すさまじい勢いで進化し続けるAIは、あっという間に人間の能力を凌駕し、ビジネス領域を侵食していきます。そのような過酷な状況下、AIに仕事を奪われることなく、自身の能力を最大級に発揮して生き残るにはどうしたらいいのでしょうか。脳科学者として活躍する、茂木健一郎氏が解説します。※本記事は、茂木健一郎氏の書籍『運動脳の鍛え方』(リベラル新書)より一部を抜粋・再編集したものです。

2023年、私たちの「働き方・生き方」は一変する!?

2023年は「100年に一度の大変革の年」といっても過言ではありません。

AI(人工知能)が驚異的な進化を遂げ、私たちの働き方や生き方が一変しようとしているからです。

中でも世界に衝撃を与えたのが、アメリカのベンチャー企業「OpenAI」が生み出した対話型AI「ChatGPT」です。まるで人間と話しているかのような自然な言葉で会話をすることができ、いま世界中で急速に利用者が増えています。

こうした「ChatGPT」に代表される、いわゆる「生成AI」の開発によって、従来のAI技術とは一線を画す驚異的な変化をもたらしているのです。

アメリカの発明家で人工知能研究の世界的権威でもあるレイ・カーツワイル氏は「シンギュラリティ技術的特異点)」という、人間の脳と同じレベルのAIが誕生するのが2045年だろうと予言しましたが、こうした生成AIの誕生によって、早ければ2025年にシンギュラリティが到来するとの予測も立てられています。

では、こうした“進化系”ともいえるAIが誕生したいま、私たちの働き方はどのように変わっていくのでしょうか。世の中ではさまざまな見解がなされていますが、AIができることはAIに任せ、人間は人間でなければできないことに集中する時代が、もう目の前まで迫ってきていると考えるべきです。

まさに、私たちはいま、瞬く間に働き方や生き方が一変する「AI革命前夜」を迎えているというわけです。

生身の肉体を持つ人間にできるのは、「動く」こと

たとえば、AIが生成する文章や画像、ロゴなど、人間の創作を超えるさまざまな新しいコンテンツが、ほんの数秒で簡単に手に入る時代が来ています。

つまり、これまでAIに奪われない職業の代表格であったクリエイティブな職業でさえも、AIに奪われる可能性が出てきたということなのです。

ビジネスパーソンは、いままで以上に「自分の仕事が社会でどのような価値を創り出せるのか」ということを、改めて考え直す年になっているのです。

私たち人類がこれまで予想した未来の文明がその通りに実現してきたかといえば、常に想像外のことが起こってきたといえます。

たとえば、インターネットが誕生したのがおよそ50年前。そこからわずか25年でスマートフォンが誕生するのを誰が予想したでしょうか。つまり、AI技術が加速している現代において、もはや10年後を予想することすら、たやすいことではないのです。さらにいえば、この先もきっとAI技術の進化・発展は私たちの予想をはるかに超えてくることでしょう。

そうしたことを踏まえ、私たち人間にできてAIにできないことは何なのか。私は最近、このことばかり考えているのですが、私が出した結論、それは「動くこと」です。

AIは、身体性を持ちませんから、当然動くことはできません。

でも、生身の肉体を持っている人間だからこそできるのは、「動く」ということ。これを脳科学的に提唱するならば、これからの時代はダイナミックに動くことで脳を鍛え抜くことが、AIに負けない働き方や生き方ができるようになるということなのです。

「ChatGPT」に「脳と運動の関係性」を聞いてみたら…

「動く」と聞けば、「運動」をイメージする人も多いでしょう。

さらに、運動が身体にいいというのは、誰もが知っている常識ですが、運動が脳にとってもイイコト尽くしだということを知っている人はどれくらいいるのでしょうか。

そこで試しに、生成AIである「ChatGPT」に、脳と運動の関係性について聞いてみました。すると、このような答えが返ってきました。

Q.脳と運動の関係性を教えてください。

A.脳と運動は密接に関係しています。運動は、脳を刺激し、神経細胞の新しい接続を促進することで、脳の健康と機能に重要な役割を果たします。以下に、脳と運動の関係性についての詳細を説明します。

1.運動は脳の健康に重要な役割を果たす

運動は、脳の健康を維持するために必要不可欠な役割を果たします。運動により、脳の血液循環量が増加し、より多くの酸素や栄養素が脳に運ばれます。また、運動は脳の神経細胞を刺激し、新しい神経細胞の成長を促進することが知られています。

2.運動は認知機能を向上させる

運動は、認知機能を向上させることが知られています。運動によって、脳の前頭葉や海馬(かいば)などの部位が刺激され、記憶力や学習能力が向上することが報告されています。

3.運動はストレスやうつ病の緩和に役立つ

運動は、ストレスやうつ病の緩和に役立つことが知られています。運動によって、ストレスホルモンの分泌が減少し、ストレスや不安を緩和することができます。また、運動によって、脳内ホルモンのセロトニンドーパミンの分泌が増加し、気分を改善することが報告されています。

4.運動は老化や神経疾患の予防に役立つ

運動は、老化や神経疾患の予防に役立つことが知られています。運動によって、脳の神経細胞が刺激され、老化に伴う脳の萎縮を防ぐことができます。また、運動によって、パーキンソン病アルツハイマー病などの神経疾患の発症リスクを低下させることが報告されています。

なるほど! 「ChatGPT」によれば、運動によって脳を活性化させ、認知機能を向上させ、ストレス緩和や老化予防にもなるわけですね。

長年、脳科学を研究してきた私としても、深みはないものの、ポイントは的確に把握しているという評価ができます。さすが、いま世界の最先端を走る生成AIの技術は目覚ましいものがあります。

ただし、これらの効用を頭では理解していても、実際のところ定期的に運動しているという人はどれくらいいるのでしょうか。

実は、日本人の運動不足を露呈する驚くべきデータが存在するのです。

運動習慣ありの人…40代男性は20%以下、30代女性は10%以下

厚生労働省の「国民健康・栄養調査報告」(令和元年)によれば、運動習慣のある人(1回30分以上の運動を週2回以上実施し、1年以上継続している人)の割合は男性が33.4%、女性が25.1%となっています。

下記のグラフをみると、男女ともに高齢になるほど習慣的に運動している人の割合が高いことがわかりますが、逆に40代男性の運動習慣は20%以下、30代女性は10%を切るという、極めて低い数字になっているのが驚きです。

加えて、WHO(世界保健機関)の調査では、日本人の3人に1人以上が運動不足という驚きのデータもあるのです。

このようなデータからも、現代に生きる多くの日本人がいかに運動不足かということが理解いただけたかと思います。

ただ何となく、「そろそろ運動する習慣を身に付けなければ……」と考えても、特に身体に不調を感じているわけではないので、ついつい運動習慣を後回しにしてしまっている。そんな人が多いのではないでしょうか。

健康診断の結果が思わしくなく、お医者さんから「もっと運動したほうがいいですね」といわれても、実際にはなかなか運動を始める人はいないようです。

健康を維持するために運動が必要不可欠なものだとわかっていてもなお、実践できない。あるいは、気合いを入れて運動しようとしたものの、三日坊主で終わってしまったと悩む人も多いかもしれませんね。

普段の仕事や子育てが忙しい、お金に余裕がない、そもそも運動するのが嫌いなど理由はさまざまですが、脳科学者として私が警鐘を鳴らしたいのは、「このまま運動不足の生活を送り続けると、脳はどんどん退化していく」ということです。

そうした危機感を、少なからず抱いている人もいるようです。

スウェーデンの精神科医、アンデシュ・ハンセン氏が上梓した『運動脳』(サンマーク出版)が世間で話題を呼んでいます。それだけ、多くの方が運動と脳の関係性について興味関心があるのでしょう。

運動嫌いな人でも「脳を活性化」する方法はある

私自身、昨年還暦を迎えましたが、依然として私の脳は退化するどころか日々進化しているなという実感さえあります。

脳の研究をしているから? いいえ、違います。記憶をたどってみると、やはり少年時代からの運動習慣が非常に大きかったと、いまなら断言できます。

私は小学校の低学年からずっと学校の外周をランニングしていましたが、それと並行するかのように学校の成績もどんどん上がっていきました。中学校や高校に上がったころにはすでに学年トップの成績で、何の苦労もなく東大に合格しました。

そのときはまだ脳科学の世界に足を踏み入れていたわけではありませんが、いまになって思い返せば、そうした少年時代から続けていたランニングによって、勉強に必至るまで続けています。早朝のランニングを日課にしている私が得たもの、それは私の仕事に必要な能力の数々につながっているのです。

記憶力については、テクノロジーの発展によってあまり必要性がなくなりましたが、いまの時代に求められる新しい集中法や思考法、そしてひらめきやアイデアといった創造力、あるいは直観といった判断力など、実に多くのビジネス能力が、幼少期から続けている運動によってもたらされているといっても過言ではありません。

もちろん、それだけではありません。運動によってメンタルコントロールも容易になり、まったくストレスのない絶好調な毎日を送ることができています。

このように、運動がもたらす脳の効用は数えきれないほどあるわけですが、それでもどうしても運動習慣が身につかない、定期的な運動を始めるのはハードルが高いと思っている人でも悲観する必要はまったくありません。

なぜなら、ここで私が申し上げたいのは、「たとえ運動が嫌いでも、たとえ続かなくても、運動を再定義して脳を活性化できる」ということです。

【運動の再定義】

●「ルーティン」を取り入れて新しい行動に取り組む

●「アニマルスピリッツ」を持ってチャレンジする

●自分への「無茶ぶり」をしてどんなことにもトップスピードで取り組む

●「ゲーミフィケーション」を取り入れて仕事も学びも勝ち負けにこだわる

●「エブエブ」モードであらゆる場所であらゆる仕事をこなす

●何事にもベストを尽くして確実に何かを積み上げていく

このように運動を再定義することで、誰もが脳を活性化できるわけですが、その重要キーワードとなるのが、「脳のモビリティ」というものです。

モビリティとは「動きやすさ」「可動性」「移動性」「流動性」などといった意味を持っていますが、脳科学の知見から私が導き出したモビリティとは、「脳を活性化させて、社会の中でどう動いて、誰と会って、何を計画し、何を実行するのか」という能力のこと。

この脳のモビリティを高めることで脳に効果的な運動効果を与え、活性化させていくのが狙いです。なぜなら、いまの時代は脳のモビリティを高めることがAIに負けない最強の脳を手に入れるということにつながっていくからです。

茂木 健一郎 理学博士/脳科学

(画像はイメージです/PIXTA)