世界的名画《ひまわり》を起点に、フィンセント・ファン・ゴッホと西洋絵画の巨匠たちの静物画を紹介する展覧会「ゴッホと静物画―伝統から革新へ」。東京・新宿のSOMPO美術館にて開幕した。

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文=川岸 徹 撮影=JBpress autograph編集部

ゴッホの世界観を「静物画」で読み解く

 2020年、SOMPO美術館移転後の開館特別企画展として開催される予定だった「ゴッホと静物画―伝統から革新へ」展。だが、新型コロナウイルスの世界的な流行により延期。3年の年月を経て、今年10月に念願の開幕を果たした。

 展示される作品は、オランダのファン・ゴッホ美術館やクレラー=ミュラー美術館をはじめ、国内外25の美術館から集めたもの。社内の会議をリスケするだけで一苦労なのに、これだけの規模の展覧会を日程を変更して作り直すのは、相当たいへんなことだっただろう。まずは開催を実現させた美術館スタッフと関係者にお礼を言いたい。

 さて、「ゴッホと静物画―伝統から革新へ」展。ゴッホにスポットを当てた展覧会は日本国内でも毎年のように開催されているが、本展はタイトルにもある通り「静物画」がテーマ。ゴッホ自画像や風景画など多彩なジャンルの作品を残しているが、静物画も主要ジャンルのひとつといえるほど数が多い。

 ゴッホの画業は27歳から37歳までのわずか10年間。その中でゴッホは850点余りの作品を描いたが、そのうち約180点を静物画が占めている。とはいえ、ゴッホが目指していたのは人物を描く画家で、静物画は絵画の技法を習得し、色やタッチを研究するための「修行」のようなものだった。だが、ゴッホの静物画への評価は高く、なかでも花の静物画には《ひまわり》をはじめ名品が多い。

 

暗くて重い初期の静物画

 展覧会は「伝統/17世紀から19世紀」「花の静物画/《ひまわり》をめぐって」「革新/19世紀から20世紀」の3章構成。それぞれの章でゴッホの作品とほかの画家の関連作が紹介され、ゴッホがどんな影響を受け、またゴッホが後世にどんな影響を与えたのかを探っていく。

 第1章「伝統/17世紀から19世紀」では、ゴッホが画力を高めるために多彩なモチーフに挑んでいたことがよくわかる。どんなモチーフかというと、《コウモリ》(1884年10月〜11月)、《野菜と果物のある静物》(1884年秋)、《鳥の巣》(1885年9月下旬〜10月上旬)、《燻製ニシン》(1886年夏)、《髑髏》(1887年5月)など。大半の作品は、暗くて重くて地味。「これでは売れるわけがないよな」と思ってしまう。

 それは当然ゴッホも分かっていた話。1885年10月に弟テオに宛てた手紙に「最近は静物画をたくさん描いている。こういった絵は、売るのが難しいことは分かっている。しかしこれはものすごく為になるし、冬の間は続けようと思う」と記している。

明るさを得た「花の静物画」

 暗くて重いゴッホの静物画だが、「花の静物画」には明るく美しい作品が多い。第2章「花の静物画/《ひまわり》をめぐって」では、ゴッホが描いた花に注目する。

ひまわり》の連作をはじめ、花の画家のイメージもあるゴッホだが、オランダ時代は花に興味を示さず、1886年にパリへ移るまでに描いた花の静物画は現在確認されている限り5点しかない。だが、パリに移住したゴッホは花を精力的に描くようになった。

 そんな“心変わり”はフランスの画家からの影響が大きい。その一人が、「印象派の父」と呼ばれるエドゥアール・マネ。ゴッホが1888年8月に書いたテオへの手紙にこう記されている。「君はオテル・ドゥルオーの競売場で素晴らしいマネの作品を見たのを覚えているだろうか?明るい背景にばら色の大きなシャクヤクと緑の葉が描かれていた。全体の印象や花が何であれ、しっかりと厚く塗られていてジャナンとは違っていた。これこそ僕が、簡潔な技法、と呼んでいるものだ。僕は点描やその他の手段に頼らず、筆致の変化だけで筆の働きをみせるために努力している」。

 展覧会にはマネがシャクヤクを描いた《白いシャクヤクとその他の花のある静物》が出品されている。印象派や新印象派のような細かなタッチではなく、簡潔で素早さを感じさせる筆遣い。ゴッホはマネの作品を見て、簡潔な技法で同系色を重ねていこうと考えた。そうした意識が形になったのが一連の《ひまわり》だ。

 

ゴッホの《ひまわり》はやっぱりいい

 ゴッホは花瓶に生けられた《ひまわり》の静物画を生涯に7点描いた。そのうちの1点をSOMPO美術館が所蔵しており、今回の展覧会にも出品されている。「すでに何度も見たことがある」という人も多いだろう。かく言う記者もその一人だが、「マネからの影響」という視点で鑑賞すると、初めて見る作品に出会えたような新鮮さがあった。

 ひまわりの花が同系色で厚塗りされているのは確かにマネっぽい。この《ひまわり》はロンドンナショナル・ギャラリーが所蔵する《ひまわり》の模写とも言われている。だが、この厚塗りはロンドンのものには見られない。ゴッホは単に模写を制作したのではなく、色彩や筆致を探求していくためにこの絵を描いたのだろう。

 この章では《ひまわり》が主役。だが、その隣にはファン・ゴッホ美術館から貸し出された《アイリス》が並んでいる。黄色い《ひまわり》と青紫色の《アイリス》。色彩のコントラストが美しく、「ゴッホの花の絵はやっぱりいいな」としばし見惚れてしまった。

 第3章「革新/19世紀から20世紀」は、見たままの風景を写すという印象派の時代から脱却した革新的な作品を紹介する。太い輪郭線と大胆な筆遣いで石膏像を描いたゴッホ《石膏トルソ(女)》をはじめ、幾何学的な独自の様式を構築したポール・セザンヌやゴッホ作品に強い影響を受けたモーリス・ド・ヴラマンクらの作品が展示されている。

 ひとつのテーマを深く掘り下げていく、見ごたえある展覧会。当初の開催予定から3年待ったかいがあった。

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「ゴッホと静物画―伝統から革新へ」展示風景。左から、フィンセント・ファン・ゴッホ《アイリス》1890年5月 ファン・ゴッホ美術館、アムステルダム(フィンセント・ファン・ゴッホ財団) フィンセント・ファン・ゴッホ《ひまわり》1888年11月〜12月 SOMPO美術館