車に乗り込んで行き先を設定するだけで、自動的に目的地まで運んでくれる――そんな夢のようなシナリオは、長らく想像の中だけのものでしたが、この数十年で自動運転技術は大きな進化を遂げ、今や現実のものとなっています。そしてその流れの中で、2020年7月に羽田空港で実現されたのは、車ではなく「パーソナルモビリティ(一人用の乗り物)いす」の自動運転です。本稿では、簡単な操作だけで、目的地まで誰でも安全に移動することができる「WHILL(ウィル)自動運転モデル」について、WHILL広報の新免那月氏に話を伺い、その技術や広がる今後の可能性について解説していきます。

※本稿は、テック系メディアサイト『iX+(イクタス)』からの転載記事です。

世界に羽ばたいた「WHILL自動運転モデル」

羽田空港で導入された「WHILL自動運転モデル」は、障がいのある方や歩行に不安のある方にとって革新的な移動手段です。開発を手掛けたのは、日本に本社を構えるWHILL株式会社。

同社は2012年に設立以来、近距離モビリティ製品の開発・生産を手掛け、パーソナルモビリティにおける自動運転サービスの分野でも世界的な主要プレイヤーであり、現在アメリカや中国など世界20以上の国と地域で事業を展開する企業です。

『WHILL自動運転モデル』は2019年1月におこなわれた世界最大級の家電・エレクトロニクス技術展示会『Consumer Electronics Show(「CES」)2019』でプロトタイプを発表後、国内外の5つの空港で実証実験を開始。

アムステルダム・スキポール空港オランダ)にはじまり、羽田空港、ダラス・フォートワース国際空港(アメリカ)、アブダビ国際空港(アラブ首長国連合)、ウィニペグ国際空港(カナダ)で世界各国の関係者や乗客から高い評価を得ました。

そして、羽田空港において、人を乗せた自動運転サービスとして世界で初めて空港へ導入されました。その後も数々の空港への導入が進んでいます。

新しい移動手段「WHILL自動運転モデル」とは? どんなことを可能とするのか

「WHILL自動運転モデル」とはどのような乗り物なのでしょうか。まず目を引くのが、従来の車いすのイメージとは異なるスタイリッシュなデザインです。

2023年1月にアメリカ・ラスベガスで開催された世界最大級のテックイベント「CES 2023」で、優れたデザインとエンジニアリングを表彰する「CES® 2023イノベーションアワード」のアクセシビリティ部門でベスト・オブ・イノベーションアワードにも選ばれました。

ちなみに同モデルに免許は不要。最高速度は人が歩く速度よりやや遅めの2.5km/hで、WHILL自動運転サービス導入エリア内であれば誰でも無料で利用することができます。

また、同モデルの特長は、デザインだけでなく機能面にもあります。センサーなどを用いた衝突回避機能や、目的地に到着後は指定のステーションまで自動で戻る自動返却機能を実装。

機体の位置情報や走行中の状況をリアルタイムで確認できる機体管理システムも開発しており、安全な運用に役立てられています。利用者と企業側の双方が安全に利用できる機能が兼ね備えられています。

操作は、手元のタッチパネルから行き先を選択するだけで目的地までの走行を開始してくれます。

また、成田空港国際線で導入されている同モデルには、複数言語選択機能が搭載されており、国外からの利用者にとって非常に便利なものとなっています。

特筆すべきは、走破性と小回りを両立させたオムニホイール(全方位タイヤ)を採用していることです。

オムニホイールとはいくつかの車輪を組み合わせ、1つのタイヤを構成することであらゆる方向への移動を可能にしたホイールのことで、WHILL社として独自の特許を有しています。

また、WHILL自動運転モデルのベースとなっているWHILL Model C2(こちらは自身で操作をするモデル)は、このオムニホイールを前輪に、そして後輪に高出力のモーターを採用したことで、5cmという車いすユーザーにとって大きな段差を乗り越えながらも、回転半径76cmという小回りの両立を実現したのです。また、坂道も角度10度(勾配:17%)までなら登ることが可能です。

実際に個人で使用するユーザーからも「手動車いすでは大変だった坂道や段差も、WHILLが来てからは楽に乗り越えられるようになって行動範囲が広がった」という声があったといいます。

「WHILL自動運転モデル」の導入は、企業側にもたらすメリットも豊富です。同モデルが施設スタッフに変わり利用者の移動をサポートするため、車椅子介助サービスの負担を軽減し、スタッフは別の業務に集中することができます。これは今後世界的に高齢化が一層進んでいく中で、人材不足解消に一役買ってくれるという側面もあります。

未来を豊かにする「自動運転パーソナルモビリティ」のこれから

2020年に羽田空港第1ターミナルで本格導入以来、拡張を重ね現在は第1・第2両ターミナルに合計24台を設置するまでに拡大した「WHILL自動運転サービス」。その活躍は羽田空港だけではありません。

2022年10月には関西国際空港、2023年4月には成田国際空港でWHILL自動運転モデルを導入。国外ではカナダのウィニペグ空港で日々運用されています。空港以外にも慶應義塾大学病院などの病院でも、患者さんの移動をサポートしています。さまざまな場所の新しい移動手段として、足の不自由な方や長距離を歩くことに不安のある方など、幅広い年齢層に利用されるようになりました。

「自動運転技術」の安全対策と普及は、国を挙げての事業になりつつあります。

2023年4月の改正道交法で、自動配送ロボットが一部の公道で走行できるようになり、社会的にも自動運転による移動や配送の実装が進められています。

WHILL社は、国土交通省による電動車椅子活用実験やMaaS実験等に参加し、官民連携でのパーソナルモビリティ普及促進活動にもつとめています。2023年6月に行われた「G7三重・伊勢志摩交通大臣会合」では、WHILL社代表の杉江理氏が交通大臣および関係者向けに「WHILL自動運転モデル」やそのサービス内容を披露しました。

「パーソナルモビリティ」は、長距離の歩行に不安がある人はもちろん、少子高齢化が進む日本で介助者の負担軽減にも繋がると期待されています。

自動運転技術の進化に伴い、新たな法的枠組みが整備され、安全性の確保と普及促進が着々と進んでいます。これにより、将来的には自動運転技術が日常の一部となり、移動手段としての自由度が向上する展望も見えてきました。

高齢者や障がいの有無に限らず、「自動運転パーソナルモビリティ」での移動が当たり前になる時代が来るのかもしれません。

(情報・画像提供=WHILL株式会社)

(画像提供:WHILL株式会社)