平均寿命が延びるなか、悩みのタネのひとつとなるのが「老後の住まい」。その際、有力な選択肢に挙げられるのが「老人ホーム」への入居でしょう。用意周到に準備し、「自身にぴったりのホームに入居できた!」と思っていても、油断は禁物です。本記事では、70代のAさん夫婦の事例とともに老人ホーム費用の現状について、FP1級の川淵ゆかり氏が解説します。

老人ホームにも押し寄せる値上げの波

老人ホームは毎月管理費や食費といった負担がありますが、こちらにも値上げの波が押し寄せています。2023年10月に株式会社TRデータテクノロジーが昨今の物価高騰を受け、老人ホーム業界の価格改定の現状を次のように公表しています。

月額費の値上げを行った法人は全体の26%となっており、管理費の平均値上げ額は7,570円(値上げ率21%)、食費は4,810円(10%)となっていて、毎月1万円を超える値上げは、年金が頼りの高齢者にとってはかなりの負担増となります。

老人ホーム等の月額費(家賃・管理費・共益費・上乗せ介護費など)別の値上げ結果は図表2のとおりですが、管理費では、20万円以上の各層が約1万円の値上げと高く、値上げ率も20~30万円の層が最も高くなっています。

※月額費には、家賃、管理費、共益費、上乗せ介護費等の月額固定費を含む(介護保険の自己負担額は除く)

月額費別の値上げ後の管理費だけの金額をみると、次のようになっています。

なお、今後は人手不足も加速化していきます。値上げだけではなく、人手不足で手が回らなくなることで、「いままで受けることのできたサービスが受けられなくなってしまった」ということも予想されます。値上げもそうですが、入居時には予想していなかった変化も考えておく必要があります。

月額費大幅アップで退去を決めたAさん夫婦

夫婦合わせての年金額が約30万円の70代のAさん夫婦は、サービス付き高齢者向け住宅に入居していましたが、事業者の資金繰りが悪化した、との理由で、家賃が一気に4万円もアップしてしまいました。

最近は食費や光熱費も値上げで頭を悩ませていましたが、追い打ちをかけるような今回の家賃の値上げ。

「もうこれ以上は払えない……」と、今後の生活への不安から、息子さんに相談して泣く泣くほかのホームへの転居を決めました。しかも退去時には「原状回復」という名目で20万円もの請求を受けました。これにはAさん夫婦もまったく納得がいかず、憤慨します。現在は、息子さんにかけあってもらって交渉中です。

老人ホームの「原状回復費用」は支払わなければいけないのか?

老人ホームも通常の賃貸物件と同じく、退去時に原状回復費用を支払わなければならない場合があります。「有料老人ホーム設置運営標準指導指針」では、国土交通省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」に則ることとされており、納得できない場合はこちらを参考にするといいでしょう。

なお、2020年4月1日に施行された改正民法では、「賃借人は賃借物を受け取ったあとに生じた損傷について、原状回復義務を負うが、通常損耗や経年変化については原状回復義務を負わない」と明記されました。ですから、経年劣化した分を原状回復費用として請求することは民法に反することになります。

インフレに弱い高齢者世帯

2023年度の公的年金の支給額は3年ぶりに物価上昇の影響で増額となっています。67歳以下の人は2.2%、68歳以上の人は1.9%増えています。しかし、これだけの上昇率では物価の上昇には追いつかず、実質的な価値は目減りすることになります。

我が国の公的年金制度は、現役世代が納めた保険料がその時の受給者の給付に充てられる賦課方式が採用されています。

給付額は、賃金や物価の変動などを基準として改定することが法律で定められていますが、保険料を負担する現役世代の人口の減少や年金給付を受ける高齢者の平均余命の伸びによる年金財政の悪化を避けるために、2004年に給付水準を自動的に調整する「マクロ経済スライド」が導入されました。

「マクロ経済スライド」とは、将来の現役世代の負担が過重なものとならないように、保険料等の収入と年金給付等の支出の均衡が保たれるよう、年金の給付水準を調整することです。つまり、将来の年金水準を確保するために給付を抑制することになるため、年金額の上昇は物価の上昇には追いつかないため、実質的には目減りすることになります。

人口減少や高齢者社会は、日本の経済の規模を縮小させますから、円安を進めたり、人件費の高騰につながったりして、結果として物価を上昇させます。今後も人口減少は加速していきますので、値上げは続くと思われ、実質的に目減りしていく年金だけでは生活できない高齢者は増えていきます。

人気の「シニア分譲マンション」は修繕積立金にも注意!

老人ホームとは別に、高齢者向けの住宅として富裕層に人気の「シニア向け分譲マンション」という物件があります。シニア分譲マンションとは、高齢者が生活しやすいようにバリアフリー化など配慮された分譲マンションで、老人ホームと違い、物件の所有権を持つことになります。

富裕層がターゲットのため、細かい生活支援サービスを受けられることができ、ジムやレストラン、シアタールーム、温泉などがある施設もあります。

老人ホームと異なるのは、分譲マンションの購入になりますので、サービス費や管理費などの月額の他に修繕積立金も必要になることです。マンションの修繕積立金は、近年、材料費や人件費の高騰で不足が問題となっています。ですから、この修繕積立金も値上げされることは十分に考えられます。

数千万円でマンションを買い、さらに毎月10万円~20万円の出費があるシニア分譲マンションは、ターゲットが高齢者に限られていることもあり、いざ、売ろうと思ってもなかなか売れない、貸そうにも月額負担が大きくなり借り手がない、というケースも少なくないようです。

一口に「老人ホーム」といってもいろいろな種類があり、施設によってサービス内容も変わってきます。老後には大きなお金がかかりますから、現役時代から終の棲家について考えておく必要があります。

<参考>

株式会社TRデータテクノロジーニュースリリースより引用

日本年金機構HP

川淵 ゆかり

川淵ゆかり事務所

代表

(※写真はイメージです/PIXTA)