母親を見送った会社員の独身女性は、10年以上前の父親の相続時を思い返し「相続税の申告は不要」と気楽に考えていました。ところがその後、税務署から「相続税についてのお知らせ」が届き、驚愕。手続きをするにも、申告期限まで1ヵ月半。いったいどうしたらいいのでしょうか――。相続実務士である曽根惠子氏(株式会社夢相続代表取締役)が、実際に寄せられた相談内容をもとに解説します。

前回の父の相続時には、相続税の納付は不要だったが…

今回の相談者は、50代会社員の井上さんです。昨年の年末に亡くなった母親の相続の件で、大変困った事態になってしまったといって筆者の事務所に駆け込んでこられました。

井上さんは独身のキャリアウーマンで、勤務先の都合で一度は関東地方を離れ、30代後半で東京本社に戻ったのをきっかけに、横浜市の実家から電車で数分のマンションを購入して暮らしています。弟は大学への進学をきっかけに家を出て、20代で結婚。いまは妻・子ども2人と一緒に、都内の分譲マンションで生活しています。

「私が横浜に戻ったとき、父はすでにがんを患っていました。父を見送り、その後はずっと母と2人で生活していましたが、とうとう母も父のもとに行ってしまって…」

井上さんの父親が亡くなったとき、父親の財産はすべて母親が相続するよう、家族で話し合って決めました。井上さんも弟も十分な収入を得ているため、ずっと専業主婦だった母親の老後資金としたいと考えたのです。

父親が亡くなった当時は相続税の基礎控除の改正前でした。そのため、5,000万円+相続人1人につき1,000万円が基礎控除額となっており、井上さんのケースでは、8,000万円の財産まで相続税はかかりませんでした。

父親の財産は、およそ3,000万円の自宅と2,000万円の預金のみで、控除の範囲内だったため、納税はもちろん税務署への申告もせず、行った手続きといえば母親に財産を移すための遺産分割協議書を作成と、不動産や預金の名義替えのみでした。

母親が亡くなってから8ヵ月後、税務署から届いた「ご案内」

母親が遺した預金は1,000万円程度。生命保険の死亡保険金が500万円下りましたが、こちらは非課税の範囲内です。父親の相続のときは基礎控除内で収まっていたことから、井上さんと弟は、今回も相続税はかからず、相続税の申告も不要だと気楽に構えていました。

「ところが、母親が亡くなってから8ヵ月を過ぎたあたりで、税務署から『相続税についてのお知らせ』という封書が送られてきたのです。もう、ビックリしてしまって…」

相続税についてのお知らせ」は、相続発生から6~8ヵ月過ぎたころに、税務署から封書で送られてきます。

中には「相続税の申告要否検討表」という用紙が入っており、これに必要事項を記入して税務署へ返送するのですが、場合によっては「相続税確定申告書」が入っていることもあります。井上さんあての封書には「相続税確定申告書」が入っていました。

井上さんは驚きと緊張のあまり、書類を持つ手が思わず震えたといいます。

なぜ「相続についてのご案内」が送付されてくるのか?

税務署から送られる「相続税についてのご案内」は、亡くなった人の財産の内容を確認して、相続税の申告を促す目的があるとされています。

人が亡くなれば市区町村役場に死亡届が提出されますので、情報は税務署にも通知されます。(相続税法58条)。

したがって税務署は、通知された情報をもとに、亡くなった人の過去の確定申告書や固定資産課税台帳、さらに保険会社から提出される保険金の支払調書などから財産がどれぐらいあるかを調べます。

その結果、一定以上の財産があると思われる場合に「ご案内」を送るのです。

一定の収入があり、毎年の確定申告をしている場合は、税務署も不動産や金融資産などの財産の内容を把握していることから、相続税がかかる財産だと認識していることがあります。

井上さんの父親はもともと自営業を営んでおり、自分で確定申告をしていました。父親が亡くなったことで廃業しましたが、母親は父親が仕事場にしていた自宅の離れを貸し出し、家賃収入を得ていました。そのような経緯から、母親もずっと確定申告を行っていました。

基礎控除ギリギリの財産…一体どうすれば?

母親の財産は預金1,000万円、生命保険は非課税枠内の500万円です。基礎控除は4,200万円ですので、不動産評価が3,200万円を超える場合は相続税の申告が必要となります。

路線価評価をするとほぼ3,200万円で、まさに基礎控除の範囲ギリギリです。そこから葬儀費用などを引き、基礎控除の範囲内に収まる見込みです。

遺産分割については、井上さんと弟の間ですでに合意ができており、自宅は井上さんが、預金と保険は弟が相続することになっています。

「基礎控除以内」であっても、税務署に申告してかまわない

筆者は提携先の税理士等に依頼し、不動産や金融資産などから財産目録を作成してもらったところ、不動産と金融資産を足して葬儀費用などを差し引いたところ、3,150万円の財産という結果になりました。

基礎控除内であることが確認でき、相続税の申告も不要ではありますが、井上さんは税務署から「ご案内」がきたことに不安があるとして、相続税の申告書を作成し、税務署に提出することになり、改めて税理士に依頼することになりました。それにより、「ご案内」にある質問への回答「相続税の納税は不要」を証明することができます。

申告期限の1週間前に「滑り込みセーフ」

税務署から「相続税についてのご案内」が送られてきたのは母親が亡くなってから8ヵ月後。井上さんは「時間がありません」と慌てていましたが、戸籍関係や銀行の残高証明等をはじめとする必要書類がほとんど揃っていたため、筆者もすぐに動くことができました。

また、井上さんと弟で遺産分割の話がついていたことも幸いしました。それにより遺産分割協議書の作成もスムーズで、申告期限まで1週間というギリギリではありましたが、無事に申告がすんだのです。

通常、申告期限まで1ヵ月半からの手続き開始というのは相当厳しいスケジュールであり、間に合わないケースもあると思われます。そのようななか、今回は滑り込みで手続きを終えることができ、筆者も心底ホッとしました。

井上さんも、「本当に生きた心地がしませんでしたが、間に合ってよかったです。申告できて安心しました」と、胸をなでおろしていました。

相続発生時には、とりあえずは専門家に相談して判断を仰いでおくと安心です。早い段階で状況を把握しておけば、今回の井上さんのように、あとから血の気が引くような思いを味わわなくてすむのです。

※登場人物は仮名です。プライバシーに配慮し、実際の相談内容と変えている部分があります。

曽根 惠子 株式会社夢相続代表取締役 公認不動産コンサルティングマスター 相続対策専門士

◆相続対策専門士とは?◆

公益財団法人 不動産流通推進センター(旧 不動産流通近代化センター、retpc.jp) 認定資格。国土交通大臣の登録を受け、不動産コンサルティングを円滑に行うために必要な知識及び技能に関する試験に合格し、宅建取引士・不動産鑑定士・一級建築士の資格を有する者が「公認 不動産コンサルティングマスター」と認定され、そのなかから相続に関する専門コースを修了したものが「相続対策専門士」として認定されます。相続対策専門士は、顧客のニーズを把握し、ワンストップで解決に導くための提案を行います。なお、資格は1年ごとの更新制で、業務を通じて更新要件を満たす必要があります。

「相続対策専門士」は問題解決の窓口となり、弁護士、税理士の業務につなげていく役割であり、業法に抵触する職務を担当することはありません。

(※写真はイメージです/PIXTA)