イギリスのG2P-UKとG2P-Japanがコラボ
イギリスのG2P-UKとG2P-Japanがコラボ

連載【「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常】第15話

「G2P-Japan」という名前はどこからきたのか? 今回は命名の理由と、名前をきっかけにしてつながったコラボ、南アフリカでの新型コロナ研究者との交流について綴る。

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【画像】南アフリカで食べた鶏のロースト。「ペリペリソース」という少し酸味のあるソースがクセになる

■良くいえばオマージュ、悪くいえばパクリ

この連載コラムに頻出する「G2P-Japan」とは「The Genotype to Phenotype Japan」の略であるが、このネーミングの理由について聞かれることは意外にほとんどない。

なのでここで白状すると、これは実は、私がオリジナルに考えたものではなくて、良くいえばオマージュ、悪くいえばパクリである。

2020年の末に私は、「新型コロナウイルスの変異(genotype)が、『病原性』や『免疫逃避』に代表されるウイルスの『表現型(phenotype)』に与える影響を研究したい」という内容で、ある研究費の申請の準備をしていた。

その頃に世間を賑わせていた新型コロナの変異株が「アルファ株」である。このアルファ株の出現によって、「変異株」というキーワードが一躍トレンドとなった。この「変異株」というトピックの出現が、当時の私の申請の採択の追い風になったのは間違いなく、またこの研究費がなければ、そもそもG2P-Japanは立ち上げられていなかったと思う(この辺の詳しい経緯は、第6話を参照されたい)。

さて、ネーミングの理由に戻るが、この申請を準備しているとき、イギリスで、ある国策のプロジェクトが立ち上げられるということをウェブニュースで知った。イギリスは、新型コロナのゲノム解析を当初から精力的に進めていた国であり、またその甲斐あって「アルファ株」の出現を迅速に捕捉することができた、という経緯がある。

しかし、ある種のウイルスに「アルファ株」という名前がつこうが、「どんな変異(genotype)がある」という情報があろうが、それがウイルスの性質、つまり「表現型(phenotype)」にどのような影響を与えるのかを「実証」しなければ、そこにはほとんど意味がない。

それはまさに私が申請しようとしていた研究のコンセプトであったわけであるが、イギリスはその一歩先をいっていた。イギリスは、見つけたウイルスの変異(genotype)が、ウイルスの性質・表現型(phenotype)にどのような影響を与えるかを調べるための、「国策」のプロジェクトを立ち上げたのである。

私が見つけたウェブニュースはそれを伝えるものであり、その国策プロジェクトの名前こそが、「Genotype to Phenotype UK (G2P-UK)」であった。

イギリスのG2P-UKは国策のプロジェクト。立ち上げを報じたウェブニュース。細かな字だが、「The 'G2P-UK' National Virology Consortium」と記されている
イギリスのG2P-UKは国策のプロジェクト。立ち上げを報じたウェブニュース。細かな字だが、「The 'G2P-UK' National Virology Consortium」と記されている

当時の私は、あまり深く考えることなくこの名前をオマージュし(要はパクり)、当時できあがりつつあったわずか数人の研究集団に、「G2P-Japan」という名前をつけたわけである。

当時はもちろん、この名前がこれほど広く認知されるとは思っておらず、軽い気持ちでネーミングした。しかし、「G2P-Japan」が著者リストに載る論文の数が増えるにつれ、そしてその研究成果がテレビやウェブニュースで報道されるにつれ、その知名度は日に日に増していった。

■世界進出するG2P-Japan

G2P-Japanの新しい研究成果がまとまるたびに、それを私の研究室のツイッター(現X)のアカウントで拡散するのがルーティンとなった。

そんな中、新型コロナの研究を始める前、元々の専門にしていたエイズウイルスの研究をしていた頃から知り合いだった、ケンブリッジ大学(イギリス)のラヴィンドラ・グプタ(Ravindra Gupta)教授(ラヴィ)がツイッター(現X)で私を見つけ、「ヘイ! ちょうど偶然、お互いのコンソーシアムの名前も、こっちのはG2P-UK、お前のはG2P-Japanで同じだし、コラボしようぜ!」と、ダイレクトメールでコンタクトしてきた。

当然ラヴィは、G2P-Japanの名前の由来がG2P-UKにあるとは思いもよらなかっただろうし、私もあえてその理由は告げなかった。そうやってラヴィとの共同研究が進むと今度は、G2P-UKの発起人ともいえるインペリアルカレッジロンドンイギリス)のウェンディ・バークレー(Wendy Barclay)教授からメールが届いた。

ウェンディとは面識がなかったが、「これもきっとなにかの縁。同じ名前のコンソーシアムどうし、一緒に一度、合同ワークショップを開催しましょう」という話になった。

そんなこんなで、2021年10月に、G2P-JapanとG2P-UKのオンライン合同ワークショップが開催された。ボトムアップな組織である日本側からの参加者は10人ほど。比して、国策の組織である先方からの参加者はゆうに100人を超えていた。ともあれ、すでにいくつかの研究成果を出していたわれわれは、好意的に受け入れられ、有意義な機会となった。

パンデミックの最中、国際共同研究を進めるために、このような国際交流はいくつかのグループとなされた。もちろんすべてオンラインで、である。論文を発表するたびにG2P-Japanの知名度は増し、私の研究室のツイッター(現X)のアカウントのフォロワーも爆発的に増えていった。

そのようにして、「会ったことはないけれど、ツイッター(現X)でつながっている人」や、「会ったことはないけれど、共同研究をしている人」の数も増えていった。

■南アフリカへ

2022年秋、渡航制限も緩和されつつあった中、南アフリカセントルシアという小さな町で開催された、新型コロナのワークショップに招待された。主催者は、南アフリカベータ株を初めて見つけ、オミクロン株の流行期にも世界のウイルス研究を牽引した、アフリカ健康研究所(南アフリカ)のアレックス・シガル(Alex Sigal)教授。

南アフリカのセントルシアで開催された新型コロナのワークショップ
南アフリカのセントルシアで開催された新型コロナのワークショップ

羽田からフランクフルトまで15時間、そこからヨハネスブルクまで10時間。そこで1泊し、さらに国内便で数時間。初めてのアフリカ大陸はもちろん刺激的だったし、ヨハネスブルクで食べた、「ペリペリソース」というちょっと酸味のあるローカルソースをかけた鶏のローストはとても美味しかった。しかし、それらよりも強く印象的だったのは、参加したワークショップの「オフ会」感である。

「ペリペリソース」のかけられた鶏のロースト。「ペリペリソース」は南アフリカではポピュラーなソースらしく、市販もされていた。少し酸味があるけどコクがある、おいしいソース
「ペリペリソース」のかけられた鶏のロースト。「ペリペリソース」は南アフリカではポピュラーなソースらしく、市販もされていた。少し酸味があるけどコクがある、おいしいソース

ワニ肉の串焼き
ワニ肉の串焼き

参加者はすべて新型コロナの研究者で、その中でも特に、2021年末に突如南アフリカで見つかり、瞬く間に世界を席巻したオミクロン株の研究に従事していた人たちが多かった。

ほとんどの参加者が初対面だが、実はそのほとんどがツイッター(現X)でつながっていて、「はじめまして」から対話は始まるけれど、途中でほぼ間違いなく「あ、あなたがあの!?」という展開になった。

ラヴィとはコロナ禍の中でたくさんの共同研究をしたが、このときがついに対面での再会となった(ちなみにこの翌週に、今度はシンガポールで再会した)。アレックスとはここで初対面だったが、オミクロン株出現時のリアルタイム研究で名を馳せた研究者だったので、もちろん名前は知っていた。

筆者とラヴィ
筆者とラヴィ

ここで初めて知ったのだが、私とラヴィだけではなく、アレックスエイズウイルスの研究から新型コロナ研究に参入した研究者のひとりだった。

また、冒頭で紹介したG2P-UKとの合同ミーティングを企画してくれたインペリアルカレッジロンドンイギリス)のウェンディもこのワークショップに参加していて、これが対面では初対面となった(そして余談だが、この連載コラムの第7話でも紹介したように、ウェンディとは、今秋に仙台で開催されたウイルス学会で再会した)。

このワークショップには、私に加え、私のラボの助教のIも参加した。ふたりとも講演し、どちらも好評だった。そしてなによりも驚いたのは、参加者のほぼすべてがG2P-Japanを知っていたことである。

参加者のひとりは、私の講演後に私を会場から無理やり連れ出し、「お前たちのG2P-Japanってのはいったいなんなんだ!? ありえない、素晴らしすぎるぞ! なぜそんなことができるんだ? ありえない。そのありえない活動は今後も絶対に続けていくべきだ!」と、興奮入り混じりながら延々30分近く熱弁を振るってくれた。

研究集会でほかの研究者と交流する場合、お互いの研究内容が重複していたり、研究テーマが似通っていたりすると、手の内の探り合いになってぎくしゃくした空気感になることがままある。

このワークショップは新型コロナに関する研究集会で、しかも参加者のほとんどがオミクロン株に関連した研究に従事している。しかしこのワークショップは、参加者全員の親近感やお互いの労いの気持ちに満ちた、とてもフレンドリーな集会だった。一緒にワニの串焼きを食べたり、南アフリカのビールを飲みながら深夜までカラオケパーティーをしたり。

パンデミックの中で新型コロナ研究を頑張ってきた基礎研究者たちの集まりであったこともあって、今後の流行への危惧や深刻な議論というよりも、「とにかくこれまでみんなで、新型コロナ研究がんばってきたよね!」という、慰労感の大きい、不思議な打ち上げ感のある集会であった。

文・写真/佐藤佳

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