所得税法における「居住者」を判定するための「居住地判定」。住所である生活の本拠がどこにあるかによって課税ルールも異なってきます。本記事では、税理士の伊藤俊一氏による著書『税務署を納得させるエビデンス 決定的証拠の集め方』シリーズ(ぎょうせい)より、事例をもとに税務に関わる居住地判定について、同氏が解説します。

居住実態に係るエビデンス

Q 

居住地判定について当局調査におけるエビデンスの基本的考え方を教えてください。

A 

住民登録や在留資格等といった単一の内容で判断することなく、下記の判決が示すように、その者の職業、住居、家族の居住の状況、資産の所在地等を総合的に勘案して判断していく必要があります。そのため、下記の裁判例の事実認定の真逆の「実態」を疎明する必要があります。

「住所」が国内/国外のどちらにあるかを争われた事例

〇その他行政文書 調査に生かす判決情報012

情報 調査に生かす判決情報 issued;012 平成19年10月 証拠収集の重要性(その4)!-意識しよう、証拠の存在。認識しよう、証拠の重要性-東京地裁平成19年4月11日判決(国側勝訴・確定) 東京国税局課税第一部国税訟務官室

ポイント

・「住所」たる生活の本拠の判定方法は?

・そのために収集すべき必要な確認書類は?

■証拠収集の重要性

平成19年4月、東京地裁民事第3部で、所得税の課税範囲を巡り、納税者の住所が日本国内、国外、いずれにあるかが争われた事件について判決が下された。裁判所は、その中で、当該納税者の住所がどこにあるかは、出国という事実のみならず、その他の要因も含めたところで総合的に判断すべきとの判断を示しており、課税庁としては、調査対象者の住所の所在地の判定に当たっては、その判断材料となる事実を積み上げ、更にこれを証明する証拠を収集し、蓄積・整理して事後の訴訟等に対応する必要がある。

本情報は、当該判決を一つの機会として、各調査担当者が証拠収集等の重要性を再認識されんことを期待して発信するものである。

■居住形態の判定の重要性

我が国の所得税法は、個人の住所等によって、当該個人を居住者か非居住者か、また、非永住者か非永住者以外の居住者(以下「永住者」といい、以下、いずれに該当するかの判定を「居住形態の判定」という。)かに区分し、その区分ごとに、各々、課税範囲を異にし、また、課税の方法も異にしている。このため、特定の納税者について、その居住形態の判定を行うことは、適法な課税処分を実施する上で非常に重要性のあるものである。

■住所(生活の本拠)の有無の判断(判決要旨)

日本に住所を有していたか否かは、日本から出国したという事実のみならず、その者の職業の有無及びその内容、その者の住居、その者と生計を同一にする家族の居住の状況、資産の有無等を総合的に考慮して、その者が日本に生活の本拠を有していたと評価できるか否かによって決すべき(※下線筆者)である。

米国で支払を受けた所得に対し、日本で課税はできるのか?

事件の概要

本件は、以下のような事実関係において、原告が平成12年12月の出国日以降、同年中に米国で支払を受けた所得に対し、日本で課税できるか否かを主な争点として争われた事件である。

1.平成6年11月、原告は日本法人甲社の代表取締役として勤務するため日本に入国し、以後、継続して日本に滞在していた。

2.平成10年4月、原告は米国法人S社に雇用され、その関連会社である日本法人乙社の代表取締役として出向・勤務した。

3.平成12年9月、乙社が同本法人丙社を完全子会社化したことに伴い、原告は、乙社の代表取締役を辞任し、同日、丙社の代表取締役に就任した。

4.平成12年12月、原告は外国人登録を閉鎖して香港に向け出国(後、米国ユタ州に居住。以下「本件出国」という。)するとともに、同日付けで丙社の代表取締役を辞任した。

なお、原告の家族は子供の通学の事情から、原告の出国後も、引き続いて、原告の出国前の地に居住した。

5.平成12年12月、原告は米国法人N社と雇用契約を締結し、遅くとも契約締結日までには、N社との間で、平成13年夏までには日本に常駐してN社の日本担当マネージング・ディレクターとして活動することができるようにする旨の合意を締結したと認められる。

6.平成12年12月、原告は、米国内でN社から支度金として50万ドルの支払を受けた。

7.平成13年3月、原告は、平成12年12月の出国日以降非居住者に該当することとなり、上記支度金は国外源泉所得であるため日本での課税所得には含まれない、とする内容の平成12年所得税確定申告を行った。

8.平成13年6月、原告は、その子供が通学するA校の理事に再任され、同月、理事長に就任した。

9.平成13年6月、原告の家族は、外国人登録を閉鎖して日本を出国し、これに伴って、同月中に原告の家財及びその他の家財も米国に向けて配送された。

10.平成13年8月、原告は家族とともに再び日本に入国し、同年9月、原告は出国前の居住地を住所として外国人登録を行ったほか、原告の家族も翌14年2月、同所を住所として外国人登録を行った。

なお、原告は本件出国以降今回の入国までの254日間中、11回にわたって日本での短期滞在を繰り返しており、その滞在日数の合計は110日間に及んだ。

11.平成15年6月、課税庁は、原告が平成12年12月の出国後も引き続き居住者に該当するとして、平成12年分の所得税について更正処分及び加算税の賦課決定処分を行った。

12.原告は、これを不服として適法な不服申立て手続を経た後、平成17年2月28日、本訴を提起した。

居住形態の判定に関する裁判所の判断

1 日本に住所を有していたか否かは、日本から出国したという事実のみならず、その者の職業の有無及びその内容、その者の住居、その者と生計を同一にする家族の居住の状況、資産の有無等を総合的に判断して、その者が日本に生活の本拠を有していたと評価できるか否かによって決すべきである。

2 裁判所が認定した事実によれば、

①米国法人N社は、当初から原告の日本における経歴等に着眼し、原告が東京事務所の一員として活動することを予定していたと推認できるほか、原告とN社との雇用関係に関する合意の内容をみても、両者が雇用契約を締結するまでには、当初は米国において雇用されるものの、その活動はあくまでも日本国内を中心として行われることが期待されていたものであり、現に、原告は、平成13年8月に日本に入国してN社のための活動を本各化(ママ)させたと認められるほか、それ以前にも日本に頻繁に来日して、N社のため活動を行っていたと認められるのであるから、本件出国は、将来原告が再び日本で活動するまでの一時期、暫定的なものにすぎなかったと評価することが相当である(※下線筆者)こと、

原告の住居について、本件出国以後においても、当該住居は原告及び原告の家族のため従前どおり維持されていたというべき(※下線筆者)であり、原告も平成13年8月の再来日後はもとより、それ以前においても、原告の家族が出国して家財道具を米国向けに配送する以前には、来日した際には当該住居を自らの住居として利用していたことが認められること、

③原告は、本件出国にかかわらず、早晩日本に戻って当該住居で生活することを予定しており、その故に原告は平成13年6月にA校の理事長という要職に就任したものと理解することが自然というべき(※下線筆者)であること、

原告の家族は、本件出国後も平成13年6月、A校の学期が終了するまで、本件出国前の原告の住居において生活を営んでいた(※下線筆者)のであり、原告が扶養する家族の居住状況には本件出国後も何ら変動がなかったというべきであること、

⑤原告の家族は、平成13年6月、米国に向けて出国しており、原告らの家財も一旦米国ユタ州に配送されたことが認められるものの、原告とN社との雇用関係に関する合意内容をみると、原告の家族が再び日本に戻って生活することは当初から予定されていたとみるべきであり、現に、原告の家族は原告とともに、A校の新学期に合わせて、同年8月に日本に入国し、その後引き続いて当該住居で生活するようになったことから、当該住居における原告の家族の生活状況は、原告の本件出国後も何らそれ以前と変わりがなかったとみるべき(※下線筆者)であること、等の評価がなされる。

3 これら、原告とN社の雇用関係の内容、原告および原告の家族の入出国状況、本件出国前の原告の住居の利用状況等に照らすと、原告の生活の本拠は本件出国によってもなお原告の当該住居にあったと認められるから、原告は、本件出国後も、なお居住者に該当するというべきである。

調査に役立つ基礎知識

(中略)

(3)居住形態の判定の重要性

したがって、個人の納税者に関して、居住形態の判定を的確に行うことは適正な課税処分を実施する上で非常に重要な意味合いがあるものであり、外国籍を有する納税者、あるいは入出国を頻繁に繰り返している納税者、海外に居住する親族、特に配偶者を有する納税者等に対しては、最低限、その者の居住形態の判定に必要な資料情報は収集しておき、誤りのない判定を行った上、事後の訴訟等にも耐えうる証拠の蓄積を図っておく必要があります。(※下線筆者)

2 住所(生活の本拠)の有無の判定方法

意図的に住所が国外にあるとして申告してくる納税者や国の内外にわたって居住する場所を移動する納税者、配偶者が特段の理由もなく海外に居住している納税者等について、当該納税者の生活の本拠はどこにあるのか、国内にあるのか、国外にあるのか、その判定は非常に難しい場合が多いと思われます。

この点に関し、神戸地裁昭和60年12月2日判決は「所得税法の解釈適用上当該個人の本拠がいずれの土地にあると認めるべきかは、租税法は多数人を相手方として課税を行う関係上、便宜、客観的な表象に着目して画一的に規律せざるを得ないところ」とした上で、「客観的な事実、即ち住居、職業、国内において生計を一にする配偶者その他の親族を有するか否か、資産の所在等に基づき判定するのが相当である」と判示し、その控訴審である大阪高裁昭和61年9月25日判決、更にその上告審である最高裁第二小法廷昭和63年7月15日判決もその判断を支持しているところであります

本件判決(東京地裁平成19年4月11日判決)においても、上記神戸地裁判決と同様の判断を示しており、すなわち、「日本に住所を有していたか否かは、原告が本件出国をしたという事実のみならず、原告の職業の有無及びその内容、原告の住居、原告と生計を同一にする家族の居住の状況、資産の有無等を総合的に考慮して、原告が日本に生活の本拠を有していたと評価できるか否かによって決すべきである」と判示しております。

このため、今後、課税処分を実施するに当たり、特定の納税者の生活の本拠がどこにあるかについては、住民登録や在留資格等といった単一の内容で判断することなく、上記判決が示すように、その者の職業、住居、家族の居住の状況、資産の所在地等を総合的に勘案して判断していく必要(※下線筆者)があります。

3 収集・保管すべき確認書類(注)

本件を例にとって、「下記の裁判例の事実認定の真逆の「実態」を疎明する必要があります。シリーズ〈法人編〉の分掌変更でも否認された事例の「真逆の実態」について疎明すればよい、と検証しましたが、イメージとしてはそれと同様」を考慮すると下記が考えられます。

①米国法人N社は、当初から原告の日本における経歴等に着眼し、原告が東京事務所の一員として活動することを予定していたと推認できるほか、原告とN社との雇用関係に関する合意の内容をみても、両者が雇用契約を締結するまでには、当初は米国において雇用されるものの、その活動はあくまでも日本国内を中心として行われることが期待されていたものであり、現に、原告は、平成13年8月に日本に入国してN社のための活動を本各化(ママ)させたと認められるほか、それ以前にも日本に頻繁に来日して、N社のため活動を行っていたと認められるのであるから、本件出国は、将来原告が再び日本で活動するまでの一時期、暫定的なものにすぎなかったと評価することが相当である(※下線筆者)こと、

⇒・雇用契約、就業規則の確認

 就業実態 勤務先とどのような条件下で出国するのか、そもそも出国すべき必然性があったかに関する社内稟議書、メモ等々

②原告の住居について、本件出国以後においても、当該住居は原告及び原告の家族のため従前どおり維持されていたというべき(※下線筆者)であり、原告も平成13年8月の再来日後はもとより、それ以前においても、原告の家族が出国して家財道具を米国向けに配送する以前には、来日した際には当該住居を自らの住居として利用していたことが認められること、

⇒・家族(親族)関係の居住実態

 通常勤務先とで家族の「世話、面倒」について別途取り決めがあるはずだから、それに係る稟議書等々、就業規則に記載されている場合もあり

③原告は、本件出国にかかわらず、早晩日本に戻って当該住居で生活することを予定しており、その故に原告は平成13年6月にA校の理事長という要職に就任したものと理解することが自然というべき(※下線筆者)であること、

⇒・居住を前提とした将来的行為を慎むこと、これは証拠ではなく、将来事象であるから、「しないこと」「海外在住を前提としているのでそもそも不可能であること」を疎明することになります。

(注)原本において、「以下に示すような証拠」については、一切ブラックアウト(伏字)されており、本記事では削除しています。

******************参考******************

※こちらもあわせてご参照ください。

令和4年10月 国税庁 令和5年1月以後に非居住者である親族について扶養控除等の適用を受ける方へ

https://www.nta.go.jp/publication/pamph/pdf/0022009-107_01.pdf

令和4年10月 国税庁 令和5年1月からの国外居住親族に係る扶養控除等Q&A(源泉所得税関係)

https://www.nta.go.jp/publication/pamph/pdf/0022009-107_02.pdf

伊藤 俊一

税理士