村上春樹の傑作長編小説を、イスラエルの奇才インバル・ピント(演出・振付・美術)とアミール・クリガー(脚本・演出)、藤田貴大(脚本・作詞)、大友良英(音楽)らトップクリエイターたちが舞台化。2020年の初演はコロナ禍で公演期間の短縮を余儀なくされながらも高い評価を受け、村上からも賛辞が送られた。その伝説の舞台が11月に再登場する。猫の失踪から始まった数々の奇妙な出来事が、やがて時代や空間を超越した世界へと広がっていく魅惑の村上ワールドを、フィジカルの想像力を主軸として構築。主人公・岡田トオルに扮する成河と渡辺大知、一役を共に息づかせるふたりの再演に向けた新たな課題とは!?

3年経っても体が覚えている

――まずは初演時、創作過程での体験を振り返っていただきたいと思います。

成河 大知は本稽古の前にものすごく準備していたよね。半年くらいだっけ?

渡辺 10ヶ月くらいです。ダンス、歌、芝居をうまく絡み合わせて、独特の世界観を作っていくということで、まず自分はまったく知らなかったダンスについて、10ヶ月事前稽古をさせてもらったんです。「そもそも、なぜ人は踊るのか」というところから始まって……。

成河 ハッハッハ!

渡辺 まず体を使ってどれくらい言語を表現出来るのか、ということを学んだり。村上春樹さんの世界を見た目としての美しさで置き換えていく、小説をなぞるのではなく体と歌を使って、新たな美しさを模索していく作業だったかなと思っています。毎日刺激的で、知らなかったことを知れるのは幸せな時間でしたね。ただ悔しいのは、知るばかり、受けてばかりで自分からは何も出せなかったなという実感があったので、今回は3年経って、わずかでも自分からアイデアを出せるようになっていたらいいなと。

成河 僕は、演出のインバルとの出会いは『100万回生きたねこ』(2015)が最初だったんです。大知と同じようにその公演の準備としてコンテンポラリーダンスの基礎を半年間くらい教わって。ただその舞台は再演だったんですよ。だから『ねじまき鳥〜』でまたインバルとご一緒するとなった時に、「彼女とゼロから舞台を作るのは超大変だよ!」って話はよくよく聞いていたので、それを楽しみに稽古に入ったら、まあ〜やっぱり大変でした(笑)。大知が「悔しさがある」と言ったけど、それはみんながそうだったんですよ。結局一人ひとりが、自分のやりたいことを押し出すまではいかない状態で、本番を迎えてしまった。インバルでさえ、そうだったと思います。彼女にとっては、共同演出のアミール・クリガーとも初仕事だったし、脚本の藤田貴大さん、音楽の大友良英さんもそう。中枢のクリエイター4人が初めて一緒に創作するので、ぶつかり合いもあったし、お互いに納得できる線を見つけるのに相当時間がかかったのかなと思います。

――そう伺うと、インバルさんにとっては一度お仕事をご一緒している成河さんの存在が心強かったのでは?

成河 そうでしたよ!(一同笑)僕は性格的に、あいだに立つ人間ですから。まったく違うふたつの真ん中に立って、どうやって両者が結びつく点にたどり着くか、そういう場所が僕、好きなんです。

渡辺 今のお話を伺っても、本当に成河さんは頼りになります。

――再演の稽古に入られて一週間(取材時)だそうですが、感触はいかがですか?

成河 この一週間は前回の“思い出し稽古”をしていて、今日やっとインバルが稽古場に現れるんですよ。稽古をどう見て、何を発言するのか、いい意味でワクワクします。一週間かけて前回作ったものを全部起こして、今日初めてインバルに「こんなだったけど、覚えてる!?」ってボーンと投げるので、スリリングですよ〜。全部ひっくり返すかもしれないし、「とりあえず今日は遊びに行きましょう」なんて言うかもしれないよね(笑)。

渡辺 この一週間は、成河さんとふたりで絡むシーンをまず念入りに当たったんですけど、不思議なもので、3年も経っているのに体の使い方を覚えていて。頭で考えずに出来ちゃう瞬間もあって、体のすごさを知りました(笑)。体が覚えているからこそ、今回はもっと細かいところに目が向けられるかなと思っていますね。初演の時は、自分や成河さんの体を知ることで精一杯だったから。

ふたりで表現することで見えてくる、人間の多面性

――おふたりによって“岡田トオル”というひとりの人物が表現されますが、前回はそれぞれがどういう意識で役を立ち上げていったのでしょうか。

渡辺 前回、ふたりが同一人物を演じていることを見せるのに「どこで合わせるべきですかね?」と話をしたら、成河さんが「全然違うように見えたほうが面白いと思う。むしろ、すり合わせないほうがいいんじゃない?」と言ってくれたので、そうだなと。そこから自分も楽になったところがあるので、感謝しています。今回、初演の映像を見てみたら、全然違うとはいえ、無意識のうちに似た発声になっている瞬間があるんですよね。同じ人物のように見える瞬間もあって、素敵だなと思いました。それは作為的なものを超えたところで生まれるものというか、観る側が見つけてくれる部分だったりするのかな、と思って。だから今回も、もっと多面的な、違う部分を見せられたらいいなと思います。

成河 ふたりが付いて、離れて、付いて、離れて……ある瞬間グッと同期してひとりの人間になるタイミングがあると思えば、全然違う人格になってくる、というのがすごくリアリティがあるなと。そこが初演ではよく作用したと思います。見返してみて、自然とひとりの人間に見えてくるものだな〜と思いました。

――おふたりは3年ぶりに本作でまた再会して、稽古場でお互いの変化などを感じていますか?

成河 初演の時に初めて大知と体を合わせた時……、“体を合わせた”っていうのは、ダンスにもいろんな形があるけれど、「コンタクト」というコンテンポラリーのひとつの技で、特にインバルがやるのは人と触れ合うことでその個人が見えるのではなく、そこで起きていることが見える、そういうダンスなんです。そのコンタクトを初演で初めて大知とやった時、体を合わせた時の、大知のハリネズミのような反応!(一同笑)「触れちゃってごめんなさい!」みたいな。その時のことを思うと、この一週間の作業はとてもスムーズに運んだね。

渡辺 ハハハ、そうですね。

成河 人を信頼するというのは、双方向で初めて成り立つということですよね。片方だけが信頼していたって何の意味もなくて。ふたりで一緒にやることの意味とか価値を、あらためて噛み締めた一週間でございました。(一同笑)

渡辺 成河さんが自分のことを知ってくれている、それが体を合わせた時に伝わって来て、人間って神秘的な生き物だなって思いましたね。別に話し合うこともなく「やってみよう」だけで出来た。体の中に共通言語が既にあるんです。

成河 そう、僕は本当にこの数日間ずっと感動していて……っていうのは、やっぱりいみじくもコロナ禍からの再演なわけですよ。つまり、ダンスって言ってもあまり人には伝わらない感覚だと思うんですけど、人と触れ合って、体も心も寄っ掛かるという、そういう身体性を僕たちは生活の中でどんどん失っているんです。

演劇界は近年、ハラスメントに対する問題意識も高まっていて、人と距離をとって、心も体も離れた状態でも一緒にいられる方法を探さなきゃいけない。お互いに傷つけ合わないためにはそうあるべきだと思います。でもそこにはひとつ大きな見落としがあって、その見落としを言語化することは難しいんだけど……。

渡辺 わかります!

成河 体の価値とか存在、さっき神秘的って言葉が出たように、そういうものがどんどん置き去りにされてしまってきた。もともとそうだったものが、コロナ禍でグッと加速しましたよね。

渡辺 本当に。コンプライアンス的なこと、やってはいけないことは、みんな理解しているんです。ただ、そこに至る信頼が足りていないという話で。

成河 どっちも必要だという感覚が一番正しいよね。新しい時代に向けての準備とか覚悟、危機感というものも必要だけど、人間の双方向の信頼関係も欠けていてはいけない。これは言葉では共有できないもので、寄っ掛かってみればわかる。つまり、人に寄っ掛かるというのは人に迷惑をかけるってことですから。

渡辺 うん!

成河 自分が迷惑をかける分、人からもかけられて、やっと釣り合う。それが理屈の上ではなくて、体でそれが出来るんだよっていうのが、ある意味ダンスの芸術的表現の価値だったはず。そもそもダンスとか体を動かして人と触れ合うことの価値は、そこにあったはずなので、その芸術性こそがインバルの創作の核心なんですよ。だから、それを使って村上春樹の世界を表現するってことは、結構すごいことをしているな!っていうのは実感していますね。

探り探りだった初演を経て、表現はさらに自由に大胆に

――あらためて、クリエイターとしてのインバルさんの印象をお伺いしたいです。

渡辺 何も知らないけれど「あれしたい、これしたい!」が詰まっている子供のような感じと、いろんなものに出会って、吸収して、嫌なものもたくさん見てきた大人の目と、両方持っている感じがします。そういう人でありたいな〜と思いましたね。すごく楽しそうにしていたのに、急に楽しくなさそうになったりする感じも信頼できるなあって(笑)。

成河 正直ってことだと思います。それは芸術の根本的な概念で、ものすごく正直になるためには、経験も苦労も、孤独も必要。インバルを見ていると、あ、正直に至った人だなってすごく思います。

渡辺 わがままとは全く逆ですよね。だから周りは、この人のために何ができるだろうと考える。

――インバルさんも合流してのこれからの作業で、どんな再演が立ち上がるのか、本当にワクワクします。

渡辺 舞台って本当に生き物なんだなということを、前回の公演で知りました。稽古場でインバルやアミールと一緒に作り上げたことも、お客さんの前に立つと、やっぱり日々変わるものなんだなって実感して。そうして作っていったなかで、ようやく次のフェーズに行けそうなところで終わってしまった気がするんですよ。あともう一歩で、本当にすごいところに行けるんじゃないか、と。

成河 うん、ゴールではないけどね、まだ何かがありそう、そうやってずっと手を伸ばしている感じだよね。

渡辺 もう一歩、次へ。今回はそこからスタートできたらいいなと思います。

成河 そうだね、要するにどれだけ演者が自由で、確信を持ってやれるか。初演はみんなで探り探り作ったから、本当にフラジャイルなものとして丁寧に扱っていった良さがあったんですけど、それを一層大胆に、自由に扱えるようになった時に、見え方はずいぶん変わるんじゃないかなと思っています。表現の幅がぐっと増えればいいなと。

インバルの作品はやっぱりダンス表現が主人公。だから、いかに僕ら言葉を扱う人間が、言葉の野暮ったさみたいなもので、それを損なわないかが肝心なんですよ。村上春樹の小説の30ページ分ぐらいがひとつふたつの動きで済んでしまう、そんな恐ろしい瞬間が出てきたりする。そこに言葉を差し挟むなんてすっごい野暮! それでも言葉を使うなら、どういう発語の仕方が一番それを邪魔しないか、あるいはそれをさらに豊かなものにするか。そこは非常に実験のし甲斐がありますね。

取材・文:上野紀子 撮影:石阪大輔

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<公演情報>
ねじまき鳥クロニクル

原作:村上春樹
演出・振付・美術:インバル・ピント
脚本・演出:アミール・クリガー
脚本・作詞:藤田貴大
音楽:大友良英

【演じる・歌う・踊る】
岡田トオル:成河/渡辺大知
笠原メイ:門脇麦
綿谷ノボル:大貫勇輔/首藤康之(Wキャスト)
加納マルタクレタ:音くり寿
赤坂シナモン:松岡広大
岡田クミコ:成田亜佑美
牛河:さとうこうじ
間宮:吹越満
赤坂ナツメグ:銀粉蝶

【特に踊る】
加賀谷一肇、川合ロン、東海林靖志、鈴木美奈子、藤村港平、皆川まゆむ、陸、渡辺はるか五十音順)

【演奏】
大友良英、イトケン、江川良子

【東京公演】
2023年11月7日(火)~26日(日)
会場:東京芸術劇場プレイハウス

【大阪公演】
2023年12月1日(金)~12月3日(日)
会場:梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ

【愛知公演】
2023年12月16日(土)・17日(日)
会場:刈谷市総合文化センター大ホール

チケット情報:
https://w.pia.jp/t/nejimaki2023/

公式サイト:
https://horipro-stage.jp/stage/nejimaki2023/

左から)成河、渡辺大知