大企業勤務や公務員の場合、住宅ローンの借入可能額は大きくなり、仮にそうした夫婦が「ペアローン」を利用すれば都心の“新築タワマン”にも手が届きます。しかし、現時点の世帯収入を前提にしたローン契約には大きなリスクも。本稿では、株式会社JKASの「離婚とおうちで困ったときのあなたの街の相談窓口」代表を務める石田栄一氏が、30代後半の夫婦の事例を基に「ペアローン」のリスクについて解説します。

入念なシミュレーションを重ね「新築タワマン」を購入した夫婦

大手財閥系のディベロッパーが開発した、総戸数700戸以上の湾岸の美しいタワーマンション。眺望に設備、セキュリティー、すべてが最上級の住環境を手に入れたのは、今回の相談者である正信さんと里美さん(ともに仮名)。

結婚したタイミングですでに賃貸のタワーマンションに暮らしていた2人。月の家賃は35万円と高額でしたが、2人の合算年収は1,600万円もあり、特段の負担感は抱いていませんでした。大手証券会社勤務で年収1,000万円の正信さんと、公務員で年収600万円の里美さんはともにまだ30代後半。仕事もいたって順調です。

賃貸でタワーマンション暮らしの快適さに感動したことで、ローンの支払いに不安がないか入念にシミュレーションを重ねた上で、2人は購入に踏み切ったといいます。

2人はお互いに住宅ローンを持ち合うペアローンを利用し、1億2,000万円のタワーマンションを購入しました。ローンの内訳は、正信さんが8,000万円で里美さんが4,000万円です。低金利のネット銀行から融資を受け、ほぼ自己資金ゼロでタワーマンションを手に入れたのです。

アローンのメリットは、夫婦それぞれに住宅ローン控除が適用されることや、それぞれが団体信用生命保険に加入できること、借入可能額が大きくなること等が挙げられます。

新築購入したばかりのタワーマンションは、2人にとって素晴らしい住まいでした。

1階部分はスーパーマーケットが入っており非常に便利。共用部のフィットネススタジオを利用して、住民同士の交流なども活発です。30階のバルコニー東京湾を向いており、毎朝、気持ちの良い朝日が差し込んでくるのだといいます。

夫婦を襲った想定外の事態

しかし、人生には予測できないことが起こるものです。

新居と同時に、月20万円もの住宅ローン返済を抱えることになった正信さん。以前にも増して熱心に仕事に取り組むようになりましたが、行き過ぎたハードワークが原因で、突然うつ病を発症してしまったのです。数ヵ月間の休職を経ても復帰できなかった正信さんは、発症から1年後に退職することになりました。

里美さんは正信さんの休職期間中も必死に働きましたが、正信さんの収入が途絶えたことで、家計は急激に悪化。正信さんの返済分は貯蓄を取り崩して工面するほかなく、預金残高はみるみるうちに激減していきました。

里美さんから筆者のところに問い合わせがあったのは、その頃のことでした。

「売却したらいくらになりますか?」

アローンで2人の名義であることを確認し、正信さんも売却に合意しているのかと確認したところ、問題ないとのこと。加えて里美さんが正信さんのローンの支払いを肩代わりしていることなど、細かな事情を聞くことになりました。

あこがれのタワマン購入が引き裂いた夫婦の絆

翌週、2人の自宅で正式な訪問査定を行います。購入してから間もないため、残債はまだ1億1,300万円ほど。築浅でピカピカの物件とはいえ、残債に相当する金額で売却できるかはかなり微妙な状況でした。

売却した場合の流れや段取りを話ししていたところ、いまも在宅療養中だという正信さんは「本心では、売りたくないんだけど……」と漏らします。一方の里美さんは「支払原資がない以上、売却するしかない」と冷静に主張しました。

この状況では、里見さんの主張は当然といえるでしょう。正信さんは後ろ髪を引かれながらも売却を受け入れることになりました。幸いにして都心部の不動産市況が伸びていたため思いがけず高額での購入者がみつかり、ローンの残債・諸費用等を支払っても少々のプラスになるほどの金額で無事売却が決まりました。引渡しは3ヵ月後の予定です。

売却後の住み替え先の件で再訪したとき、待ち受けていたのは予想通りの展開でした。里美さんから正信さんに離婚を切り出し、2人は別居することになったのだといいます。

「これ以上の苦労は背負いたくない」という里美さんの冷静な判断からでした。マンションの売却益から、これまで里美さんが返済を肩代わりした金額も返して欲しいとのリクエストもしているようです。

里見さんは「背伸びしすぎた住宅購入」が原因で2人の絆に亀裂が入り、溝が深まっていったのだといいますが、果たしてそうでしょうか?

ペアローン最大のリスクは「お互い働けなくなる」可能性

誰もが「自分の選択が間違っていた」とは認めたくないものです。ただ、購入前に「お互い働けなくなるかもしれない」というペアローンの最大のリスクを認識できていなかったことが、2人の大きな間違いだったと筆者は考えます。

アローンで購入しようとする夫婦に対し、「病気などで働けなった場合のリスクは……」と説明する不動産営業マンがいるとは思えません。知り合いの同業者から聞いたところによると、「都心部のタワマンは億が当たり前。基本はペアローンを提案しているよ」とのことでした。

住宅ローン金利について、変動金利は依然低いままです。ネットバンクなどでは0.3%台の商品も多くみられます。大手勤務や公務員の場合は借入可能額も多く、いいことづくめにみえるかもしれません。

ただ、そこには上にみたようなリスクがあることを、忘れてはならないのです。

2人に住み替え先の賃貸住宅を紹介した後、「財産分与で揉めている」と話す里美さんには、弁護士も紹介することになりました。不動産業者は、ただ物件を紹介するだけでなく、リスクや将来を考慮した助言を心がけていく必要があると痛感した一件でした。