一生添い遂げることを誓って結婚した夫婦であっても、さまざまなトラブルが起きるものです。代表的なのは不倫にまつわるトラブルでしょう。

今回紹介するケースは、実は血の繋がった子ではなかったことが判明した場合でも父親は養育費を支払う義務があるかどうかが争われた事例です(最高裁平成23年3月18日判決、判例タイムズ1347号95頁)。

妻が不倫し、出産後2カ月以内には夫の子ではないことを知っていたにもかかわらず、夫が知ったのは出産から約7年後であったため、法律上の親子関係を否定する手段が残されていなかったというものです。

はたして、裁判所はどのように判断したのでしょうか。年間100件以上離婚・男女問題の相談を受けている中村剛弁護士による解説をお届けします。

●「実は血の繋がった子ではなかった」

今回ご紹介する裁判例は、実の子だと思って育ててきた我が子が、実は血の繋がった子ではなかったという、父親にとって最も衝撃的な事案の一つです。経緯は以下のとおりです。

1991年 夫・妻 結婚
1996年 長男出産
1997年 妻 夫以外の男性と関係を持つ 
1997年 夫→妻 キャッシュカードを預け、生活費の支出を許容
1998年 二男出産 その2カ月以内に妻は二男が夫の子ではないことを知る
1999年 三男出産
2000〜2003年 夫→妻 生活費として毎月150万円を交付
2004年1月 夫の不貞行為が発覚 婚姻関係破綻。夫から妻に対し、月額55万円の婚姻費用を支払う旨の審判が確定
2005年4月 夫 二男が自分の子ではないことを知る
2005年7月 夫 親子関係不存在確認の訴えを提起→却下される

3人の子のうち、二男のみが夫の子ではなかったというものです。結婚生活自体は、夫の不貞行為が発覚することによって破綻していますが、妻も夫の不貞行為発覚の相当以前に不貞行為をしていたという事案です。

DNA鑑定で親子関係が否定も「法的に否定されるとは限らない」

本件をご紹介する上で、前提となる法律関係を整理しておきます。

まず、自然的血縁関係と法的親子関係は別物です。民法772条は「妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する」と規定しており、結婚中に妻が妊娠した場合は夫の子と推定されます(嫡出推定)。いわゆる血の繋がった子ではなくとも、法律上は親子として扱われることになるのです。

これはあくまでも「推定」なので、推定が覆ることはあります。しかし、法律上、嫡出推定を覆すためには、「嫡出否認の訴え」という裁判を行わなければなりません(民法775条)。

仮にDNA鑑定で親子関係が否定されたとしても、それだけでは法律上の親子関係は否定されず、あくまでも裁判による判決等を経て初めて法律上の親子関係が否定されることになるのです。

嫡出否認の訴えは出訴期間が制限されており、夫が子の出生を知ってから1年以内(2024年4月1日以降は3年以内)に訴えを提起しなければなりません(民法777条)。それを過ぎた後は、仮に自然的血縁関係がなかったとしても、法律上は親子として扱われることになります。

このように定められているのは、法律上、親子関係が不明確なままだと、子の法律関係が安定しない(誰に養育費を請求すればいいかわからない等)ため、早期に法的関係を確定する必要性が高いからです。

●高裁「二男への養育費の支払い義務ある」

今回ご紹介する事案では、夫は、二男が出生したことを知ってから「7年」が経過した時点で、初めて二男が自分の子ではない(自然的血縁関係がない)と知りました。

出訴期間の「1年」を経過しており、既に嫡出否認の訴えは提起できないことになります。夫は、親子関係不存在確認の訴えという別の訴えを提起していますが、実質的には嫡出否認の訴えと同一であるため、訴えは却下されています。

そのため、夫にとっては、自分と二男が法的に親子関係であることを否定する法律上の手段はありません。法律上の親子関係がある以上、夫は二男に対する養育費の支払義務があるということになります。

この判決の原審である東京高裁判決(2008年11月6日判決)も、同様の理解に立って、夫に対して、二男のみの養育費として月額14万円の支払いを命じています(なお、長男・三男も同額とされているため、3人で合計月額42万円の養育費ということになります)。

最高裁は「養育費の請求」認めず…その理由とは?

しかし、最高裁は、妻側の請求を「権利の濫用に当たる」と判断して、二男の養育費の請求を認めませんでした(長男・三男の養育費として、合計月額28万円の支払義務のみを認めたことになります)。

その際に、重視されたのは、下記の点になります。

(1)妻は、婚姻期間中に別の男性と性行為を行い、しかも、二男の出生後、約2カ月以内には、夫と二男との間に自然的血縁関係がないことを知ったにもかかわらず、夫にはそのことを告げず、夫が知ったのは二男の出産から約7年後であったこと

(2)そのため、夫は、嫡出否認の訴えを提起することができず、親子関係不存在確認の訴えも却下され、夫と二男の親子関係を否定する法的手段は残されていないこと →夫が二男との親子関係を否定する法的手段を失ったのは、妻の責任であるといえる

(3)夫は、妻に通帳等を預けてその口座から生活費を支出することを許容し、その後も、婚姻関係が破綻するまで月額150万円の生活費(二男を含む家族の生活費)を交付していたこと

(4)婚姻関係破綻後も、夫は、審判により、月額55万円の婚姻費用を支払うよう命ずる審判が確定していること →夫は、これまで二男の監護費用を相当程度負担してきており、これ以上の負担を強いることは、夫に過大な負担を課するものである

(5)妻は、財産分与として、夫から約1270万円の支払いを受けること →妻は、二男を監護する費用を賄うことができ、子の福祉に反するとはいえない

以上から、妻による離婚後の二男の監護費用の分担(養育費の支払い)を求めることは、「子の福祉に十分配慮すべきであることを考慮してもなお、権利の濫用に当たる」と判断されました。

●特殊事例だが…「諦めないことの重要性」伝える判例

前述のように、自然的血縁関係と法律上の親子関係は別ですので、嫡出推定が覆されない以上、自然的血縁関係がない子であっても、養育費の支払義務があることが原則です。その意味で、本最高裁判決はかなり特殊な事例であり、あまり一般化できるものではありません。

本件では、従前から相当高額な生活費(婚姻費用)を負担し続けてきたことと、妻が財産分与により相当額の金銭を受け取れることが考慮されたものです。このような事例に当てはまるケースはそう多くはないでしょう。

もっとも、形式的な法律論でいえば、夫の養育費支払義務は免れられないと思われていた事案で、「権利の濫用」により妻の請求を排除した点は大きな意味があると思います。

もし、子供が自分の子ではないとわかった場合、速やかに弁護士に相談して親子関係を否定する手続をとることはもちろんですが、仮にそれがもう取れないとしても、諦めずに権利の濫用となる事情がないか、追求していくことが重要です。

【取材協力弁護士】
中村 剛(なかむら・たけし)弁護士
立教大学卒、慶應義塾大学法科大学院修了。テレビ番組の選曲・効果の仕事を経て、弁護士へ。「クライアントに勇気を与える事務所」を事務所理念とする。依頼者にとことん向き合い、納得のいく解決を目指して日々奮闘中。
事務所名:中村総合法律事務所
事務所URL:https://rikon.naka-lo.com/

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