スタートアップ企業に数万ドルを提供するエンジェル投資家であれ、数億ドルを手にするベンチャー・キャピタルの有力者であれ、音楽ビジネスとその周辺にいる抜け目のない頭脳の持ち主たちは、その専門知識を活かして未来のツールに再投資している。

 ここで紹介する投資家は、現在新しい音楽テクノロジーに注目している数多くの投資家のほんの一例に過ぎない。同業者の中には、非公開で取引することを好む者もいれば、音楽テクノロジー以外の分野に賭けている音楽業界の重役から転身した投資家もいる。また、音楽テクノロジーに興味はあるが、積極的に投資していない者もいる。だが生成系人工知能仮想現実、そしてライブ・ミュージックテクノロジーの進化が目前に迫っており、ここで取り上げた、今後の方向性を示すリーダーたちは、この業界が”転換期”にあると見ている。そして次世代の企業は、音楽ビジネスのあり方を根本的に変えるかもしれない。

 ワーナーミュージック・グループ(WMG)の新CEOに就任したロバート・キンクルは、2023年2月に行われた自身初の四半期収支報告で、音楽ビジネスにとって“意味のある上昇”の未来を示した。彼はアナリストたちに、「テクノロジーによって新興経済が開放されるにつれて、業界の市場規模はさらに拡大し続けるだろう」と述べ、その上、「技術革新は常に音楽の新しい使用例を生み出し、我々に収益源を多様化する機会を与えてくれる」と付け加えた。

 大手レーベルが、ストリーミング・プラットフォームやBandLabやBoomyのようなデジタル・クリエイション・アプリに支配されつつある状況を切り抜ける中、レーベル関係者によれば、彼らが収益源の多様化と増加を支援する可能性を秘めた新興テクノロジー企業に10億ドル(約1,500億円)以上を熱心に投資しているのは驚くべきことではない。

 過去4年間で、WMGはゲーミング・プラットフォームのRoblox、デジタル・ファッション小売業者のDRESSX、人工知能(AI)を活用した音楽ジェネレーターのLifescoreに投資してきた。ソニーミュージック・エンタテインメント(SME)は、別の音楽制作(およびコラボレーション)プラットフォームであるTully、ソーシャル・プラットフォームのFave、そして有望な音楽テクノロジーのスタートアップ企業に資金と指導を提供するアクセラレーター・プログラムであるTechstars Musicを支援してきた。(マネージング・ディレクターのボブ・“モズ”・モジドロウスキーによると、Techstars Musicは今夏のクラス終了後、ひっそりと閉鎖された。)

 SMEの戦略・投資担当上級副社長アンジェラロペスは、「革新的な音楽技術を開発する先見性のある起業家を支援し、クリエイティビティ、消費者体験、そしてクリエイティブ・パートナーやアーティストの全体的な価値と実用性を高める新しい製品や収益モデルの実験を促進する手助けをすることは、私たちにとって常に重要です」と語る。

 ユニバーサル ミュージック グループ(UMG)は、ベンチャー・キャピタルへの投資を避け、シード・マネーやメンタリング、その他のサポートをスタートアップ企業に提供することを好んでいる。同社は、集中力と睡眠を促進するためにパーソナライズされたAI生成のサウンドスケープを作成するEndelと、認知症を患う人々を支援するために設計されたVeraと次世代ラジオ放送ツールキットSuper-HiFiを開発したMusic Healthという二つの健康関連音楽アプリを支援している。UMGのデジタル・イノベーション戦略・事業開発担当上級副社長クリステン・ベンダーは声明で、「起業支援、接続性、メンターシップおよび戦略的パートナー・ネットワークという音楽のDNAは、当社が初期段階の企業に提供できる最大の資産である」と述べている。

 こうした投資の量は増える一方だろう。SMEロペスは、テクノロジー分野における“戦略的な投資機会に引き続き注目している”と語る。また、WMGのキンクルは収支報告で、同社は“テクノロジーに投資し、クリエイターのための収益化ツールを増やすだけでなく、私たちの効率性を高めるために、社内のリソースを再配分する”と述べた(Text: イライアス・レイト)。

 米音楽管理出版会Kobalt創業者/会長のWillard Ahdritz氏、米大手エージェンシーUTAのパートナーであるSam Wick氏、マドンナのマネージャーでMaverick Management共同創業者のGuy Oseary氏、米投資銀行The Raine GroupのFred Davis氏とJoe Puthenveetil氏など、様々な音楽業界のトップや投資家が米Billboardの記事で紹介される中、日本からはAvex USA Inc. 取締役社長CEOの長田直己氏が取り上げられている。

 エイベックスは、同社全体で推進するグローバル音楽戦略の柱の一つにテクノロジーを挙げており、その一環で、長田氏のチームは、世界規模に成長が期待されるスタートアップを支援している。メタバース、3D、ライブ体験、バーチャル・アーティスト、音楽制作ツールなどへの投資に興味を持つ同氏は、投資家として大事にしている言葉について、「私たちのモットーは“Innovate or die"だ。私たちが生き残るためには、ビジネスや生活の面で常に良い方向に変化していかなければならない」と述べている。

 日本のエンターテインメント企業の、躍進中の米国支社Avex USAにて、音楽レーベルや音楽出版事業を運営する傍ら、彼はAvex USAのコーポレート・ベンチャー・キャピタル(CVC)部門を通じて投資するスタートアップ企業を吟味している。Future of Music Fundと名付けられたこのCVCファンドを通じ、長田氏は“音楽の没入型多感覚体験”を構築すると思われる企業、例えばリラクゼーションを促進するEndelのパーソナライズされたサウンドスケープや、Waveのハイテク・バーチャルコンサート・プロダクションツールなどに、“厳選されたブティック方式”で投資しているという。これまでのところ、このファンドは約500万ドル(約7.5億円)を投資しており、“過去の成功に基づいて”ファンドサイズは約30億円まで拡大している。それでも長田CEOは、市場が飽和状態であるため、“最近は5年前ほどの数の、衝撃的なアーリーステージの企業を見かけない”と指摘している。

◎音楽会社
Willard Ahdritz
(Kobalt創業者/会長、Ahdritz & Co. CEO)
最近の投資先:Dice、un:hurd

Mike Caren
Artist Partner Group/Artist Publishing Group創業者/CEO)
最近の投資先:beatBread、Sound.me、Release.Global

Neil Jacobson
(Hallwood Media創業者/CEO、Hallwood Mediaパートナー)
最近の投資先:Disco、Splice、Soundful

Nick Jarjour
(JarjourCo創業者/CEO)
最近の投資先:Soundful、mayk.it、HIFI、Xposure、Triller

Andrew Kahn
(Crush Ventures代表)
最近の投資先:Splice、Audioshake、Sound.xyz、CreateSafe、Rythm.fm

長田直己
Avex USA Inc. 取締役社長CEO、Future of Music Fund創設者)
最近の投資先:Wave、Endel、Liminal Space、Strangeloop Studios

Hazel Savage
エンジェル投資家、SoundCloud Music Intelligence部門ヴァイス・プレジデント)
最近の投資先:un:hurd, AudioShake, mayk.it

エージェンシー
Phil Quist
Connect Ventures投資家、CAA Music/Emerging Techエージェント)
最近の投資先:Royal、Deep VooDoo

Sam Wick
(UTAパートナー、UTA Ventures代表)
最近の投資先:Moment House、Stem、Cameo、Masterclass

◎金融
Fred DavisJoe Puthenveetil
(The Raine Groupパートナー)
最近の投資先:SoundCloudFirebird、Amuse、Rock the Bells

Bob Moczydlowsky
(Techstars Musicマネージング・ディレクター)
最近の投資先:Endel、Tribe XR、Strangeloop Studios、Amper Music

Shachar Oren
(Sound Media Ventures創業者/CEO)
最近の投資先:Boomy、Tribe XR、Dance Fight

Guy Oseary
Maverick Management共同創業者、Sound Ventures共同創業者)
最近の投資先:Community、SeatGeek、Shazam、OpenAI、Stability AI

Matt Pincus
(MUSIC共同創業者/CEO)
最近の投資先:Kobalt、SpliceDiceSoundtrack Your Brand

Shara Senderoff
(Born Ready共同創業者、Raised in Space共同創業者)
最近の投資先:Audigent/Music IQ、Songclip、The WaveXR、Spatial Labs、Altered State Machine

Matt Spetzler
Francisco Partnersパートナー/ヨーロッパ部門代表)
最近の投資先:Kobalt(企業買収)、AMRA(企業買収)、Native Instruments、iZotope、Plugin Alliance、Brainworx、JKBX

長田直己氏(Avex USA)ら、AIからVRまで未来のテクノロジーに投資する音楽界のトップ投資家たち