情報理論は世界の秘密を暴くのでしょうか?

英国のポーツマス大学(UOP)で行われた研究によって、情報力学第2法則の存在は、私たちが存在する宇宙全体がシミュレーションであることを示すとする、興味深い結果が発表されました。

情報力学は情報は宇宙の基本的な構成要素であり、エネルギーと質量の両方を持つ物理的な存在であると定義しており、既存の情報熱力学とは厳密には異なっています。

また情報力学第2法則においては、あらゆる現象の情報内容は最小限に抑えられる傾向があるとされています。

新たな研究ではこの情報力学の第2法則による情報圧縮が、生物の遺伝情報や原子の情報量、数学的対象性、さらには宇宙全体に対して普遍的に適合できることを示しています。

また情報圧縮が起こるように世界がプログラムされているのは、この世界をシミュレートする演算機の負荷を軽減する目的があるためだと述べられています。

情報力学は、私たちを外の世界と繋ぐ鍵となってくれるのでしょうか?

研究内容の詳細は2023年10月6日『AIP Advances』にて「情報力学の第 2 法則とそれがシミュレートされた宇宙仮説に与える影響(The second law of infodynamics and its implications for the simulated universe hypothesis)」とのタイトルで公開されています。

目次

  • 現実は幻に過ぎないのか?
  • 情報力学では情報は物理的な存在として扱われる
  • あらゆる物理法則は情報力学第2法則に従っている

現実は幻に過ぎないのか?

現実は幻に過ぎないのか?
Credit:Canva . ナゾロジー編集部

現実が幻であるという概念は、古くは古代ギリシャの哲学者プラトン(紀元前427年)によって提唱されました。

プラトンはイデア論にて、目に見える世界は真の存在の不完全な仮の姿が投影されたものに過ぎないと述べています。

この現実が虚像であるとする考えは、プラトン以降さまざまな哲学に継承され、現代では宇宙の全てがシミュレートされた存在であるとする「シミュレーション仮説」にも取り入れられています。

シミュレーション仮説を支持する人々は、私たちの存在や現実が唯一無二であるよりも、高度な文明によってシミュレートされた無数の世界の1つであるほうが「確率が高い」と主張します。

しかし、私たちの世界がシミュレーションされたものであるのか、そうでないのかを知るには、どうしたらいいのでしょうか?

世界の外に通じる扉(あるいはログアウト画面)のような物的証拠があれば話は簡単です。

ただリクエストしても出現しないことを踏まえると、(たとえ存在したとしても)内部からの働きかけで発見するのは、まず不可能でしょう。

またシミュレーションの完成度が高ければ高いほどバグの頻度も低く、観測は困難となります。

そこで今回、ポーツマス大学の研究者たちは、世界のほころびを探すのではなく、状況証拠を集める方針を採用しました。

そのための方法として採用されたのが「情報力学の第2法則」です。

情報力学では情報は物理的な存在として扱われる

研究では情報力学第2法則の普遍性が調べられました。
Credit:Canva . ナゾロジー編集部

情報力学は情報の定量化や保存、伝達にかんする数学的な研究をもとにしており、第2法則では「宇宙で起こる現象は時間の経過とともに、情報エントロピーが維持されるか減少する」とされています。

一見すると難しい概念に思えますが、そんなことはありません。

まずエントロピーですが、エントロピーとは状態の無秩序さを数値化したものであり、大きな値であるほど、状態が混沌としていることを示します。

また情報力学における情報エントロピーは取り得る状態数、すなわち情報量に大きくかかわります。

つまり情報力学の第2法則をザックリと言い換えると「宇宙では時間経過とともに情報が圧縮されていく傾向にある」となります。

(※研究では従来のエントロピーを物理エントロピーとし、情報エントロピーとは明確に区別されています。また情報力学「infodynamics」は情報を扱う点で情報熱力学「infomation themodynamics」と似ていますが、厳密には異なる理論です)

もしこの法則が普遍的なものであるならば、シミュレーション仮説を支持する有力な状況証拠となるでしょう。

「情報には質量があるか?」 対消滅実験で検証

というのも、私たちの世界をシミュレートする演算機が存在する場合、何らかの方法を使って情報の圧縮を行い、演算能力の節約を行っている可能性があるからです。

そこで研究者たちは生物システム、原子物理学、数学的対象性、宇宙論など複数の異なるレベルにおいて情報力学第2法則が示すような、情報圧縮が行われているかを検討しました。

情報力学第2法則に従って、世界の情報は時間とともに圧縮される傾向にあったのでしょうか?

あらゆる物理法則は情報力学第2法則に従っている

情報力学第2法則に普遍性はあるのか?

謎に応えるため研究では計算式を用いて、異なるレベルにあるさまざまなシステムの情報量を定義し、時間経過による変化が検討されました。

その主な結果を要約すれば、以下の通りになります。

生物システムの遺伝情報は情報力学第2法則に従っている

ウイルスの変異も情報エントロピーを減少させます
Credit:Melvin M. Vopson . The second law of infodynamics and its implications for the simulated universe hypothesis . AIP Advance (2023)

情報力学第2法則は、遺伝情報の時間変化にも従来とは異なる観点で切り込みます。

たとえば研究では新型コロナウイルスの変異、すなわち遺伝情報量の変化が追跡されました。

新型コロナウイルスに起きる変異は変異株をうみだす原因になります。

研究者たちが改めて調査したところ、新型コロナウイルスの変異の98.92%が塩基数の欠失、つまり情報量の喪失によって起きていたことが示されました。

同様の塩基数の欠失は1972年に行われた74世代にわたるウイルス進化の追跡によっても起こっています。

最初のウイルスは4500の塩基があったものの、世代が進むごとにゲノムサイズは一貫して減少し、74世代後には218塩基まで実に95%の情報を喪失していました。

新型コロナウイルスや実験室で飼育されているウイルスが特殊な例であるのは事実です。

(※既存の生物学では、実験室のような理想的な環境では生存競争に必要ない遺伝子は失われる傾向にあることが知られています。遺伝情報が少ないほうが、コピーに使うエネルギーが少なくて済むからです。ただ今回は、生命の枠組みを超えた、より俯瞰的な立場から、情報力学第2法則の普遍性が検討されています。)

また生命の進化では遺伝子が減るどころが逆に大幅に増加することあります。

しかし少なくとも減少局面では、情報力学第2法則が述べる情報圧縮に似た現象が起きているのは事実と言えるでしょう。

原子システムが安定なときは情報量も低くなる

原子システムも情報力学第2法則に従う
Credit:Melvin M. Vopson . The second law of infodynamics and its implications for the simulated universe hypothesis . AIP Advance (2023)

原子内の電子は一定の規則に従って、内側から外側に向けて配置されていきます。

たとえば複数の電子を持つ原子の場合にはフントの法則と呼ばれる規則に従って、最も安定した状態に整列します。

高校や大学で物理学を学んだ人の中には、上の図のように電子の状態を矢印の上下で表現したものを見たことがあるひともいるでしょう。

ただフント法則は経験的観察にもとづいて導き出されたものであり、なぜ電子がこのような状態で存在するかについては、明確な説明がありません。

(※これまでの説明は主にエネルギーバランスに基づくものでした)

そこで研究者たちは情報量という観点からフントの法則を再解釈してみました。

すると最も安定した状態では、最も電子の状態数(情報量)が少ないことが判明します。

経験的に判明している電子の配置でも情報力学第2法則のレンズを通してみると、情報量の少ない状態への変化ととらえることができるのです。

対称性が高くなると必要な情報量が圧縮される

対称性は宇宙のあらゆる場所で形成されます
Credit:Melvin M. Vopson . The second law of infodynamics and its implications for the simulated universe hypothesis . AIP Advance (2023)

現在、地球上に存在する多くの動物たちの体は、何らかの対称性を持っています。

また多くの個体と結晶には対称性があり、対象性はデジタル情報で構築された世界(VR世界)を最適化するのにも重要な概念となっています。

そこで研究者たちは対象性についても情報力学第2法則の観点から再解釈し、対称性の高さと情報量について調査しました。

対称性は情報量を減少させます
Credit:Melvin M. Vopson . The second law of infodynamics and its implications for the simulated universe hypothesis . AIP Advance (2023)

すると対称性が高いほど、状態数(情報量)が低下していくことが示されます。

これまでの観点からは、対称性を持つのは「生物の生存に有利だったから」あるいは「重力的に最も安定するから」と考えられています。

しかし情報力学第2法則の観点からは、情報量の圧縮が進行する過程で自然と対称性を獲得したと解釈されるのです。

宇宙に存在する物体が自然と対称性が高い構造をとってくれるような設定を組み込むことで、情報量の圧縮を自然に達成することが可能になります。

宇宙論における情報力学第2法則

情報力学と宇宙論
Credit:Melvin M. Vopson . The second law of infodynamics and its implications for the simulated universe hypothesis . AIP Advance (2023)

これまでの研究により、宇宙が加速度的に膨張し続けていることが示されています。

宇宙が膨張し続けるとより多くの微粒子が乱雑に動き、結果的に物理エントロピーは急激に上昇していきます。

しかし熱力学の第1法則に従うには、宇宙の物理エントロピーは一定でなければなりません。

これは「エントロピーパラドックス」と呼ばれています。

そこで研究者たちは膨張する宇宙では全体のエントロピーが保たれるように、物理エントロピーが増加する一方で、情報エントロピーが減少していくと考えました。

たとえば宇宙の進化が進んで宇宙全体が均一になった場合、物理エントロピーは最大値に達しますが、均一な空間は区別がつかず、情報量は最小値に達することになります。

情報力学第2法則は熱力学第2法則の裏返しとなり、物理エントロピーだけでは解釈しきれない現象を補完できるのです。

画像
Credit:Canva . ナゾロジー編集部

今回の研究により、宇宙で起こるさまざまなイベントでは情報力学第2法則に従って情報の圧縮が発生することが示されました。

研究者たちは、この宇宙に存在する情報圧縮の仕組みは、私たちがシミュレーション世界に住んでいることの状況証拠になり得ると述べています。

過剰な情報の削除は演算機の処理やデータ容量を節約し、不要なコードを削除または圧縮するのに役立つからです。

もし私たちの世界をシミュレートする演算機が存在した場合、情報圧縮の仕組みを宇宙の法則に組み込むことは、メンテナンスにおいて有利に働くでしょう。

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参考文献

Physics Revelation Could Mean We’re All Living in a Simulation https://www.sciencealert.com/physics-revelation-could-mean-were-all-living-in-a-simulation

元論文

The second law of infodynamics and its implications for the simulated universe hypothesis https://pubs.aip.org/aip/adv/article/13/10/105308/2915332/The-second-law-of-infodynamics-and-its
情報力学第2法則はこの世界がシミュレーションであることを示している