労働時間の見える化や有給休暇の取得の義務化など、働き方改革が推し進められている一方で、人手不足中小企業などでは、長時間労働が課題となっているのが実情です。会社から長時間労働を強いられるものの、残業代が支払われないなどのケースも少なくありません。そこで実際にタクシードライバーの方のケースをもとに、未払い残業代などの労働問題について杉本拓也弁護士に解説していただきました。

残業代なしのタクシー会社、違法性はない?

相談者の藤田さん(50代男性・仮名)は、勤めていた会社が倒産し、職を失ってしまいました。

しばらくは失業保険と貯金を切り崩しながら求職活動をしていましたが、年齢が壁となりなかなか見つかりません。

そんななか、タクシー会社からドライバーとして採用の連絡が来ました。藤田さんはタクシードライバーに対して体力的にきつい印象を持っていましたが、家族を養っていくために仕事を選んでいる場合ではないと就職することを決めました。

しかしその勤務先は、藤田さんが想像している以上に過酷な環境でした。

勤務は日勤・夜勤を含むシフト制で、昼から翌朝まで勤める長い拘束時間の日もありましたが、会社から「勤務時間が短い日もあるから残業代などは付かない」と言われてしまいました。

また給与は基本給+歩合給で、会社からは「大体月50万円程度は稼げる」と言われていましたが、利用者が少ない地域で空車の時間が続くことも多くあり、ほぼ手取り22万円程度の基本給しか貰えない月が続きました。さらに、募集要項には保証給や祝金も付くとあったにも関わらず、記載されていた金額よりもはるかに少ない額しかもらえませんでした。

藤田さんは「稼ぎがないよりはましだ」と仕事を続けていますが、家族を養っていくのに現在の給与では到底足りません。勤務先に給与の賃上げ交渉をしてみたものの、「売上を立てないのに支払うことはできない」と断られてしまいました。藤田さんは「家族もいるのに、人生、詰んだも同然……」とすっかり落ち込んでしまいました。

そこで藤田さんは、賃上げ交渉は難しくとも、残業代や保証給・祝金を貰うために会社と交渉したいと考えており、どうすればいいか弁護士に相談したいと考えています。藤田さんが労働対価となる正当な賃金を受け取るには、どうしたらよいのでしょうか。

歩合制でも残業代は支給される

藤田さんのケースでは、①残業代の不支給と、②保証給・祝金の不支給が問題になっていますので、それぞれ分けて解説したいと思います。

まず、①残業代の不支給の問題ですが、原則として、1日8時間、1週間に40時間を超える時間に勤務した場合には支給しなければなりません。したがって、歩合給があるから残業代が出ないということはあり得ません。

歩合給と残業代の問題に関して、タクシードライバーの歩合給から残業手当に相当する金額を控除する旨の規定がある賃金規則の有効性が問題になった2020年の最高裁判例では、残業代(割増賃金)が支払われたとは言えない(当該規定は無効)と判断されています。

また、会社の言うように1ヵ月毎の「シフト制」(労働基準法上、「シフト制」という制度はなく、1ヵ月単位又は1年単位の「変形労働時間制」と言います。)である場合は、1ヵ月単位(又は1年単位)で勤務時間を会社が事前にシフト表で定めることができます。

1ヵ月単位の変形労働時間制を導入する場合、労使協定又は就業規則で所定の事項を規定し、労働基準監督署に届け出る必要があります。

したがって、実際に変形労働時間制が採用されているかを判断するには、会社の就業規則又は労使協定を確認すると良いでしょう。

結論として藤田さんに残業代が支給されるかは、変形労働時間制の有無や実際の藤田さんの勤務表に基づく労働時間等を確認する必要がありますが、いずれにせよ法定労働時間を超えて勤務している場合は、残業代を請求できることになります。

次に、②募集要項で支給されると言われていた保証金や祝金の不支給の問題についてですが、やはりまず雇用契約書と就業規則を確認する必要があります。雇用契約書や就業規則において一定の要件を満たした場合に支給されることが規定されていれば、藤田さんが当該要件を満たしていれば支給することを請求できます。

また、求人票には記載されていたが雇用契約書等に記載がない場合は、当然に求人票の内容が労働契約の内容にはなりませんが、「採用時に会社と応募者間で、求人広告等の内容を変更すると合意したと認められる特段の事情がない限り、求人広告の内容は労働契約の内容となる」と判断された判例があります。

これによると、労働契約書に保証給・祝金の規定がなくても、求人票で支給されると謳われていた場合、請求できる可能性があると言えます。

残業代等、賃金の問題は弁護士に相談

残業代の問題は、雇用契約書や就業規則を確認する必要があり、変形労働時間制や固定残業制度が導入されている場合は、残業代の請求の可否の判断や、残業代の計算も複雑になります。

近時の事例で多いのは、固定残業代の問題です。固定残業代とは、一定時間分の時間外労働、休日労働および深夜労働に対して定額で支払われる割増賃金のことを言いますが、固定残業制度が有効となるためには、固定残業代を除いた基本給の額、固定残業代に関する労働時間数と金額等の計算方法、及び固定残業時間を超える時間外労働について割増賃金を支給する旨が、雇用契約書等で明確に規定されている必要があります。

固定残業代の規定が無効である場合は、固定残業代として支給していた賃金を含めた金額を基礎賃金とし、法定労働時間を超える時間について残業代の請求が可能であり、多額の請求が可能な事案もあります。

残業代の問題は、弁護士に相談することで、就業規則や雇用契約書を確認してもらい、会社に対して実際の労働時間のわかる資料を開示させることで残業代の請求がどのくらい可能かという見通しが立てられるでしょう。

また、ご自身で労働基準監督署に相談するという方法もあります。監督官は会社との交渉を代理してくれるわけではありませんが、残業代や手当等の賃金の未払いについて理由があると判断した場合には、会社に対して指導をする結果、支払いがなされることが期待できます。  

杉本 拓也

弁護士

(※写真はイメージです/PIXTA)