の700万人の水準を依然大幅に上回っている。 また、求人数と失業者数の比較では23年8月が失業者1名に対して求人件数が1.5件とこちらも22年3月につけた2.0件をピークに低下基調が持続しているが、新型コロナ流行前の1.2件を大幅に上回っており、失業者数を大幅に上回る求人数の状況が続いている。 このように、非農業部門雇用者数や求人数は足元で増加ペースが加速しており、22年3月の利上げ以降、FRBの金融引締めが長期化する中でも足元で予想外に労働需要が強くなっている。

(失業保険申請件数、企業人員削減数)継続的な増加傾向はみられない

失業保険新規契約件数(季節調整済み)は22月9月下旬の18.2万件を底に23年6月中旬には26.5万件と21年10月下旬以来の水準に上昇した(図表3)。

しかしながら、その後は件数が頭打ちとなっており、9月中旬には20.2万人と23年1月下旬以来の水準に低下するなど申請件数の継続的な増加はみられない。

また、継続需給者数(季節調整済み)は22年9月上旬につけたおよそ50年ぶりの水準となる128.9万件を底に23年4月上旬には186.5万件と21年11月以来の水準に上昇したものの、受給者数もそこで頭打ちとなっており、足元は170.2万件と新規申請件数と同様に23年1月下旬以来の水準に低下している。 一方、米民間調査会社のチャレンジャー・グレイ&クリスマスがまとめた米企業の人員削減計画は23年9月が4万7,457件と前年同月の2万9,989件を上回っているものの、23年1月につけた10万2,943件のピークから低下基調が持続している(図表4)。

業種別でも昨年後半から年初の人員削減を牽引したテクノロジーが23年9月に2,537人と22年11月の5万2,771人から大幅に減少しているほか、金融サービスも334人と23年3月の1万3,400人から大幅に減少するなど、失業保険新規申請件数の動きと同様に人員削減計画の継続的な増加はみられない。

(労働需要が堅調な要因)コロナ禍からの雇用回復過程、中小企業人手不足が継続

FRBによる大幅な金融引締めによっても労働需要は堅調を維持している要因として、コロナ禍からの雇用回復過程が持続していることに加え、中小企業人手不足などが挙げられる。 実際に、業種別雇用者数で新型コロナ流行前(16年1月~19年2月)のトレンドラインから推計される推計値と実際の雇用者数の差をみると、23年9月時点でも15業種中10業種で推計値を実際の雇用者数が下回っており、コロナ禍からの雇用回復が道半ばであることが分かる(図表5)。

とくに、コロナ禍で雇用が大幅に減少した娯楽・宿泊業では依然として113万人弱の雇用減少となるなど、コロナ禍からの雇用回復が大幅に遅れている。 また、全米独立業協会(NFIB)の中小企業向け調査で「欠員補充が困難」と回答した割合は23年9月が43%と1975年の統計開始以来最高となった22年5月の51%からは低下したものの、依然として統計開始以来最高水準で推移している状況が続いており、中小企業人手不足が深刻であることが分かる(図表6)。 このため、通常であればこれまでの大幅な金融引締めにより、労働需要の低下が不可避だが、足元はコロナ禍からの雇用回復過程と中小企業人手不足などの特殊要因によって、労働需要が金融引締めの影響を受け難い状況となっていることが見込まれる。

(労働供給)労働供給の回復が明確

これまでみたような堅調な労働需要に対して、22年末以降は労働供給が明確な回復を示しており、労働需給の逼迫を和らげる要因となっている。

労働供給を示す労働参加率は23年9月が62.8%と新型コロナ流行前の63.3%を▲0.5%ポイント下回っている。労働参加率を年齢別にみると55才以上では23年9月に38.8%と新型コロナ流行前の40.3%から依然として▲1.5%低くなっている(図表7)。

米国でも高齢化が進んでおり、高齢に伴う引退が増加するため、55才以上の労働参加率は構造的に低下傾向となる。 一方、働き盛りでプライムエイジと呼ばれる25~54才では23年9月が83.5%と新型コロナ流行前の83.0%を既に+0.5%ポイント上回り、02年5月以来の水準に回復していることが分かる(図表7)。

とくに、22年11月の82.3%からの回復が明確になっており、コロナ禍から回復過程で漸く労働供給の回復に弾みがついていることが分かる。

(賃金上昇率)低下基調が持続も、FRBの物価目標と整合的な水準を大幅に上回る

23年9月の失業率と1970年以来の水準を維持していることにみられるように労働需給は逼迫している(図表8)。

労働需給の逼迫を背景に時間当たり賃金(前年同月比)は23年9月が+4.2%と22年3月の+5.9%をピークに低下基調が持続し、21年6月以来の水準に低下した。 また、賃金・給与に加え、給付金も反映した雇用コスト指数も23年4-6月期が前年同期比+4.5%と22年10-12月期の+5.1%から2期連続で低下した。 しかしながら、FRBが物価目標とする2%と整合的な賃金上昇率の水準は3%台半ばとみられており、足元の賃金上昇率はこの水準を依然として大幅に上回っている。 一方、労働需給が逼迫し、人手不足が深刻化する中で、これまでは転職によって給与面などで好状況を得る機会が増加していたが、このような状況は一変してきた。個人の賃金を追加調査しているアトランタ連銀の賃金追跡指数で過去3ヵ月以内に転職した人(転職者)と転職していない人(非転職者)の賃金上昇率(前年同月比)は23年9月が転職者で+5.6%、非転職者で+5.0%となっており、両者の格差は0.6%ポイントである(図表9)。

これは、22年8月につけた2.8%ポイントからは大幅に縮小したことが分かる。このため、転職による賃金上昇の機会は減少しており、労働需給が緩和している可能性を示唆している。

3.今後の見通し

これまでみたようにFRBによる大幅な金融引締めにも関わらず、足元は非農業部門雇用者数や求人数などの増加ペースが加速しており、労働需要が予想外に堅調を維持していることを示している。しかしながら、FRBによる金融引締めが継続する中で、一般的には今後累積的な効果が示現し、労働需要は低下するとみられる。 一方、大企業中小企業の採用計画は、大企業では21年10-12月期をピークに採用計画を下方修正する動きが続き、直近23年7-9月期はついに採用抑制の領域に入ってきた一方、中小企業では引き続き採用増加方向で安定しており、中小企業では依然として採用意欲が強い(図表10)。 また、これまで発表された経済指標からアトランタ連銀が推計するGDPナウは23年7-9月期の実質GDP成長率が前期比年率+5.1%と前期の+2.1%から大幅に上昇が見込まれるほか、2%近辺とみられる潜在成長率を大幅に上回る成長が見込まれている(図表11)。

足元の高成長は遅行指標である労働関連指標が当面堅調となる可能性を示唆している。 このため、金融引締めにも関わらず、中小企業の採用増加や足元の高成長もあって、当面は堅調な労働需要が見込まれ、労働需給の逼迫を背景に賃金上昇率はFRBが物価目標と整合的な水準を上回る状況が続こう。

(写真はイメージです/PIXTA)