少子高齢化が進むなか、昨今では高級志向の老人ホームやサービス付き高齢者向け住宅(サ高住)といった選択肢が増え、老後の住まいが多様化しています。終の棲家に選ぶ人も多いなか、一方で入居後に後悔したというケースも……。本記事では、FP1級の川淵ゆかり氏が、サ高住へ入居したAさん(72歳)の事例とともに、高齢者施設への入居の注意点について解説します。

自宅での転倒を機に「老人ホーム」への入居を検討

Aさんは夫に先立たれた一戸建ての地方に住む72歳の一人暮らしの高齢者です。息子は2人いますが、それぞれ家庭を持ち、都会で働いているため別居しています。年金額は月におよそ15万円(遺族年金+自身の年金)を受給しています。

Aさんが住んでいる自宅は古くなりましたが、住宅ローンは夫の生存時にすでに完済しています。また、年金のほかにも夫が残した生命保険や貯蓄もあるため、生活するには困りません。物静かなAさんは、趣味の俳句を楽しんだり、裏庭での家庭菜園で野菜を作ったりしていました。

健康でまだまだ1人でも大丈夫だと思っていたAさんですが、古い家なので段差があり、夜中にトイレへ立ったときに転倒して足首を捻挫してしまいます。骨折こそしなかったですが、また転倒することもあるかと心配になった息子達は、家のバリアフリー化も考えましたが、

・エアコン嫌いで猛暑でもよほどでないとエアコンを使用しない。

特殊詐欺の電話に一度騙されそうになったことがある。

・食が細く、自分の好きなものしか食べない。

といった母親を心配し、老人ホームに入居させることを考えました。ですが、母親が簡単に納得するはずはありません。

母親を納得させるために、実家の近くでいくつかの老人ホームを探し、外出も自由な「サービス付き高齢者向け住宅(サ高住)」に決めました。サービス付き高齢者向け住宅も近ごろは「体験入居」ができるところも増えており、入居後の「食事が合わない」「雰囲気が合わない」といったトラブルを防ぐこともできます。

「サービス付き高齢者向け住宅」とは?

サービス付き高齢者向け住宅は、原則として60歳以上の自立可能な高齢者を対象とした施設です。要介護者のみを入居対象としている有料老人ホームとはこの点が異なります。

主に要介護度が高くない高齢者を対象にしているため、一般の住宅に住んでいるような感覚で自由度の高い生活ができるほか、安否確認や生活相談などのサービスも受けられます。しかし、介護サービスが必要になった場合は別途契約が必要になります。

5日間の体験入居に満足し、入居を決めたAさん

さて、Aさんは5日間の体験入居をしましたが、スタッフもとても優しく、食事もバランスが取れておりおいしかったため、不満を感じることはありませんでした。庭では花や野菜を作っており、自宅で野菜作りをしていたAさんも楽しめそうです。

さらに説明を受けると、自宅にいるように自由に過ごせて、外出も自由で門限もない、ということでした。Aさんはいままでどおりに俳句の集まりにも電車に乗って出かけられることがわかり、入居することを決めました。

Aさんが入居するサービス付き高齢者向け住宅は、入居一時金も20万円ほどですみ、月額費用も約18万円と年金月額からは3万円ほどオーバーしますが、夫が残してくれた保険金や預貯金で賄えますし、いざとなれば息子達から援助も受けることもできるため、お金の不安もありませんでした。

入居から3ヵ月後に起きた逃亡事件

さて、入居から3ヵ月を過ぎたころ、新しい環境での生活も慣れたように思われたAさんですが、ある日、Aさんの長男のところへ施設から1本の電話がかかってきました。聞けば、Aさんが急に施設を飛び出したきり戻ってこない、というのです。驚いた長男は、そのときの様子をスタッフに詳しく問うと、事の次第をスタッフから告げられました。

Aさんはお昼を食べ終わったころ、「もうここにはいられない」と言い残し、急に施設を出ていこうとしたそうです。慌ててスタッフが止めようとしたそうですが、タクシーに乗ってそのままどこかへ行ってしまった、という次第でした。

長男は慌てて何件か知り合いのところへ電話をかけるのですが、Aさんの行方はわかりません。

仕方なく会社を早退し、都会から遠く離れた地方まで母親を探しに出た長男ですが、「まさか」と思い、立ち寄った実家で寝ている母親を見つけてびっくりします。

自分の殻に閉じこもっているのか、なかなか理由を明かさない母に、長男はゆっくりと話を聞きます。

母も次第に落ち着いたのか、ゆっくりと口を開きます。

「実は、最近認知症の人が立て続けに入居してきて雰囲気が変わってしまって……。もういたくない」

なにかトラブルがあったのかと問いただしても、そこからは「ここがいい」の一点張りです。

Aさんの長男は、そろそろ実家を売却しようか、と考えていた矢先のことで「これじゃ、しばらく売りにだせないな」と思うとともに「この遠距離をなにかある度に呼び出されたんじゃたまらないな」とも思い、改めて老親を抱えることの大変さを思い知るのでした。

2025年には認知症高齢者が「5人に1人」に…

日本の認知症患者は年々増えており、内閣府の「平成29年版高齢社会白書」によれば、2025年には認知症高齢者は、約5人に1人になるとの推計もあります。

グループホーム等のような認知症の高齢者を受け入れる施設が不足してきており、サービス付き高齢者住宅でも認知症の高齢者を受け入れるようになってきています。そうなると、認知症患者と患っていない高齢者がともに生活しなければならなくなり、患者間でいろいろなトラブルが発生することが考えられます。

入居後に「失敗したかも」と思ったら

高齢者施設に入居はしたけれど、やっぱり自分には合わない、と感じる人も多いものです。入居時に多額のお金を納めて、短期間で退去することになってしまった場合はもったいないものです。そんな場合は、入居後3ヵ月(90日)以内の退去であれば前払いした料金の返還が行われるクーリングオフが適用されることが老人福祉法で定められています。

Aさんのように体験入居もして納得して入ったはずなのに、その後の環境や人間関係等の変化で気持ちが変わってしまうケースもあります。クーリングオフ制度については、事前に必ず確認しておきましょう。

民間の老人ホームに入居する場合は「経営状態」にも注意

なお、民間の老人ホームは、経営状態により返金が遅れたりサービスが低下したり、場合によっては閉鎖してしまうこともあります。閉鎖までいかなくても、経営母体が変わったり施設長が変わったりすることで、スタッフが次々と辞めていったり、これがサービスの低下につながっていくことでトラブルになった施設もあります。

また、家賃などを一方的に値上げされてしまうケースもあり、年金頼みの高齢者にとっては経済的に重大な問題となります。値上げや閉鎖により住み続けることができなくなり、「転居」ということになると、高齢者にとっては住まいが変わることは体力的にも精神的にも負担が大きく、その後の健康状態に悪い影響を与えないとも限りません。

一人暮らしの高齢者も増えてきており、頼れる身内のいない高齢者にとっては相談できたりサポートしたりしてもらえる公的な機能が必要ではないか、と考えます。

※1:国立社会保障・人口問題研究所「日本の世帯数の将来推計(全国推計)」(平成30年推計)及び総務省平成27年国税調査」をもとに、国土交通省作成

※2:国立社会保障・人口問題研究所「日本の世帯数の将来推計(全国推計)」(平成30年推計)総務省「国税調査」をもとに、国土交通省作成

東京都でも次のように高齢化率は年々大きくなっています(平成17年(2005年)とその30年後(2035年)の高齢化率を色わけしています)。

団塊ジュニアも50歳を過ぎた現在、増え続ける高齢者の住まいや介護・医療の問題については早急に対応策を検討する必要があります。

<参考>

国土交通省「高齢者世帯数と年齢別単身世帯数の推移」(第47回分科会資料5

国土交通省首都圏白書「首都圏をめぐる最近の動向」

川淵 ゆかり

川淵ゆかり事務所

代表

(※写真はイメージです/PIXTA)