伝説の深夜番組「¥マネーの虎」をはじめ、「さんま&SMAP」「行列のできる法律相談所」「踊る!さんま御殿!!」など数多くの人気バラエティー番組を手がけてきた演出・プロデューサー栗原甚。独自の発想と視点で創られる番組は、キャストが芸能人か否かにかかわらず、どれも出演者が持っている“味”を最大限に引き出す演出が特徴だ。そんな彼の最新作は、Huluで独占配信中の「『歌姫ファイトクラブ!!』心技体でSingして!」。同番組は「ロマンスの神様」や「promise」などで知られる歌手・広瀬香美が審査員になり、新時代の“歌姫”を見つけ出すというオーディション番組だ。名プロデューサー・栗原が創り上げた同番組の成り立ちや狙いについて、詳しく語ってもらった。

【写真】不気味?可愛い?仰天ビジュアルの"香美マスク”の参加者たち

動画配信サービステレビ局での新しい作り方に挑戦

――改めて、現在の栗原さんのお仕事について教えてください。

僕は日本テレビの演出・プロデューサーという肩書きですが、通常番組を作る際には、演出とプロデューサーという役職の人がそれぞれいるものなんです。僕の場合は珍しく、両方のポジションを担当していますが。プロデューサーは番組の予算やキャスティング、演出は番組の内容や全体構成を管理する役職なので、二人三脚で同じ方向を向いて進めないと、良い番組は作れません。またプロデューサーと演出がお互い遠慮し合っても良くないし、意見がぶつかり過ぎても、ヒット番組は生まれません。その点、僕は両方の役職を兼ねているので、相談する必要も時間のロスもなく、やりたいことをどんどん進められるというメリットがあります。

有料配信プラットフォームHuluは、これまで色々な会社に番組制作を発注してきましたが、今回は初めて日テレに番組制作を発注するスタイルを採用しました。今後は、これがスタンダードになっていくかは分かりませんが、日テレの製作著作で番組制作する第一弾を僕が担当したという経緯です。

日テレ8月28日が開局記念日で、今年でちょうど70周年を迎えました。ここ数年、閉塞感のあるテレビ業界ですが、テレビ本来の面白さや勢いを取り戻すために、日テレの“今後10年”を見据えたブランド戦略も担当しました。今年1月から日テレは新ロゴに変わったんですが、「テレビを超えろ、ボーダーを超えろ。」という中期経営計画に沿って、日テレがさらにボーダレスに活動していくというメッセージを込めたものです。虎ノ門から汐留方面を撮影し、朝焼け日テレ社屋をメインビジュアルにしました。ちなみに夜明けの一瞬を切り取った赤みがかった紫色を“ライジング・パープル”と名づけて、開局70年を印象づけるコーポレートカラーに決めました。

■「¥マネーの虎」の本質は社長の名言、「歌姫ファイトクラブ!!」は“広瀬香美SHOW”にしたかった

――続いて「歌姫ファイトクラブ!!」について、聞かせてください。同番組を作る際、どういった発想から「広瀬香美さんを使ったオーディション番組」に行き着いたのでしょうか。

企画を提案したときは、Huluの編成担当者に「すでにオーディション番組がたくさんあるのに、なぜ今オーディション番組なのか?」と聞かれました。「これまでのオーディション番組とは全く違います」と伝えたんですが、なかなか理解してもらえなくて…僕が企画した番組では“よくあること”なんです(笑)。企画書上ではあまり全貌を理解してもらえず、番組の1回目が完成したときに「こういう番組を作りたかったのか!」と。企画書で伝わらないのは、あまり良くないことだとは思うんですけど(笑)。

番組は、同じ企画でも“演出”次第で、全く違う番組に仕上がるんです。ですから、編成担当者が企画書を読んでイメージした番組と違うものが出来上がることは、僕の場合は、よくあります。しかも新番組の企画を提案する際、「いままで自分が作ったことがないもの、見たことがないものを作ろう!」というルールが、僕の中には必ずあります。他番組と似たようなものを作っても、まったく意味がないですから。今まで見たことがない=視聴者が予想しなかった番組が生まれる、ということを目指しています。

「¥マネーの虎」もオーディション番組と言えば、オーディション番組です。あの番組って、実は、2つの見方があって、「夢を叶えたい志願者の番組」というのが、多くの人の印象じゃないでしょうか。視聴者が「志願者」に感情移入して「マネー成立」か「ノーマネーでフィニッシュ」かのドキドキ感を一緒に味わう。でも僕は違って、「社長の名言・格言」「いかにビジネスが難しいか」ということを伝えたいために、あの番組を作ったんです。

社長が集まって、志願者も居ないところで名言を交わす番組では面白くないですし、そこにはリアリティがありません。一方、実際のピッチのなかで飛び出した言葉は、リアルですよね。色々な志願者が登場し、さまざまなビジネスプランをプレゼンする。大物社長からアドバイスもあれば、「こんなんじゃダメだ!」と怒られる時もある。だから、あれは「志願者の番組」ではなく、僕の中では「社長ショー」なんです。

■栗原Pの番組作りは…「腐らない情報」「誰も見たことがないもの」

普通のオーディション番組って、イケメンだったりカワイイ子だったり、たくさんの参加者が出てきて、その中で“推し”を見つけるみたいな楽しみ方が多いですよね。でも僕は「広瀬香美さんの凄さ」を伝えるために「広瀬香美ショー」にしたかった。

歌姫候補には高音が素晴らしい人もいれば、唯一無二のハスキーな声を持つ人もいる。バラエティ豊かな挑戦者に対して、その都度、広瀬さんからのアドバイスが違って、学びにもなる。「歌手になりたい!」という夢を持っている人はたくさんいます。そういった人たちが歌唱法やテクニック、さらに歌手になるための本質を学べる内容が多い【バイブル】的な番組にしたいなと。「¥マネーの虎」もそうだったんですが、何年経っても“腐らない”情報を見せたかった。本当に良いモノって、普遍的なものなので、ずっと残ります。「¥マネーの虎」なんて、20年以上経った今でも世界中で愛されています。

そうした普遍的な良さを持つ番組を、広瀬さんで作りたかったんです。僕は広瀬さんのプロフェッショナルさを垣間見ていたので、これを世に出すことで音楽業界が盛り上がると思うし、この番組を見た人たちの中から近い将来、素晴らしい歌手が生まれたらいいなあと。

■「広瀬香美の本当の凄さ」とは…歌声だけではない!人間としての魅力

――栗原さんと広瀬さんは、お仕事をされるのは今回が初めてと伺いました。栗原さんには元々「広瀬さん主体の番組が作りたい」といった構想があったのでしょうか。

広瀬さんと初めてお会いした時に「素敵な人だな」と思いましたが、最初は番組を作りたいいう発想はありませんでした。その後、何度かお会いして、お話するたびに「この人と、今後なにかできたら面白いな」と思い、企画を考え始めて、それが1年後とか10年後に番組として形になれば良いなあ…とは思っていました。

以前、僕は「天才バカボン」というスペシャルドラマを作ったんですが、その主演がくりぃむしちゅー上田晋也さんでした。たまたま僕の友人が上田さんとレギュラー番組をやっていた関係で、何度か一緒にゴルフをさせてもらったんです。そのときに雑談で「実は“バカボンのパパ”に似ているってよく言われるので、いつか実写版の『天才バカボン』をやりたいんですよ」という話が飛び出して、「たしかにバカボンのパパに似てる…上田さんがやったら面白いだろうな」と思ったので「僕が原作者に交渉してみましょうか」と。それがきっかけでした。

広瀬さんの場合は、お話していると「ミリオンヒットしている歌手なのに、とても腰の低い謙虚な人」という印象の人でした。でも、コンサートを見に行くと“全く違う人”になっているんですよ。スイッチが入って変わる、そのギャップが大き過ぎて、びっくりしました。

コンサートには広瀬さんのファンが来ているので、「SMの女王様」みたいなしゃべり方をしているときがあるんです(笑)。しかも広瀬さんのMCは結構長くて、それもめちゃくちゃ面白い。「このファンしか知らない広瀬さんのキャラを、なぜ世の中に出さないのかな?」と。昔はともかく、今はアーティストも自分の考えや意見を発信する時代じゃないですか。広瀬さんのインパクトあるキャラクターや素顔は、どんどん世の中に出していった方が良いと思って「YouTubeやってみませんか?」と提案させていただきました

■ユニークすぎる「香美マスク」もすべて、“広瀬香美ショー”に必要な演出

――番組の中では「香美マスク」のインパクトが強烈な印象でした。あのアイデアは、栗原さんと広瀬さんどちらからだったのでしょうか。

あれは僕が「やりましょう!」と言ったんですが、きっかけは広瀬さんの「とにかく歌声を重視して審査したい」という意見でした。歌声だけで決めるなら、できるだけ余計な情報はそぎ落としたいと考えて、実は応募動画も【顔出しなしでOK】という条件にしたんです。

「新時代の歌姫発掘オーディションと言っても、やっぱりルックスが大事なんでしょ」と思われる人も多いですから、あえて応募条件に「顔は映さなくていいです」と書いたんですよ。容姿は一切関係なく、年齢の上限も設けない。イギリススーザン・ボイルさんみたいな年齢の方が応募してくれたらいいなと考えていたので。

本番の収録では、どうやって撮影すれば良いだろう?と試行錯誤しました。僕は広瀬さんと挑戦者の間に“パーテーション”を立てる案を考えたんですけど、広瀬さんが「自分と挑戦者の間の空間を、歌声でどう響かせるか」を見極めたいという考えがあり、ボツに…。だったら、いっそのこと「マスクを付けるのが良いのでは?」と思って、広瀬香美さんの顔から型どった“香美マスク”を提案したという流れです。

挑戦者はマスクをしながら歌うことになるので、マスクの軽量化や口元のフォルムなど、実は、時間とお金をかけて研究し尽くした完成品なんですよ。でも、番組スタッフには「マスクを付けたら全員同じ顔に見えるので、映像的にもたない」とか「表情が見えないと感情移入できないので、マスクは外したほうが良い」という意見が多かったんです(笑)。

■普遍的に“感性に訴える”番組は、海外でもヒットする

――栗原さんが、強く印象に残ったシーンはありますか。

広瀬さんらしい雰囲気が一番出ているのは、第1話と第2話のラストで即興でピアノを弾いているシーンです。アレこそが、広瀬香美さんだと思います。

ステージの真ん中で歌姫候補に向かってしゃべっているのは広瀬香美さんですし、挑戦者と1対1で対峙しているのも広瀬さん。挑戦者たちが帰ったあとに「なぜあの人を落としたんですか?」という質問に答えてているのも、番組終わりの「疲れたわ~!」と言ってるのも広瀬香美さんです。そんな中、番組のラストでスタッフのために「お疲れさまでした」とピアノを弾きながら歌っているシーンが一番、広瀬さんっぽくて、広瀬さんの“素顔”が見られると思っています。

テレビ番組は幅広い年齢層に観てもらうために万人向けに作ります。誰もが理解しやすいようにナレーションを入れたり、テロップを入れたり、丁寧な番組作りが必要です。ただし、この『歌姫ファイトクラブ!!』はHuluという有料サブスクでしか見ることができないオリジナルコンテンツです。「よく見ていれば、分かるはず」という大前提で、あえて“余計な説明はしない”という演出をしました。地上波の番組のように、テロップがガチャガチャ入ると、せっかく見せたい広瀬香美さんと歌姫候補の表情劇が見えなくなってしまうので、できるだけテロップは入れませんでした。コレも『¥マネーの虎』と同じ演出方針です。

僕がつねに意識して、毎回作ろうと目指している番組は、“感性”で見られる番組です。見たらなにか強烈に印象に残ったり、その後、何かしら行動を起こさせる作品。見てすぐに忘れてしまうような番組ではなく、いつまでも記憶に残る番組。一番の理想は、子どもの頃に番組を見たことがきっかけで、将来良い方向へ導くことができる、人生に影響を与えるようなコンテンツを目指しています。

番組は世界観を作ることも大事なんですけど、老若男女を問わず“感性”で見られるのが大事なんです。僕は「なんか面白いんだよね」「なんか気になるんだよね」という感覚を与えられる番組が良いものだと思っているので、つねにそういう番組を作ろうと心掛けています。

例えば、人の琴線に触れる、人間が本来持っている普遍的な欲求を満たす番組。そういう番組は日本だけでなく海外でもウケるので、どの国の人でも見たら面白いと思ってもらえる…ということを、いつも考えています。

■地上波、BS、TVer動画配信サービス…「番組作りの場所が増えるのは歓迎すべきこと」

――日テレが制作するHulu配信番組の第一弾となった「歌姫ファイトクラブ!!」。ネット配信隆盛の現代、今後テレビ番組の作り方も変わっていくのでしょうか。

TVerでテレビ番組を見逃し配信で見たり、Huluでオリジナル配信番組を見る…という視聴スタイルが一般的な行動パターンになってきたので、僕らテレビ番組の制作者は「地上波の番組だけを作っていてはいけない」という意識が強くなってきました。これからは、地上波もネット配信もハイブリッドに考えていかなければいけないなと。これは多分、どのテレビ局も同じだと思うんですけど。

これからは、配信でしか見ることができない番組だったり、配信で大人気になって地上波に逆輸入したりする番組も出てくると思います。BSだったらこういう番組、サブスクだったらこういう企画、とコンテンツの出し口が増えることで、僕たちテレビマンの活躍できるフィールドは広くなって、かつ自由にクリエイティブできる領域が増えていくので、それはユーザーにとっても歓迎すべきことだと思います。

「¥マネーの虎」を生み出した名プロデューサー栗原甚に聞く、普遍的に愛される番組作りの妙/※提供画像