世界が不安定だ。だが、それは、たんなる地政学上の、小さな土地の奪い合いが原因ではない。背景には文明の転換に伴う、もっと大きな問題が潜んでいる。つまり、ユダヤ系富裕層が国際支配を確立した金融資本主義による重化学工業産業革命の終焉であり、農業とエネルギーという人間生存の基本資源への世界的な回帰だ。

現代において「ユダヤ人」と言っているものからして、かなり疑わしい。ドイツナチスホロコースト以前に、等しく「ユダヤ人」と呼ばれた人々においても、地域貧困層と、国際富裕層と大きな亀裂があり、第二次戦前に反ユダヤ主義がはびこる元凶となったのは後者の政治文化的な専横支配であるにもかかわらず、その敵意憎悪は地域のユダヤ系貧困層に向けられ、あの狂気の虐殺を引き起こすことになった。

そもそもそのナチスにしても、「ユダヤ人」を身体的特徴で人種として定義することができなかった。白から黒まで多様で、信仰に関しても、すでに何代も前にキリスト教に転向してしまっている一家の者も多かった。それで、結局のところ、父母の遠い先祖のだれか一人でもユダヤ教コミュニティに属していた者すべてが「汚れたユダヤ人」ということに。このことから逆に、現代では、実際に迫害を受けたかどうかにかかわらず、ナチスに追われる可能性があった者の子孫は、みんな「ユダヤ人」になった。つまり、現代の「ユダヤ人」は、ナチスによって逆に定義された。

だから、現代においては「ユダヤ人」であっても、ユダヤ教徒とはかぎらない。それどころか、黒い帽子に黒いスーツで、顎髭を伸ばしている戒律厳格派の世界中のガチのユダヤ教徒、「ハレーディーム(神を畏れる人々)」からすれば、人為的なイスラエル建国は神に対する越権であり、当初からむしろあの土地をパレスチナの人々に返すように主張している。このように、イスラエル問題は、宗教対立ではない。これを「野蛮」なイスラム教徒との「文明人」の戦いに擦り替えるのは、イスラエルや欧米側の人種差別的な反ムスリム主義のプロパガンダだ。

とはいえ、名ばかりの「ユダヤ人」であろうと、実際に迫害された閉塞貧困層はもちろん、米国などに逃れた国際富裕層にとっても、ホロコーストはあまりに強烈なトラウマとなり、奇妙にもむしろナチスの「生存圏」思想によってイスラエルを建国し、実際に周辺を侵略し拡大し続けてきた。いや、本来は、貧困層が不毛の地に入植し、これを農地として開拓する、ということで、地元のパレスチナ人たちとも融和共存できるはずだった。だが、この計画は、事実上、失敗だった。厳しい気候条件下にあって、空白だった南部はどうやっても農地にはできなかった。それゆえ、「ユダヤ」らしく、多産で爆発的に増え続ける現地貧困層の人口を支えるためには、北部ヨルダン川西岸や沿岸部のパレスチナ人がいた可住地や可農地を侵略奪取せざるをえなかった。

イスラエル国外にいる国際富裕層にしても、安泰ではない。農民や庶民が多かったユダヤ系貧困層と違って、彼らは、中世から王室御用達の資金調達係として特権的な地位にあった。そして、彼らの国際支配を決定づけたのが、対仏ナポレオン戦争だった。彼らは、各国でナショナリズム化した当時のフリーメーソンに代わって、その莫大な戦費を、敵国からさえ広く世界的に無国籍の「戦争投資博打」として吸い上げて調達してみせた。以後、アジア・アフリカ植民地侵略、その帝国主義戦争において、彼らは無くてはならない政治的存在となり、また、民生部門においても、その基幹となる重化学工業への産業革命資本主義に対して国際金融で活躍し、さらには国民を戦闘的なナショナリズムで洗脳する新聞や映画、ラジオ、テレビなどのメディアを独占的に支配してきた。

しかし、今日、植民地拡大だの、帝国主義戦争だの、米国ですらベトナムアフガンでも失敗し、それこそもはやイスラエルくらいしか残っていない。重化学工業も、いまさら水利ダム建設や鉄鋼石炭業、石油コンビナードでもなく、それほど巨大な国家的資本調達の必要性もなくなっている。また、新聞やテレビのような国民洗脳メディアも、インターネットの登場で、情報統制力を失っている。このため、ユダヤ系国際派富裕層は、金融とメディアに代えて、イスラエルを拠点に、今日、ITと医薬品による世界支配戦略に転換し、これらを彼らの新たな存立基盤にしようとしている。

だが、農地開拓の失敗、致命的なエネルギー不足は、ITだの医薬品だの以前に、イスラエル存立の根底を揺るがしている。農業自給率は、農地侵略と技術開発によって、かろうじて高い水準を保っているが、これももはや限界。まして、エネルギーに関しては、米国政府と一体となって中東諸国を分断することで、カネの力で石油を調達してきたものの、いま、アジア・アフリカに関しては、反英反米の中国・ロシアの金融支援がすでに確立しており、分断対立からイスラム圏復興に向かいつつある中東諸国の石油とそのオイルマネーの規模が、もはやユダヤ系の資源と資金の調達力を上回っている。くわえて、ITや医薬品に関しても、ロシアや中国、インドの技術力が劇的に向上しつつあり、かならずしもイスラエルが優位有望とは言えない。

それで、とりあえずガザ地区だ。2000年代になって、東地中海の天然ガス田が開発され、イスラエルは、米国中東政策経由での石油から、この天然ガスにエネルギー政策を一気にシフト。ガザ自治区領海をかってに横断している海底パイプラインでエジプトに送って、液化して世界に再輸出し、地球の危機の世論を煽って、環境負荷が少ないとされる天然ガスで、中露やオイルマネーから国際経済の主導権を奪い返す、などという壮大な計画だった。ところが、早くもその近々の枯渇が明らかになってしまった。一方、むしろエジプトナイル河口沖で、はるかに巨大な天然ガス田群が発見され、むしろイスラエルはいずれエジプトなどの中東側からふたたびエネルギー供給を受けなければならない側に。

しかし、ガザ地区のすぐ沖、その領海にも、ガス田があるのがわかっている。つまり、ガザ地区侵略は、かつて東欧を侵略したナチスの主張と同様、イスラエル「生存圏」の生命線であり、国際金融と世界エネルギーを支配し続ける政策においてユダヤ系国際富裕層の存亡がかかっている。ハマス云々は、もとより口実にすぎない。そんな身勝手な話のために殺されるパレスチナ人はもちろん、彼らを殺しにいって死ぬことになる現地貧困層の若い男女イスラエル兵士たちが、あまりに哀れだ。

ところで、日本。防衛力増強だのなんだのと騒いでいるが、食料やエネルギーの自給の目途も無く、少子高齢化で国民そのものが消滅しかかっているのに、この国に、どういう将来的な国家としての国際戦略があるのか? まさか、アニメ立国、観光立国、などと、中二のガキのように浮ついたことを本気で考えているわけではあるまい?

文明の転換点:イスラエルの国際戦略