GAFAMをはじめとする欧米企業が、今、盛んに現代アートのアーティストと協業している。イノベーション創出の起爆剤となっているようだが、その背景にはどのような秘密があるのか。当連載は、アーティストの作品制作時の思考をビジネスに応用する手法を解説した『「アート思考」の技術 イノベーション創出を実現する』(長谷川一英著/同文舘出版)より、一部を抜粋・再編集してお届けする。アートとビジネスは無縁と思っている方にこそ、ぜひ本編を読んでいただきたい。

 第3回目は、たった一人の、または一握りの人々の関心や興味から生まれ、従来にない革新的な製品として私たちの生活や文化に大きな影響を与えた「チキンラーメン」と「ウォークマン」の開発の背後にあるアート思考を詳しく見る。

JBpressですべての写真や図表を見る

<連載ラインアップ>
第1回 GAFAMが熱視線を送る「アーティスティック・インターベンション」とは何か?
第2回 仏ビジネススクールで誕生したアートとビジネスを融合する方法とは?
■第3回 チキンラーメンウォークマン誕生に見るイノベーション創出の秘訣(本稿)
第4回 グーグル、3Dプリンター、SNS、アメリカ発のイノベーションの威力とは
第5回 ベル研究所、ヤマハが導入するアーティスティック・インターベンションとは?


<著者フォロー機能のご案内>
無料会員に登録すれば、本記事の下部にある著者プロフィール欄から著者フォローできます。
●フォローした著者の記事は、マイページから簡単に確認できるようになります。
会員登録(無料)はこちらから

 公益社団法人発明協会が、2016年に「戦後日本のイノベーション100選」を発表しました(※10)。アンケートの結果や専門家の評価などを加味して、創造性、歴史的重要性、国際性の観点から選んだものです。それぞれの事例について、イノベーションが生まれた経緯が記載されており、開発に携わった人たちがどのような思考をしていたかを洞察することができます。

※10  公益社団法人発明協会 戦後日本のイノベーション100選事務局「戦後日本のイノベーション100選」

 アンケートで得票の多かったトップ10には次のものがあります。それらは、内視鏡(胃カメラ)(1952年)、「チキンラーメン」(1958年)、マンガ・アニメ(1963年鉄腕アトム』)、新幹線1964年)、トヨタ生産方式(1965年)、「ウォークマン」(1979年)、「ウォシュレット」(1980年)、家庭用ゲーム機・同ソフト(1983年)、発光ダイオード1993年)、ハイブリッド車1997年)です。

 このうち、内視鏡(胃カメラ)、「チキンラーメン」、マンガ・アニメ、「ウォークマン」、家庭用ゲーム機・同ソフトは、個人または少人数の興味・関心を起点に開発された、これまでにない革新的な製品であって、私たちのライフスタイルや文化に大きな影響を与えたものといえます。その開発の過程で、アート思考が主な役割を果たしたと考えられます。

 本項では、「チキンラーメン」と「ウォークマン」を例に、詳しくみていきましょう。

■「アート思考」の事例① チキンラーメンの開発

 安藤百福氏は、実業家としていろいろな事業を行なっていましたが、大阪大空襲ですべてを失い、戦後、一からのスタートとなりました。第二次世界大戦後の食糧難を目のあたりにした安藤氏は、「戦後復興を軌道に乗せるには、やはり食が大事だ。食がなければ、衣も住も、芸術も文化もあったものではない」と考えていました。

 当時、米国からの援助物資の小麦をパンにして食べる粉食奨励運動が厚生省を中心に行なわれていました。しかし、日本人はまだ、パン食になじみがありません。安藤氏は、麺食の伝統があるのに、なぜ麺を粉食奨励に入れないのか厚生省の担当者に訊ねたところ、麺類の大量生産技術や流通ルートが確立されていない、自分でやってみてはどうかと言われたのでした。

 また、安藤氏は、戦後闇市のラーメンの屋台に多くの人が並んでいた光景が忘れられませんでした。安藤氏は日本人が麺類好きであることを改めて実感したと同時に、この行列に大きな需要が隠されていることを確信したのです。このような状況では、自らラーメン屋を始めて、多くの人においしいラーメンを食べてもらいたいと考えるのが現実的だと思います。しかし、安藤氏は、家庭で簡単に作ることのできる「魔法のラーメン」を開発するという、全く異なるコンセプトを思い描いたのです。

 ラーメンを家庭で作ろうとすると、麺を茹でてスープを作る必要があります。スープの素などない時代に、ラーメンのスープを家庭で作るのは簡単なことではありません。そこで安藤氏は、お湯を注ぐだけで食べられるラーメンという、それまで存在しなかった革新的な商品コンセプトを考え出しました。

 安藤氏は、1957年、即席麺の開発に乗り出しました。開発にあたり、次の5つの目標を定めました。

①おいしくて「また食べてみたい」と思える味
②常温で長期間保存できる(冷蔵庫が普及していなかったため)
③調理に手間がかからない
④値段を安くする
⑤安全で衛生的なものにする

 安藤氏は、自宅の裏庭に建てた小屋で、大半の道具・機器類を古道具屋で集めて開発を行ないました。開発で最も難関だったのは、保存性と簡便性を両立させることでした。そうめんのように乾燥させれば保存性は増しますが、お湯を注いだだけでは食べられるようになりません。

 最終的に、「瞬間油熱乾燥法」の開発に成功し、1958年8月25日、ついに世界初の即席麺が誕生、「チキンラーメン」と名付けられました。

参照
寺本益英「安藤百福と即席めんの開発」、『商学論究』Vol.47 No.4 p.35-56(2000)
榊原清則『安藤百福 世界的な新産業を創造したイノベーター』PHP 研究所

 このようにして革新的なコンセプトから誕生したインスタントラーメンは、お店のラーメンとは異なる新たなジャンルを切り拓いたのです。一橋大学名誉教授の伊丹敬之氏は、安藤氏が製麺に関して素人だったことに関して、論理的に考えれば共同開発するところを自力で開発したことは、妄想に近い発想と指摘しています。製品コンセプトがきわめてユニークで、従来の常識から大きく飛躍しており、他の人が協力してくれそうもないという理由があったのではないかといいます(※11)。

※11 伊丹敬之『直感で発想 論理で検証 哲学で跳躍: 経営の知的思考』東洋経済新報社

 安藤氏は、共同開発を行なわなかったばかりか、チキンラーメンの開発の過程で、食堂などで提供されているラーメン、うどん、そば、家庭で食べられている生麺、乾麺などとの比較は行なわなかったといわれています。つまり、既存の麺の改善・改良ではなく、全く新しいコンセプトの麺を開発しようとしたため、製麺業の人たちとの共同開発は必要なかったと考えられます。

 自分の興味・関心から革新的なコンセプトを考えたならば、それまで存在しなかった全く新しいイノベーションを創出できることを示した事例です。

■「アート思考」の事例② ウォークマンの開発

 ソニーウォークマンの開発についてのエピソードはいくつかあるようです。「戦後日本のイノベーション100選(※10)」に記載されているものは、当時ソニーの名誉会長であった井深大氏のアイデアというものです。1978年時点で、小型・軽量のテープレコーダーは、モノラルタイプのものしかありませんでした。井深氏は、海外出張のときにステレオ音楽を聴くのが楽しみで、教科書サイズのステレオ録音機を持ち歩いていました。

 そのころ、ソニーは手のひらに乗るくらいのモノラルレコーダー「プレスマン」を発売しました。これを知った井深氏は、当時副社長であった大賀典雄氏に、プレスマンを再生専用でよいからステレオにしたものを作ってほしいと依頼しました。

 ステレオ仕様の試作機を井深氏は非常に気に入りました。さらに、会長であった盛田昭夫氏も気に入り、盛田氏は「この製品は、1日中音楽を楽しんでいたい若者の願いを満たすものだ。音楽を外へ持って出られるんだよ。録音機能はいらない。ヘッドホン付き再生専用機として商品化すれば、売れるはずだ」と発想しました。

 盛田氏の個人的な関心・興味が起点となり、「音楽を外へ連れ出して楽しむ」という革新的なコンセプトが生まれたのです。

 しかし、録音機能がないことに対し、販売部門を中心に否定的な意見が大半を占めていました。販売部門の担当者が、特約店に説明に行っても、録音機能がないことに疑問をもたれました。

 企画書を出して社内で検討するという通常の意思決定を行なっていたら、市場調査でよい結果が得られず、商品化できなかったと考えられます。論理的思考では、このような型破りな商品の開発は難しいのです。

※参照 SONY「SONY History 第6章 理屈をこねる前にやってみよう <ウォークマン>」

 一方で、製造ラインで働いていた若い社員たちは、この商品の魅力に気づいていたそうです。当時、盛田氏は60歳に近かったのですが、若者の感性を持ち続けていたことがわかります。ウォークマンは「音楽を外へ連れして楽しむ」という革新的なコンセプトの商品です。このコンセプトを広めるために、ソニーの社員がウォークマンをつけて歩行者天国に出かけていき、通りがかりの人たちに試聴してもらうといった草の根活動などを繰り広げました。その結果、若者の間に、新しいライフスタイルとして急速に広まっていきました。

 ウォークマン1979年の初代の発売から13年で、累計販売台数1億台を達成しました。

 アート思考によって、これまでにない革新的なコンセプトの商品を創り出し、人々のライフスタイルを変えた事例ということができます。

<連載ラインアップ>
第1回 GAFAMが熱視線を送る「アーティスティック・インターベンション」とは何か?
第2回 仏ビジネススクールで誕生したアートとビジネスを融合する方法とは?
■第3回 チキンラーメンウォークマン誕生に見るイノベーション創出の秘訣(本稿)
第4回 グーグル、3Dプリンター、SNS、アメリカ発のイノベーションの威力とは
第5回 ベル研究所、ヤマハが導入するアーティスティック・インターベンションとは?


<著者フォロー機能のご案内>
無料会員に登録すれば、本記事の下部にある著者プロフィール欄から著者フォローできます。
●フォローした著者の記事は、マイページから簡単に確認できるようになります。
会員登録(無料)はこちらから

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  伝説の自動車アナリストが語る、トヨタのEV戦略と変革の方向性

[関連記事]

秘密は社風か異色の人事制度か、村田製作所の若手社員が会社を辞めない理由

三井住友銀行・福留頭取が約16年の海外駐在で実感した「現場主義」の大切さ