総務省の「労働力調査」によると、日本の2,090万人の非正規雇用労働者のうち、89%は「自ら非正規社員を選択してる」そうです。収入や労働環境に恵まれ正社員ではなく、あえて非正規雇用を選ぶワケとは。『日本病 なぜ給料と物価は安いままなのか』著者で第一生命経済研究所首席エコノミストの永濱利廣氏が解説します。

“失敗”できない…日本に不足する“トランポリン型社会”

「安心して失業できる国」とまではいかなくても、日本はもっと「安心して失敗できる国」であっても良いのではないでしょうか。

職業訓練や就業支援といった再就職支援を充実させることは、失業者の労働市場への早期復帰につながります。これは労働市場の流動性を高めるうえで重要なポイントです。このような、一度キャリアを離脱しても、再び戻れるような社会を「トランポリン型社会」と呼びます。

手厚い「再就職支援」がある北欧

特に、スウェーデンフィンランドなど北欧の国々では、再就職への手厚い支援があることで知られています。

例えば、スウェーデンの「YH制度」という高等職業訓練所のシステムでは、産業界の今のニーズをカリキュラムに反映させることを重視しています。企業がほしいスキルを学ぶことができるので、卒業後すぐに再就職することができます。あるいは、企業からリストラされた後も、労働組合が再就職支援やアドバイスをしてくれる制度もあるそうです。

実際にフィンランドデンマークスウェーデンノルウェーでは、社会人年齢とされる25歳~64歳の教育参加率が65%前後と、軒並み高くなっています(図表)。

北欧ほどではないにせよ、アメリカやカナダオランダイギリスドイツなど、安定して経済成長している国では、社会人年齢での教育参加率が6割近いのに対し、日本は41.9%と相対的に低く、50.1%の韓国にも水をあけられています。

こうしたデータを見ると、何度でも学び直し、再チャレンジしやすい社会であることと、経済成長率はつながっているように見えます。

ただし、アメリカの場合は社会人年齢での教育参加率は高いのですが、GDP(国内総生産)に対する再就職支援の割合は非常に低くなっています。これは、すべて自己責任という社会を反映しています。

金銭的・時間的余裕があれば再教育を受けられるけれど、それはすべての人に叶うわけではありません。アメリカの場合は自由市場がやや行きすぎており、これが圧倒的な経済格差にもつながっています。

そのため、政府主導で再就職支援を行う北欧のトランポリン型社会のほうが、日本の経済成長にとっては望ましいと考えられます。

非正規雇用の89%が「正社員を望まない」ワケ

ところで、総務省の「労働力調査」によれば、日本の2,090万人の非正規雇用労働者のうち、正規雇用を望んでいる人(正社員になれなかったので非正規で働いている人)は、実は全体の11%しかいません。残り89%の人々は、自分で非正規社員を選択しているのです。

しかしこれを、「好きで選んでいるならいいではないか」と、非正規雇用の労働条件の悪さや賃金格差を是認する論拠にすることはナンセンスです。むしろ考えるべきは、彼ら彼女らが「正社員を望まない」のは、正社員に求められる拘束が多すぎるからではないか、ということです。

週5日残業あり、異動あり、長期雇用前提…日本の「正社員化」の“暗黙のリスク”

もし、週5日、残業込みの長時間出社が正社員の「暗黙の条件」であれば、子どもや老親などケアの必要な家族を抱えている人にはまず無理でしょう。あるいは、専門性を活かして期間契約ないしプロジェクトベースで働きたくても、長期雇用ベースの受け入れ体制では、最初から諦めざるをえません。

キャリアを積むうえでは、まったく違う部署への異動の可能性があることも正社員化のリスクでしょう。

再就職をバックアップする背景として、会社側に正社員にもフレキシブルな「雇われ方」を認めさせることや、子育てや介護など福祉面の支援を機能させることも、トランポリン型社会に向けた重要な布石であるように思います。

一方、育休制度が充実し事実婚や同棲も法的に保護されるスウェーデン

実際、スウェーデンを見ると、非常に「働きやすい」環境が整っていることがわかります。例えば、男女ともに育児休業制度が非常に充実しています。

育児休業直前の8割の所得を約1年間にわたり保障する制度(両親保険)があり、この金額は、2年半以内に次の子どもを産んだ場合、復職して時短で働いていたとしても同様に保障(スピードプレミアム)されます。このため、女性は8割強が1年以上の育児休業を取得しています。

さらに「サムボ制度」という、サムボ(事実婚や同棲)を法的に保護する制度があり、財産分与や養育権などを規定するほか、サムボ解消後も父親に子の養育費の負担義務を課すことなどが制度化されています。また、税制や年金制度が個人単位であることも、女性の就労インセンティブ(動機づけ)を高めていると言われます。

スウェーデンでは出産期(25歳~44歳)の女性の労働力率が高い一方、出生率も日本より高い水準にあることが知られていますが、それはこうした社会的な背景があってはじめて実現できるものと言えます。

一方、日本ではシングルマザーの貧困化や「ワンオペ育児」などが問題になっています。男性の育休取得率もまだまだ低いままです。非正規雇用を選択せざるをえない状況は多いと思います。女性に限らず、これまで働きにくかった人々が働きやすい社会になれば、潜在的な労働力人口を増やすことができるので、経済成長にもつながります。

トランポリン型社会を目指すには、単に離職者に再教育を施すだけでなく、こうした法制度の整備や社会の変革と、両輪で進める必要があると思います。

永濱 利廣

第一生命経済研究所

首席エコノミスト

(※写真はイメージです/PIXTA)