握手する右からバイデン米大統領、モディ印首相、サウジのムハンマド皇太子。その表情から「こいつの言う事、聞かなくていいから」(モディ首相)、「知ってる。だから自由にやるからさ」(ムハンマド皇太子)と言っているようにみえる(写真:cPib/Press Information/Planet Pix via ZUMA Press Wire//共同通信イメージズ)
握手する右からバイデン大統領、モディ印首相、サウジムハンマド皇太子。その表情から「こいつの言う事、聞かなくていいから」(モディ首相)、「知ってる。だから自由にやるからさ」(ムハンマド皇太子)と言っているようにみえる(写真:cPib/Press Information/Planet Pix via ZUMA Press Wire//共同通信イメージズ)

ウクライナ戦争勃発から世界の構図は激変し、真新しい『シン世界地図』が日々、作り変えられている。この連載ではその世界地図を、作家で元外務省主任分析官、同志社大学客員教授の佐藤優氏が、オシント(OSINT Open Source INTelligence:オープンソースインテリジェンス、公開されている情報)を駆使して探索していく!

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――中国が米露の間に立ち、「三大国時代」に入ったと思うのですが......。

佐藤 世界は三大とかじゃなくて、多極化していると思います。

――以前の連載で、佐藤さんは「これからのキーワードは『多極化』だよ」とおっしゃられました。その通りになり始めていますか?

佐藤 米国の国力が落ちてきたことによって、今まで米国が重石だった国や地域が、あちらこちらで自主性を発揮しています。そして同時に、一見すると日米同盟が強化されているように見えますが、米国との同盟関係に忠実な国に対する負担が増えてるだけのことです。

にもかかわらず、今の日本人には国際情勢が見えづらくなっているのが現実です。円安で賃上げが進まない中、国内のインフレが進行して、日本国民は外に出られません。今、家族4人でハワイ一週間行くと、300万円かかりますからね。

――海外へ行かずに、熱海に行く。どんどんと国際情勢が見えなくなる。

佐藤 そうですね。

――たとえばBBCの報道では、先月インドで開かれたG20は「インドの大きな外交的な勝利とみなされている」とあります。これは米と西欧が「ウクライナ戦争は全部ロシアが悪い」という共同宣言を出そうとしたら、インドのモディ首相の調整でうまい着地点が見つかった、ということですか?

佐藤 いや、それ以前の問題で、始まる前から着地点ははっきりしていました。ウクライナゼレンスキー大統領が「G20に行きたい」と言ったのに、モディ首相は断りました。ここで勝負はついていました。モディ首相が断ったのは「お前に発言させるつもりはない」、つまり、G20首脳会合でウクライナ問題を土俵に上げるつもりはないということです。

――すると、開催前にすでに勝負はあったと。

佐藤 そうです。インドの利益を考えるとそれしかありません。もちろん、インドロシアの侵攻に加担することは全然考えていません。他方、米国のウクライナ支援に付き合う必要もないのです。インド軍の装備体系の6割以上はロシア製ですが、新装備は全て米国なので、軍事的にも両国と喧嘩する必要はない。

重要なのは、G7も国連も政治化してる中で、G20は経済の調整をする会議だということ。だから「政治がやりたかったら国連でやれ、G20は本来の経済の調整を忠実にやりたい」というのがモディ首相の姿勢です。

それであれば、ほとんどの国の支持はもらえるし、西側も原則として反対できません。「もしやりたいんだったら核大国で、しかも拒否権を持っている国連安保理で真面目にやれよ」と、G20に回してこないでほしいというのがモディ首相の本音でしょう。

――今回のG20では全会一致で共同宣言が発表されましたが、もともと米国・西側はロシアウクライナ侵攻への強い非難を望んでいました。米国・西側がそれを無理強いしたのは焦りの表れ、ということですかね?

佐藤 そうですね。しかも無理強いしても実現できないということは、西側の弱さの表れでもあります。だから、ロシアのラブロフ外相は「これはロシアの勝利」だと評価したわけです。

――9月19日アゼルバイジャンが、アルメニアと係争中のナゴルノ・カラバフ自治州で対テロ作戦を開始しましたが、これも多極化のひとつですか?

佐藤 あれは米国のエラーです。

――そこは米国の重石が外れたのではなく、米国の思惑が外れた?

佐藤 アゼルバイジャンは、トルコイスラエル、米国と組んでいます。一方アルメニアは、イランロシアと組んでいるという図式がずっとありました。しかし、ウクライナ戦争が始まったときに米国がその図式を崩そうと、ロシアアルメニアの軍事同盟に手を突っ込んできたわけです。

今回、この騒動が起きたとき、まさにアルメニアと米国は合同軍事演習をやっていました。しかし結局、米国はアルメニアを助けなかった。さらにアゼルバイジャンを止めることもできなかった。だからアルメニアは米国に接近してバカを見ただけでしょう。

アルメニアは今までおさえていた、自国とナゴルノ・カラバフ自治州を結ぶ「ラチン回廊」を獲られた。ここは元々、アゼルバイジャン人もアルメニア人も住んでおらず、クルドが住んでいる地域です。クルドのゾロアスター教徒が住んでいましたが、それを蹴散らしてアルメニアが占領しました。

アゼルバイジャンにとってみれば、30数年ぶりに領土を取り返した快挙です。だけど、それを米国が止めなかった。米国の影響力はもはや南コーカサスに及んでいない、米国には手を出す余裕がないということです。

――なぜ米国はそんなところに手を出したのですか?

佐藤 ロシアの味方に付いている国を少しでも減らすために、アルメニアとの間に楔(くさび)を入れようとしたんでしょう。

――もっと上手い事やればいいのに。なんでこんなに下手なんですかね。

佐藤 バイデン大統領に戦略的な視点が欠けているからです。さらに米国には、アゼルバイジャンは自分たちの言うことを聞くだろうという、自らの力に対する過信がありました。アゼルバイジャンにとっても、この地域は死活的に重要ですから。

でも、アルメニアも今回、ここで手を上げて降伏したと言うのは、なかなか賢いです。

――と言いますと?

佐藤 ウクライナと違って、これ以上頑張ってしまうとナゴルノ・カラバフ全域が、アゼルバイジャンの実効支配下に置かれてしまうことが見えてたからですね。

――ウクライナが学ぶべき事が、たくさんここには隠されている?

佐藤 そういうことです。ウクライナの場合はもう弾がなく、残っているのは人間だけです。その人間もどのくらい残っているかは分かりません。

――弾切れの後に、人間切れになる。なんと恐ろしい。佐藤さんからいただいた資料の中に、サウジアラビア核兵器を作るとありました。しかし以前、サウジは必要となればパキスタンから核兵器を持って来る、という話だったはずですが......。

佐藤 密約は現在も有効と思います。それに加えサウジは、国策として核の基礎研究を始めています。サウジには急速に科学技術力がついていますからね。

――なぜですか?

佐藤 ひとえに金があるからです。若い世代に欧米の大学で原子物理学を10年間勉強させて、自国に戻しています。ゆえに核兵器も作れるようになっているのです。

――イラン核兵器への対抗ですか?

佐藤 イランへの対抗という域を越えて、もっと強い野望を持っています。

――どんな野望ですか?

佐藤 中東、アフリカの全域を実質的に支配するくらいの野望を持っていると思いますよ。

――そもそも、膨大な石油を持っています。

佐藤 それでいて本来、サウジは原理主義国家ですからね。

――地球の力の重心を変えるひとつの勢力として、サウジが出て来たということですね。

佐藤 そういうことになってきました。

次回へ続く。次回の配信は11月中旬です。

取材・文/小峯隆生

握手する右からバイデン米大統領、モディ印首相、サウジのムハンマド皇太子。その表情から「こいつの言う事、聞かなくていいから」(モディ首相)、「知ってる。だから自由にやるからさ」(ムハンマド皇太子)と言っているようにみえる(写真:cPib/Press Information/Planet Pix via ZUMA Press Wire//共同通信イメージズ)