ハマスによるイスラエル攻撃を受けて、日本政府は在留邦人保護のために自衛隊機を派遣し、10月21日航空自衛隊のKC767空中給油輸送機羽田空港に到着しました。日本人60人と外国籍の家族4人、韓国人18人と外国籍の家族1人の83人が搭乗し、ヨルダン経由で帰国しました。

10月14日に日本政府のチャーター機がイスラエルを出発して、UAEのドバイに向かった際には、在留邦人が8人しかおらず、しかも、1人あたり3万円の支払いを求めていたため、無償だった韓国(日本人も輸送)などと比較されて、批判の声もあがりました。

近年、在外邦人保護についての注目が集まっています。在外邦人保護とは、海外にいる日本人の保護を指しますが、専ら災害や騒乱が発生し、日本人を退避させるということに用いられることが多くなっています。海外では自国民と他国民を区別することなく、非戦闘員退避作戦(Noncombatant Evacuation Operations:NEO)という言葉が用いられます。

在外邦人保護とはどのようなものなのでしょうか。(加藤博章)

●各国はなぜ救援機を送ったのか

2023年10月7日パレスチナイスラム組織ハマスイスラエルに大規模な攻撃を仕掛けました。これに対して、イスラエルハマスへの攻撃を開始しました。こうした状況の中で、各国は救援機を続々と派遣しました。

このように書くと、イスラエルの情勢が急激に悪化したことに伴い、イスラエルからの脱出が始まっていると考えるかもしれません。また、イスラエルからの脱出の手段がなくなったから、救援機を送っているとも受け取れます。

しかし、実際はそうではありません。10月21日時点、日本の外務省はガザ地区及び同地区との境界周辺とレバノンとの国境地帯にレベル4の退避勧告を出しており、ヨルダン川西岸地区にレベル3の渡航中止勧告を出しています。そのほかの地域についてはレベル2の不要不急の渡航を中止するよう呼び掛けています。

レベル4は外務省が出す海外安全情報の中で最も危険度が高くなっています。しかし、レベル4はガザ地区などの一部地域に限られており、その他の地域はレベル2となっています。加えて、イスラエルの主要空港であるテルアビブ国際空港は閉鎖されていません。日本とイスラエルを結んでいるエル・アル航空は航空路を閉鎖していません。

エル・アル航空はイスラエルフラッグキャリアです。長年テロと戦ってきたイスラエルという土地柄を反映し、セキュリティチェックが厳しく、地対空ミサイルの妨害装置も積んでいるとされています。

では、全く影響がないのかと言うとそうでもありません。大韓航空など、外国の航空会社はテルアビブ便の運航を停止しており、イスラエルと海外を結ぶ航空便が少なくなっているのは事実です。

各国が救援機を送ったのは、こうした状況によります。つまり、イスラエルから脱出を希望する自国民が多くなるだろうと予測されているにもかかわらず、海外の航空会社はイスラエル便を運航停止にしており、自国民の脱出に混乱が生じる可能性があります。そうした状況に対応する為に救援機を派遣しました。

●輸送は無償であるべきなのか

これが典型的なのが、お隣の韓国です。韓国とイスラエル大韓航空で結ばれていました。しかし、大韓航空10月13日のテルアビブ発ソウル行の便の運航を停止しました。一方、イスラエルから離れようとする乗客でチケットが取りづらくなっており、これに対応する為に空軍機を派遣したという訳です。韓国以外の国、スペインオーストラリアなども救援機を派遣しています。

一方、日本の場合は韓国とは状況が異なります。先ほども紹介しましたが、日本とイスラエルを結ぶ航空路は運航を継続しており、チケットが取れなくなったということもありません。しかし、近隣諸国を結ぶ航空便が少なくなる可能性があるので、チャーター便を飛ばしたという訳です。

このチャーター便に対しては、韓国軍輸送機が無料だったにもかかわらず、有料だったということが批判の的となりました。しかし、チャーター便に費用が掛かるのは珍しいことではありません。同じイスラエルからの救難機ではイギリスが手配したチャーター便の乗客は300ポンド請求されたと報じられています。

救援に際しての費用負担や救援機の必要性については、こうした事態が起こる度に議論となります。イスラエルの情勢変化に伴う救援機派遣では、韓国の軍用機に乗った乗客が無料だったにもかかわらず、日本のチャーター機に乗った乗客は有料(1人3万円)だったことへ批判が寄せられました。ちなみに10月21日に到着した自衛隊機に乗った乗客は無料とのことです。

これについては、どちらが良いのかは一概には言えません。様々な世論があり、チャーター機が無料であれば、無料であることへの批判も寄せられるでしょう。エル・アル航空の直行便がある中で、無料のチャーター機を飛ばす是非を問う人もいるかもしれません。邦人保護については、こうした世論の圧力が大きくなりやすいという傾向があります。

また、救援機を飛ばすことの是非も問われます。日本が飛ばしたイスラエルからドバイへ向かう救援機の乗客が8人しかいなかったことへも批判が寄せられました。しかし、こうした事態も珍しいことではありません。今回の場合に限って言えば、元々日本への直行便が継続されています。そのため、必要性が高いかと言われると微妙です。

しかし、情勢の急変に伴い、海外の航空会社が航空便を運航停止させる中で、脱出希望者が増加することも考えられます。今回の事態では、各国が迅速に救援機を飛ばしたので、需要を供給が上回ったと理解することもできます。実際、日本人の多くが乗った韓国の軍用機は席に余裕があったので、日本にも座席を提供しています。言い換えれば、韓国側の救難機も席が埋まらなかったのです。これは10月21日に日本に到着した自衛隊機も同じです。席に余裕があったので、18人の韓国人を搭乗させています。

こうしたことも、救援機を飛ばす上で判断が難しい点です。情勢は刻一刻と変化します。救援機が必要な場合もあれば、既に必要ないということもあります。とはいえ、座席に余裕があるので外国人を乗せるということも可能になります。この場合は日本の国際貢献として評価されるでしょう。常に最悪の状況を考えながら、空振りに終わることも覚悟しつつ、救援機を出さないといけないといえます。

10月21日現在、イスラエルにはまだ800人以上が残っているとされています。今後、イスラエル情勢がどのように変化するのかも不透明です。邦人保護という意味ではまだまだ予断を許さないと言えるでしょう。

それでは、邦人保護はどのような法律に基づき行われてきたのでしょうか。次からは日本の過去の事例を引きながら、邦人保護の流れをおさらいしていきましょう。

1994年自衛隊法改正で、在外邦人等の輸送が追加された

在外邦人保護の根拠となっているのは、外務省設置法第4条第1項9号に「海外における邦人の生命及び身体の保護その他の安全に関すること」として、在外公館員が取り組むべき任務として取り上げられています。

一方、しばしば問題となるのが、退避の強制性です。先ほど紹介した海外安全情報は勧告にすぎず、何か強制力があるという訳ではありません。憲法で海外渡航の自由が保障されており、それを尊重するべきとされています。

その一方で、過去には旅券法第13条1項7号に基づき、「著しく、かつ、直接に日本国の利益または公安を害する行為を行うおそれがあると認めるに足りる相当の理由がある者」に対しては、パスポートの発給を拒否するという事案が発生しています。

ただ、これらは退避勧告を無視して、居続けるというよりも、日本と敵対的な国への入国を希望する、入国禁止措置が取られているなどの理由からパスポートの発給が拒否されており、退避勧告とは別の理由とも考えられます。いずれにせよ、2023年現在、退避勧告はあくまでも任意であり、強制力を伴うものではありません。

邦人保護に関する法律として、近年急速に整備が進んでいるのが、自衛隊による在外邦人の保護・輸送に関する規定です。1994年自衛隊法改正によって、在外邦人等の輸送(100条の8)が追加されました。これは、1992年に要人輸送を目的とした政府専用機の所属が防衛庁となり、遠距離の救出が可能になったこと、そして邦人保護に関する関心が高まったことが原因です。

中でも、1985年テヘランからの脱出事案はその後も語り継がれています。イランイラク戦争の最中、イランテヘラン空爆が開始され、イランの空域を閉鎖するとイラク側が通告しました。現地の邦人が脱出を図ろうとしましたが、日本からの救援機派遣は困難な状況でした。こうした中で、トルコ政府が外交的配慮を行い、トルコ航空機に分乗する形でテヘランを脱出することができました。この話は親日国トルコとの友好関係を象徴するものとして、しばしば取り上げられます。その一方で、日本独自の邦人救援機の必要性を語る上で繰り返し言及されています。

こうしたこともあり、自衛隊法に在外邦人等の輸送の規定が加えられます。この規定は事件が起こるごとに改正されてきました。例えば、2013年1月にアルジェリアで人質事件が発生し、日本人にも犠牲者が出ましたが、この教訓をもとに陸上輸送についての規定が設けられ、輸送対象者の範囲の拡大が行われました。また、2021年8月に発生したアフガニスタン邦人等輸送事案後に行われた法改正では、輸送対象を拡大し、大使館やJICA、JETRなどの現地職員である外国人も含むとしました。このように運用の不備を埋める形で法律の改正が行われています。

●自国民保護が武力行使の理由として用いられてきた歴史も

ここまで紹介してきたのは、日本における邦人保護を規定する法律ですが、国際法においても議論となっています。日本のこれまでの活動は、当該国に許可を得た上で活動を行っています。しかし、緊急事態なのに同意を得られないという場合も存在します。そうした場合に在外の自国民をどう保護すべきかが国際法の議論となっています。

国際法上の運用が難しいのは、自国民保護が武力行使の理由として用いられてきたためです。例えば、2022年2月に始まったロシアによるウクライナ侵攻は理由として、自国民保護を掲げています。もちろん、ロシアの行為は合法的とは言えません。しかし、合法か否かを問わず、自国民保護という理由が濫用されてきたのも事実です。

1976年7月にイスラエルが人質となった自国民を救出する為にウガンダの同意なしでエンテベ空港を攻撃した事件で、アメリカは、次のような条件を満たせば、領域国の同意なしに自国民救出活動を行えるとしています。その条件とは、①在外自国民に対する急迫した危険、②紛争の平和的解決の可能性がない、③武力行使形態が在外自国民の生命保護という唯一の目的に限定されているというものです。

また、国際法学者のC. H. M.ウォルドックは、①自国民に対して危害を及ぼす急迫した脅威、②領域国の外国人保護に対する不作為または能力不足、③危害から自国民を保護する目 的に厳格に限定された保護措置の3条件を満たすことが必要と主張しました。

冷戦下では、在外自国民保護を巡って、議論が展開されました。冷戦が終結し、アフリカなどで内戦やテロ事件が頻発するようになります。こうした中で、退避に重きを置いたNEOという言葉が使われるようになると、領域国側の同意を得やすくなっていることも事実と言えます。

●まとめ:邦人保護のあり方は非常に難しい問題

ここまで邦人保護(自国民保護)とは何かを整理してきました。日本では自衛隊機の派遣と共に語られることが多く、注目を集める機会も多くなりました。日本人が海外に旅行する機会も多くなり、内戦やテロ攻撃などに巻き込まれる可能性も高くなっています。一方、90年代以降、日本でも自衛隊の活動に対する関心が高くなり、自衛隊機を出すのか否かに注目が集まっています。

こうした状況を反映し、事案発生時にはチャーター機ではなく、自衛隊機を出すべきとする意見が世論だけでなく、政治家の間から出されることもしばしばです。10月21日に到着した自衛隊機は、韓国の軍用機に対する評価と日本のチャーター機に対する国内世論の批判を受け、政治サイドの要請が出発点となったとも報道されています。

とはいえ、冒頭で紹介したように邦人をどのように救出すべきかというのは非常に難しい問題です。特にSNSが発達し、世論の動きが大きく変化するようになると、こうした問題に対する関心も高くなっています。邦人救出の事案は今後も起こるでしょうが、その度に日本の体制も変わっていくことでしょう。

<参考資料>

今井和昌・奥利匡史「在外邦人等の輸送に係る自衛隊法の一部改正―自衛隊法第 84 条の4改正に関する国会論議」『立法と調査』第447号(2022年7月)。
岩本誠吾「自衛隊による在外邦人「輸送」から在外邦人「救出」へ―国内法と国際法の狭間で」『産大法学』第48巻3/4号(2015年2月)。
武田康裕編『在外邦人の保護・救出―朝鮮半島と台湾海峡有事への対応』東信堂、2021年。

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