イスラム組織ハマスによるイスラエルへの急襲により、地政学リスクが高まっています。金融市場への影響も心配されるところですが、フィデリティ・インスティテュート主席研究員でマクロストラテジストの重見吉徳氏は「さほど心配ない」と楽観的です。いったいなぜなのか、詳しくみていきましょう。

戦闘が激化するハマスとイスラエルだが…金融市場への影響は?

パレスチナ自治区のガザ地区を実効支配するイスラム組織ハマススンニ派)とイスラエル軍との戦闘が激化しています。また、隣国のレバノンを拠点とするイスラム組織ヒズボラ(シーア派)はイスラエル北部国境でイスラエル軍と衝突しています。

ウォール・ストリート・ジャーナル紙は、今年8月からイランシーア派)のイスラム革命防衛隊と、ハマス、ヒズボラなどの武装グループが今回の陸海空の侵攻作戦を立案していたと報じています。

イスラエルはガザ地区への地上侵攻を進める構えですが、「本丸はイラン」ととらえているでしょう。

核保有国であるイスラエルはかねてより、ウランの濃縮度を高めるイランに対し、核施設への攻撃の可能性などを警告しています。

また現在、ネタニヤフ首相は極右政党と連立政権を組んでおり、イスラエルにとっては異例の死者数を出した今回のハマスによる奇襲攻撃をきっかけに、ハマスの背後にいるとみられるイランに対して“強硬手段に出る可能性”も排除できません。

そのとき、イスラエルは当然のように、米国のバイデン政権や国務省を、自国の「後ろ盾」と考えるでしょう。米国の存在があるからこそ、イスラエル(人口約970万人)は、イラン(同約8,600万人)との戦争を検討することができます。

他方で、バイデン政権や民主党エスタブリッシュメントにとっては、来年に大統領・連邦議会選挙を控え、イスラエル・ロビーの支援が必要です。

最悪の事態は(あるとすれば)、米国がウクライナに続き、イスラエルによるイランへの軍事攻撃を支援するケースです。それは、米国の財政負担を増すばかりではなく、とくにウクライナについては欧州諸国や日本の負担が増すことを意味します。これまであった多くの戦争の示唆は政府債務の増大であり、インフレです。

また、米国が欧州・中東という世界の2地域での戦線をサポートする状況は、(手薄になる)もう1つの地域での地政学リスクの高まりを示唆します。冷戦後の米国の一国覇権主義が試されているようにもみえます。

次節以降で示す過去の事例では「多くの地政学イベントはさほど心配ない」といえるかもしれません。

しかし、いまは無理をせず、分散投資を進めることが求められます。

これまでの「地政学イベント」からわかること

①調整期間は短く、調整幅も限定的

[図表1、2]は、第2次大戦後のおもな地政学イベントのリストです。

この限定されたデータからわかることは3つです。

第1に、多くの地政学イベントにおいて、金融市場は比較的早い段階で回復しています。

[図表1、2の最右列]をみると、株価は90日以内に元の水準を回復することが多く、下げ幅もさほど大きくありません。多くのイベントが、①米国株式市場にとっては「対岸の火事」とみなされたり、②長期化・泥沼化・膠着化するなかでしだいに材料視されなくなったりすることがあるのかもしれません。

[図表3]は、[図表2]のリストから「ベルリンの壁崩壊」を除いた過去25回の地政学イベント前後における、米国株式の動きをすべて取り出したものです。1973年の第4次中東戦争1990年湾岸戦争は下落幅が比較的大きくなりました。

[図表4]は、同過去25回の地政学イベント前後における米国株式の「平均的な動き」を取ったものです。平均すると30日(暦日)で、株価はイベント発生前の水準を回復しています。あくまで平均です。

地政学イベントが「景気後退のきっかけ」になることは多くない

第2に、地政学イベントが「景気後退のきっかけ」になることは多くありません。

景気後退の「きっかけ」になる場合は、資源価格の急騰(≒重要な生産要素の供給ショック)を伴っていることが重要なポイントかもしれません。たとえば、1973年の第4次中東戦争1978年からのイラン革命に伴う2回の石油ショック、そして1990年湾岸戦争です。

他方で2001年の米同時多発テロは(後からみれば)景気後退のなかで生じています。原油価格は航空需要の低迷で落ち込みました。

いまはどうかと言えば、気候変動対策やエネルギーの転換に追加の説得力を持たせるためには、高い資源価格が必要かもしれません。

③どちらかといえば、金融引き締めを心配すべき

第3に、[図表5、6、7]の網掛け下部メモからもわかるとおり、景気後退のきっかけの多くは、地政学イベントというよりも、金融緩和によるブームとその後の「金融引き締め」です。

また、金融市場の変動の大きさも、地政学イベントよりも、経済や金融市場での「ひずみ」の解消が引き起こすショックのほうが大きいことがわかります。

現状にかんがみると、金融引き締めは最終局面であり、過去のパターンに沿えば、今後1~2年のあいだに世界経済の拡大は減速するとみられます。

そうした状況下、今回の地政学イベントが今後、より広い中東地域に拡大して原油価格がふたたび上昇したり、主要国の軍事支援の拡大が財政懸念(金利上昇)につながったりすれば、景況感を下押しする可能性も十分に考えられます。

景気の拡大はまだ続くとみられますが、とはいえ偏りがないように、十分に分散して臨みましょう。

重見 吉徳

フィデリティ・インスティテュー

首席研究員/マクロストラテジスト

(※写真はイメージです/PIXTA)