長寿化が進むなか、介護を必要とする人が増えています。「できることなら、住み慣れた自宅で介護を受けたい」と考える人は多いですが、さまざまな理由から難しい場合、選択肢として挙がるのが「介護施設」です。そこで今回、株式会社FAMORE代表取締役の武田拓也FPが、介護施設ごとの特徴や必要な諸費用など、具体的な事例を交えて解説します。

思わぬ転倒で「要介護」に…娘に助けを求めるも“呆れた返答”

現在72歳のAさんと70歳の奥様は、ある地方都市に2人で暮らしています。年金額は2人あわせて23万円ほどです。現役時代、Aさんはサラリーマン一筋で、奥様は専業主婦としてそれぞれ家庭を支えました。

A夫妻には、結婚して都内の賃貸マンションに住む39歳の娘がいます。たびたび家族を連れて実家に帰ってくるのですが、この年になっても家事等はいっさいせず「ごはんまだ?」「お風呂まだ?」とわがまま放題。ひとり娘で甘やかしすぎたと反省しているご両親です。一方の娘は密かに、「子どもが自立したら東京を離れて、実家でのんびり過ごしたい」と考えていました。

そんなある日のこと。夫婦で日課の散歩中、Aさんがちょっとした段差につまずき転倒してしまいました。病院での検査の結果、骨折していることが判明。数日入院することになりました。退院後も以前のようには動くことができず、「要介護」の診断を受けました。

奥様は、すぐに娘に電話をしました。こんな状況ですから、夫の世話や家のことを手伝ってもらおうと思ったのです。しかし、娘は口では心配するものの「いまは子どもが受験の大事な時期で」「仕事も忙しいし」などと言い訳ばかりで、手伝いには行けないと言います。この頃から帰省もピタッと止んでしまいました。

娘が手伝ってくれないとなると、他にあてはありません。奥様も高齢ですから、1人で1日中夫の介護を行うのには無理があります。奥様は考えた末、「自宅を出て夫のサポートをしてくれるような施設に入り、安心して暮らせるようにしよう」と思いました。夫に相談したところ、快く了承してくれました。

とはいえ、施設に入るとなると、お金がかかります。「もし施設に入って、老後破産したらどうしよう……」心配になったA夫妻は、「自宅を売って老人ホームに入居したいので、資金プランを立ててほしい」と筆者のFP事務所へ相談に来られました。

かかる費用やサービスもさまざま…「高齢者向け施設」の特徴

施設といっても、高齢者向けの住まいにはさまざまな種類があります。筆者はまず、どのような選択肢があるのかについて説明を行いました。主だったものは、下記の7種類です。

1.シニア向け分譲マンション

高齢者の生活に特化した分譲マンションです。部屋を購入することで資産になるため、相続も可能です。自宅と同じくらい普段の生活における自由度が高いのが特徴です。ただし、もし介護が必要となった際には、外部の事業者を利用します。

2.サービス付き高齢者向け住宅(サ高住)

バリアフリーが完備されており、浴室やトイレ、キッチンなども備えつけられている賃貸住宅です。安否確認や生活相談サービスがついているため、安心して生活することができます。オプションとして食事や家事援助などのサービスが受けられる施設もあります。

3.住宅型有料老人ホーム

自立者から要介護者まで、幅広い高齢者を対象としている施設です。食事や日常生活の支援を受けることができるほか、施設内はバリアフリーになっています。ただし、介護サービスが必要となった場合には外部事業者と契約する必要があります(とはいえ、訪問介護事業所などが併設されているところもあります)。

また、施設によっては要介護度が重くなると退去しなければならないため、入居前にサービス内容をよく確認しておく必要があります。

4.介護付有料老人ホーム

食事や介護など、日常生活の支援が受けられる施設です。3つ目の「住宅型」との違いは、「特定施設」の認可を受けており、介護スタッフが24時間体制で常駐している点です。

重度の要介護者も受け入れ可能で、万が一の際は看取りにも対応しているため、安心して過ごすことができます。また、要介護認定を受けていない人でも入居可能な施設もあります。

5.シルバーハウジング

バリアフリー仕様の公的賃貸住宅です。所得に応じて利用料が設定されているため、一般的な賃貸よりも安価で利用できます。ただし、特別な医療ケアや介護サービスが受けられるわけではありません。

6.特別養護老人ホーム

要介護3以上の介護認定を受けている65歳以上の高齢者が入居できます。24時間体制でスタッフが常駐しており、看取りにも対応しています。

高額な入居一時金は不要で、月額利用料は所得に応じた金額となっています。従来型は4人部屋などの相部屋となりますが、新しい施設になると個室のところもあります。生活全般の介護サービスが提供され、費用負担は軽いものの入居申し込みが多く、待機期間が数年必要となるケースもあります。

7.介護老人保健施設

リハビリを中心に、介護と医療的ケアを受けながら自宅への復帰を目指す施設です。入所できる期間は3~6ヵ月と短く、終身利用はできません。特別養護老人ホームへの入居待ちの際に利用されることもあります。

A夫妻は「サ高住」への入居を決断

ご夫婦で施設に入るとなると、2人部屋にするか、1人部屋を2部屋借りるのか悩むところですが、費用面を考えると2人部屋を借りるほうが負担を抑えられるケースが多いです。ただ、2人部屋は1人部屋に比べて数が少ないのが現状です。A夫妻は「できれば2人で同じ部屋に住みたい」と希望されました。

A夫妻の場合、ご主人には介護が必要ですが、奥様は現状介護は必要ありません。自立している人が施設へ入居できるのかと思われるかもしれませんが、「自立支援費(自立サポート費)」などを支払うことで入居が可能な施設が増えています。

いろいろと検討された結果、A夫妻は2人部屋で眺めがよく、病院の近くに立地する「サービス付き高齢者向け住宅」への入居を決断しました。部屋のなかにキッチンやトイレ、浴室などの設備があるのでプライバシーが守られつつ、外出の制限もないため自由に日常を過ごすことができます。

また、スタッフによる見守りサービスがあり、困ったことがあれば相談できるので安心です。もし入浴介助などの介護が必要なときには、外部で契約した介護ヘルパーによるサービスが受けられます。

筆者はA夫妻から相談を受けて、A夫妻がこのサ高住に入居して30年過ごす場合の費用を計算しました。

■A夫妻が100歳まで過ごせる資金プラン

【収入と資産】

年金23万円×30年=8,280万円

預金1,900万円

自宅を売却した資金2,700万円

合計1億2,880万円

【支出】

30年間の生活費:30年×32万円=1億1,520万円(食費・管理費・居住費・介護サービス費・日用品・消耗品費・娯楽費・その他の費用を含む)2人部屋

夫の介護費用(重度化して5年間):300万円(月5万円を5年分)

妻が介護状態に(8年分):480万円(月5万円を8年分)

合計1億2,300万円

【収入と資産】―【支出】=約580万円の余剰金

上記はあくまで概算ですので、ご主人の介護度が重くなったり、奥様が早期に要介護となり介護が長期化したり、先にご夫婦のどちらかが先立たれるなどの変化があります。

また余剰資金が少し残る計算ですが、医療費が想定以上にかかるかもしれません。先々、介護が重度化するなどして資産に余裕が無くなってきた場合には特別養護老人ホームなどへの入居も視野に入れておく必要があります。

思惑が叶わず娘は激怒も…

計画どおり自宅を売却し、サ高住に入居したA夫妻。後日、娘さんから連絡があり、「なんで私に相談せず勝手に決めたの!」と激怒されました。

しかし、奥様は「だってあなたはお父さんが転倒して大変なときに見舞いにも来ず、これまで家の手伝いもろくにしなかったでしょう。これからは自由にさせてね」と反論しました。A夫妻は、娘さんに資産を遺すことは考えていないそうです。

親子の関係は冷え込んでしまいましたが、A夫妻から筆者にサ高住での生活について「スタッフはいい人が多いし、食事も美味しいし……毎日を快適に過ごせて、幸せです」と報告がありました。

まとめ…生前対策には「エンディングノート」が有効 

今回みてきたように、高齢者向けの住まいにはさまざまな選択肢があります。家族の状況や将来を見越して「自分たちに合った終の棲家」を早めに検討しておきましょう。

また、認知症になったときなどに備え、自宅の相続方法や希望の介護について事前に決めて書き残しておくと、後々ご本人やご家族が思い悩むことも少なくなります。

こうした際におすすめなのが、「エンディングノート」です。エンディングノートを用意することでご自身の希望が可視化され明確になるほか、家族間で情報共有をスムーズに行うことが可能になります。

武田 拓也

株式会社FAMORE

代表取締役

(※写真はイメージです/PIXTA)