首都圏で新規発売された分譲マンションの平均価格はバブル期の水準を大きく超えています。しかし、住宅取得が遠のいたとは一概に言えず、年収に占める住宅ローンの返済負担率はバブル期と比較して4割程度低下していると言います。本稿では、ニッセイ基礎研究所の小林正宏氏が首都圏の新築分譲マンション価格の現況について解説します。

1.首都圏の新築分譲マンション価格と年収倍率

株式会社不動産経済研究所「首都圏 新築分譲マンション市場動向」によれば、首都圏(1都3県:東京都神奈川県埼玉県千葉県)で2023年1月から8月までに新規発売された分譲マンションの平均価格は8,893 万円と90年代前半のバブル期の水準を大きく超えている。

3月に都心で高額の大型物件の供給があった影響が大きく、単月での価格変動が大きいため、トレンドを見るために12か月移動平均で見ても、やはりバブル期のピークの水準を大きく超えてきている(図表1)。

かつてバブル期には生産年齢(15~64歳)のそれ以外の年齢階層の人口に対する比率である逆従属人口指数がピークに達し、この「人口ボーナス」がバブルを牽引したという論説も散見された1が、その後の実績を見る限り、マンション価格と人口動態はあまり関係がない。

住宅価格の年収倍率について、かつて1992年6月30日の閣議決定「生活大国5か年計画 一地球社会との共存をめざして-」において「勤労者世帯の平均年収の5倍程度」という数字が記載された。

バブル期から足元まで時系列で比較するため首都圏の世帯年収について一定の前提を置いて推計した結果、図表2のとおり、2021年の首都圏の新築分譲マンション価格の世帯年収2に対する倍率は10.53倍(平均価格6,260万円/世帯年収594.4万円)と、バブル期のピークであった1990年の9.34倍(平均価格6,123万円/世帯年収655.6万円)を超えている。

なお、世帯年収については、厚生労働省の「国民生活基礎調査」を適用したが、他の統計では違う数値となっている可能性があり3、また、「国民生活基礎調査」でも一部が推計値であることから、若干の幅を持って見る必要がある。


1:例えば、「バブル、人口動態、自然災害 日本銀行金融研究所主催2011年国際コンファランスにおける開会挨拶の邦訳」の図表10など。

2:世帯年収については、厚生労働省の「国民生活基礎調査 」の地域ブロックにおいて、「関東Ⅰ」が埼玉県千葉県東京都神奈川県となっており、不動産経済研究所の「首都圏新築分譲マンション市場動向」の「首都圏」と合致する。同調査は2020年には実施されていないため、同年については前後の平均で補間した。また、地域ブロックのデータは1996年調査からとなっているため、それ以前の期間については、以降の期間における「関東Ⅰ」の全国に対する比率の平均値を全国の数値に一律に掛けることにより遡及推計した。

3:例えば東京都の「都民のくらしむき」東京都生計分析調査報告(年報)でも勤労者世帯の年収が1985年まで遡ることができ、本文と同様に1996年から2022年までの平均値の倍率をそれ以前に遡及適用して首都圏の世帯年収を推計すると、世帯年収は632.6万円と推計され、年収倍率は9.69倍となる。

2.金利水準を見ない「年収倍率」、見る「返済負担率」

首都圏の新築分譲マンションの年収倍率が、「5倍」という目安を超えて10倍にも達しているが、住宅取得が遠のいたとは一概に言えない。

頭金を20%用意し、残り80%について住宅ローンを借りたと仮定し、世帯年収に占める住宅ローンの年間返済額の割合(以下、返済負担率)を試算すると、バブル期の1990年は47.7%(年間返済額312.95万円/世帯年収655.6万円)と収入の半分近くをローン返済に充当しなければならなかった。

これに対して、2021年は30.1%(年間返済額178.87万円/世帯年収594.4万円)と、バブル期と比較して返済負担率が4割程度低下している(図表3)。

なお、上記の試算では、住宅ローンの返済期間は35年、住宅ローン金利は2007年3月までは住宅金融公庫の直接融資4の基準金利を適用し、2007年4月以降は独立行政法人住宅金融支援機構の「フラット35」の償還期間21年以上35年以内の最頻値を適用した。

住宅が購入しやすいか否かは、住宅価格と所得、金利の3要素で決まる。住宅価格や金利が上昇(下落)すれば購入は困難(容易)になり、所得が増加(減少)すれば購入は容易(困難)となる。

それらのバランスの中で購入のしやすさが決まるわけだが、アメリカではこれをアフォーダビリティー(Affordability)と呼び、購入しやすい状態をアフォーダブル(Affordable)と言う。

バブル期と比較して住宅価格は概ね変わらず、所得は若干減少したが、金利が大きく低下したことで返済負担率が低下し、アフォーダビリティーが上昇したということである。

こうした金利低下の具体例を、図表4に示した。返済期間35年の元利均等返済で住宅ローン金利が5%の場合、返済負担率の上限が30%5であれば借入可能な金額は年収の4.954倍、ほぼ5倍となる。

例えば、世帯年収を1千万円、返済負担率を30%とした場合、住宅ローンの年間返済額は1,000×30%=300万円、借入額1千万円あたりの年間返済額は60万5,625円、借入可能額の年収倍率は300万円÷60万5,625円=4.954倍となり、借入可能額は4,954万円となる。

同様に、住宅ローン金利が1%の場合、借入可能額の年収倍率は8.856倍(借入額1千万円あたりの年間返済額は33万8,743円、300万円÷33万8,743円=8.856倍)と9倍近くに跳ね上がる。

これは、金利が5%から1%に低下することで年間返済額が▲44%も減少するためである。そして、金利1%の低下による借入可能額の増加は、金利水準が低いほど大きくなる(図表5)。

実際の金利水準を見ると、バブル期の1990年頃は住宅金融公庫の基準金利が5%前後で推移していた。当時の金利水準からすれば、年収の5倍は返済負担率30%とほぼイコールであり、適切な基準であったと考えられる。

しかし、その後市場金利が低下し、住宅金融支援機構が提供する「フラット35」の最頻値金利は2010年代半ば以降、1~2%近傍で推移している(図表6)。

金利1%、返済負担率30%。世帯年収1千万円の場合、借入可能な金額は8,856万円であり、2023年1~8月の平均価格8,893万円にも手が届く計算になる。住宅ローンの変動金利は更に低く、ネット系銀行の中には0.3%を割る水準で融資している銀行もある。

この金利水準の場合、年収の10倍まで借り入れ可能という計算になるが、変動金利であること、個々物件ごとに融資可能額が異なることから、実際にそこまで借入可能かは別問題になると考えられる。


4:住宅金融公庫の融資限度額は低めに抑えられていたため、実際にはバブル期には首都圏マンションの平均価格の8割まで融資できることはなかったが、時系列分析の都合上、8割まで借りられると仮定しての返済負担率を求めている。

5:「フラット35」の場合、返済負担率は年収40は0万円未満30%、400万円以上は35%となっており、借入額は8千万円以下となっている。

3.長期金利上昇の影響

上述のとおり、首都圏の新築分譲マンション市場において、価格がバブル期を超えた、あるいは年収倍率が5倍を大きく上回っているという理由だけで、これをバブルと言うのは必ずしも適切ではなく、金利の低下により借入可能額が増えたことで十分に説明できる価格水準であると言える。

2023年に入ると長期金利の上昇に伴い住宅ローンも固定金利タイプでは金利が上昇し、上述の8,856万円という水準を正当化するのは困難となる6が、この数値は都心の超高額物件が多いため高くなったという特殊要因による部分が大きい7

また、計算例として、図表4では世帯年収を1千万円とした。図表2の年収倍率で引用した世帯年収と比べてかなり高いが、住宅取得のメインとなる階層は30~50代の現役世代であり、最近は夫婦共働きのいわゆる「パワーカップル8」も増えている。

総務省統計局の「令和4年就業構造基本調査」によれば、全国の全世帯で見れば年収500万円未満が55.8%を占めているが、東京都特別区部(23区)で世帯主の年齢が30~59歳かつ世帯主以外に有業者ありの世帯では1,000万円以上の世帯が53.4%を占めている(図表7)。年収1,500万円以上も2割近くにのぼる。

図表2及び図表3で見た通り、これまでは金利が低下する中で借入可能額が増加し、マンション市場を支えてきた。一般論として言えば、金利が上昇すれば不動産価格にはマイナスに作用する。

これは収益還元法の考え(家賃÷金利=不動産価格)からして当然であるが、足元では長期金利は徐々に上昇している一方、短期金利は日銀がマイナス金利政策を維持していることから低位で安定している。

日本の住宅ローン市場では約7割が変動金利、約2割が固定期間選択型であり、長期金利が多少上昇しても、太宗としては住宅取得への負の影響は限定的9であり、首都圏のマンション価格は高値を続けている。

また、日銀がマイナス金利を解除して短期金利の上昇を容認するのは、賃金の引き上げが持続的となり、供給サイドではなく需要サイドが牽引する形で2%の物価目標が安定的かつ持続的に達成されると確信してからと見られる。

従って、短期金利が上昇する局面においては、賃金収入も一定に増加していると考えられ、金利が上昇しても収入の増加で住宅ローンの返済負担率が変わらないという理想的な状況10となれば、不動産価格は今後も維持される可能性がある。

さらに、長年続いたデフレが終息すれば、アジアの主要都市と比較しても廉価と言われる東京の不動産価格が水準訂正されて上昇が加速する可能性も考えられる。首都圏のマンション市場では3割程度はローンを組まず現金で購入していると言われる。購入層の実態は不明だが、1億円を超える高額物件、いわゆる「億ション」の契約率は2023年の1~8月の平均で86.9%と好調である(図表8)。

仮に金利上昇でローンの借入可能額が減少し「億ション」以外の物件販売が低調となった場合、相対的に「億ション」の比率が高まることで、見かけの上では平均価格が上昇するという可能性もある。

いずれにしても、マンションに限らず、住宅を購入する際に大切なことは本当に住みたいと思う住宅に出会うことであり、あわせて、マンション価格が高くなっても無理なく購入できるかどうかの見極めも極めて重要である。

その際には、単にマンション価格が年収の何倍かという基準ではなく、年間返済額が年収の何%かという返済負担率の方がより適切な基準であると考えられる。今後の生活に支障がないかどうかを良く考え、特に変動金利で借りる場合は将来の金利上昇リスクに備えて、少し余裕を持って購入の是非を判断した方が良い。

これから住宅を購入する人は様々なリスクを理解し、自らがコントロールできる許容範囲を見極め、納得した上でより良い選択を行い、そこでの充実した住生活を楽しむことが望まれる。


6:頭金2割を用意できれば借入と合わせて1億円のマンションを購入できるという計算は成り立つ。

7:不動産経済研究所は2023年6月8日に「首都圏マンション 戸当たり価格と専有面積の平均値と中央値の推移」を公表しており、価格について2022年においても中央値は平均値ほどには上昇していないことを明らかにしている。2023年についての分析が待たれる。

8:パワーカップルについて明確な定義はなく、双方が700万円以上とする見解もある。

9:日銀の植田総裁は9月22日の記者会見でそのような見解を述べている。

10:かつて1990年代に住宅金融公庫の融資でも借入当初から年数が経過すれば収入が増加することを見込み当初の返済額を抑える「ゆとり返済」が導入されたが、当時はデフレが進行し、収入が想定どおりには増加しなかったため返済が困難となる者が出て批判を浴びた。当時とは物価動向や雇用情勢が異なるので単純な比較はできないが、一つの教訓として記憶に留めておくことは意義があるだろう。

(写真はイメージです/PIXTA)