ビッケブランカ10月25日にEP『Worldfly』をリリースする。今作は、すでに公開されている映画『親のお金は誰のもの 法定相続人』の主題歌である『Bitter』や、先行リリースされている「革命」「Snake」のほか、今年の春から海外公演を重ねて現地で受けたインスピレーションをもとに作られた曲などが収録されている。時に優しく、時に激しく、そして時には怪しく鳴るバラエティー豊かな最新のグローバルサウンドは、いったいどのように生まれたのか? 制作の裏側を聞いた。

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■機嫌が良い時・悪い時、それぞれに才能の発揮の仕方がある

――今回のEP『Worldfly』1曲目に収録されている「Bitter」は、映画「親のお金は誰のもの 法定相続人」の主題歌で書き下ろしです。映画制作陣からはどういったオファーがあったのでしょうか?

細かい指定はほとんどなかったです。田中光敏監督からは「ハートフルであればいいけれど、その捉え方もに人よっていろいろあるから、ビッケさんなりのハートフルでお願いします」と言われていて。ちょうどいい縛りだったので、すんなり作れました。

――映画を見てから作り始めたのですか?

見てからです。邦画はゆったりとした間で進んでいくイメージだったけれど、この作品は、会話もコメディーもスピーディーに進んでいくし、それでいてハートフルな家族の話で、ストーリーも驚きがあって面白いんです。そんな面白い映画だったから、エンドロールで鳴っているべき音楽はどんなものだろうとイメージして、見終わって家に帰ってすぐ制作に取り掛かりました。

――過去のインタビューでは、タイアップで楽曲を作るときは「作品のテーマやメッセージを理解して、自分なりの共感ポイントを見つけて音楽に落とし込んでいく」とおっしゃっていましたが、今回も共感ポイントがあったのでしょうか。

僕も家族が好きなので、家族が仲良くしている作品は良いですよね。そんな家族でも、お金が絡むと少しだけこじれてしまう。そこを重々しくではなく、コメディータッチに描いているところが特に素晴らしかったです。それと、映画の舞台が三重県の伊勢志摩なんですが、僕は愛知県出身なので、伊勢志摩は馴染みの場所でもあるんですよね。

――実際に行かれたこともありますか?

もちろん。小学校の遠足で志摩スペイン村に行ったし、東海地方では毎朝天気予報に志摩の天気も映るので、親近感の湧く場所なんです。ほとんど地元だと言ってもいいくらい。そういう馴染みの場所だし家族の話だったので、曲はすんなり作れました。

――『Bitter』というタイトルですが、すごく優しい曲だと感じました。映画がそういった内容だったからこれほど優しい曲になったんでしょうか。

それもありますね。

――「も」というのは?

この曲を作っているときの自分が穏やかだったんだろうなと思います。作曲には、その曲を作っている瞬間の自分の人間性が反映されると思うので。仕事もプライベートも、いろんなことが順調で希望に満ちあふれていたからだと思います。細かいことを言うと、車を買い替えた直後だったりとかね。

――つまり、機嫌が良かったということですか?

そうです。機嫌が良いときに作ったからこうなりました(笑)。

――逆に、機嫌が悪い時に作った曲ってあるのでしょうか?

「Snake」とか、機嫌悪い気がしません? このときは思いつかなくて寝不足になったりして、実際に機嫌が悪かったんです。でも、機嫌の良し悪しってただの浮き沈みでしかないので、別に悪いことではないと思っていて。機嫌が悪いからといって才能がなくなるわけではないし、機嫌の悪い時の才能の発揮の仕方があると思うんです。

■歌をきれいごとにしないために、自分に酔ってはいけない

――もう一度「Bitter」に話を戻すと、この曲は、ほろ苦い心情を軽やかなトラックに乗せて優しく歌われていますよね。歌詞にはずばり「Life is bitter」とあります。しかし優しい曲調のせいなのか、途中から「bitter」が「better」に聴こえるんです。

あ〜。気付いちゃいました? そうなんです、実は最後のサビから「Bitter」を「Better」と歌っているんです。でも歌詞は「Bitter」のままにしていて。

――それはなぜですか?と、あえて聞いてもいいでしょうか?

えっ、そんな野暮なこと聞きます(笑)? 気付く人が気付いてくれたらいいなくらいのちょっとしたギミックです。人生は苦い、辛い、ということを身体に染み込ませていくと、やがて「それもまた人生か」と悟るようになる。そうしたことを水面下くらいで感じ取れるように…というちょっとしたギミックです。いきなり気付かれるとは思わなかったな。

――素敵なギミックだと思いました。ちなみに「ほろ苦い」を英語にすると「Bittersweet」ですが、この言葉ではなくタイトルを「Bitter」にしたのはなぜでしょうか。

「Bittersweet」にしちゃうとネタバレみたいだと思ったんです。それに「人生ってほろ苦いよね」と言っている人よりも「人生って辛いよね」と言ってる人のほうが良くないですか? 「ほろ苦い」って、ちょっと酔ってるじゃんと思ってしまう。「何、『ほろ』とかつけてんの?」と。歌がきれいごとになってしまう感じがしますよね。

もちろんこういうインタビュー記事で分かりやすく伝えてくれるのはいいんです。だけど歌っている人間がそこに酔い始めたらきれいごとになるし、そうすると聴く方はしらけますよね。だからはっきり「苦い」と言うべきだと思ったんです。

――ちなみに、ビッケさんは続々とタイアップ作品を発表されていますが、曲のストックがたくさんあるのでしょうか?

いやいや、全然ないですよ! ストックはゼロです。言われてから作っています。受注生産型なので、普段は在庫なしです(笑)。

――ちょっと意外な気がしました。常に作り続けていると思っていたので。

特に最近はそうじゃないですね。正直に言うと、あまり時間がなくて。リリースは続いていくし、何もやらない時間がほとんどないんです。ありがたいことにいろいろなオファーが続いているから隙間がないんです。ただ、仮にストックがあったとしても、オファーを受けてから作った方が良いと思っています。その方が最新の自分を反映できて良い曲になるので。

――もし、タイアップが全くない状態で、誰にも何も頼まれず、時間も自由に使って好きなものを作ってくれと言われたら、今のビッケさんはどんなものを作るんでしょうか。

まず、半年かけて何を作るべきか考えます。その半年のうちに自分もまた変化していくから、ギリギリまで調整しながら半年間で方向を定めます。といっても結局はそのときの自分のトレンドになると思いますね。今ぱっと思いつくものを言うと、めちゃくちゃでかいオーケストラとダンスミュージックを混ぜるとか。そういった新しい感動とか、鳥肌の立て方みたいなのを探していく気がします。

――オーケストラとダンスの組み合わせって、めちゃくちゃビッケさんっぽいですね。

好きなんですよね、混ざらないはずのものが混ざるのが。今の自分のトレンドなので、むしろ次に作る曲がそういうものになるのかも。

■両親から「全部をやれなくてもいい、一つでもいいから、誰にも負けないことを見つけろ」と言われた

――「Snake」はパリでMVを撮影されたとのことで、今年パリで行われた「Japan Expo」に出演されましたが、そのときの経験が反映されているのでしょうか。

パリには一度しか行ったことがなかったけれど、以前からフランス語で歌ったり、ファンクラブの名前も「French Link」という名前だったりして、頭の中では馴染みの場所だったんです。だから『Japan Expo』に行く前に既にデモはできていました。MVを撮影しているときは、まだ歌詞は完成はしていなかったんです。パリで撮影して帰ってきてから歌詞を仕上げてレコーディングしているので。

――この曲ではパリの「華麗さと怪しさの表現にトライした」ということですが、どんなところに「怪しさ」を感じたのですか?

パリはどこを見ても怪しいですよ。僕の印象では、すぐ近くに裏があるみたいな感じです。善と悪、光と闇が同時に混在しているというか、完全に平和できれいな街ではないという。

――今回のEPには、3月にデジタル配信された「革命」も収録されています。

これは作っていて楽しかったですね。久しぶりに全集中、全開放みたいな感じで爆発しました。“疾走感”について改めて考えた曲です。でも疾走するだけでは退屈だったので、自分の本当の疾走感を表現するために、一度ぐっと溜めてテンポチェンジしてから、さらに走っていく緩急をつけることにこだわりました。

――「革命」リリース時のインタビューでは、ビッケさん自身の革命の話として、「人生の早い時期に自分を乗り越える経験をした」とおっしゃっていましたよね。

両親から「全部をやれなくてもいい、一つでもいいから、誰にも負けないことを見つけろ」と言われたことです。その考えに出会ってから、自分の可能性を探り続ける人生が始まったんです。

最初は何だったんだろうな…。多分小学生の頃、流行りのカードゲームで遊んでいて、母親に「大会に出ていい?」と冗談っぽく聞いたんですよね。「どうする? 俺がカードの世界チャンピオンになりたいとか言ったら」って。当時の自分はカードゲームチャンピオンをちょっと揶揄していたんです。そしたら「いいよ? 何かで1位になるなら」って肯定的に返されて、驚いちゃって。それからですね、何かで一番になれるなら何でもいいと気付いたのは。

――いくつかのインタビューでお話されていることですが、当時のビッケさんは足が速かったけれど、転校したらもっと速い人がいて、「自分はこれじゃないんだな」と悟ったと。

そういうこともありました。他にも、小学生の頃は勉強ができたけれど、中学校に入ったら中間テストの結果が2位で、絶対自分が一番だと思っていたのに、隣のクラスの女の子に圧倒的な差を見せつけられて「これでもないんだ」と悟ったとか。

――なぜ、走ることや勉強には固執しなかったんでしょうか?

まあ、ハングリーさがないんでしょうね(笑)。でも、ちょっと生意気な言い方ですけど、音楽に関しては自分が抜きん出ていてライバルがいなさ過ぎたから、「だったらこっちでいいじゃん」と思ったところはあります。

――走ることや勉強では圧倒的な差を見せつけられて完全に負けたけれど、音楽では負けたと感じることがなかった、ということですよね。

そうですね…いや…。恥ずかしいからあんまり強めに書いてほしくないんですけど(笑)、藤原くん(藤原聡、Vo.& Key.)には勝てないです。あんなにど真ん中を刺せるひたむきな人には。だけど、藤原くんがいるから自分がまた出来上がった気もするんです。あそこまでど真ん中を1ミリのズレもなくぶっ刺せることができる人間がいるなら、そこでやるのは無理なので、だからこそ自分はめちゃくちゃアウトローになりきれるというか。そういうのは、仲が良いからこそ思えるのかもしれないですけど

ど真ん中を刺している人が寸分の狂いもなく刺し続けてくれるから、こっちは真ん中を狙わなくなる。思えば昔から、自分はそういう立ち位置だった気がします。生徒会長や学級委員ではないんです。だから、藤原くんが自分を本来の立ち位置に戻してくれた気がしますね。

――ちなみに「革命」というタイトルはどの段階で出てきたんでしょうか?

タイトルは最後ですね。「伝言」という仮タイトルだった瞬間もあれば、「遊撃」だった瞬間もあったけれど、思いのほかパワフルになっちゃったから、もっとドーンと言っても良い気がして。その最高峰はと考えた結果、「革命」という言葉が出てきました。

――ビッケさんは普段から語彙を増やすための努力をされているんですよね。

そうですね。いろんな言葉を知ろうとはしています。ただ、メモをすることはないです。メモを取ると精度が落ちるので。あまり重要ではないことまでメモってしまうし。本当にすごいことって忘れないじゃないですか。忘れるということは、多分、そんなに良い言葉じゃないし、良いアイデアじゃないということなんです。本当のことは心にこびりつくように残るから。

とはいえ、積極的に体験しにいくわけでもないんですけど。自分から取りに行ってしまうと、それもまた精度が落ちてしまう。「これって良いことなんだよな」とか「これだけ時間をかけてここに来たんだから、何か吸収しなきゃ」とか思うと、そのマインドがバイアスになってしまうんです。だから、「ただ場所を空けておく」みたいな感じです。普通に生きている中に必ず体験はあるから。

■「場所を空けておく」ことが大事。だって、空けないと入って来ないですから

――最後に、「Worldfly」についても聞かせてください。タイトルはビッケさんによる造語ですよね?

そうです。Dragonfly(トンボ)やFirefly(蛍)という言葉があるので、似たようなニュアンスで、世界をあくせく休みなく飛び回る「世界虫」という意味でつけました。良いか悪いか、この曲は歌詞も含めて2時間で作りました。しかもレコーディング直前の2時間で。

――そんなに切羽詰まったスケジュールだったのでしょうか。

いえ、猶予は3日くらいあったんです。でもだらだら作ってもしょうがないし、スパーンと作りたくて。1分の短い曲にしようとは事前に決めていたから、2日間だらだらして、日が登って、「この日が沈んだらレコーディングだな…」というときに一気に作ったんです。

――「2日間だらだらして」って、その2日間は何をされていたのですか?

遊んでました(笑)。いや、それまでめっちゃ忙しくて休む時間がなかったんですよ! だから休んで、遊んで、 ステーキとか食べたりしてゆったり時間を使って、最後にバーンと作ったんです。でも何かもうひとつパンチが欲しくて、清塚信也さんに電話してピアノを弾いてくれないかとお願いしたんです。そうしたら快諾してくれて。そんなふうにできた曲ですね。

――2時間とは言いますが、その3日間の過ごし方とか、それまでの蓄積とか、そういうものを含めてできた曲ということですよね?

そうなんです! 2時間だけど実質3日、私は一生懸命やりました! いったん遊ぶという頑張り方もありますから。心を緩めるという準備なんです。インプットのやり方のひとつですよね。さっきも言いましたが、「場所を空けておく」ことが大事。だって、空けないと入って来ないですから。

取材・文=山田宗太郎

最新EPをリリースしたビッケブランカ/    撮影=西村康