国民年金受給者の平均年金受給額は月5万6,479円(厚生労働省令和3年厚生年金保険・国民年金事業の概況」より)ですが、高齢者1人の平均支出額は月14万円程度(総務省「家計調査」)といわれています。では、「収入は月6万円の国民年金のみ」「貯蓄はほとんどない」高齢者はどうやって生きていけばよいのでしょうか。牧野FP事務所の牧野寿和CFPが、事例を交えて解説します。

大学受験で父と大揉め…20歳で家を飛び出したAさん

遡ること50年前、Aさんにはつらい思い出があります。二浪しても、父が望んだ大学に合格できなかったのです。

「あと1年浪人しろ」という父と、その年に合格した大学に入学したいAさんは何度も話し合いましたが、毎度最後は取っ組み合いの大喧嘩。母や4歳年上の姉がAさんを取りなしたものの、ついにAさんは家を飛び出しました。

家を出たあとは漂浪を続けていたAさんでしたが、23歳のときある街の飲み屋で電気工務店主と知り合います。店主に気に入られ、その電気工務店に住み込みで働き始めました。

その後40年間、仕事に必要な資格を取得しながら寡黙に働き続けたAさん。その卓越した技術は誰もが認めるほどです。

ただ、休日のギャンブル通いは欠かすことができず、お金は貯まらないどころか、給料を前借りすることも。見かねた店主が何度も「ギャンブルはやめろ」と忠告しましたが、Aさんは耳を貸しませんでした。

43年ぶりの家族との再会

そんなある日のこと。突然、Aさんの住む寮に姉が訪ねてきました。

姉はひとこと、「お父さんが亡くなったよ」と告げました。そして、姉はAさんを母に会わせるため、Aさんとふたり実家へ向かったのです。

43年ぶりに会った母は90歳になっており、記憶よりずいぶん小さくなっていました。一目見たとたん涙があふれ、Aさんは母にこれまでの無礼を謝り、母も息子を見てただ涙を拭うばかりです。

しかし、Aさんは父のお位牌に手を合わすことはありませんでした。遺産も「絶対にいらない」と固辞しましたが、母姉から「父の遺言だから」と言われ、しぶしぶ現金約300万円を相続しました。

その後、母はAさんの顔を見て安心したのか、父を追うようにして逝去。母の遺産はほとんどなく、また実家は借家だったため家主に返しました。

同じ時期、Aさんの姉の夫(65歳)が再雇用先を退職することとなり、FPである筆者はA姉夫婦から老後生活に関する相談を受けていました。その際、A姉から一連の事情を伺っていたのです。

また、A姉から「現在はAの居場所もわかり落ち着いて生活しているけれど、今後Aになにかあったときは相談させてほしい」とお願いされていました。

70歳で失業…年金暮らしになって芽生えた“将来への不安”

それから7年後、Aさんは70歳で失業しました。理由は、工務店主が突然亡くなり、サラリーマンの息子が工務店を廃業させたからです。Aさんは退職金100万円を受け取り、無職になりました。これからは毎月年金6万円での生活です。

なお、厚生年金の適用事業所(会社や官公庁など)で働いたことのないAさんは、老齢厚生年金は受給できません。

満額保険料を納付していた場合、受給額は年額79万2,600円となりますが、家出から働き始めるまでラグのあったAさんは、国民年金保険料を納めた436月分、約72万円(月額約6万円)※1、※2となっています。

※1 受給額は年度ごとに変わる。令和5年度の満額(40年(=480月)満額保険料を納付した受給額は、年額で79万5,000円(昭和31年4月2日以降生まれ)、79万2,600円(昭和31年4月1日以前生まれ)。

※2 老齢基礎年金(25年以上)の受給者の平均年金月額は、令和3年度末現在で5万7,000円(厚生労働省令和3年厚生年金保険・国民年金事業の概況」より)。

総務省「2022年(令和4年)家計の概要」によると、65歳以上の単身無職世帯(高齢単身無職世帯)の家計収支は、年金などの実収入が13万4,915円。支出は、税金や社会保険料などの非消費支出が1万2,356円。食料や住居、水道光熱費といった消費支出14万3,139円を加えて15万5,495円と、毎月2万580円の不足となっています。

Aさんは、必ずしもこの統計値と同様にお金を使うことはありませんが、数値を参考に今後の生活を考えてみました。

年金をもらい始めた当初は給与も入っていたため、年金は「ギャンブルの原資が増えた」ぐらいの感覚でしたが、年金暮らしとなると話が違ってきます。

収入は約半分になる。支出額も半分で生活するんなら、食事は1日1食だな。寮は出なくちゃならないから、家賃の安いアパートに引っ越す。でもこの年齢で入居は難しいと聞くし……。貯金はほとんど残っていないから生活の足しにはならん。毎月5万円は稼ぎたいが……どうやって生きていけばいいんだ

Aさんはこれまでの行き当たりばったりな生活を後悔するとともに、今後のことを考えれば考えるほど、不安に押し潰されそうになりました。

先輩がこぼした「金言」を思い出し、行動を始めたAさん

Aさんと姉は定期的に連絡を取っていたのですが、ここのところAさんの様子がおかしいと感じた姉は、Aさんにしつこく問いただし、失業したことを知りました。ビックリした姉は筆者のところに連絡。筆者はAさんと会ってお話することになりました。

Aさんからこれまでの生活を聞いた筆者は、「まず毎月の収支の予算組みを一緒にしましょう」と提案。するとたしかに、年金のほかにあと5万円、できれば8万円は収入が必要なことと、また今後ギャンブルを続けると家計が破産することがわかりました。

筆者はAさんに、ハローワークはもちろんのこと、福祉事務所や社会保険事務所、市役所の高齢者福祉担当の窓口にも行ってみることを勧めたところ、Aさんは「そういえば、会社がなくなるときに先輩もハローワークや役所に行くと言っていたな。そういうことなんだね」と納得してくれました。

筆者と会った次の日、Aさんはまずハローワークに行ってみることにしました。

Aさんがハローワークへ行った目的は、「仕事を見つけること」と受給資格のある「高年齢求職者給付金」の申請手続きをすることでした。

「高年齢求職者給付金」とは、満65歳以上で雇用されていた方(高年齢被保険者)が失業して職を探しているときに、基本手当(65歳までの失業保険のこと)に代えて給付される手当のこと。申請の条件は、退職時に勤務先から「雇用保険被保険者証」を受け取り、次の(1)(2)を満たしていることです。

(1)離職の日以前1年間に、雇用保険被保険者期間が通算して6ヵ月以上あること

(2)失業の状態にあること

また、支給額は次のとおり一時金で給付されます。

Aさんの場合は、ハローワークに申請して7日間の待機期間後に、50日分の約28万円が給付されました。なお、この高年齢求職者給付金は公的年金と併給されます。

※ 給付額は、離職した日の直前6ヵ月に支払われた賃金(賞与等を除く)を180日で割った額の5割~8割を日額とする。

生活保護、保険料減免…国や自治体の「救いの手」

その後、Aさんは先輩の言葉どおり、福祉事務所や社会保険事務所、市役所にも足を運びました。するとどの窓口も、Aさんの現状を親身になって聞き、その窓口専門のアドバイスをしてくれます。

しかし、Aさんはいままで工務店に勤め給与と年金所得があるため「所得制限」に抵触し、各事務所の支援の適用は現状では難しいとのことでした。

そのため、「来年1月から1年間、収入は年金のみで貯蓄を取り崩して生活し、再来年以降にその所得を各事務所に申請すれば支援を受けられるかもしれない」という結論に至りました。

なお、Aさんの収入が年金月額6万円だけのとき、各事務所からの支援は次のとおりです。

■福祉事務所……生活保護制度」

社会保険事務所……「老齢(補足的老齢)年金生活者支援給付金制度

■市役所(高齢者福祉担当)……国民健康保険保険料などの減免制度など

※ この制度の利用には前年の年金収入金額とその他の所得の合計が87万8,900円以下であることが条件。総務省「2022年(令和4年)家計の概要」によると、令和3年3月の年金生活者支援給付金平均給付月額は3,964円となっている。

まとめ…人の親切が身に染みた1ヵ月

家出をした自分を責める気持ちもあり、寡黙を貫いてきたAさんでしたが、各窓口に相談し温かい言葉をもらったことで道が開けてきました。仕事仲間も、「自分から嫌になって仕事を辞めたのでないなら、健康なうちはどこかに仕事はある。なんせ一流の腕を持っているんだから」と言ってくれます。

「たしかに、いままで休むことなく仕事をしてきたのだから、同じ業種のほうがやりやすい。知り合いのところに仕事をもらいに行こう」

そう考えた矢先、同業の事業主Cから連絡がありました。聞けば、亡くなった店主から「自分になにかあった時は店は閉めざるを得ないけど、Aが働けるうちは面倒を見てやってくれ」と頼まれていたそうなのです。時間給ですが、Aさんは働き口を見つけることができました。

また、夫の実家で暮らす姉は両親の位牌を家に置けません。そこで、檀家寺に預けてあった両親の位牌はAさんが受け取りに行き、アパートの自宅に持ち帰り安置しました。

失業後1ヵ月が過ぎ、落ち着いて生活ができるようになったAさん。亡き両親の前で、「もうギャンブルはしない」と誓いました。

牧野 寿和

牧野FP事務所合同会社

代表社員

(※写真はイメージです/PIXTA)