正面には列車の座席、その奥には上段のみの2段ベッドと、仮組みされたセットがある。だらっとした体勢で寝ているカーニー(松田凌)、セルリッジ(鳥越裕貴)、ワイコフスキ(大山真志)、すぐには気づかないが実は2段ベッドで寝ているエプスタイン(宮崎秋人)。そして主人公であるユージン濱田龍臣)はきちんと座り、ノートに何かを書いている。この舞台は、そんな場面から始まる。

時は1943年第二次世界大戦で多くの若者が戦場に送られていた時代。彼らも軍に召集され、訓練を受けるためにアメリカの南部にあるミシシッピー州ビロクシーに向かっているところ。こうして訓練の間ビロクシーで過ごすことになった青年たちの物語が、『ビロクシー・ブルース』だ。

稽古場を訪れた日は、初めて全場面を通した稽古が行われていた。稽古開始から約3週間を経て、役柄もかなり立ち上がっているように感じる。ユージンたちは、兵士とはいっても入隊したばかり、しかも18歳から20歳のいたって普通の男子たち。歌声がうるさいおならが臭い、と文句タラタラでしょうもないやりとりが繰り広げられる。そのやりとりを引っ張っているのは、小柄なセルリッジと大柄なワイコフスキ。表情も身振り手振りも大きな凸凹コンビがとてもにぎやかで、鳥越・大山の呼吸もぴったり。実はかなりコミカルな場面も多いこの作品の中で、ふたりの達者なコメディセンスが場をリードしていることを実感させられる。

セルリッジ&ワイコフスキとは対照的に、知的でナイーブな人柄を感じさせるのがエプスタイン。常に一歩引いてシニカルに周りを見ているかのような彼は、いわば「台風の目」と言えそうな存在だ。宮崎は明らかにほかのメンバーとは異なる存在感を発揮。冷静で鋭いまなざし、抑えた声のトーンなどから、自然と観客の目を惹きつけるに違いないエプスタインを創り上げている最中なのだとわかる。

多少ゆるかった彼らの空気感は、兵舎に到着し彼らの指導教官であるトゥーミー軍曹(新納慎也)が登場した瞬間にガラッと変わる。軍の規律を守るためという名目で理不尽な命令を下し続けるトゥーミーは、まさに「鬼軍曹」。高圧的で新兵たちにとっては恐ろしい存在ながら、どこか哀愁やコミカルさも漂わせていて、複雑な造形の人物だ。新納は長台詞とも格闘しつつ、トゥーミーを魅力的に見せている。余談だが、稽古場では以前から仲が良いことで知られている新納とヘネシー役の木戸邑弥の席が隣り合わせ。休憩時間などに和気あいあいとした雰囲気で過ごしていたことも印象的だ。

そのヘネシーも明るく、ユージンを気遣うなど人の好さを見せて、木戸の笑顔が光る。だがその分、ある出来事の当事者となった際の嘆きがあまりにも悲痛で強いインパクトを残した。

軍のつらいしごきやまずい食事に耐える日々が描かれるが、彼らのやりとりが多分にコミカルであることに救われる。そしてカーニーがユージンの兄貴分のようにも感じられるふたりの交流は、おそらく観客の心にも染みるだろう。そう思わせる松田の兄貴力と濱田の弟感が、とても好ましかった。カーニーとして披露する松田の歌声も、ジャジーな曲の魅力と相まってとても魅力的だ。

「作家になる」「生き残る」「初体験をする」という、3つの決心をしているユージン。娼婦ロウィーナ(小島聖)との初体験やデイジー(岡本夏美)との初恋と淡い恋の物語もありつつ、彼は仲間たちとの衝突など訓練中に起こる事件も乗り越えて少し大人になる。濱田は物語の語り手として長台詞もこなしながら、そんなユージンの瑞々しさ、そして良い意味で物慣れない風情を表現している。彼の持ち味にはまっている青年像が、今後どれだけ濃いものになっていくか期待したい。

通し稽古に先立って、演出の小山ゆうなは会話の間をできるだけ詰めるようにと指示を出していた。おそらく、これからどんどんテンポも良くなっていくだろう。コミカルでシニカル、でも優しさや切なさ、甘酸っぱさもあり、まさに青春グラフィティそのものな本作は11月3日(金)より東京・シアタークリエにて。

取材・文:金井まゆみ
写真提供/東宝演劇部

<公演情報>
『ビロクシー・ブルース』

作:ニール・サイモン
翻訳:鳴海四郎(早川書房/2009
上演台本・演出:小山ゆうな

出演:
ジーン濱田龍臣
エプスタイン:宮崎秋人
カーニー:松田凌
セルリッジ:鳥越裕貴
ヘネシー:木戸邑弥
ワイコフスキ:大山真志
デイジー:岡本夏美

ロウィーナ:小島聖

トゥーミー:新納慎也

2023年11月3日(金・祝)~11月19日(日)
会場:東京・シアタークリエ

チケット情報:
https://w.pia.jp/t/biloxi-blues/

公式サイト:
https://www.tohostage.com/biloxi_blues/

『ビロクシー・ブルース』稽古場より