生命保険文化センター「生活保障に関する調査(令和4年度)」では、回答者の82.2%が自分の老後に「不安感あり」としています。もっとも、医師をはじめとした高所得者には無縁の心配事だと考える人は多いでしょう。しかし、たとえ現役時代に高所得であっても、老後破産リスクは潜んでいると、FP officeの中洞智絵FPはいいます。意外と多い「開業医の老後破産」について、みていきましょう。

意外と多い「開業医の老後破産」

FPである筆者は、さまざまな職業の人から相談を受けます。そのなかには、開業を目指す勤務医や開業医からの相談も少なくありません。

相談者の話を聞いてみると、開業医・開業を目指す医師のタイプは主に下記の3つに分かれます。

1.親(または親戚、先輩)の開業した環境を引き継いだ

2.独自に開業した

3.本気度は高くないが、機会があれば独立したいと考えている

このうち、どれが優れているかは問題ではありません。重要なのは、開業と“その先”に向けてなにかしら準備をしているかどうかです。筆者の経験上、開業という選択肢が目の前に出てきた時点で、多くの人は開業という目の前の事象のみに囚われ、肝心なお金のことは二の次になってしまいます。

放置した結果、後々慌てて気がついたときには時すでに遅し……。老後破綻に陥っていた。というケースも存在するのです。

さらに、高収入の医師にあっては、破産危機に陥ってもなお「高額な費用がかかってもいいから専門家になんとかしてもらおう」とする人が一定数いました。

「医師だから将来は安泰だろう」と思ってしまいがちですが、実は“勤務医”と“開業医”では「老後に受け取れる金額」に大きな違いがあります。

”勤務医”と“開業医”の年金受給額の差は「最大30万円」

まず、勤務医として病院に所属して働いている場合は会社員扱いとなります。国民年金に上乗せして厚生年金が受給できるということです。さらに、勤務先によるものの、充実した退職金制度や福利厚生制度を利用することもできるでしょう。

しかし、「開業医(=自営業)」になったとたん、これらの恩恵を受けられなくなります。自営業の場合、年金は国民年金のみとなり、退職金制度や福利厚生制度はまったくありません。「自営業は、確定申告のときに会社員より多く経費申告できるし、税金も還付されるからラッキー」……そんな簡単な話ではないのです。

では、勤務医と開業医で受け取れる年金にはどれほどの違いがあるのでしょうか

※ 厚生年金および国民年金は最高月額を受給したと仮定。

■勤務医(会社員)の場合

厚生年金:30万3,000円

国民年金:6万5,000円

……合計:36万8,000円

■開業医(自営業)の場合

厚生年金:勤務医時代に納めていた分のみ

国民年金:6万5,000円

……合計:6万5,000円+勤務医時代の厚生年金

いかがでしょうか。「あんなに納めたのにたったこれだけ?」とその差に驚き、危機感を覚えた人もいるかもしれません。

現時点での年金受給見込額は、「ねんきんネット※1」や誕生月に自宅に届く「ねんきん定期便※2」で確認することができます。ぜひ一度チェックしてみてください。

※1 日本年金機構「ねんきんネット」(https://www.nenkin.go.jp/n_net/)

※2 日本年金機構大切なお知らせ、「ねんきん定期便」をお届けしています(https://www.nenkin.go.jp/service/nenkinkiroku/torikumi/teikibin/20150331-05.html)

諦めないで…開業医が利用できる「4つの公的制度」

前節で勤務医と開業医で年金受給額に大きな差があることをお伝えしました。しかし、だからといって「自営業だけ放置されている」というわけではありません。この社会保障差を埋めるため、国は自営業が利用できるいくつかの公的制度を用意しています。

1.国民年金基金

国民年金基金」は、会社員などとの年金額の差を解消するために創設された公的制度です。国民年金法の規定に基づく公的な年金であり、国民年金とセットで老後の所得保障の役割を担います。月額上限は、iDeCoと合算で6万8,000円です。

2.付加給付

「付加給付」とは、自営業の人が国民年金保険料に付加保険料(月額400円)をプラスして納付することで、老齢基礎年金に付加年金が上乗せされる制度のことです。ただし、国民年金基金加入者は不可となるため注意が必要です。

3.小規模企業共済

「小規模企業共済」とは、小規模企業の経営者や役員が、廃業や退職時の生活資金などのためにあらかじめお金を積み立てられる制度です。いわゆる小規模企業経営者のための「退職金制度」といえます。掛金が全額所得控除できるなどの税制メリットに加え、事業資金の借入れも可能で、月額上限は7万円です。

4.iDeCo(個人型確定拠出年金)

「iDeCo(個人型確定拠出年金)」は、公的年金とは別に給付を受けられる私的年金制度のひとつです。掛金が全額所得控除できるなどの税制メリットがあります。

任意加入となっており、加入申し込みや掛金の拠出、掛金の運用はすべて自身で行う必要があり、掛金とその運用益の合計額が受給できます。なお、月額上限は国民年金基金と合算で6万8,000円です。

上記1~4は、併用の可・不可や上限金額、運用方法、現金引き出しなどそれぞれルールがあります。利用時にはよく調べたうえで検討することが必要です。

公的制度だけでは足りない?老後のためにできる対策

さて、ここで上記1~4をそれぞれのルールに則りすべて実践した場合、それだけで老後の生活は足りるのでしょうか?

たとえば、国民年金基金かiDeCoのどちらか、あるいは両方に加入し、限度額の月額6万8,000円を積み立てた場合を考えてみます。30年間0%で運用した場合、積立額は2,448万円です。

他方、同じ額を30年間、5%で運用した場合は3,982万9,947円となります。これを20年で分割して受け取ると、金額はそれぞれ下記のようになります。

■0%運用の場合

……国民年金6万5,000円+10万2,000円=月16万7,000円

■5%運用の場合

……国民年金6万5,000円+16万5,958円=月23万0,958円

選択した制度によって老後受け取れる金額に約1,400万円もの差があることをまず確認しておきたいですが、それに加えて、どちらにしろ6万8,000円を積み立てただけでは、現在の収入と比べて、かなり大きな差があることがわかります。

これだけでは、現在の生活水準を保つことは難しいでしょう。また、ムリに生活水準を維持した場合、もしかすると現在の住まいに住み続けられなくなることも考えられます。

つまり、国の制度をフル活用するだけでは、現在の収入との差を埋め、ご自身の“理想の老後”を過ごすだけの年金額を受け取ることは難しいです。したがって「人生で一番若い日である今日」から、自助努力として「自分の退職金をつくる」ことが必要不可欠だといえるでしょう。

株や投資信託、FX、保険、外貨積立、不動産投資と、多様な資金形成方法があり、また医師には日々さまざまな投資話が持ち掛けられると聞きます。ただ、自身のライフプランや理想の老後に向け、どれが自分に合った方法なのか、どれを組み合わせるのがもっとも効果的なのかは、人によって異なるでしょう。

無駄のない老後資金づくりのためには、ファイナンシャルプランナーなど、信用できる外部の専門家の知見を活用し、今後の自身のライフプランを考慮して、慎重に判断して準備を進めることが大切です。

中洞 智絵

FP Office株式会社

ファイナンシャルプランナー

(※画像はイメージです/PIXTA)