PARCOを始め、大手の百貨店デパートを運営するJ.フロント リテイリング。そのなかでもひときわメタバースにおける取り組みが目立つ事業会社がある。大丸松坂屋百貨店だ。

 株式会社HIKKYが運営する『バーチャルマーケット(Vket)』に継続して出展をおこない、年々その規模を拡大してきた大丸松坂屋は、このたび『VRChat』向けのオリジナルアバターを販売を開始。今後はクリエイターエコノミーの創造を目指していくという。

【画像】『VRChat』の“正装”にふさわしいこだわりを見よ 大丸松坂屋百貨店オリジナルアバター試着会の様子

 なぜ、老舗百貨店の大丸松坂屋が、“いま”メタバースにコミットしていこうと考えているのだろうか。

 リアルサウンドテックでは大丸松坂屋百貨店の経営戦略本部DX推進部でプロジェクトをリードする岡崎路易氏にインタビューを実施。同社がアバター販売に乗り出した経緯や、クリエイターエコノミーへの思い、メタバースに向けるまなざしなどを伺った。(編集部)

■「時間・物理的な制約を克服しなければ、未来はない」 コロナ禍で感じた“危機感”

ーー今回販売するアバターのコンセプトは「正装」ですが、このコンセプトに決めた理由は?

岡崎:コンセプトについては、今後どんどん変えていくことも考えていますが、なにしろ「大丸松坂屋百貨店」がやるものなので、はじめから「パジャマを出します」とはいきませんよね。みなさんが我々に対してポジティブな印象を持っていただいている部分といえば、綺麗なところやかっちりしたところ、上品なところなのかなと思うので、まずは「正装」をテーマとしました。

 ですが、正装だからといって、百貨店で売っている普通のスーツやドレスにするのではなく、メタバースの世界でより綺麗に見えるよう制作をおこないました。百貨店ならではの「ラグジュアリーさ」の最大値としての「正装」で、それを新たにメタバース用に向けて再解釈するというような形ですね。

ーー試着会などもレポートさせていただきましたが、あらためて今回のオリジナルアバターのご紹介をお願いいたします。

岡崎:一体目が、しくさんがデザインしてボブキャットさんと(仮)さんが3Dモデリングを担当した『瑚紅姫(ここひめ/Cocohime)』です。まさにドレッシーなものの新解釈という形で、海賊みもあって全体のコンセプトとしてもすごく綺麗にできているなと自分たちでも思います。

 次はメンズのシンプルなモデル『鳳蝶(あげは/Ageha)』です。イラストレーターの7日さんにデザインを、3Dモデラーの伊ノ本カズラさんにモデリングを担当していただきました。紳士のボディーとして美しいと思っていただけるような、ベーシックなものを作り上げたいということで、長身かつ筋肉までしっかりと素体を作り込んでいます。紳士のスーツというと、あまり遊び心がないものもありますが、出来る限りチェーンや小物などのアクセサリーをつけています。これが3Dモデルになると揺れ物としての魅力が出てくるので、楽しんでいただけるかなと思います。

 こちらはデルフィニウムの花をモチーフにしたモデル『彩千華(さちか/Sachika)』です。ナナカワさんにデザインを作っていただいて、みりのさんがモデルを担当してくださっています。こちらもシンプル系のドレスで、ベーシックに寄せてはいるんですが、タイツのデザインは原画のデザインを反映させて3D化しているので、繊細な美しさがしっかりと出ていると思います。ちょうどいい露出感と適度な女性らしさが表現されていて、ある意味百貨店らしいかなと思っています。

 次はふたたび紳士のモデルで、「中国の青磁器」をコンセプトにした『龍青(りゅうせい/Ryusei)』です。米室さんがデザインを、モデリングはおとぎ かたりさんと(仮)さん、RADIKAさんにそれぞれ担当してもらった4名体制のチームとなっています。このお洋服は青磁器をイメージしたデザインなのですが、元のデータをしっかり作りこんでいただいているので、すごく着ごたえのあるものになるかと思います。これだけ格好いいスタイルになっておりますので、今後の衣装チェンジも面白いかなと思いますね。

 また、長髪男性なので、女性風のお洋服を着てもらっても似合わせられるのかなと思います。先ほどの男性キャラはLサイズでマッチョ系だったんですけど、もう少し線が細い感じにしているので、これはこれで楽しんでいただければと思います。

 最後が、エアリーなイメージということで、メタバースだからこそできる「服が宙に浮いたデザイン」の『風璃(ふうり/Furi)』です。リアルですと、服を完全に浮かせることは物理的にできませんが、これはパーティクルのように浮いているんです。VTuberとしても活躍されているもちひよこさんに頭部と髪を、明日葉わがみさんにボディ、Yzhaさんに服をそれぞれ担当いただいたのですが、服やボディはもちろん、まつ毛の繊細さまですごく凝って作られていて。BALANCEさんによるシンプルなデザインもすごく綺麗ですし、そこに対するお顔の造形の強み、衣装の強みがしっかり合った作品になっています。

 クリエイター陣のキャスティングと制作進行には、アバターファッションの知見を持つ株式会社Vさんを迎え入れ、我々の事業に対する思いを共有しながら、アバターの制作、販売に取り組んできました。

ーーどれも素晴らしいデザインで、複数のクリエイターが関わったことによるクオリティの高さにも期待大ですね。今回、大丸松坂屋は『Vket』でのブース出展などを経て初めてアバター事業に参入したわけですが、大きくメタバースに注目しはじめたのはいつからだったのでしょうか?

岡崎:私自身が大きくメタバースに注目し始めたのは、昨年夏の『バーチャルマーケット(以下、Vket)』くらいからです。実を言うと、それまではメタバースやバーチャル、アバターへの関心がいまほど高かったというわけではないんです。

 でも、一昨年からギフト担当のチームが『Vket』にお世話になっていて。そこをきっかけにして、百貨店を再現するようなブースを大々的に出させていただいたんです。一方で『Vket』から百貨店のeコマースへの接続、それもギフト商品がメインでしたから、実際に商品がたくさん売れるかというと、容易なことではありませんでした。ですが、その経験を経て、メタバースにはしっかり人が集まっていて「この世界で暮らしている方々がいる」ということを知ったんです。そこに暮らしている人たちがいるならば、その人たちの生活を豊かにしたり、彩りを与えるようなものを提供したいと思いました。

 それに「大丸松坂屋の3Dモデルってめっちゃ精巧で上手なんだ」という話で盛り上がってくれるファンの方がいたり、これまでメタバース上でしか会っていなかった人たちが、大丸・松坂屋のお店でオフ会をしたこともあったみたいです。また、オンラインゲームの大会を開催して、景品に私たちのギフトを選んでもらったケースもあるようです。

 私自身も、一般人として『VRChat』や『Vket』と関わっていくなかで、すごく面白い場所だと知ったので、大丸松坂屋として「もう一歩踏み込もう」ということで、アバター及びアバターファッションの分野に足を踏み入れました。

ーー世間の流れを見ていると、「リアル回帰」あるいは「リアルとバーチャルの共存」といったテーマを語られることがすごく増えている気がします。しかし、そういったなかで御社やJ.フロントリテイリンググループはよりバーチャル事業に出資・投資をされていますよね。これはある種、「バーチャル」「メタバース」といった言葉が一過性のムーブメントで終わらない象徴のようなものなのかなと。

岡崎:私たちDX推進部は、百貨店の新しい販路や新しいビジネスモデルを考えている部署でもあるんです。

 コロナ禍の時期、私たちは店舗経営の一本足でしたので、手も足も出ないという状況になりました。その結果、経営陣がすごく危機感を覚えたんです。営業時間に商売をするという時間の制約や、物理的拠点の制約もあります。外商員だったとしても、その人が動き回れる範囲という場所の制約がある。それを克服しなければ本当に未来はないということは、コロナ禍以降経営陣一同強く思っていることなんですね。なのでトレンドに若干の変動があろうと、われわれ流のオンラインビジネスはしっかりと考えていきたいと思っています。そのタッチポイントとして選んだのが、メタバースや『VRChat』だったわけです。

 また、現在のJ.フロントリテイリングのグループデジタル統括の中心にいるのが、Web1.0、Web2.0時代の最先端を走っていた人たちなんですね。Web1.0のときは頑張っていたんですけど、Web2.0のSNS時代では後れを取ってしまった。なので、Web3.0は絶対やるぞという覚悟があるんです。小売り出身の私たちがリーディングになれる可能性がまだあるなら、やれる人たち、やりたい人たちが全力でやるべきだという考えですね。

百貨店の原点へ立ち返る キーとなるのは「キュレーション」と「土着へのまなざし」

ーーメタバースへの参入に際しては、クリエイターエコノミーの実現を掲げられています。

岡崎:いまのメタバースの世界って、すごくUGCが盛んで「みんながユーザーでみんながクリエイター」という世界観なんですよね。クリエイターさんがいるからすごく楽しい生活をしていけているし、楽しい世界を作れている。でも、現状をあらためて振り返ってみると企業があまり入っていないということもあって値段のないものもあったり、中々値づけが難しい世界でもあるんですよね。

 私たちは、クリエイターの方々が今後も活躍していくためには「価格」をつける必要があると考えています。その価値を定義するお力になれればいいなと思っているんです。

ーーそうした「メタバースにおける値付けの必要性」に着目したのは、どういったところから?

岡崎:私自身、クリエイターエコノミーの内側でお仕事をすることが多いんです。私が所属しているDX推進部ではこれまで、新規事業としてサブスク事業を作ったり、インフルエンサーを起用した広告案件の事業をしてきたりしました。意外かもしれませんが、私たちはTikTokerのキャスティングやインフルエンサーマーケティングのコンサルティングを行う事業もやっています。

 そうしたなかで、TikTokやショート動画のクリエイターの方々と一緒に仕事していたときに、「自分たちの値付けや価格付けに困っている」という声を聞くことがあったんです。ですが、私たちと一緒に仕事をしたときには、我々が間に入ってお仕事をご一緒することで、報酬面はもちろん「大丸松坂屋と一緒にこんなコンテンツ作ったんだ」という実績として語りやすい。それがその人にとっても自信になったとおっしゃってくれて。

 「しっかりとクリエイティブを作っていたら、こういう会社さんとやる機会もあるんだよ、ということを後進のクリエイターにも伝えることができて、一つの指針となるような仕事ができて感謝しています」ということを言っていただけたんです。

 同じように、メタバース上でもそういうクリエイターと一緒にお仕事をして「一緒に成長していく」ということができるのではないか、大丸松坂屋としてクリエイター支援ができるのではないかと考えたんです。

 なので、私たちは価値を上げて広がりを生み出し、世の中に素敵な魅力的な作品があふれる世界を作ることをお手伝いしたいと考えています。

ーーたしかに、個人クリエイターがマネジメント面や報酬の交渉などで苦労するというのは我々も聞く話です。具体的にはどのようにクリエイターエコノミーを作っていこうと考えられているのですか?

岡崎:私たちがハブになる形で、原画が得意なイラストレーター、顔の造形やボディーを作るのが上手な3Dモデラーといった方々を掛け合わせることで、より高度なセンス・技術の融合、唯一無二な創作活動を可能にできればと思っています。それにあたって、まずは『BOOTH』でその作品を販売する形でトライしていこうと考えています。

 ただ、今後どのようにクリエイターエコノミーを進めていくかという点については、走りながら考えているのが実態です。どうすることが一番「クリエイターたちと一緒に成長していくこと」につながるのか、ということは常々考えていて。マッチングさせるような仕組みも考えましたし、完全自由なマーケットプレイスを用意するという方法も考えましたが、まだまだ検討しているところですね。

 いまの百貨店は区画ごとにブランドが出店するという形のビジネスになってしまっていますが、本来はデザイン性の高いファッションや調度品、絵画を初めとしたアート作品や、クリエイターやクラフトマンが作った良質な商品をキュレーションしてお客様に提供していたんです。

 そうした百貨店の在り方と同じように、私たちがプロデューサーなりキュレーター、バイヤーなど、何らかの存在として間に入って商品を提供していくことが必要だと思っています。単に買いたい人と売りたい人が自由にマッチングする場を提供するのではなく、私たちがしっかりとディレクションしキュレーションしていくことがひとつの鍵になるのではないかと考えています。

ーーここまでお話を伺って、クリエイターエコノミーを重要視していることは存分に伝わりましたし、影響力を使うところとコミュニティに歩み寄る部分のバランスが絶妙だと感じていて。それは岡崎さんをはじめ、中の人が実際にコミュニティに入っているからこそ可能なコミットメントなのかなと感じます。岡崎さんだけでなく、チームとしてもコミュニティの中に入っていったり、積極的にそこに顔を出すといったアプローチをされている方が多いのでしょうか?

岡崎:そういう意味で言うと、私たちは日本のいろんな地方にお店があるので、考え方のひとつとして「土着への眼差し」というのがあるんです。土着への理解を深めること、その地域のコミュニティを重要視するんですね。

 たとえば神戸は南北を海と山に囲まれた町なので、北を山側、南を海側と表現するんです。なので神戸のお店ではそれに合わせて「山側」「海側」という表記を用いています。ほかにも、名古屋には「連れ」の文化があって。友達をすごく大事にして、その「連れ」がどんどんお客様になっていくといった外商の広がりがあるんです。名古屋で外商がすごく強いのは、そういった文化があるからなんですね。いまお話したように、それぞれの土地にはそれぞれの文化があって、札幌のお店にはまた別の文化があるし、天神にはまた別の文化があるんです。

 なのでメタバースや『VRChat』に限らず、なにかのコミュニティと一緒にやっていく、地域コミュニティの中の一員となるということが根付いてる人たちが多いとは思います。デジタルでも同じで、新しいことをするとなったら、まずはそのコミュニティに参画してコミュニティの一員として理解した上での物の見方、考え方をして活動したいと思っている人が多いと思いますね。

ーー土着を理解するまなざし、そしてそれをメタバースにも当てはめるというのは、非常に面白い考え方ですね。バーチャルファッションという概念や文化自体、百貨店側の立場からはどのように見られているのでしょうか?

岡崎:バーチャルやアバターであったとしても、そこで生活をしていくとなると、彩りのある生活をすることであったり、自分の気持ちを豊かにするということが必要になってくると思うんです。

 とくにメタバースは自分の姿を見ながら喋ることも多いですし、「綺麗にしたい」「自分の思うような姿にしたい」という欲求は、そこに生活する人がいれば当然のものなのかなと思っていて。アバターというお顔や表情、小さいアイテムまで含めて、心の充足に必要なものなのだろうなと。

 それに、そもそも私たち百貨店は、大量消費で経済を動かすものよりも、無駄と思われるかもしれないけど心を動かすような商材が主戦場なんです。その心を動かす場が『VRChat』およびメタバースの世界にはあると思っていますね。単におしゃれという観点だけでなく、作り手の考えや志に対する共感、応援というのも、メタバースの住人にはあると思うんです。「このクリエイターさんの考える女性像や男性像、少年像ってすごい素敵だよね」と共感して、そのクリエイターのものを購入したり、服やアバターをまとうというのもあるのかなと。

 フィジカルの世界でいうと今の時代はDtoCブランドの人気が高まっていますよね。ベンチャーの経営者の理念に共感した人がものを買っていく、というのに近いムーブメントがメタバースにもあるのだと思います。もっといえば、生活者がいる限り、そして比較的生活への充足度が上がってきた今の時代にはそういった需要があるのだろうなと思っています。

ーー今後の動きとしては、正装だけでないバーチャルファッションの展開なども考えられているのでしょうか?

岡崎:そうですね。やはりファッションにはトレンドもありますし、私たちも新しいクリエイターさんと出会ってお仕事をしたいと思っているので、予算の許す限りしっかり制作をして販売していきたいと考えています。最初の一歩としては『VRChat』のみの展開となっていますが、今後は他のプラットフォームへの提供もあるのかなと思っているところです。

 今回のようにメディアの皆様ともリレーションを取りながら、メタバースやバーチャル世界の生活やそこに生きる方々、クリエイターの方々を支援し、盛り上げていきたいと思っています。

(取材=中村拓海、構成=村上麗奈)

『バーチャルマーケット 2022 Summer』より