2024年度は介護サービスの公定価格である診療報酬・介護報酬の改定年です。今回は6年ぶりの同時改定ということもあり、診療・介護双方の重なる領域が見直しの焦点になる可能性が高いでしょう。本稿ではニッセイ基礎研究所の三原岳氏が、ダブル改定に影響を及ぼす「変数」を抽出するとともに「診療報酬・介護報酬」の今後の展望について解説します。

1―はじめに~どうなるダブル改定、インフレ下で難しい対応~

2024年度は医療・介護サービスの公定価格である診療報酬・介護報酬の改定年であり、予算編成過程では改定率を巡り、政府・与党や関係団体を交えた攻防が予想される。

さらに、今回の改定は6年ぶりの同時改定となるため、両者が重なる領域が見直しの焦点となりそうだ。

一方、インフレ局面での診療報酬改定は久しぶり(介護報酬改定では初めて)であり、現時点で改定結果を予想するのは極めて困難である。さらに、政府が重視する少子化対策の財源確保問題も絡む可能性があり、ダブル改定を巡る「連立方程式」は複雑になりそうだ。

そこで、本稿では政策文書や審議会の資料などで使われている文言を詳しく見ることで、人材不足や物価上昇への対応、少子化対策の余波などダブル改定に影響を及ぼす「変数」を抽出するとともに、今後の展望を試みる。

2―診療報酬本体の改定率を巡る政治力学

医療機関向けの診療報酬本体は2年に1回の頻度で見直されており、日本医師会(以下、日医)の動向を含めて、政府・与党の間で激しい攻防が毎回のように交わされる。

しかも、診療報酬本体は2年任期の日医会長選の直前に見直されるため、本体改定率や改定内容は日医会長の「業績」を示す一つの「成績表」になっている面がある。

例えば、前回の2022年度改定では「0.42%」が一つの目安と見なされていた1。これは4期8年の長期政権を誇った横倉義武元会長の時代の平均であり、横倉氏を破った中川俊男前会長にとって、この水準を本体改定率が上回るかどうかが注目されたのである。

結局、本体改定率はプラス0.43%となったため、目安とされた水準を上回ったものの、日医が反対していたリフィル処方箋(一定条件の下、繰り返し使える処方箋)の導入を受け入れたことで、日医内部の批判が高まり、中川氏は1期で会長を退いた。

この経緯を見ても、本体改定率が如何に政治的に決まっているか、あるいは政治的なシンボルとして重視されているか、読み取れる。

しかも、今回の診療報酬改定は3年サイクルで見直されている介護報酬の見直しと重なっており、6年ぶりの同時改定となる2。このため、関係者の関心は高く、既に綱引きも始まっている。以下、経済財政政策の方向性を示す「骨太方針」(経済財政運営と改革の基本方針)の文言を確認する。


1 2022年度診療報酬改定については、2022年5月16日拙稿「2022年度診療報酬改定を読み解く」(上下2回、リンク先は第1回)、同年1月17日拙稿「2022年度の社会保障予算を分析する」を参照。本体改定率の「0.42%」が目安とされた経緯やリフィル導入の影響については、2022年5月23日日本経済新聞』電子版配信記事、同月22日『毎日新聞』、2021年12月23日毎日新聞』などを参照。

2 なお、ここでは詳しく触れないが、3年に一度の障害者総合支援法に基づく福祉サービスの報酬改定も控えており、「トリプル改定」と呼ばれる時もある。

3―骨太方針の文言

毎年6~7月頃に閣議決定される骨太方針は予算編成の「前哨戦」の側面を持っており、原案と閣議決定版で使われている文言を比べることで、「何が論点なのか」を一定程度、予想できる。

そこで、今年6月7日の経済財政諮問会議に提出された原案を見ると、[図表1]の上側の通り、物価高騰、賃金上昇、医療・介護事業所の経営状況、人材確保の必要性が列挙されており、これらはプラス改定に繋がる文言と理解できる。

具体的には、医療機関や介護事業所の賃金や物件費は市場実勢に左右される一方、収入は診療報酬、介護報酬で固定されており、他の産業のように価格に転嫁できないため、インフレ局面では一種の逆ザヤ状態が生まれる。

こうした状況で、報酬を引き上げなければ、実質的にマイナス改定になるため、これらの文言はプラス改定に繋がる要素が言及されていると言える。

その半面、診療報酬や介護報酬を引き上げると、患者・利用者負担や保険料も上昇するため、「患者・利用者負担・保険料負担の抑制の必要性」という文言はマイナス改定の要素と読める。つまり、骨太方針の原案ではプラス、マイナスの両面の「必要性」が同時に指摘されていたことになる。

その後、同月16日に閣議決定された文書では、[図表1]の下側の通り、患者・利用者負担・保険料負担の部分が「抑制の必要性」ではなく、「影響」という言葉に置き変わった。さらに、「患者・利用者が必要なサービスを受けられる」という文言も加えられている。

これらの変化を通じて、改定率を巡る前哨戦が交わされ、マイナス改定の要素が取り除かれたようにも読み取れる。実際、日医の松本吉郎会長が「(筆者注:与党の)先生方の積極的な働きかけが実を結んだものと理解している」と述べる一幕もあった3

しかし、これだけで「プラス改定が決まった」と考えるのも早計である。もう少し骨太方針を読み込むと、[図表1]の下側で示した通り、2024年度予算編成に向けて、「第5章2における『令和6年度予算編成に向けた考え方』」という文言が加えられていることに気付く。

では、「第5章2における『令和6年度予算編成に向けた考え方』」では一体、どんなことが書かれているのか。骨太方針の末尾には「令和6年度予算において、本方針、骨太方針2022及び骨太方針2021に基づき、経済・財政一体改革を着実に推進する」と書かれている。

要するに、2024年度予算編成に際しては、過去2年間の骨太方針を基に、経済・財政一体改革を着実に推進する旨が明記されており、これはマイナス改定に繋がる文言である。

具体的には、最近の予算編成4では、社会保障の自然増を毎年、5,000億円程度に抑制する方針の下、歳出の抑制が図られており、これを継続すると指摘しているのである。

以上を踏まえると、骨太方針に盛り込まれた文言はプラス改定、マイナス改定のどちらにもなり得る点で、両論併記の文章と言える。言い換えると、前哨戦では決着が付かず、勝負は年末の予算編成に持ち越された形だ。

一方、今回の改定は従来と異なる点が多いと考えられる。以下、(1)物価上昇の影響、(2)薬価削減による財源確保が困難な点、(3)少子化対策の財源確保論議が影響する可能性、(4)新型コロナウイルスの特例が縮減・廃止されている影響――の4つを取り上げる。


3 2023年7月10日『週刊社会保障』No.3226を参照。

4 例えば、2023年度予算編成では、薬価改定で約700億円、後期高齢者医療制度の2割負担の部分的導入で約400億円などの歳出改革策を積み上げ、5,600億円と見られた自然増を4,100億円程度に抑えた(年金スライド分の影響を除く)。詳細については、2023年2月2日拙稿「2023年度の社会保障予算を分析する」。

4―過去の改定と違う点

1|最近、20年間の改定は…

ここで、約20年間の診療報酬改定を簡単に振り返る。[図表2]の通り、薬価を市場実勢に合わせて引き下げる代わりに、その一部を医療機関向けの診療報酬本体に回すパターンが長く続いていた。

さらに、2021年度以降、薬価については毎年改定することになり、薬価削減は社会保障費抑制の手段となっていた。例えば、2023年度予算編成では、市場実勢に合わせる形で、薬価を抑制することで、給付費ベースで約3,100億円、国費ベースで約700億円が削減された。誤解を恐れずに言うと、診療報酬本体の改定率とか、予算編成の調整に際して、薬価は便利な「調整弁」の機能を果たしていたと言える。

さらに、デフレの長期化に伴って、医療機関や介護事業所にとって逆ザヤ状態が起きなかった点も改定率を低く抑えられる要因になっていた。

例えば、最近の介護報酬改定率(消費増税対応分を除く)を振り返ると、プラス1.2%(2012年度)、マイナス2.27%(2015年度)、プラス0.54%(2018年度)、プラス0.70%(2021年度)という推移を辿った。

2|物価上昇の影響

しかし、従来の改定パターンは通用しないと思われる。その理由の第1として、物価上昇の影響を指摘できる。もう少し細かく見ると、今のように2年に1回、診療報酬が定例的に改定されるようになったのは1990年代後半であり、既にデフレの傾向が浮き彫りになっていた時期に当たる。このため、診療報酬改定では久しぶりのインフレ局面での改定となる。

さらに介護報酬に関しても、介護保険制度がスタートした時期(2000年度)はデフレの時期と重なっており、未知の領域での改定と言える。

特に人手不足が顕著な介護業界では、インフレの影響が深刻であり、東京都は2023年10月の「介護報酬改定等に関する緊急提言」で、「現下の物価高騰の影響も踏まえ、介護事業所・施設が安定的・継続的に事業運営できるよう、介護報酬に適切に反映されたい」と訴えた。武見敬三厚生労働相も介護職の給与を月6,000円程度、引き上げる考えを示した5

なお、物価上昇への配慮としては、報酬改定だけでなく、補正予算による税財源の支援が浮上する可能性がある。これに絡む動きとして、日医など診療団体は2023年10月、「食材料費・光熱費等の物価高騰に対する財政支援に関する要望」を武見厚生労働相に提出し、臨時国会に提出される2023年度補正予算で、食材料費・光熱費などに関する財政支援が必要と訴えた。

このため、物価上昇が改定率に及ぼす影響を考える上では、経済対策や補正予算の動向も見極める必要がありそうだ。


5 2023年10月19日日本経済新聞』電子版を参照。川崎市の介護施設視察後の発言。

「薬価削減」と「少子化対策」が及ぼす影響

3|薬価削減による財源確保が困難な点

薬価削減による財源確保が困難になっている点も従来と異なる。最近の原材料価格の高騰や円安に伴って医薬品の製造コストが上がっている分、薬価の引き下げが以前よりも難しくなっているためだ。

さらに、現場ではジェネリック医薬品(後発薬)メーカーの相次ぐ不祥事による業務停止も相俟って、医薬品の不足が深刻化しており、これも薬価削減を困難にする要因である。

実際、この問題は2023年度予算編成でも論点になり、医薬品の安定供給を図るため、急激な物価高騰などで不採算となった全ての品目(1,100品目)については、薬価が緊急かつ臨時的に引き上げられた。

以上のように考えると、これまで「調整弁」の役割を果たしていた薬価に多くを期待できない状況であり、不透明感が強まっている。

4|少子化対策の財源確保論議が影響する可能性

第3の要因として、政府が検討している少子化対策の影響も想定される。周知の通り、岸田文雄首相は出生率低下を食い止めるため、「次元の異なる少子化対策」を進めることを表明。

さらに、2023年3月の「こども・子育て政策の強化について(試案)」、同年6月の「こども未来戦略方針」(以下、未来戦略)では、児童手当の拡充などの施策が列挙された。この背景には出生率低下に対する危機感に加えて、「子ども予算の倍増」が一種の政権公約6と理解されている面がある。

しかし、計3兆円以上と目されている財源確保のメドは立っておらず、今年6月の未来戦略では財源に関して、「国民の理解が必要」とした上で、下記の方向性が盛り込まれた。

2028年度までに徹底した歳出改革等を行い、それらによって得られる公費の節減等の効果及び社会保険負担軽減の効果を活用しながら、実質的に追加負担を生じさせないことを目指す。

歳出改革等は、これまでと同様、全世代型社会保障を構築するとの観点から、歳出改革の取組を徹底するほか、既定予算の最大限の活用などを行う。なお、消費税などこども・子育て関連予算充実のための財源確保を目的とした増税は行わない。

つまり、歳出改革を優先することで、増税の選択肢を完全に封印している。この背景には、増税に対する国民の反発に加えて、2023年度から始まった防衛関係費の倍増に関して、財源が確定していない7ため、新たな増税論議を避けたいという判断もあると見られる。さらに財源対策に関して、未来戦略では、下記のような方向性も示された。

企業を含め社会・経済の参加者全員が連帯し、公平な立場で、広く負担していく新たな枠組み(「支援金制度(仮称)」)を構築することとし、その詳細について年末に結論を出す。

このうち、「企業を含め」「公平」「広く負担」という言葉は社会保険料を意味している。通常、社会保険料は本人に加えて、事業主が同額を支払っているため、支援金という社会保険料の上乗せ制度を通じて、企業と個人が少子化対策の財源を賄う方向性が示されている形だ。


6 そもそも「予算倍増」が政権の公約として見なされるようになったのは、2021年9月の自民党総裁選にさかのぼる。この時、他の候補者とともに討論会に参加していた岸田氏が「子どもを含む家族を支援する政府予算の倍増」に賛意を表明。首相就任後の2022年12月には、次の骨太方針に向けて、「こども予算の倍増を目指していくための当面の道筋を示してまいります」と言明した。さらに、2023年1月の年頭記者会見では、児童手当の拡充などを例示しつつ、「異次元の少子化対策」に挑戦する考えを示した。上記の発言や動向については、首相官邸ウエブサイトに加えて、各種報道を参照。

7 ここでは詳しく触れないが、2022年2月のロシアによるウクライナ侵略を受けて、防衛関係費に関しては、今後5年間で約43兆円を確保することが決まり、初年度となる2023年度は対前年度当初比26.4%増の6兆7,880円と大幅増となった。さらに、財源を確保するため、▽従来は原則として公共投資だけに充当されていた建設国債を防衛関係費にも充当、▽国有財産売却などで得た資金をプールしつつ、5年間の防衛力増加に必要な経費を一括計上する「防衛力強化資金」の創設、▽厚生労働省所管の国立病院機構、地域医療機能推進機構からの積立金返納、国有財産の売却収入なども充当――といった財源確保策が決まっている。しかし、これらを積み上げても、必要経費の全てを賄えないため、2022年12月の与党税制改正大綱では、法人税所得税たばこ税を段階的に引き上げる方針が盛り込まれたが、詳細は今後の調整に委ねられている。

「社会保険料」の充当における問題点

しかし、社会保険料の充当には批判が多く出ている。社会保険料は本来、負担と給付が何らかの形で紐付いており、広く受益が行き渡る少子化対策に関する主な財源に充当する方針については、「加入者が負担した保険料を他の者のために充当することは、保険加入者の権利をないがしろにする」「保険の規律を失わせる」といった批判が根強い8

新聞の世論調査でも社会保険料の充当に対し、7割近くの人が反対という結果が出ている9

そこで、模索されているのが歳出抑制の可能性だ。この点に関しては、最初に引用した部分で「徹底した歳出改革等」「既定予算の最大限の活用」と言及されているほか、脚注でも下記のような文言が小さい字で盛り込まれている(一部文言を省略)。

高齢化等に伴い医療介護の保険料率は上昇するが、徹底した歳出改革による公費節減等や保険料の上昇抑制を行うための各般の取組を行い、支援金制度(仮称)による負担が全体として追加負担とならないよう目指すこと。このため、具体的な改革工程表の策定による社会保障の制度改革や歳出の見直し、既定予算の最大限の活用などに取り組む。

つまり、支援金制度を通じて、社会保険料から財源を確保するものの、既存予算の見直しや歳出改革も進めることで、支援金の追加負担を小さくすると書かれている。

言い換えると、診療報酬や介護報酬の抑制、薬価削減、患者・利用者負担の追加引き上げなどを通じて、社会保障費を抑制する選択肢も検討することで、できるだけ少子化対策の追加負担を抑制する方針が書かれていると言える。

実際、この方針に沿った発言として、2023年5月の経済財政諮問会議では、民間議員が診療報酬、介護報酬を引き下げる必要性に言及した10

2023年10月に開催された「こども未来戦略会議」でも、「支援金制度の導入で国民負担が過重にならないようにすることは極めて重要」とし、保険料負担の抑制に繋がる改革の具体化と工程化が不可欠との声が出た11

確かに診療報酬を1%削れば、概算の給付費ベースで約4,000億円、国費ベースで1,000億円程度、介護報酬を1%削れば給付費ベースで1,000億円程度、国費で250億円程度の財源を捻出できるため、少子化対策の財源問題は報酬改定率の抑制要因になり得る。


8 田中秀明(2023)「異次元の少子化対策の財源を問う」『社会保険旬報』No.2892を参照。さらに、西沢和彦(2023)「少子化対策への社会保険料利用 8つの問題点」『Viewpoint』に加えて、2023年5月24日拙稿「少子化対策の主な財源として社会保険料は是か非か」などでも同様の批判が示されている。このほか、社会保険料を充当するアイデアについては、▽低所得者ほど社会保険料の負担が重い、▽保険料は主に現役世代が負担するため、社会全体で子育てを支援するという理念に反する、▽社会保険方式では、男性片働きを前提としており、女性の社会進出の阻害要因になっている――などの点も問題視されている。

9 2023年5月29日日本経済新聞』、同年4月17日毎日新聞』を参照。

10 2023年5月26日の経済財政諮問会議では、民間議員を務める柳川範之東大教授が「様々な歳出の拡大が予想される中、徹底した歳出改革と保険料負担の上昇抑制が非常に重要になる。こども政策の強化も徹底した歳出改革を大前提にすべき」「特に今年は、次期診療報酬・介護報酬の同時決定をはじめ、懸案の改革を進める極めて重要な年であると認識しているので、社会保障改革を一層強力に推進していくべき」と述べた。同日会議の議事要旨を参照。

11 2023年10月2日、こども未来戦略会議議事要旨を参照。同会議は首相直属で少子化対策を話し合う組織体。

「コロナ特例」廃止による病院への影響とは

5|新型コロナウイルスの特例が縮減・廃止されている影響

第4に、新型コロナウイルスの特例が縮減・廃止される影響である。国内で感染が広がった2020年以降、感染者を受け入れた医療機関への加算が相次いで創設されるなど、報酬や財源を用いたテコ入れが図られてきた。

さらに、「診療報酬本体のマイナス改定はあり得ない。絶対にプラス改定にしなければ全国の医療が壊れてしまう」12という声が出るなど、与党や業界団体が改定率引き上げを主張する論拠の一つにもなっていたが、コロナ特例は少しずつ縮減・廃止されており、平時モードに移行しつつある点で過去2~3年の改定と様相が異なる。

その半面、コロナ特例が医療機関の経営指標に影響しており、関係者の間で論点となっている。具体的には、財務省が2023年9月に開かれた財政制度等審議会(財務相の諮問機関)の席上13、▽診療所の収益率は構造的に病院よりも高い、▽コロナ禍の前に赤字だった病院の経常利益率は急回復している、▽中小企業の収益が変動している一方、介護事業所の収益は安定した伸びを示している、――とする資料を提出し、プラス改定に向けた議論を牽制した。

これに対し、日医は2日後に開いた記者会見で、「コロナ補助金が無い場合、病院はとても苦しい状況にある」と反論14

日医など医療関係団体で構成する「国民医療推進協議会」による2023年10月の総会でも、「医療機関の経営状況は良くなっているように見えるが、オミクロン株の流行によるコロナ患者の急増など、コロナ対応が主な要因。その分、安全対策の増加、追加的人員の確保など感染拡大に対応できる体制を築くためのコストも上昇している」「コロナ禍による医療費減少のダメージがそのまま残っている」との声が出たという15

武見厚生労働相も同月の経済財政諮問会議で、「コロナ特例の縮減の影響」を見極める必要性に言及16しており、この点も改定率決定の「変数」となりそうだ。


12 2021年12月15日の記者会見における中川俊男会長(当時)の発言。同日『m3.com』配信記事を参照。

13 2023年9月27日、財政制度等審議会財政制度分科会資料、参考資料を参照。

14 2023年9月29日の記者会見における日医の猪口雄二副会長の発言。日医ウエブサイトを参照。

15 2023年10月10日の会合における日医の茂松茂人副会長の発言。同月11日『ミクスOnline』配信記事を参照。

16 2023年10月10日、経済財政諮問会議における発言。内閣府ウエブサイトにおける記者会見要旨を参照。

5―提供体制改革では、高齢者の急性期などが論点?

最後に、ダブル改定に向けた論点として、医療・介護提供体制改革の行方を考察したい。

診療報酬の細かいテーマは中央社会保険医療協議会(厚生労働相の諮問機関、以下は中医協)で、介護報酬の細目は社会保障審議会(厚生労働相の諮問機関)介護給付費分科会で検討が進んでおり、全ての論点を網羅することは紙幅上、難しい。

ただ、今回は6年ぶりの同時改定であり、医療と介護が重なる領域が主要な論点になるのは間違いない。実際、本格的な議論に先立つ形で、中医協と給付費分科会の意見交換会が開催されており、[図表3]の通り、医療・介護サービスの連携強化とか、人生の最終段階における医療・介護、認知症ケアなど、9つのテーマが話し合われた。

これらは全て重要な論点であり、それぞれに課題が山積しているが、今回は高齢者の救急医療に着目したい。

この問題の淵源は2006年度診療報酬改定に遡る。この時、厚生労働省は急性期に対応する「7対1基準」(患者7人に対して看護師1人を配置する基準、現在の名称は「急性期一般入院料1」)の診療報酬単価を高く設定した。

しかし、当初の予想を超える医療機関が7対1基準を取得し、医療費を押し上げる結果となり、近年の制度改正・報酬改定では急性期病床の適正化策が焦点になっている。

「急性期病床の適正化策」改定の歴史

例えば、2014年度診療報酬改定では、(1)軽度な救急患者を受け入れる急性期(サブアキュート)、(2)状態が安定した後の患者を受け入れる回復期、(3)在宅復帰支援――を担う「地域包括ケア病棟」が創設され、急性期病床の転換後の受け皿として期待された。その後、自院からの転棟が相次いでいるとして、2022年度診療報酬改定では、機能を明らかにするため、加算要件が厳格化になった17

さらに、2017年3月までに都道府県が策定した「地域医療構想」18でも、急性期病床の圧縮も意識された。具体的には、病院再編・統合を含めて、膨らんだ急性期病床の削減とともに、回復期病床の拡充や在宅医療の充実、それぞれの連携強化などが想定されている。

一方、新型コロナオミクロン株への対応では、複数の疾患を持つ高齢者が一般病棟に入院した後、要介護度や認知機能が悪化することが問題視された。

さらに、今後は複数の慢性疾患を抱えつつ、自宅で療養する高齢者が増えるため、リハビリテーションの提供や在宅復帰支援を担える中小病院の役割も重要になると思われる。

以上のような議論を踏まえると、主に200床未満の中小病院の役割を明確にする観点に立ち、地域包括ケア病棟の一層の機能明確化など、2024年度ダブル改定(及び今後の医療提供体制改革)では、高齢者の急性期医療が注目される可能性が高い。

実際、日医の松本会長は「急激に進めてほしくはない立場だが、恐らく7対1を減らすムードにあることは間違いない」と述べている19


17 2022年度診療報酬改定では、地域包括ケア病棟に関して、自宅などから高齢者を受け入れた場合の加算が大幅に拡充される一方、自院から転棟したケースでの加算は大幅に減じられた。詳細については、2022年5月27日拙稿「2022年度診療報酬改定を読み解く(下)」を参照。

18 地域医療構想は2017年3月までに各都道府県が策定した。人口的にボリュームが大きい「団塊世代」が75歳以上になる2025年の医療需要を病床数で推計。その際には医療機関の機能について、救急患者を受け入れる「高度急性期」「急性期」、リハビリテーションなどを提供する「回復期」、長期療養の場である「慢性期」に区分し、それぞれの病床区分について、人口20~30万人単位で設定される2次医療圏(構想区域)ごとに病床数を将来推計した。さらに、自らが担っている病床機能を報告させる「病床機能報告」で明らかになった現状と対比させることで、需給ギャップを明らかにし、医療機関の経営者などを交えた「地域医療構想調整会議」での議論を通じた合意形成と自主的な対応が想定されている。地域医療構想の概要や論点、経緯については2017年11~12月の「地域医療構想を3つのキーワードで読み解く(1)」(全4回、リンク先は第1回)、2019年5~6月の拙稿「策定から2年が過ぎた地域医療構想の現状を考える」(全2回、リンク先は第1回)、2019年10月31日拙稿「公立病院の具体名公表で医療提供体制改革は進むのか」を参照。併せて、三原岳(2020)『地域医療は再生するか』医薬経済社も参照。

19 2023年10月14日に開催された第64回全日本病院学会における特別講演。同日『m3.com』配信記事を参照。

6―おわりに

異次元の改定――。2024年度ダブル改定に関して、このように日医の松本会長は評している20。筆者も「異次元」と呼べるかどうか別にして、今回のダブル改定は過去と大きく異なると認識している。

特に、薬価削減を便利に「調整弁」として使う方法が通用しなくなっている点は大きな変化である。さらに、少子化対策の財源確保問題など不透明な要素も多い。

一方、医療・介護の現場を見ると、介護人材や医薬品の不足は顕著であり、何らかの対応が必要になるのは間違いない。今後、物価・賃金上昇や人材確保への対応、薬剤の安定供給を図りつつ、歳出抑制・財源確保に努めるという難しい「連立方程式」をどう解くのか、政権は難しい舵取りを強いられそうだ。


20 2023年9月29日の記者会見における発言。日医ウエブサイトを参照。

(写真はイメージです/PIXTA)