今、世界中の企業が取り組むDX。日本でも、新旧を問わず、多くの企業がDXと向き合うが、技術の導入や業務改善どまりのことも少なくない。産業、業種の垣根を超え、DXでビジネスモデルや組織全体を変革するカギはどこにあるのか。当連載は、国内外のDXの先進事例が多数収録された『世界のDXはどこまで進んでいるか』(雨宮 寛二著/新潮社)より、一部を抜粋・再編集。2030年代を見据えた「DX変革」の最前線をお届けする。

 第3回目は、ライドシェアという新たなビジネスモデルを生み出したアメリカのウーバーの、AIや機械学習プラットフォームを活用したDXを紹介する。

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<連載ラインアップ>
第1回 GAFAM、ウーバー、ネットフリックス、ユニクロが実現するデジタル変革とは?
第2回 EVの完全受注生産を実現したテスラを貫く「DXの神髄」とは?
■第3回 AIと最先端テクノロジーでタクシー市場を変革したウーバーの革新性(本稿)
第4回 IoTとAIをフル活用、店舗を急速アップデートするウォルマートのデジタル変革


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ウーバー:「スケーラブルなAIシステム」の構築

 長年タクシー業界は、法人タクシーもしくは個人タクシーと顧客との構図、すなわち、1人の運転手が貸し切り車両を運行するサービスとしてビジネスが展開されてきました。タクシー会社もしくは個人が、タクシーという乗り物(自動車)を予め用意して、顧客を目的地まで運ぶという乗車サービスです。

 乗車サービスには、空車のタクシーを公共のタクシー乗り場に待機させたり走行させたりして利用者が通りかかったタクシーを利用するという「流し営業」と、タクシーを営業所に待機させて利用者からの呼び出しに応じて配車するという「呼び出し主体の営業」の2つが存在します。

 このようなサービスは、1台の車両に1人の運転手が乗車し1人もしくは1グループの顧客しか乗車できないことや、労働装備率(従業員1人当たりの設備投資額)を高める資本投資が困難であること、事業規模によらず人件費が7割前後と高い比率を占めることなどから、規模の経済が働きにくく労働生産性の改善が図りにくいという構造的な問題が古くから存在しました。

 こうした構造的な問題に変革をもたらしたのがウーバーです。ウーバーは、既存のタクシー事業者よりも料金を安く設定し、待ち時間を短縮し、車両を清潔に保ち、ドライバーの接客態度を向上させ、手軽に電子決済ができるようにして、従来のタクシーサービスの在り方を劇的に変えました。

 この変化は、「ライドシェア」という新たなビジネスモデルを構築することによってもたらされました。ウーバーは、ドライバーを、タクシー事業を生業とする運転手に限定せず、自動車の所有者全てを対象とする一方で、同じ方向の目的地に移動したい顧客を複数相乗りさせることで需要と供給の在り方を再構築しました。そのうえで、ドライバーと顧客の両者をマッチングするシステムとして、「ウーバーアプリ(配車アプリ)」を開発したのです。

 配車アプリによるライドシェアサービスを展開するうえで重要となるのが、需要サイドの顧客と供給サイドのドライバーを結び付ける精度です。なぜなら、この需給のマッチング精度こそが、顧客の待ち時間を左右し収益に直結することになるからです。

 多くの市場でウーバーが得る収入は固定されています。配車アプリでドライバーと乗車希望の顧客をつなげる1回のサービスについて、料金のおよそ20~25%がウーバーの利益となり、残った分がドライバーの報酬となります。

 配車アプリは、乗客向けアプリとドライバー向けアプリの2つで構成され、その間にサーバーシステムを介するなど、複雑な設計になっています。乗客向けアプリでは、乗客である利用者の待ち時間を最小限にしてタクシーを呼べることが、また、ドライバー向けアプリでは、配車の待ち時間を最小限にして配車の効率性を高めることがそれぞれ重要な評価ポイントとなります。

 いずれも配車、マッチングの観点から、アルゴリズムを駆使することで、配車の効率性や需給予測の精度を高める工夫をしています。通常のアルゴリズムでは、乗客である需要とドライバーである供給のバランスに応じて、運賃がリアルタイムに変動するプログラム「サージプライシング(割増料金)」を採用しています。

 この利用料金が変動するプログラムは、従来、ホテル、航空会社、公共の交通機関などが、繁忙な期間や時間帯に宿泊料金や航空料金、乗車料金を高く、また閑散期は安く設定するなどして、顧客需要と供給とのバランスを取ってきた手法と同じです。ウーバーはこの「ダイナミックプライシング(価格変動制)」の手法をタクシー業界に取り入れたのです。

 ウーバーがサージプライシングを導入することにより目指したのは、需給バランスの改善でした。すなわち、需要過多への対処です。一時的にタクシーの利用者が増えるエリアでは、空車が少なくタクシーが捕まりにくい状況が作り出されることから、そのエリアでは、通常料金よりも高いサージ(割増率)が設定されます。

 ウーバーアプリでは、そうした高いサージが設定されたエリアは色が変わり、区画ごとにサージが表示されることから、ドライバーは、現在どのエリアが高い料金設定になっているかをリアルタイムに知ることができます。結果として、より高い運賃で乗客を獲得するために、タクシーがそのエリアに集まることになります。タクシーがそのエリアに集まることで供給量が増え、徐々にサージが通常料金に向かって下がっていくことになり、最終的には需要過多が解消され需給バランスが取れることになります。

 ウーバーのモデルが革新的なのは、アルゴリズムなど最先端の予測テクノロジーを活用して、リアルタイムで料金設定を調整している点にあります。これにより、利用者が乗りたい時に乗り易くなるという状況を作り出しているのです。

 実際に、顧客が配車アプリによってウーバーのサービスを一度でも利用すれば、心から気に入ることになります。それゆえ、ほぼ全ての大都市で、配車アプリサービスが市場において適合している状態、すなわち、「プロダクトマーケットフィット(PMF:Product Market Fit)」を作り出しています。つまり、顧客の課題を満足させるサービスを提供することで、それが市場に受け入れられる状態を適切に作り出しているのです。

 配車アプリでは、乗客とドライバーの安全性をさらに高めるための試みが恒常的に行われています。2018年には、911につながるボタンで乗客が自分のGPS位置を共有できる機能など複数のサービスをリリースし、翌年には、人工知能とドライバーのスマホを利用して車が事故を起こした際に直ぐに報告できる「ライドチェック(Ride Check)」機能を追加しています。

 現在、ライドチェックには人工知能で、ドライバーが適切かつ安全な運転を行っているかリアルタイムモニタリングできる仕組みが実装されるようになりました。たとえば、車が急停止して動かなくなった、あるいは、停車時間が極端に長いといったシーンでは、何らかの事故や事件に巻き込まれている可能性が否定できないことから、こういった状況を人工知能が検出して、ウーバーの担当者からドライバーに連絡を取り状況を確認するなどの手段が講じられています。

 このように、ウーバーは車の中という密室空間での状況を人工知能によりモニタリングし、速度や時間などのデータを解析することで、乗客とドライバーの双方の安全性をより高める取り組みを恒常的に行っているのです。

機械学習プラットフォーム「ミケランジェロ」の導入

 現在、ウーバーはライドシェアを始めさまざまな事業を展開していますが、それらの事業を実行するために構築したのが、「ミケランジェロ(Michelangelo)」と呼ばれる独自の機械学習プラットフォームです。ミケランジェロは、顧客の行動データや取引記録などあらゆるデータを一元的に保存管理できるデータレイクであり、蓄積されたデータを解析しながら新たにさまざまな機械学習機能を開発し実装することができます。

 ウーバーのどの事業チームもミケランジェロを使って、機械学習の機能や成果をビジネスに組み込むことができます。ミケランジェロを活用することで、機械学習機能の開発から実用化までのプロセスが、シームレスなワークフローとして進められるようになったのです。実際、これまでに配車アプリに組み込んだサージプライシングを始め、食品配達マッチングにおける配達時間の予測などあらゆる機能が、ミケランジェロによって開発され実装されています。

 ミケランジェロの導入は2017年になりますが、ウーバーでは、それ以前にも機械学習などのAI技術の活用には積極的に取り組んでおり、社内に在籍するデータサイエンティストやエンジニアチームは、さまざまなツールを使って予測モデルを必要に応じて個別に開発していました。

 こうした予測モデルの開発には、特別なスキルやツールが必要とされるうえに膨大な時間がかかります。また、開発されたモデルも、オープンソースが進化するスピードが速くなるにつれて、陳腐化するスピードが増しパフォーマンスも低下することになります。そのうえ、各部署でさまざまな予測モデルが同時並行で開発され、相互に共有が図られず比較する手立てもなかったことから、モデル開発の取り組みは必然的にサイロ化していくことになりました。

 このような状況を打開するために、ウーバーのデータサイエンティストやエンジニアたちは、開発効率を高めるための変革に乗り出すことになります。それが、社内共通のプラットフォームとして一元的に管理して使えるミケランジェロの構築でした。

 ミケランジェロでは、誰もが簡単に機械学習システムを開発したり利用したりできるように、機械学習機能の開発から実用化までのワークフローをエンドツーエンドで標準化し、複数のチームで共有できるようにしました。そのうえ、グラフィカルユーザーインターフェース(GUI:Graphical User Interface)も、機械学習の成果などがグラフ表示で容易に読み取れるよう工夫し、操作も利用者が簡単に行える仕様になっています。

 ミケランジェロが目指すべき最終目標は、データサイエンティストやエンジニアチームが個々の取り組みで目前の課題解決につながる開発を行うことだけに留まるのではなく、事業の拡大とともに成長するスケーラブルなAIシステムを構築していくことにあります。

 既に機械学習が導入されている事例のひとつに、ウーバーイーツフードデリバリー・プラットフォームがあります。このプラットフォームには、料理の配達時間の予測、レストラン・ランキング、検索オートコンプリート(候補キーワード表示)など、ミケランジェロのモデルが複数活用されています。

 たとえば、料理の配達時間の予測では、料理を調理してから配達するまでの時間を機械学習により予測して、注文する際に予め顧客に配達時間を提示することができます。通常、料理の配達には、注文から配達に至るまで多段階のプロセスが伴うことから、配達時間を予測して特定化するのは容易ではありません。

 調理時間の予測には、レシピの複雑さやレストランの混み具合などの要因が、また、配達時間の予測には、配達者の選定や道路の混雑状況などの要因が複数存在するように、それぞれのプロセスにおいて考慮すべき要因が多数存在します。

 ミケランジェロは、こうしたさまざまな要因を想定して、データ解析を行います。解析の対象となるデータは、過去に蓄積してきたデータとリアルタイムで収集されるデータの2種類で、前者は、1メニューの料理にかかる時間や過去の配達に要した時間などが、また、後者は、顧客の現在地や検索日時、レストランの混み具合、渋滞状況などのデータがそれぞれ該当します。

 こうしたデータは、膨大に蓄積されたビッグデータであるため、顧客が検索する時点で、調理から配達に至るまでの全てのプロセスで要する時間を一つひとつ計算していては、タイムリーに顧客に予測結果を示すことは不可能です。そのため、ミケランジェロでは、過去に蓄積してきたデータの新しさの度合いに応じて、データの事前処理をしたり格納場所を変えたりして、解析時間を短縮する工夫が施されています。

 たとえば、調理時間を予測する際には、リアルタイムで計算するのは直近1時間の平均調理時間で、これに事前に計算しておいた過去1週間の平均調理時間を組み合わせることで、調理時間の高速な予測を可能とし顧客のスマホなどにタイムリーに表示するのです。こうして顧客に提示された予測データは、ミケランジェロにトランザクションデータとして蓄積され、これらのデータを活用して学習や評価を重ねていくことで、さらにより精度の高い予測を生み出すことができるのです。

 このように、ミケランジェロは、機械学習により新たな機能を実装して活用できる社内共通のプラットフォームとしてウーバーの事業を支援しています。社内で新たに生まれるアイディアをビジネスに即座に反映できるよう、現在も継続的に改良が進められています。それゆえ、ミケランジェロは、生産性を恒常的に高める独自のケイパビリティとして、充分に機能しているのです。

ウーバーアプリが市場にもたらした功績

 ウーバーがタクシー業界に風穴を開けることができたのは、タクシーを利用する顧客の最も有意義な情報が何であるかを見抜いたからです。それは、「顧客の現在位置」と「利用したい時間」でした。これら2つの情報を最適なタイミングで取得して、ウーバーは最速でタクシーを顧客がいる場所に向かわせるというアクセス権を確保したのです。このアクセス権は、当時既に普及が進んでいたスマホに配車アプリを組み込むことで実現するに至りました。

 これにより、既存のタクシーよりも低料金で簡単かつ便利なエクスペリエンスを顧客に提供するという新たなる価値を創出したのです。以降、配車アプリの開発は、競合を始めさまざまな企業が乗り出すことになりました。

 ウーバーは米国を起点として世界に進出し、時には失敗して市場撤退をしながら成長を続け、今では米国以外でも世界900以上の都市圏で事業を展開していますが、ウーバーのビジネスモデルは、その形を変え、米国のリフト(Lyft)、中国のディディチューシン(DiDi:滴滴出行)、シンガポールのグラブ(Grab)、インドネシアのゴジェック(Gojek)などのライドシェアの類似モデルを生み出すに至りました。

 従来、飲食店業界では、来店した顧客に紙のメニューを見せて注文を取っていましたが、これに風穴を開けたのがグラブハブ(Grubhub)でした。グラブハブは、メニューのデジタル化を指向し、オンラインとモバイルによる食品注文サービスを展開したのです。その後、オンラインによる食品の宅配がニューノーマルになると、フードデリバリーの需要が増え、小売店や飲食店ではデリバリースタッフの確保が深刻な問題となって表れます。

 増大する注文数を既存のデリバリースタッフでは補いきれないことから、新たにスタッフを自前で確保する必要が生じることになり、この点に事業機会を見出した起業家が、フードデリバリー専業のスタートアップを次々と立ち上げていくことになります。

 ウーバーイーツが、ウーバーフレッシュ(Uber FRESH)の名称で市場に参入する2014年頃には、グラブハブ、ポストメイツ(Postmates)、ドアダッシュ(DoorDash)など多くの先発企業が既にフードデリバリー事業を展開していましたが、デリバリースタッフの調達に加え、注文から配達に至るバリューチェーンの効率的な運用は、まだ発展途上の段階にありました。

 そこに、ウーバーは、シェアリングエコノミーとウーバーアプリを持ち込んで、フードデリバリーの事業プロセスに内在化する問題を改善し劇的に効率性を高めるに至ります。余剰時間にのみ出前を行うというシステムの導入で労働需要を新たに喚起させ、その労働需要に人工知能を組み込んだウーバーアプリを介して注文需要と結びつけることで、マッチングの速度と精度を高めたのです。

 ウーバーは、フードデリバリー業界では後発企業でありながら既存の競合を猛追して、2019年には、老舗のグラブハブを抜き業界のリーダーの地位を確立するに至っています。

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